第十七話、氷と4枚羽根ふかふか
「茶ぁ、入れ直す」
ジルがポットを持っていって、
少しして戻ってくる。
新しいお茶をカップに注いでくれる。
「ココは、お前を
助けようとするんだろうな」
その辛さを一番知ってるから。
「でも、お前は」
ポットを置いて、ベッドに座る。
ボスン、と、なげやりに。
「『受け入れた』んだな」
私が持ったカップが
カタカタ音をたてた。
「でなきゃ、あの男──カルアを
必要なんて言わねぇ」
そうだ、私は受け入れた。
「でもココは助けようとする。
だから、お前は、泣いてる」
「私は、ココに『辛いのに笑わないで』と
『辛いなら言って』と言って、
ココは話してくれた」
くれたのに。
「ココは『僕が死んだら、
君も同じ道を辿ってしまう』と言って。
私気づいてなくて、
自分がココと同じ状況だって」
魔族がいつか自分を糧にして復活する。
それが、明日か今日かと待つのは怖い。
ココは一人でずっと堪えてきて、
私は『一人で泣かないで』と
言ったのに。
「なのに、お前は受け入れてる。
運命と、魔族と、あの男を」
「私、どうして良いかわかんなくて。
私だってココを助けたいのに!」
カルアを拒否できない。
口に突っ込まれた指を、
噛む事も出来たのに、出来ない。
無理矢理されるのは、
嫌でしょうがないのに、抗えない。
それがココを悲しませてるのが、
痛いほど分かる。
はぁ、とジルは息をはいた。
「お前に、そんな顔をさせる奴を
ぶっ飛ばしてやりたいが、
この場合誰だろうな」
ジルは立ち上がって、
私の座る椅子に近づく。
数秒沈黙が訪れる。
コトリと、私の手元のカップが
音を立てた。
「それで?」
「は?」
「いや、だから解決策!」
「ねぇよ、んなもん。
少なくとも今、あるわけねぇだろ」
「ちょ! なんか今、
教えてくれる空気だったじゃん!
ジル、なんでも出来るし、
なんでも知ってるじゃん」
「人を便利屋みたいな言うな!
大体、お前が受け入れなきゃ
良かった話だろうが。
なんであんな男受け入れてんだよ」
なんで、受け入れたか?
「お前が、恩人だって言ってたのと
関係あるのか?」
「うん……私は死ぬ所で、
カルアに助けられて、ここにいる」
そうか。
と、ジルがため息をつく。
「まぁ、そこは詳しくは聞かねえよ」
「それと、」
「それと?」
「……コウモリ羽根が、触りたかった」
「はぁ?」
「いや、受け入れたら、
触らしてくれそうで!
柔らかくてプニプニで」
「お前、バカか?」
「それからも、ちょこちょこ、
触らせてくれて」
「お前、マジバカか?」
「代わりにちょっと血を吸われるけど」
「はぁ?」
「いや、献血、みたいな」
「良い様に言うな!」
盛大にため息をついて、
「アイツ……やっぱ灰にしとくんだった」
ジルがまたベッドに座った。
「私、こんな事になるとは思ってなくて、
いつか死ぬくらいかなーて」
まさか世界をすべて焼き尽くすとか
思ってなくて。
「結構重大だからな、いつか死ぬって」
うん、そうなんだけど。
一度、死んだし。
「まぁ、解決策は無いが、対処法なら」
「え? なにおしえて」
ジルは、少し息を吸い込んで
「一緒に、いることだ」
と、優しく言う。
「これからお前がどうなるか
わかんねぇが、俺がそばに居る。
ラウルもそうだし、ココもそうだろ」
「一緒に、」
「だから泣くな。
何があっても、お前の側に居る」
ポロと涙が流れて、
「あ、今、泣くなって、言っただろうが」
「いや……うん。ありがとう、ジル」
優しくて、暖かい。
「おいこら、だから泣くなって……」
次から次に、涙が出て止まらない。
「ふぇ~……」
ジルが肩を抱いてくれて、
不安と焦りとが消えていくようで。
あぁ、これを、これを、
伝えなきゃ!
「ココ!」
ゴンっと盛大に頭をぶつけた。
「痛っ! おま、急に頭あげんな!」
「ご、ごめん。痛ぁ……」
後頭部を押さえながら立ち上がる。
「ココに! ココにも言わなきゃ!」
「あいつは、今は無理だ」
「悲しんでる、一人で」
「今は……いや、見た方が早いか」
ジルが顔をしかめて、
同じく立ち上がった。
「来い。ココの部屋に連れてってやる。
お前にも、見る権利はあるだろ」
そう言って、ドアを開けた。
◇◇◇◇
ココの部屋は暗くて、
誰かいるように見えない、
ベッドも空で、何もなくて。
「こっちだ」
ジルが中にあるドアを開ける。
お風呂場?
白い冷気が漏れて、
足元に広がっていく。
浴室を覗きこんだ私は、
その異様な光景に、
吸い込んだ息が止まった。
「な……」
浴室には、太い氷柱が天井まで伸び、
横幅1mはある氷の中に、
ふらりとココが立って、
凍りついていた。
「あ……」
グラと足元が揺れる。
無意識に後ずさる。
「ココは、いつも、こうやって眠る」
足が床についていなかった。
宙にういて、真っ直ぐ立って、
それは、首を吊ってるかのようで、
私は足から力が抜けて、
その場に座り込んだ。
光景が、あまりに残酷で
辛くて。
「酷い……」
「俺も、最初見た時そう言った」
──凍らせて眠るんだ。
ココはそう言った。
でも、
「実際見ると違ぇだろ」
──仕方ないんだ。でも、すごく辛い。
ココがそう言った。
「どうして、こんな事……」
「そうしないと、コイツは暴れだす。
人を傷つけ、魔獣を殺す」
「だからって、じゃあココは、」
ずっと、毎晩こんな事を
しなきゃならないと言うの?
何も悪くないのに、
生まれつき身体に魔族を宿したと
いうだけで、毎晩。
こんなに辛くて、残酷なのに、
ココは優しい。
「お前がやった事は、正しい。
『辛いのに笑うな』と『辛いなら言え』
と、一人で泣かせなかった。
ココは言わないだろうが、
だいぶ救われたはずだ」
私は立ち上がって、氷に手を伸ばす。
恐ろしく冷たい、痛い。
目を瞑ったココは、
死んだように身動き一つしない。
「その氷は、ココにも壊せない。
でも朝には溶ける。
朝にまた連れてきてやるから」
「嫌……」
「は?」
「朝まで、ここにいる」
ギウと氷に触れた手を握る。
「だって、こんなに辛そうなのに
一人でほっとけない!」
なんにも出来ないけど、
「なんにも出来ないけど……
一緒にいる。今日だけでも」
私が言い切ると、
ジルは諦めたように、
「わかったわかった。ちょっと待ってろ」
そう言って出て言って、
毛布を持って帰ってきた。
「相当冷えるからな。
あと、濡れない位置に座れ」
座った私を毛布でくるむ。
毛布は2枚あって、
ジルは、もう一枚を肩にかけ、
隣に座った。
「一緒に、居てくれるの?」
そう聞くと、
ふっ、と笑って
「言ったろ? いつもお前の側にいる」
と、そのふんわりした笑顔で言った。
「ぐ……」
「どした?」
「ふ、普段、笑わない人の
笑顔の破壊力が……胃にくる」
「そうかよ」
ジルがふぅと息を吐くと、
真っ白く変わる。
やはり、室内はだいぶ寒い。
「どうしても寒い時は言え、
俺の羽根を貸してやる」
バサと4枚の羽根を出して。
「寒い!」
「は?」
「すごく寒い」
「いや、お前、ちょっとくらい、
躊躇するとか、警戒するとか……」
「無い! だから……その、羽根で」
続く言葉が恥ずかしくて、
顔を伏せる。
顔を赤くしながら、言葉を絞り出す。
「抱き、しめて……下さい」
「おま……ずるっ……その顔は、ずるい、
だろうが……」
ジルは顔を押さえて、息を吐き出した。
やはり白い。
「わーったよ」
バサリと羽根が延び、私の肩にまわる。
グイと抱きよせられて、
ジルの胸に肩をよせた。
真っ黒の羽根に包まれる。毛布ごしにふかふかが分かる。
ふかふか! マジふかふか!
分厚くて、ボリューミーで、
素晴らしい! これは良い物!
頬に触れる羽根に、
スリスリとほうずりする。
頬に当たる感触が、なんとも言えない。
「あ、あんま触んなよ。状況的に、
触られたら……抑える自信ねぇからな」
「ふかふか……」
「聞いてっか、こら」
暖かい。すごく暖かくて、なんだか。
「寒い時は、いつでも暖めてやる。
だから……他の奴の前で、
あんな顔すんじゃねぇぞ」
すごく、眠い……
「は? お前、寝た? ちょ、お前……」
ふかふか……しあわせ……
「おいこら、我慢する方の身にもだな」
はぁ。ジルは一つ白い息を吐いて。
「まったく。だからお前は、
手放したくなくなるんだ」
と、私の頭を撫でた。
◇◇◇◇
朝、ココが、起きた時、
「おやまぁ」
最初に見たのは、
寄り添って眠る二人で。
「雪山で遭難した時は、
抱き合う方が良い……
これは、ジルに仕返しされたかな」
その声で、私は起きた。
「あ、ココ。おはよう」
「おはよう、アスナ」
そう言って、ココはにっこり笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「アーク様は、アスナの兄上様で」
「お兄……様?」
「可愛い奴だなぁ、お前は!」
「お兄様と、デートしたい、です」
毎日更新!
今日も
お仕事お疲れ様!
モフモフー




