2-1 : 鏡の曇り
三日後。
加賀美誠一は、自身の正義が錆びついていく音を聞いていた。
警視庁捜査一課、久我山変死事件の合同捜査会議。
プロジェクターに映し出された遺体の首筋。拡大されたそこには、加賀美が拡大鏡で見つけたあの「停止点」が映っている。だが、それはあまりに小さく、解像度の低い画像の中では単なる毛穴の汚れにしか見えなかった。
「――以上のことから、現時点では急性心不全。事件性なしと判断します」
鑑識課員が淡々と告げる。
会議室に、安堵に近い空気が流れた。財団常務の死。事件となれば政治的な火の粉が飛ぶ。誰もが「出口」を求めていた。
「異議なし」
自分の喉から出たその声に、加賀美自身が驚いた。
以前の自分なら、机を叩き、再調査を叫んでいたはずだ。だが、今の彼の脳内は、あの雨の夜に与えられた凪に支配されていた。
加賀美はポケットの中で、自ら撮影し、現像しなかった一枚の写真を指先でなぞった。久我山の首筋にあった、あの美しい停止点。
彼は、東雲という救いを、誰にも触れさせたくなかった。
会議が終わり、資料を片付ける加賀美に、一人の男が近づいた。
財団の内部調査官、嵯峨だ。
「加賀美さん。最近、顔色がいいですね。薬でも変えました?」
嵯峨の声は、日常を装いながら、加賀美の境界線を土足で踏み荒らす。
嵯峨は加賀美の耳元で、さらに声を潜めた。
「東雲さんのところ、新しい患者が来ていますよ。あなたが以前担当した、あの母子家庭の母親だ」
加賀美の心臓が、一瞬だけ、嫌な跳ね方をした。
加賀美がかつて証拠不十分で見捨てた、未解決事件の遺族。
会議室の蛍光灯が、やけに白く滲んで見えた。




