絶対不動のショタ眼鏡と、人(外)に流される流転の皇子
「迷子になったエイミ嬢は、いろいろあって王都のアーチライン先輩に保護されてる……ねえ」
小春日和の昼下がり。
シュナウザー公爵領北部の疎開地の領主館にて。
次期公爵クリスフォード・シュナウザーの声と視線と態度は、北海の氷雪もかくやの冷たさだった。
不機嫌になるのも無理はない。悪意や隠蔽ではなく、単純に朴訥な戸籍と税収の見直しに、行方不明になったマリアベルとエイミの捜索。
寝る暇もなかったところに、気に食わない報告を受けているのだから。
こいつら、本当に学園卒業してんのか?!と、『犬でもできる!領地経営テンプレート』を作り、近辺を治める伯爵家以下の当主と跡取りと家令を呼び出して指導した。
結果、知能は馬鹿ではなかった。
馬鹿なのは、判断力だった。
「400年間、これで困ったことはない」と見下してくる輩に「メルセデス公爵領からの疎開者を大量に引き受けた今、全力で困っているが? 問題点もわからぬ輩は、こちらの権限で当主を変更させてもらおう」と、言い逃れ不可能な更迭リストを作ってやった。
後の世に「死神公爵クリスフォード閣下に捧げる100人土下座」と伝えられる、本気のリストラ勧告である。
さらにはマリアベルとエイミの行方は知れず、手がかりも掴めず。ひたすら多忙を極めてきたクリスフォードである。もはや、仕事量が学生ではない。
本日は受験勉強を手伝うという名目で、サーシャとふたりきりの午後を満喫していたのに。邪魔をされたからには、怒る。正統な怒りである。
もちろん、王宮から来た使者に、「エイミ様の居場所について、報告します」と言われて、断る理由はない。応接室には入れてやる。
結果、クリスフォードは猫足のソファでふんぞりかえり、使者は土下座というか五体投地で這いつくばった。
理由が飲み込めないサーシャは、教科書を抱きしめたまま固まっている。
「ここから王都まで、馬車で何日かかる? 不自然すぎる。もう少しマシに誤魔化せよ」
「いえ、あの、その」
「あ、あのクリス。そちらの伝令の方、困っていらっしゃるわ?」
エイミをこき下ろす毒舌は慣れたが、本気の死神モードに慣れないサーシャは、ワタワタしている。好みのど真ん中が更新されて、心拍数がはね上がって困るワタワタ。実に、お似合いのふたりである。
「本当に伝令業務をしてる武官なら、ね。本職を暴く野暮はしないが。表向きの情報なんかいらん。エイミ嬢と義姉上の、正確な状況を吐けよ」
「はい?」
息を呑んで目を丸くするサーシャ。
使者は額を床にゴシゴシしている。
「エ、エイミ様は、本当に王都におられます! その、あの、マリアベル様をお守りするにあたり、負傷されました!! 痛み止めが効いている間に脱走して、切れては動けなくなるんで! シェラサード家の精鋭たちに飼育保護……じゃない、めっちゃ見守られておられます!」
「で、では、お義姉さまは、無事なのね?!」
「は、はい! 間違いありません! 自分、髭と耳毛が繋がってることを爆笑されました!」
そりゃまあ、サーシャもそれは思ったけど。
口に出しちゃうあたりが、間違いなくエイミである。
「ふうん。じゃ、『お守りされた』うちの義姉はどこに?」
「ヒィ! そ、その、アーチライン様からは、殿下の報告を待てとしか……!」
「待てと言われた理由を言えっての。で、誰に誘拐された? 身代金要求は?」
「ヒィィィ! 自分、そこまでの権限は……!」
その時、強い風が吹いて、開け放した窓のカーテンがはためいた。
窓を背にしたクリスフォードのプラチナブロンドに、真紅の光が降り注ぐ。
平伏していた使者が、すり切れた額を上げてつぶやく。
「フレデリック殿下……」
振り向けば、広く見晴らしの良いバルコニーに、この世のものと思えぬ美青年が降りたっている。
辺境のワイバーンライダーたちが愛用する真紅のフロックコートをまとい、フードに包んだ娘を大切に抱きかかえて。
「マリアベルはここだよ。クリスフォード」
顔を隠していたフードを外せば、クリスフォードが捜索していた女性が気を失っていた。
長いまつ毛が縁取る瞳は閉ざされ、自慢の巻き毛は痛み、真っ青な肌は乾燥して荒れている。痛々しい姿だが、幸い命に別状はなさそうだ。
フレデリックは、淡々と告げた。
「きのこ狩りの最中に体調を崩したマリアベルは、侍女の機転でクリスフォードが滞在する領主館で休養をとっている。別件で迷子になったエイミ嬢は、王都で保護された。以上だ」
「ふーん。殿下と義姉上の、長年の憂いが解決されたのですかね? オツカレサマデシタ」
と、ほぼ強引にフレデリックからマリアベルを奪いとるクリスフォード。睡眠薬が効きすぎているのか、ちょっとやそっとでは目覚めそうもない。
ただ、クリスフォードに保護された瞬間、あからさまに安らいだ寝顔にはなった。
窓の外には、空が狭くみえるほどデカいワイバーンが旋回している。
義姉は、高所恐怖症。
クリスフォードのこめかみが、ピキピキ鳴った。
「僕には、真実を知る権利があります」
フレデリックは笑顔を崩さず未来の義弟を見下ろし、鷹揚に頷いた。
「それはかまわんが。サーシャ・ホワイト准男爵令嬢。そなた、シュナウザー公爵家に嫁ぐ覚悟はあるか?」
と、美しいカーテーシーを披露するサーシャに問いかけた。
「恐れながら申し上げます。王太子フレデリック殿下。私個人の感情と現在の力量は、大きく乖離してございます。退出をお許しいただきたく、申し上げます」
東国人だから実年齢より幼く見えるものの、サーシャの所作は堂に入っている。淑女教育をはじめてまだ数ヶ月。最高位の貴族には及ばないが、伯爵以下の令嬢ならば充分通じるレベルに達している。
数年後には、公爵夫人に相応しい品格を身につけていることだろう。
「あいわかった。サーシャ嬢の退出を命じる。ゾーン君もクリスに八つ当たりされて災難だったね。アーチラインに報告したら、有給休暇を申請しなよ」
「殿下〜〜〜! マジ怖かったっス! あざましたっス!」
楚々とした淑女の所作で退出するサーシャと、五体投地のまま退出する使者のコントラストが、なんとも微妙だ。
フレデリックはいっそ機嫌が良さげだが、クリスフォードはあからさまにため息をついた。
この人は、何でこんなに規格外なんだろう。
クリスフォードは幼少期には、自分が他者より優秀で、容姿に恵まれていることを知っていた。
筋肉と無縁な華奢な体躯、少女のような面差し。
侮り陥れようとする輩に舐められる要素であり、そんな連中を返り討ちにしては服従させる装置でもある。
美しさを驕るとか、男性的要素のなさにコンプレックスとか、ナイ。全くナイ。愛しいサーシャに、うっとり見つめてもらえる容姿を与えてくれた全先祖に、感謝を禁じ得ない程度だ。
そんなクリスフォードでも、フレデリックを前にすると「敵わないな」と、思う。敵わなさに、たまにムカつく。
細身の長身長躯の恵まれた体型でなんでも着こなすし、その上に万事滞りのない顔面が乗っているし。
頭脳明晰で、武芸にも秀でているし。
言動の全てがいちいちキラキラしているから、とにかく人目を惹くし。女性ばかりか男でさえ、うっかり見惚れてしまうし。
目的のための手段は選ばないが、汚職はしない。させない。
他者への無茶振りがひどいが、それ以上に自らもひたむきだ。行動力も統率力もあるけど、なぜかうっかり手を貸したくなる。うっかり忠誠を捧げたくなる。まさに、弩級の人たらしなのだ。
チートも大概にしろと言いたくなる。
なぜだか、でっかいワイバーンまでたらしこんだっぽいし。
「君に隠し事はしないが、長時間は居られない。王都に凱旋する辺境軍と合流しなくちゃだからね」
よく見れば、彼こそ満身創痍だ。
無数のあざ。切り傷、すり傷、かすり傷。手首の包帯。髪の先も、ところどころ不自然に千切れている。
「義姉上の部屋に案内します。行方不明になって以来、体調不良で休んでいる体にしてきましたから」
「さすがクリスフォード」
「僕との話が終わっても、義姉上が目を覚ますまではそばにいて差し上げてください。いいですね? わかりましたね? 少しは自分を休めろよな?! この義兄、ほんと世話が焼ける!!!」
クリスフォードの剣幕に、フレデリックが髪を掻いた。
「本当、君には敵わないなあ」と、笑いながら。
数日後。
辺境軍と海軍が王都に凱旋した。
街に号外が飛び交い、盛大な拍手と紙吹雪で迎えられる軍人たち。
特に、巨大なワイバーンで王都の空を駆るフレデリックに、大きな歓声が上がった。
実に、己の魅せ方を熟知した確信犯である。
海軍に連行されたルス評議員たちは、サンドライト王都の賑やかな街並みに歯軋りをした。この地は本来、我々のものなのに、と。
オケアノス(神堂)には利用されて使い潰されたので、真のオケアノスなんてありがたみもへったくれもない。
もともとが小国が集合した連合国家だから、帝国皇族への畏敬もない。王都間近の砦で合流した夜に謝罪を受けたが、正直、以前のオケアノスの方が良かった。サンドライト簒奪の力強い同志だったのだから。むしろ、取り憑かれたままでいてほしかったのが、ルス評議員たちの本音だ。
逆に、辺境軍が連行したシギ太守と評議員たちは、『美人だらけで目の保養にはなるが、王都にしては田舎くさいなあ』とか思っていた。辺境の湿原地帯の方が、好ましいなあと。
オケアノスとフレデリックの剣舞と友情を目の当たりにし、闘唄を歌い、楽団が奏で、踊り、長年の確執が浄化された感がある。
連行した辺境軍人たちと笑談をしたり、井戸の共同開発を持ちかけたりして、和気藹々としている。『尊き太陽の皇太子が全面降伏したから、投降した』という認識で、あまり捕虜感がない。
こうして、捕虜の大半は王宮の貴族牢に、オケアノスだけは罪を犯した王族を収容する監獄塔に投獄された。
戦前、最上階にレティシアが収容され、誘拐しにきたオケアノス(神堂)が壁に風穴を空けた建物だ。
レティシアが収容される以前は、150年ほど使われなかった施設だ。内装は豪華だが、全体的には薄汚れている。
オケアノスが収容された4階の独房は、清掃兵たちが根性でお掃除して、新品の絨毯とカーテンを入れた。
監獄塔なんて名前でも、オケアノスが育った離宮よりよほど快適だ。
調度品が過不足なく、風通しの良い独房。
小さいが、使い勝手の良いパウダールーム。
オケアノスは、鉄格子の窓の向こうに広がる右岸と左岸の街並みを、遠い山脈の雪化粧を、飽きることなく眺めた。
戦争裁判が終わるまで、証言する以外は無為徒食の日々かと思いきや、訪問者は少なくなかった。
まず、フレデリックが毎朝来る。
朝食を毒味しては厨房を怯えさせ、清掃道具やリネンをチェックしては清掃係たちを戦慄させている。
オケアノスの事情が公表されても、熱狂的なレティシア・シンパが納得するわけがない。親愛なる王女を誘拐して、放置して、しまいには自殺させた凶悪犯でしかないのだから。
オケアノス本人は「それはそうだ」と納得しているが、フレデリックは「それとこれとは別問題」と、ブレずにいろいろ解除してくれる。なかなか世話好きな王子様である。
フレデリックが来られない朝には、異母弟レドリック王子が来た。
筋骨隆々とした護衛たちの籠に乗せられて。
過去の非礼を詫びれば、「僕とおにーさんは、初対面です」と笑う。常緑樹の瞳はレティシアに、優しい顔立ちはフレデリックにそっくりだ。
フレデリックは何事もなかったかの様にしれっと証拠を潰すが、レドリックは下手人を暴くのが楽しいらしい。
「皇太子を暗殺したら、極東の小競り合いでは済まなくなります。帝国中枢部に戦線布告してる自覚、あります? とりあえず、国家反逆罪でぶち込んで?」と、筋肉豊かな護衛たちに、ニコニコ命令している。
実に末恐ろしい8歳児である。ていうか、ほんとフレデリックに似ている。
「何故、余を庇う?」と問えば、牢の中で毛繕いしている鳳凰を眺めながら、「おにーさんはお義兄さまだから」と、呟いた。
「嫌いでは、なかったんです。姉上のこと。こんな体にしやがりましたけど」と。
かつてオケアノスは、この自力で歩くこともできない美少年を、加虐趣味な幼児性愛者の司祭姫の土産にするつもりでいた。
怪我もしていない右腕が、痛いほど強く疼いた。
別の日には、北海と王都を往復しまくっているファルカノス元帥が監獄塔を登ってきた。
ファルカノスは、ほぼ手付かずの書籍、火入れを辞退した暖炉、窓辺や寝台を占領して昼寝中の鳳凰を見て、左の眉を下げた。
「何もしねーで外を見てるだけって、退屈じゃね?」
声をかけられたオケアノスが膝をつくと、ファルカノスは「いらんから」とイカの燻製を投げた。
柵のこちらに落ちたイカと、向こう側にいるファルカノスを、交互に見上げるオケアノス。
ファルカノスの軍服の胸ポケットには、金髪を編んだ飾り紐が下がっていた。オケアノスが(レティシアの髪、だ)と思いながらそれを眺めると、「気になるなら、やるよ」と、結えていたペンごと投げてきた。
「……余に娶られなければ、あのような署名はしなかった」
「へえ。嫁にした自覚、あったんだ?」
存外、嬉しそうに笑うファルカノス。
「綺麗な髪だろ? ワイバーン王に身柄を渡したす前に、少しもらった。奴さんたち、冷静だったよ。フレディと、お前さんのお陰だな」
と、今度は内ポケットからウイスキーの瓶を取り出した。
ファルカノスは三叉鉾以外で手が塞ぎたくなくて、なんでもポケットにつっこむ習性がある。侍女にも愛人にも怒られるが、改める気はない。
「ま、ガキが見たらうなされる程度には、ボロクソやられたけど。ワイバーンより、シーサーペント共の方が怒り狂ってたよ」
「……すまぬ。貴方が見届けて下さったのだな」
「いちいち詫びんな。俺様の仕事だ」
ウイスキーをあおる喉仏が、ぐいぐい動く。
オケアノスも彼の流儀に倣い、拾った燻製を齧った。
「お前は10歳から操られて、昨日今日自我を取り戻したばかりだろ? ガキもガキなんだから、しけた顔すんな。責任なんか、大人どもにとらせりゃいーんだよ」
それはファルカノスの思いであり、サンドライトの総意ではないだろう。
だけど、オケアノスは眉を下げた。こういう大人が、子どもたちの心を救うのだろう。
「貴方は、レイアリス上王によく似ていらっしゃる」
「そうか? 悪くねえな、それ。そういや、一時期、オヤジと爺さんに保護されてたんだよな。ひでえ酒飲みで音楽バカだっただろ?」
「その楽しき日々に、百薬の長と音楽の響きは必須であった」
「だろうね。じゃ、まあ飲むか」
「独房の奥にもある。持ってこよう」
「毒入りじゃね? 今日のところは、俺の奢りで我慢しとけ」
と、今度は背中の隠しから大瓶を取り出した。
ついでに葉巻も。
目をぱちくりするオケアノス。
紫煙ゆらゆら。とんだ不良王族である。
「実刑宣告まで、もう少しかかるぜ? お前さんを処刑すんのは不可能だ。何がトリガーになるかわからんから、皇帝の遺伝子を持つ人間は殺せん。まして、幼竜に認められたドラゴンライダーときた。そこの鳳凰たちを敵に回すのも、人類的に失策だ。じゃ、見せしめ役はどーするんだって、話が長びいてるわけ」
「長びいている?」
「お前、フレディに剣姫の助命を焚きつけたろ? 剣姫処刑でケリつける気のクソ兄貴with議会や宰相家相手に、孤軍奮闘してやがるぞ?」
願いはしたが、叶えようとしてくれるとは。
オケアノスはイカを見つめたまま、小さくため息をついた。
「武伯の家訓は『負けたら死ね』だ。帝国側こそ、剣姫を切り捨てているはずだ。すまぬ」
「フレディに言えよ」
「殿下ひとりのお力では、会議の決定を抑えられまい。貴方の助力あればこそでは?」
沈黙。それは、ゆるぎない肯定だ。
しばし、無言で酒を酌み交わし、やがて、ファルカノスの方からポツポツ語り始めた。
「気に食わねえんだよ。物事の善悪もわからんガキどもに、国家紛争の責任を押し付けるのが。ま、ヨアン・カーマインに保証人を頼んでおいたから、フレディの希望が通るんじゃね?」
「……かたじけない」
「かまわねえよ。アンコウ鍋作ってやっただけだし」
何でもないみたいに言うが、サンドライトの王族が帝国の平民に食事を振る舞うって、いったい。
絶句するオケアノスの心情など知ったことではないファルカノスは、うまそうに酒精をあおっている。
「お前にも食わせてやるよ。自我が戻ってから、食欲ねーだろ? 王都は内陸だから、魚が不味いしよ」とか言いながら。
そういえば、上王も大上王も料理が得意だった。
というか、レパートリーの全てが、酒を使ったつまみか、酒に合うつまみだった。
火をかければアルコールが飛ぶからと、鍋やシチューにも豪快にぶちこんでいた。少年だったオケアノスは真っ赤になってフラフラになって、気づけばスゥと寝落ちしていた。
あれは、不眠症だった自分たちを寝かしつけていたのだと、今ならわかる。やり方が少々、破天荒だったけれど。
「それは、上王仕込みかな?」
「ワリィが、俺様の方が巧い。じーさんたちは計量が適当すぎるんだよ。アクも取らねえし。不思議と旨かったけどな」
粗野な態度。乱暴な口調。
荒れ狂う波のような強さと、海溝のように深い包容力を併せ持つ、大海龍の盟友。
オケアノスが自らの所業を振り返るたびに痙攣する右手が、今日はピクリとも動かなかった。
レティシアや上王、大上王の死を語ったのに。
罪悪感、自己嫌悪、虚無感が消えたわけではない。だが、自らを消したい欲望からは、少し遠ざかった気がする。
オケアノスはかじりかけの燻製を、近くにきた鳳凰にわけてやった。兄皇子たちの撒いた好物には見向きもしなかった王鳥たちが、ファルカノス手製の燻製をついばんでいる。
王弟の本質を察したオケアノスは、これを自らの秘密とした。
監獄の出会いであっても、その順番は運命の神の手に委ねられている。
真夜中だった。
久しぶりに深く微睡んだオケアノスは、階段を登る靴音で目が覚めた。
絨毯でまどろむ鳳凰たちを起こさないよう、ゆっくりと身を起こし、囚人服を軽く整えた。
開かれた扉から、月明かりが差し込んだ。
半月刀を手にした、背の高い男と視線が絡む。
貴族としては極端に短い髪、月光に似た琥珀色の瞳。
ファルカノスより上背は高いがほっそりとした彼は、オケアノスが尊敬する王子とよく似ている。
「囚人が飲酒か。いい身分だな」
アルコールの残り香に呆れ「この銘柄、叔父上か」とぼやく姿さえ、気品がある。
「アーチライン・シェラサード?」
「そう……僕を覚えているんだね」
忘れるはずがない。
オケアノスの絶対的な記憶力には、切った人間の生死がはっきり刻みこまれている。
彼と彼の従騎士を切った右手が、ヒクヒク痙攣している。押さえているだけで、全身から脂汗が滲む。
「覚えているなら、話は早い」
アーチラインはにっこり笑うと、ポケットから鍵の束を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
おまけ
ファルカノス謹製のアンコウ鍋は、吊したアンコウをさばくところからスタートです。




