第三十六話、君の怒りと君の代わり
「おい」
廊下に出ると、ジルが待ち構えていて。
「ココは大丈夫だったか?」
医務室のドアを指して、
ジルが聞く。
「うん、先生は、もう大丈夫だって。診察するから、私は戻れって」
言われて、外に出た所なのだ。
「そうか、じゃあ」
と、ジルはだいぶ不機嫌な顔で
「俺の部屋か、お前の部屋か、選ばせてやる」
あぁ、怒ってますね。
「私の部屋でお願いします」
部屋に入るなり
壁ドンされました。
ノータイムでした。
「おいこら」
「はい、わかります」
怒ってますよね、そうですよね。
「あの男が、あそこになんで倒れてたか、説明しろ」
カルアが、何であそこにいたか。
「いやあの……私は氷狐と戦った訳ですが」
「それは聞いた」
「負けて、テイムされました」
「は? かかったのか?」
「かかりました」
「お前……どうせココとダブって見えたんだろ」
その通りですよ、はい。
「まぁいい。あれは、相手が強いと抵抗は難しい」
「それでカルアが解いてくれて」
「は? どうやって?」
どう、やって……解いたか。
思い出して、
思わず口を隠す。
「お前、なんで顔を赤くしてんだ?」
思い出す、
口の中を撫でまわす、
舌の感触。
「えっと、上書き、されまして」
「まさか、上書き相殺……」
より、好きな相手にかけられる事によって、
テイムを相殺する……
「お前なぁ……」
「はい、ごめんなさい」
なんの弁解もできない。
私が私に、できないのだから仕方ない。
はぁ、とジルはため息をつく。
「……俺はお前を守れなくて、危険にさらした」
悔しそうに、ジルが呟く。
「ジルのせいじゃ……ラウル見つけてくれたし」
「でも、あの男は、お前を助けたんだな」
「あの、ジル……それで、カルアは──」
「俺の部屋で、床に転がってる。治療はしたし、修復はしてる」
「良かった……」
昨日、倒れてから反応がなくて、
先生に見せる訳にもいかず、
ジルが持ち帰った。
私の部屋で引き取ると言ったのだが、
ジルは頑なに許さなかった。
「お前、そんなにあの男が良いのかよ」
「いや、違う違う、そんなんじゃない」
「でも上書きはされた」
されましたよ、はい。
「アイツは使い魔で、お前を魔族復活の犠牲にしたいだけだと、」
えぇ、分かってます。
「お前を利用したいだけで、あの男が求めてるのは、お前じゃなくて復活する魔族のほうだと知りながら」
知りながら。
「アイツを拒絶出来ねぇと」
その通りです。
はっきり、言わないで
へこむから。
「相手が、ココだと言うならまだ……諦めがつくものを」
「え?……なに?」
「お前が、出来ねぇというなら、俺がいまアイツを消す事もできる」
それは……
「そしたら、世界は救われるかもな」
「やめて……それは、やめて、お願い」
「お前、俺にお願いって言ったら、何でも聞くと思ってんの?」
ジルの言い方が冷たくて、
容赦なく突き刺さる。
「俺はずいぶん、都合のいい奴だな」
あぁ、そうだ。
私はだいぶ、ジルに酷い事を言ってる。
私が何も返せないでいると、
はぁ、とジルがため息をつく。
壁ドンされて、ため息つかれて。
カルアにもそんな事されたわ、
と、ふと思い出す。
「お前が出来ねえって言うんなら」
ん?
思わず、顔をあげて、ジルをみる。
「俺が忘れさせてやる」
唇に
ジルの口を押し付けられて、
一瞬、何がなんだか、わからない。
へ? え? ん?
んんんんんんんん?
え? ちょっと、
なんでみんな
キスするんですか?
確変なの?
フィーバーなの?
大放出すぎでしょ!
マジ、パニック!
「んー」
ま、ま、ま、ま、
ダメだ、力が、どこにも
入らなくて……
ジルが顔を放して、
「……どうだ?」
すごく近い距離で。
ちょ! は、恥ずかしい。
「ぱ、パニックです……」
いやもう、大混乱!
「そうか、じゃ、今のうちだな」
は? え? なに?
ジルが素早く私を抱きかかえる。
「な、な、なにをする気で」
「言っただろ、忘れさせる」
そのままベッドに運ばれて、
ポンと降ろされる。
「いや、あの、ま、ま、待って」
「待たない。じゅうぶん待っただろ」
ギシと、ジルが真上にきて、
顔の横に手をつく。
「待った結果がこれだ、もう待たない」
いやいやいやいや、
お気持ちわかりますが、
ますが!
「次は我慢しない、そう言った」
言いましたとも、えぇ。
でも
でも!
パニくる私を無視して、
首元に顔を埋めて、
首筋の、
一番やわらかい所をくわえる。
そこは、
ビクと体が震えて、
一切の抵抗を忘れる。
これは、この体勢は、
身体から力が抜けた。
ジルが気が付いて、顔を上げる。
私の顔をみて、
数秒考えて、
舌打ちをする。
「お前が……一言でも、
『嫌だ』とか、『やめて』とか言えば、
すぐにやめるのに」
鼓動がとまらない。
呼吸が荒くて、
隠せない。
ジルには、全部ばれてる。
「なんで、そんな、切ない顔をする?」
身体に力が入らない。
「お前、今、誰を思ってる?」
──今、違う男の事、考えたでしょう。
カルア!
頭の中に、カルアの顔が、
あの細い指が、
余裕しかない顔が、
首筋を吸う感触が、
口の中の衝撃が、
すべてが思い出されて、
頭が回らない。
たまらなくて、
両手で顔を隠す。
「ごめん、ジル」
「なんでお前が謝るんだよ」
「私……ジルがこんな、してくれてるのに」
「は? 俺は今、お前を無理矢理──」
「私は、今、ジルをカルアの代わりにしようと──」
それが、どんなに酷い事か、
どんなに残酷な事か。
だから、申し訳なくて。
ジルが歯を食いしばって、
数秒、その体勢で止まる。
ジルの手が
私の胸の上の置かれて、
ため息を一つついて、
私の上から降りた。
ベッドの腰かけて、
私を見ようともせずに。
「お前、俺が『それでもかまわねぇ』って言ったらどうする気だよ」
「『それでもかまわねぇ』とは言わないんだ」
ジルは数秒押し黙って、
長く、息を吐き出した。
「忘れられねぇなら、意味ねぇからな」
ジルが立ち上がって。
「悪かった。大丈夫か?」
「うん、平気」
身体を起こして、
ベッドに腰かける。
心臓がまだドキドキする。
「俺は、悔しかったんだ。お前を守る気で、何もできなくて」
片手で顔を押さえながら。
「お前は自分の力で、すべてをはねのけて」
「別に自分の力だった訳じゃ……」
ニーナもいたし、ルシファルスの力だし。
「だから、お前を守れたアイツにムカついてた」
そうなんだ。
守った、のか? あれ。
「アイツ……カルアは、消えた」
「消えた? え? なんで?」
「たぶん、もともとそんな傷じゃなかったんだ」
「へ?」
「氷は、魔族に、そうは効かない。第一、傷つけば崩壊するのであって、動かなくはならない」
「え? じゃあ、なんで……」
「さぁな、本人に聞け」
と、ベッドの横を指す。
「え?」
そこには、誰もいない。
私には見えない。
「お前が泣いたり、嫌がったりしたら、止める気だったんだろ」
へ?
私は、そこを見つめる。
そこにいるはずの、人物。
「出てきたら、返り討ちにしてやったのに」
と、悔しそうにジルが言う。
「じゃあ、俺は消えてやるが、
でも覚えておけ」
なにもない空間を指して、
「別に負けてもねぇし、俺のが強いのはかわらねぇ」
指先を私に戻して、
「お前が、俺だけを見るまで、諦めねぇからな。わかったか」
「うん、わかった。ありがと」
まったく、とため息ついて、
ジルは、ドアから出ていった。
シンと、静まり返った部屋を見回して、
さて、と息をつく。
湧き上がる怒りを押さえながら、静かに言い放つ。
「今すぐ、出てこい」
両手を握りしめて。
「でなきゃ、この部屋、燃やしつくす!」
ボンっと、音がして、
黒の煙をまとって、
スーツでコウモリ羽根の男が現れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「……本当に、するの?」
「えぇ、ちゃんと支払ってもらいます」
「……せめて、目をつぶって」
「嫌です。あなたの恥ずかしがる顔みたいですから」
毎日更新!
今日も
お仕事お疲れ様!
モフモフー




