2-3 : 共鳴
谷中の夕闇は、診察室の白熱灯をいっそう冷たく見せていた。
診察院から出てきた佐伯の姿を認めた瞬間、加賀美は足を止めた。
数日前、警察署の裏口で突き放した時、彼女は死人のような顔をしていた。
だが、今、門を潜り、こちらへ歩いてくる彼女の顔には、見たこともないような「穏やかさ」が張り付いていた。
凹凸のない、平坦な微笑。
「……佐伯さん」
加賀美の声に、彼女はゆっくりと足を止めた。以前のような、縋り付くような視線はない。
「あ、加賀美さん。……お久しぶりです」
世間話でもするかのような、軽やかな声音。
「……再捜査のノート、どうした」
「ああ、あれ。捨てました。あんなもの、ずっと持っていた自分が不思議なくらいです。……先生に診ていただいたんです。そしたら、なんだか、全部どうでも良くなってしまって。私、もう大丈夫です。何も、思い出せませんから」
佐伯は会釈をし、静かに去っていった。
その足取りには、人間が背負うべき重力が欠落しているように見えた。
加賀美は逃げるように診察室へと踏み込んだ。
「……何をした」
東雲は、血圧計を片付けていた。振り返りもしない。
「治療です」
「治療だと? あいつは、自分の娘のことを笑って話してたぞ。中身まで消したのか」
「止まりました」
東雲が、初めて加賀美を真っ向から見据えた。
その瞳は、何も映していない。
「信号は、止まっています」
加賀美は東雲の襟元を掴もうとした。だが、東雲の指先が、加賀美の腕の一点に添えられた。
一瞬。加賀美の腕から、力が抜けた。
「暴力は、拍動を早めます」
加賀美は、崩れ落ちるように診察台に手をついた。
視界の端で、東雲が使い終えた鍼を廃棄しているのが見える。
あの静寂が欲しい。今すぐ。佐伯が手に入れた、あの何も思い出せないほどの空虚が。
「……もう一回だ。……打て」
加賀美は、自ら首を差し出した。
東雲は、動かなかった。
「まだ、効いています」
「黙れ。……いいから、打てよ」
加賀美の声は、もはや懇願だった。
刑事の誇りも、正義も、もう残っていない。ただ、脳内に残った微かな熱を、一滴残らず凍らせてほしかった。
東雲は、感情のない手つきで、新しい銀鍼を取り出した。
加賀美の項を、冷たい銀の反射が撫でた




