↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/98

聖女は断罪の貴公子を愛し、血塗られた皇子を癒す

流血、暴力表現注意

錠を開く金属音が、夜の静寂に響く。

オケアノスは音もなく寝台から離れ、アーチラインの前で両膝をついた。

刑を待つ死刑囚のような所作に、アーチラインが鼻白む。


人智を超えた高貴さ。最低限整えられただけだろうに、不思議と品のある長髪の収まりや面立ち。

フレデリックから聞いている通りだ。アーチラインと戦った時は、間違いなく『咎』とやらに操られていたのだろう。

同じ顔の別人という言葉が、ぴったりだ。

だけど、この男の所業を、アーチラインは覚えている。忘れるはずが、許せるはずが、ない。


猫が獲物で遊ぶような無邪気さで、アーチラインを、従騎士のディーンをいたぶった。

狙って利き腕を切られたディーンの、ダラリと下がった右手首。

背中の刀傷から滴り落ちた、地面の血溜まり。

瀕死に近かった。それでもアーチラインを、前婚約者のシンシアを守ろうして、絶対に勝てない強敵に立ち向かった。

そして、あっけなく薙ぎ倒された。


勝者が嗤いかけてきた。

どんな罪人も真似できないほど、卑しい笑顔で。


『なるほどね。エイミ・ホワイトの婚約者か。 ま、安心しろよ。エイミ・ホワイトはオレがもらってやるから』


『安心できないね。キミは彼女の王子様じゃないから』


命からがら重たい剣を受ければ、オケアノスはますます調子づいた。


『女なんてみんな同じだよ。涙を流しながら股を開くしかできねえ生き物だ。それに、あの女は相当なスキモノだぜ? 断言してやる』


エイミの美貌を目の当たりにした男は、たいてい不埒な妄想を抱く。だからだろうか。男性への恐怖感が垣間見える瞬間が、たまにある。アーチラインに甘えることで、アーチラインは安全なんだと確認しているようにも見える。

そんなエイミが、この男に誘拐された際は、体を差し出す覚悟をしていたという。マリアベルの純潔を守るため、自らを犠牲にして。


「僕の大切な人たちをーーー随分と、侮辱してくれたものだ」


アーチラインが吐き捨てれば、オケアノスは深々と床に平伏した。

心理的な不穏か、ヒクヒクと痙攣する右手を、左手で押さえながら。

ふと、本来、この男は左利きなんだと思った。

左利きなのに右の筋肉が発達している、と。

戦った時は、間違いなく右手で剣を振るっていた。

意識せずに、利き手は偽れない。彼らが別人である確かな証拠だ。


だからこそ、彼は悔いているのだろう。

恥じているのだろう。

これから始まる理不尽な暴力を、粛々と受け入れる程度には。


アーチラインは基本、他者に寛大だ。

怒りという感情が、ほとんど湧かない。

自分がされたことに関しては、ほぼほぼ頭にこない。

大切な存在が傷つけられた時は、自分に怒りが沸く。

だからこそ、逆鱗に触れた者に容赦がない。


例えば、レティシアの訃報は「ふぅん」だった。

『蛞蝓(ナメクジ)の駆除が終わった』程度の認識で、達成感しかない。遺体を破壊し尽くしたというワイバーンやシーサーペントたちには、褒賞を献上したいくらいだ。

エイミに「もしかしてアーチ様って、怒らせたらフレディ様より怖い人???」とドン引きされるから、口にはしないが。


「貴様など、貴様の側妃と同じ刑罰が妥当なのに。王族の竜族好きも、時として害悪だな。スノーローズに選ばれたから、罪が消えるとでも? 奪われた命や尊厳は、決して戻らないのに。刑罰さえ与えないなんて、どうかしている」


言葉は辛辣だが、口調は淡々としている。

同意も肯定も欲していないと察したオケアノスは、そのままの姿勢で傾聴を続けた。


「悔しかろう。皇帝の天子ともあろう者が、極東の小国貴族ごときに侮辱されて」


平伏したまま首を振るオケアノスの周囲を、窓から侵入した鳳凰たちが囲んだ。翼の火力を上げ、キラキラ光る瞳でアーチラインを睨みつけて。


「なるほど。僕はここで死ぬのか。ま、そこの鳳凰たちからしたら、人間の王とやらに逆らう狼藉者だしね」


激怒すればするほど穏やかな口調になるのが、アーチラインの仕様だ。

察したらしいオケアノスは左腕を上げ、威嚇する鳳凰たちに皇語で語りかけた。


【この御仁を、傷つけてはならない】と。


「恩を着せたつもりか?」


「違う。余の所業への見解は、貴方が誰より正しい。サンドライト王族よりも、シギの太守たちよりも」


オケアノスの紅い瞳に、剣を構えるアーチラインが映っている。

透明度の高いルビーのような、澄んだ瞳。

アーチラインも、彼自身には罪がないことはわかっている。

『咎の罪は咎の罪だ。その罰を贄に強いる理由はない』というフレデリックの言い分は、たぶん正しい。


だが、納得できない。


アーチラインの初恋を殺したのは、アーチラインの甘さだったと、今でも思う。それと似ている。

強権を持つ人間が、力の使い方を間違え、故意なく弱者を虐げた。オケアノスのしたことも、そういうことだ。

幼かった日のアーチラインと、大して違わない。被害の規模と人数は桁違いだが、本質は同じ。やんごとなき身分に生まれた子どもの、驕りや油断が招いた悲劇だ。

子どもだったから、故意ではないから、本人も深く傷ついたから、猛省したからなんて、免罪符にもならない。


オケアノスが平民だったならば。せめて高位貴族でなければ、こうは思わなかった。正直、剣姫ランなどは、過酷な部類の服役労働で充分だと思っている。彼女の処刑が、両国共に落とし所なだけで。


だが、彼は違う。世界最強の国力、軍事力を誇る帝国の皇族だ。

流転の暮らしを余儀なくされ、名ばかりの皇太子であっても、素性を明かせば殆どの国民が平伏し、服従を誓う存在。

帝国内で彼の所業が殆ど問題になっていないのは、被害者の大半が平民だからだろう。皇族は皇族にしか裁けない。まして平民には、泣き寝入りしかできないのだから。


「……これは、私怨だよ。抵抗は貴様の権利だ。剣を奪え。返り討ちをくらう覚悟くらい、できている」


「御心のままに。アーチライン・シェラサード」


「なるほど。フレデリック殿下は、それに絆されたか。だが、僕は彼ほど甘くない」


無抵抗の罪人に、刃を振り下ろす。

研ぎ澄まされた刀身が、床に平伏すオケアノスの右手首を切り落とした。

骨を断つ感覚に、思わず顔を顰める。

思っていた以上に、血飛沫が舞う。

至近距離にいた鳳凰が、慌てて傷を塞いだ。


【ありがとう。止血だけで良い。手首を再生してはいけないよ】


『どうして?!』と言わんばかりの鳳凰の抗議に、両膝をついたまま首を振るオケアノス。


「なぜ、首を切らなんだ?」


血濡れた囚人服で、痛みに顔を顰めながらも雅やかな貴人を、アーチラインは冷淡に突き放した。


「そうしてやりたいのは山々だが。帝国皇族を殺めれば、わが国はなす術なく蹂躙されよう。私怨で国を滅ぼしたいとまでは、思わない」


「成程」


納得するオケアノスに、アーチラインへの怒りはない。恐れも媚びも。

こういう人間に忠誠を誓わせるフレデリックに、アーチラインは心底呆れている。

体を欠損させられた程度なら、オケアノスはサンドライトに不利益はもたらさないだろう。

両国の平和は、彼と我が王太子によって実現するだろう。

殺すより、生かした方が利益が大きい。


だから、罪を犯すのは自分ひとりで良い。


切り落とした手首を指先で拾い、オケアノスの眼前にかざした。

「殿下のワイバーンに献上する」と告げれば「かたじけない」と、頭を下げられた。

アーチラインは付き従う暗部に治療を命じ、施錠をして塔を下った。冷たい階段に血痕が落ちる。

空には、ディーンが利き腕の自由を奪われた日と同じ、下弦の月が浮かんでいた。





右手首の切断面から、細菌が入ったのだろう。

明け方近くに熱を出したオケアノスは、独房のベッドで夢と現をくりかえした。

時折、天使のような美しい歌声が聞こえた。

初めて耳にしたような、どこか懐かしいような。

似たような調べを、上王と太上王の庵で奏でたかもしれない。与えられた竜琴をかきならして、ピアノの連弾に合わせて。

歌声を聞くたびに、わずかに体が楽になった。しばらくすると熱があがり、意識が朦朧として、歌声が聴こえて、深い眠りに誘われて。


その繰り返しから覚醒した時、鉄格子向こう側に女性がいた。

お忍びで来たのか、牢の石壁と似た色のケープをまとっている。

一房だけ胸に垂れたゆるいカールを描くピンクブロンド。

透き通るような白い肌。心配そうにこちらを見つめる、空色の瞳。

この世のものとは思えないほど美しい娘が、牢の外側に立っている。


「エイミ・ホワイト……?」


身を起こし、立ちあがろうとして止められた。


「まだ寝てなきゃ、です。のすのす様、お熱すごいですから」


サンドライトが誇る絶世の美少女は、しゃべるととっても残念だ。


「歌が聞こえた。そなたが?」


「あ。ハイ。なんか私、熱下がれーって思いながら子守唄を歌うと、ほんのちょっとだけ熱が下がるって、ナゾな聖女パワーに目覚めまして」


ニコニコしながら一生懸命説明するエイミ。

ちゃんと耳を傾けるオケアノス。

スコーネ城脱出の際、スノーローズにしがみついて海を渡ったエイミは、満身創痍だった。経過は順調だが、まだまだギブスは外せない。こっそり居室を抜け出して来たものの、ゆるやかな螺旋階段に、想像以上に手こずってしまった。


「ありがとう。とても楽になった。……それから、スコーネ城での狼藉を、謝罪する」


「えーと、チャラです。だって、フレディ様にめちゃくちゃボコられたんでしょう? あの人、おっかないですよねー? ベルベル様が絡むと、もう!」


それはまた、返答に困る質問である。

エイミはひとしきり震えあがると、鉄格子の前でべこんと頭を下げた。


「あ、あの! 私の婚約者が、アーチ様が、ごめんなさいっ! 私のおっぱいを触ったのは、のすのす様じゃないオケラなのに!」


さすがのアーチラインも、そんな理由で手首までは切り落とさない。フレデリックじゃあるまいし。

が、浮世離れしたオケアノスは、エイミの戯言を至極真面目に受けとめた。


「致し方ない。愛する女人に無体を働いたのだから」


「そりゃ、私に無体していいのは、アーチ様だけですけど」


「うむ。仲良きことは美しきことなり」


「はい! アーチ様には顔しか釣り合わないポンコツですけど、良い奥さんになるぞって思います!」 


「なるほど。其方の美しさと心根は、かの御仁の至宝なのだな」


「のすのす様」呼ばわりを気にしないし、惚気は全肯定だし。

全ての生き物と会話をかわせるオケアノスは、相手のレベルに合わせて話を聞く特技に秀でている。

もともとが浮世離れして鷹揚なので、不敬を気にとめたことがない。

よって、ツッコミ不在の超ボケ空間が構築されてしまった。

会話が始まるまでは警戒していた鳳凰たちも、めいめい毛繕いやアクビをはじめて「アホらし」と言わんばかりだ。


「それより、かの御方は息災だろうか。この国では、貴族による私刑が禁止されているはずだが」


「シギの太守さんたちから、すっごい抗議がきました。フレディ様がケムに巻きましたけど」


「……そ、そうか。参考までに詳細を聞いても?」


「えーと。隙をついてアーチ様の剣を奪ったのすのす様が、自分で手首を切り落としたって話になってます。アーチ様はお間抜けが過ぎるって怒られて、貴族牢にぶち込まれてます」


「…………なるほど」


なんとも、フレデリック王子らしい采配である。

アーチラインから報告を受けた瞬間、「サンドライトの次期宰相が、皇太子の手首を切り落とした」事実を「間抜けな令息を出し抜いた皇太子が、自らに罰を与えた」に変えたのだろう。

 アーチライン・シェラサードの名誉は著しく穢されたが、貴族の私刑を禁止する法を犯したのだ。この程度の屈辱は甘んじろ、と。


貴族牢のアーチラインを訪ねたエイミは、彼とフレデリックの会話を盗み聞きしたらしい。だから、その足でここに来たと。


「あの、帝国の皇子様って、体に欠損があると継承権が消えちゃうんですよね??? 皇太子であらせられるのすのす様が自らそれを放棄したんだから、ランちゃんはもー死刑にしなくていいじゃないかってお話もされてて。のすのす様って全面降伏なくせに、ランちゃんの命乞いだけ激しすぎません?」


それもまた、実にフレデリックらしい采配である。

采配というか、力技というか、ゴリ押しというか、無理を通せば道理が引っ込むというか。

半分呆れつつ、オケアノスは安堵した。


「余の右手がランを救ったなら、なにより」


「良くないです! のすのす様、カノジョに献身的すぎですー! ていうか、スゥさんとランちゃん、どっちが嫁なんですか?」


「婚姻を結んだのはレティシア妃のみだが……余に奪われた女人は、全て妻に迎える所存ではある。我が国では、純潔を失った女人と夫以外と契った女人は、売春窟に捨てられる。それはあまりに忍びない」


「のすのす様の巨大ハーレムって、まさかの犯罪被害者保護施設っ?! やー。帝国の皇子様って、スケールちがいますねー」


ほへーっと感心するエイミ。

この人、人類愛はスゴいけど、恋愛感情がポンコツすぎる。

貴族牢で自分を殺せと喚いていたランが、ちょっとかわいそうになった。

ランはたぶん彼のことを、恋愛的に好きなのに。

手首を失ったことで彼女の命が救われたと聞いたら、さらに激怒しそうだ。護衛の皆さんを殺した罪は、生きて償えよとしか思えないけど。


「……それ、痛いですよね。痛すぎますよね?」


わずかに血の滲む包帯を凝視しながら、拳を握りしめた。

オケアノスはゆるゆると首を振り、「鎮痛剤が効いている」と、微笑んだ。

痩せた頬に浮かぶ微笑が痛々しくて、思っていた以上に彼が善良で、エイミの両目から涙がこぼれ落ちた。


「ご、ごめんなさい」


「なぜ、そなたが謝る?」


ゆったりと寝台に腰掛けるオケアノスは、表情も穏やかだ。

怒っていいのに。自分がやったわけじゃないと、声をあげて訴えれば良いのに。


「アーチ様は、理由もなく人を傷つける人じゃないです。でも、でも、やっぱり、のすのす様の手首切っちゃったのは、ダメダメです! 痛いですよね。辛いですよね。ごめんなさい。本当に……ごめんなさい」


ポロポロと、涙が頬を伝い落ちる。

子供のように両手で拭いながら、謝罪を繰り返すエイミ。

オケアノスはしばし呆気にとられたが、ゆるりと寝台から立ち上がった。

絶対的な皇気にあてられ、無意識に平伏するエイミ。

うずくまる少女の眼前に、背の高い青年が腰を降ろした。


「この手は、右の手は特に、多くの命を奪った。其方にも怖い思いをさせた」


と、包帯を巻いた不恰好な右腕を、エイミの眼前に差し出した。


「それは……でも!」


「余の利き手は左なり」


その声はどこまでも澄んでいて。確信に満ちていて。

エイミは思わず顔をあげた。


「余を操った生霊は、右利きだった」


「え……」


「従騎士ディーンの利き手を奪った狼藉を処すならば、余の武力を削ぐならば、失わせるべきは左手だ」


囚人用の黒いシャツから出ている左手が、冷たい鉄格子を掴む。

問題なく動く、しなやかな長い指。少し汚れた爪。


「アーチライン・シェラサードには、余を殺す理由も権利もある。されど、余の最も罪深い箇所を、余から切り離するに留めた。仇敵にすら、最良の道を示された」


「アーチさまが……」


オケアノスの瞳はどこまでも澄んでいて。

その声は厳かで、慈愛に満ちている。


「そなたも満身創痍の身で、恋人の助命に来られたのであろう? 安心されよ。帝国が彼を裁く日は来ない。余が、自ら手首を切り落とし、武伯の娘を救っただけのこと。ランの父は帝国空軍の元帥だ。空軍に借しを作ったのだから、サンドライトに手出しさせぬ」


晴れ晴れとした表情。穏やかな声。

アーチラインによる断罪は、悪事を尽くした右手の喪失は、たしかに彼を解放したのかもしれない。


それでもエイミには納得できない。

ふるふると首を振って、柵を握るオケアノスの掌を両手でくるんだ。


「もっとはやく、のすのす様と出会いたかったですっ……!」


「聖女エイミ……?」


「ピアノ調律のおじいちゃんの、庵に住んでいらしたんですよね? ちょっと遠いけど、うちの領地の、ご近所さんだったんですよね?」


「……ああ」


「のすのす様も、学校に通って、男の子たちと、釣りとか探検とか、イタズラとか、いっぱいすれば良かったんです!」


「……?」


「平民学校の男の子なんて、遊ぶことと、遊ぶことと、遊ぶことしか考えてないんです! 私にバカだなって思われちゃうレベルですよ?! 楽しいことに忙しくて、満たされてたら、オケラなんかに操られる隙が、できなかったかも、しれないじゃないですか!!!」


涙が、嗚咽が止まらない。


「そうしたら、のすのす様は、誰も殺さなかった! 悪いことしなかった! アーチ様が、のすのす様の右手、切り落とさなきゃいけない必要、いっこもなかった……!」


オケアノスは、瞠目した。


神堂穂成に憑依されなかったら、エイミと同じ平民学校に通っていたのだろうか。

少年たちと岩場を探検して、草笛を吹いて、秘密基地を作り、剣術ごっこに明け暮れていただろうか。

泥だらけや、水浸しや、雪だるまになるまで遊んで、スゥを呆れさせたていただろうか。






過酷な亡命生活で消耗した体力が回復しても、オケアノスは洞窟の周辺からあまり動かなかった。

というか、人目に触れることを恐れていた。

だけど、老人たちには平民学校に通うことをさんざん勧められた。


「竜琴ばかり撫でておっても、暇じゃろ?」


「もーそろそろ、学校に行ったらどうじゃー?」


老人たちは怒らないが、しつこかった。


「……サンドライト語は、初歩からわからぬから」


オケアノスは、頑固だった。


「それだけ話せりゃ、充分じゃのー。こんな田舎じゃ、お前さんの知らんよーなことまでは、教わりゃーせんのー」


「そこのジジイの言う通りじゃ。というかな、学校は協調性を学んで、友達を作る場所じゃよ?」


少年は苦笑した。

それこそが、無理なのに。

草を愛でれば庭を荒らされ、魚を愛でれば池に毒を投げられる。

犬や猫はもちろん、野鳥に木の実を揺らすことすら戸惑われたオケアノスには、友人を作りたいという欲求がない。

誰かを愛することは、罪のない命が失われること。

その刷り込みが強すぎて、人が集まる場所を拒否してしまう。


「実はのー。ホワイト商会の姉妹が通っていてのー。8歳の子がえらい別嬪だもんで、誘拐騒ぎが頻繁らしくてのー。可愛い子じゃが、アホアホでのー。なんだか心配でのー」


「お前さんらの着替えも値引きしてくれたし、スゥちゃんとしれっと護衛してくれんかね?」


「あ……はい。護衛でしたら」


もちろん、校舎には入らない。

校舎の警備と登下校の見守りのつもりで頷いたが、老人たちは普通に登校するものだと喜んだ。


「役得じゃなー。ほんに美しい子じゃからのー。じゃが、まー、お前さんの好みは、6歳の妹な気がするがのー?」


「はい????」


「ホッホッホ 黒髪の聡い娘が好みとみたが、どうじゃ? ちなみにワシは、金髪のグラマーが好みじゃ」


「好みの女人を見つけるも、ひとつの学びじゃのー。」


「まあ、まずは友達を作りなされ。友を通じて、人の営みを学ぶが良い。そなたは優秀じゃが、どうにも危ういでの」







オケアノスの脳裏に蘇るは、優しくしわがれた声。

あの当時はわからなかった、年長者たちの心遣い。

号泣するエイミを見つめながら、やんごとなき老人たちの言葉を噛みしめる。


「そうだな。其方らの、言うとおりであった」と、頷きながらーーー。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
エイミちゃんの呼び方でようやく気がついたけど、三姫の名前の元ネタってキャンディーズ…!? マリオルイージ兄弟も居なさったし、創作の地名や人物名で遊ぶの大好き民なので笑いました…! もしかして他の方の名…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。