4-1 : 温度差
非常階段の踊り場。
コンクリートの壁が、加賀美の項にある「静寂」を冷たく反射していた。
若林は、荒い呼吸を整えながら加賀美を睨みつけていた。その手首には、加賀美が掴んだ指の跡が赤く浮き上がっている。
加賀美は無言でポケットからスマートフォンを取り出し、嵯峨から託されたUSBメモリを読み込ませた。
表示されたリストには、組織内の「ノイズ」となるべき人間たちの名が並んでいた。加賀美は、若林の名を探した。
「……ない」
あれほどフロアで静寂を乱した若林の名が、どこにもない。
その代わり、リストの末尾、備考欄に記された一文が加賀美の瞳を刺した。
『加賀美誠一:観察継続。若林巡査部長を検体として東雲へ供給することをもって、最終的な調律完了とする』
喉の奥が、氷を飲み込んだように冷え切った。
若林は排除対象ではない。加賀美が「完全に人間を捨てる」ための、最後の手順として用意された生贄だったのだ。
「加賀美さん……顔色が悪いですよ。やっぱり、病院へ……」
若林が心配そうに手を伸ばす。その指先から伝わる、あまりにも無垢で、あまりにも「熱い」温度。
加賀美はその手を、暴力的なほど強く振り払った。
「……若林。今すぐここを出ろ。署には戻るな」
「え? 何を……」
「行けと言ってるんだ!」
加賀美の叫びが、無機質な階段室に響き渡る。
それは、東雲に出会ってから初めて、加賀美自身の内側から弾け飛んだ「ノイズ」だった。
階段を駆け下りる若林の足音を見送る。
加賀美は、手すりを強く握りしめた。
項に刻まれた「静止点」が、軋むような音を立てて疼き始めていた。
「……素晴らしい、不協和音ですね」
頭上から、静かな声が降ってきた。
踊り場の半階上。影の中に、嵯峨が立っていた。
「やはり、あなたには『最後の調整』が必要なようだ」




