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運命の輪に踊りながら、絆は未来に希望を抱く

サンドライト歴422年1月。

サンドライト王国と、帝国シギ州、ルス州の和平条約が調印された。


これらの施行は、議会の承認を経て、中央州の法務局を通す義務があるが、オケアノスが先に調印した。

継承権の自主放棄、太守就任、シギルス州制定、極東小国の遣帝女廃止ーーーどれも、中央政治とは無関係である。

皇族の独断でやっても、まあまあ問題ない。


そこを、わざわざ帝都に乗り込んで「シギとルスくれよ。ダンジョンまみれで腕が鳴るわー。右手ねえけど」と神堂口調でうそぶいたのだから、オケアノスもたいがい役者である。


体が欠損した皇族に、帝位は継げない。

皇帝直々に「好きにさせよ」と言われ、中央政治にしか興味のない兄皇子たちには「愚鈍が過ぎる」と嘲笑われた。

間者やら暗殺者には昼夜問わず、頻繁に出会ったが、()()()()()()()()()()()今、何の問題もない。


不自然なほど誰もいない、長い長い回廊ですれ違った第3皇子には、「自ら資格を放棄したか。愚かなり」と吐き捨てられた。


兄とはいえ、親子ほど年齢が離れている。オケアノスが生まれる10年も前から次期皇帝に内定しているサカラ皇子。表向きは側妃腹の第3皇子だが、彼こそが真の皇太子。皇帝の寵愛深き第5側妃の長子で、血生臭い権力闘争の中心人物である。

彼は、彼だけは、名ばかりの皇后と15皇子に危害を加えなかった。

関心がないように振る舞いながら、そうでもないと気がついたのは何歳の春だったか。

オケアノス亡命後、捨て置かれた母が餓死しなかった理由も、察するまでもない。


オケアノスは両手を長い袖に隠し、臣下の礼をとりながら、()()()告げた。


【其方に母を託す。譲位の折、下賜を願え】と。


誇り高き次期皇帝の瞳に、憤怒と驚愕が浮かぶ。

侮っていた存在の、敬意のない上目遣いに。


まばゆい光の気配に振り返るサカラ皇子。細く長い回廊の突き当たりに、純白の幼竜が立っていた。その背に2羽の鳳凰がくつろがせて。

世にも美しい幻獣たちは、優しい目でオケアノスを、オケアノスだけを見つめている。

次期皇帝など、無数にそびえる円柱と大差ない認識なのだろう。


【母さえ息災ならば、帝都に用はない。驕奢と狂瀾を、朕は好かん】


「……最初から、頭角を表せばよかったものを」


表情は凪いでいるが、キリキリ奥歯を噛み締めてもいる。

なかなかに、器用な御仁だ。オケアノスは微笑を浮かべた。幼い頃は巨大に見えた兄を、守るべき存在のひとつと認識しながら。


【幼少期にこれをしたら、其方は朕を殺していた。せざるを得なかった。其方が父ならばと嘆きし幼児を、失望させるな】


オケアノスは、臣下の礼をくずさない。

サカラ皇子は、あえて高圧的に宣言した。


「廃太子オケアノス。いずれ、余を父と呼ぶ名誉を与える。名を上げよ。極東を立て直せ」


「御意」


真の皇太子と廃太子は、そのまますれ違っていった。道を同じくする日はこない。決して来ないだろう。





オケアノスが宮廷陰謀劇をさりげに無双していた頃。


フレデリックは多種多様な執務に追われていた。

時は深夜。

窓の外は雪がちらついている。暖炉には絶やすことなく薪がくべられているが、分厚いカーテンを下ろした窓を細く開いている。

部屋が温すぎると、眠くなるからだ。

数時間ぶりに羽ペンを置いたフレデリック、座したまま軽く伸びをした。

夜明けは遠い。仕事の終わりも見えてこない。「押し付けるのはかまわないから、最短でまわせよ」と思いながら、羊皮紙をめくる。


近頃、母の健康が思わしくない。


ミネルヴァ正妃は、もともと体が丈夫ではない。一旦風邪をひくと回復に時間がかかり、数週間寝込むことがままある。

今回もまさにそれで、マリアベルを王妃の間に住まわせて、ベッドに座ったまま王妃教育を仕上げている。


そんなわけで、サーガフォルス王がフレデリックに執務を押し付けた。

婚姻前のマリアベルや側妃たちではできない王妃の仕事を、そのままスライド。

復校した貴族学園になんて、もちろん通えてない。単位は取り終わっているから、問題ないけど。


本日は、ワイバーン王の勧めで摘んだ薬草の花束を取り上げられた。そして、孝行せよと言わんばかりに羊皮紙の束を渡された。ま、いーけど。


このまま母の不調が続けば、卒業式の答辞も、生徒会の引き継ぎ挨拶も、ぶっつけ本番になるだろう。


それはそれで構わないが、それより何より、プライベートでマリアベルに会えない。会えなさすぎる!

シュナウザー領で療養後に登城して、王城の貴賓室で暮らしているのに。


そりゃあ、夜会では会える。が、ふたりきりになれるのはダンスタイムだけ。ど真ん中で手本の如く踊り、その後は社交につぐ社交につぐ社交。

お互いにやるべきことがあるから仕方ないが、立ち話もままならないって、いったい。

1秒でも長く王妃を見舞いたいサーガフォルスが、あれこれ押し付けてくるのが諸悪の根源て、ほんといったい。


根雪のように、不満が積もる夜だった。

招かれざるわけじゃないが招いていない客が来たのは。

あからさまに秘密裏?なのに、大荷物持参。

客人は全身に包帯姿で眼帯をしていたが、テキパキと荷物を開き、トルソーを組み立てた。なぜか、巨乳の。

乳房だけ弾力のある素材らしく、卑猥な物体に成り下がっている。王子が知ってたらイケナイ玩具みたいだ。


デスクで書類を手にしたまま、目をぱちくりさせるフレデリック。


客人は、トルソー2体の間に膝をつき、最敬礼をした。


「ステラ・コーラス。明朝よりマリアベル様の侍女兼懐刀として、復帰します」


スゥとの戦闘で瀕死の重傷を負ったステラだが、驚異的な回復力で復帰を果たした。マリアベルの誘拐がなかったことになっているから、処分が宙に浮いたともいう。


護衛対象を誘拐された暗部は、同じ暗部に裁かれるもの。

しかし、フレデリックはそれをさせなかった。


王太子付きの暗部に召集をかけ、暗部全員VSスゥとランという、『3日間サドンデスマッチ』をこっそり開催した。

合法的な敵討ち可。

仲間を殺された暗部たちは、復讐心を胸にこれに臨んだ。


が、やらされるスゥとランは平然としていた。


「こいつらが、あたしらをうっかり殺しておっけーなのは、わかった。で、あたしらは、こいつら殺しちゃダメなのよね? 障害残んない程度の手加減でいーの?」と模擬剣を確かめたラン。


「打ち身以上の怪我はさせず、気絶に留めてください」と、徒手のスゥ。


「げ。1番めんどくさいヤツ」だの「できないラン様ではありませんよね?」だの「あたしも素手にしよ。獲物使うと、うっかり骨砕いちゃう」だの「では、ミトンで緩衝を」だの、のんきなガールズトーク? が炸裂している間に、試合終了。


過半数は、試合開始から数分で昏倒させられた。ミトンをはめたランのパンチで。ラン曰く、徒手はあまり得意ではないらしいが……。

スゥに狙われた者は、背後をとられた自覚もできないまま意識を刈り取られた。

目を覚まし、作戦を立て直し、連携を組み、闇討ちを狙うも、全てスゥに読まれる。

単細胞のランひとりなら騙し討ち可能に見えるが、野生の勘が働くのか、毒矢も毒針もかすりもしない。

結局、スゥもランも、かすり傷ひとつ負わなかった。なんならランは城下町の屋台の行列に並んで串焼きやスイーツを楽しみ、スゥは図書館でサンドライト語の文法を勉強していた。

生き生きとお肌ツヤツヤなふたりと反比例して、ズタボロになるだけの暗部たち。

スゥと一対一で戦って生還したステラの評価は「ゴミ屑」から「よく生きて帰ってきたね!」に変わり、給金が爆上がりした。


「君ら全員、スゥ先生に鍛え直してもらおうね?」


フレデリックは、満身創痍の暗部たちにニッコリした。

スゥの刑務は、斥候術、房中術、暗殺術の伝授なのだ。

ちなみに、ランにはアンデッドドラゴンの瘴気砲で地形が変わった、転生の泉周辺の土木作業をさせる。


とにかくまあ、適所適材って大事だ。このステラも、起き上がれるようになってからは、毎日スゥにしごかれては暗殺を試み、返り討ちにされているという。


「復帰はめでたいが。その卑猥なトルソーとなんの関係が?」


「大恩あるフレデリック殿下への、忠誠の証でございます」


絶対零度の声音に、怯むようなステラではない。

いつも通りの平かな表情で、トルソーの乳房を掌に乗せた。


「メロンです」


全てのツッコミが失せるフレデリック。

ステラは手提げから女性用のランジェリーを取り出し、トルソーをあれこれいじりながら装着させた。


「リンゴになりました」


たしかに、彼女の手腕によって卑猥な巨乳トルソーが気品ある美乳トルソーに生まれ変わった。


「こちら、夜会用ドレスのコルセット・ランジェリーです。ドレスによっては、ウエストに布を足して、妖艶が過ぎる見目にならぬよう、調整しております」


誰の、とは言わないけれども、言わずもがな。


「こちらはデイドレスと制服用のランジェリーでございます。メロンをリンゴに見せる難度はコルセット・ランジェリーより高くなりますが、前面の紐をほどけばまろびでます。このようにしまえば問題ございませんので、ご成婚までは着衣での御戯を推奨致します」


「……………」


言わんとすることは、わかる。

だが、女性経験のない坊やには、刺激が強すぎる。

だいたいの令息は学園卒業までに花街で教わるか、婚前交渉で経験するが、この王太子は全くをもって清らかなのだ。

13歳の頃にハニトラ女間者と暗殺者を脅迫し、合体させ、実況させ、「褥教育、これでいーよね?」と微笑んで、教育係を卒倒させたほどの純情さんなのだ。


知恵の果実を与えてどうするよ?


安定のエンジェルスマイルVS鉄壁のポーカーフェイス。

ためいきをつくように息を吐いたのは、フレデリックが先だった。


「そのトルソー、即処分しようね?」


「もとより、そのつもりでした。殿下は、初見でだいたいのことを成しますゆえ」


大真面目なステラに「この為に、君を救ったわけじゃないんだが?」と、頭痛が否めないフレデリック。


「老婆心ながら、申し上げます。私は慣らし経験がないまま彼氏に流されましたゆえ、超激痛でございました」


その情報も、要らん。


「乙女の股に世知辛き試練を与える所業でありますこと、ゆめゆめお忘れなきよう」


忠臣は手慣れた所作でトルソーを解体し、荷物をまとめた。

そして、来た時と同じく闇に紛れるように姿を消した。

残されたフレデリックは雑念を払うように頭をふり、羊皮紙に没頭することにした。




その頃マリアベルはーーー。


「抑揚のタイミングが、ねえ。口の形かしら? 開きすぎてなくて?」


病床のミネルヴァ正妃から、ダメ出しをくらっていた。

式典で唱える祝詞の返礼を聞いてもらって、約3分。

燭台の明かりは、最小限にしている。

そのわずかな明かりですら眩しそうなのに、マリアベルのミスともいえない、解釈違いでしかなさげな穴をつついてきた。

で、完璧なお手本を誦じて読み上げるのだから、気の弱いマリアベルは「はい」しか言えない。


「マリアベルは真面目なだけに、不器用よねえ」


手本を誦じたら力が抜けたのか、ミネルヴァは重ねたクッションに体重を預けるように背を落とした。

病状での所作すら、気品に満ちている。

マリアベルは侍女に「白湯を」と命じて、自らは枕元に腰掛けた。


「先ほどの。マリアベルの返礼でも間違いではなくてよ? 解釈違いを説明すれば良いじゃないの。それも大切よ?」


「妃殿下のお手本が完璧でしたもの」


できない言い訳を考えるより、課題を習得する方がはやい。努力する方が楽だ。

そもそも、声楽でもピアノでも、楽譜を完璧に仕上げてからアレンジする派だった。こちらは解釈違いと言い張れる完成度じゃないから、言い訳なんかしたくないし。

なんてことすら、口に出せない日本人気質である。


「努力は美徳だわ。でも、もうすこし自己主張なさい?」


「……善処します」


マリアベルが視線を外すと、ミネルヴァは女神のような笑みを浮かべた。


王妃教育どころではないのに、身を起せさえすれば呼び出してくる。そして、集大成といわんばかりの座学を施される。

いちいち呼び出されては予定の変更が続くので、めんどくさ……心配になったマリアベルは、王妃の間に寝泊まりすることにした。


なにしろこの正妃さま、自分の体調を見極めて無理をする。

回復は遅れるが悪化もしない、無理をすれば婚礼式典には出席できるだろうが、その後の復帰は知ったこっちゃないギリギリを攻めてくるのだ。


まるで、寿命が見えているかのように。


マリアベルは、怖かった。

その心情に、覚えがあるから。

前世、友人達の受験が終わるまでは、意地でも生きてやると思っていた。それより早くお迎えが来たら、試験が終わるまで隠してほしいと遺言していた。ムリだろうなあと悟ってもいたから。

今のミネルヴァは、そこまでの病人ではない。風邪の治りが悪いだけ。侍医も言っていた。

だが、ありあだって最初は風邪だって言われていた。次は自律神経失調症。病名がわかった時には、余命宣告がセットだった。


この不安が思い違いでありますようにと祈るマリアベルに、ミネルヴァは優美に微笑むだけだ。



しばらくして、侍女頭が国王陛下の渡りを告げに来た。

マリアベルは枕元から離れ、部屋の入り口で臣下の礼をして待った。


開かれた扉。ハーブの香り。

寛いだ装束でも、サーガフォルス王は美麗だ。

季節外れの茉莉花やラベンダーが含まれた花束を手にする姿が、やたら様になっている。


「まあ、良い香り!」


ミネルヴァの表情が、少女のように華やいだ。

完璧な王妃の横顔しか知らないマリアベルはいささか面くらい、表情を変えずに瞬きをした。


「ああ。フレデリックからの土産だ」


「南国の高山地帯まで行ったのね? そんな暇があるなら、マリアベルをお茶に誘うべきだわ。ねえ?」


花束を抱きしめる細い腕。痩せた頬。満面の笑み。

マリアベルも、合わせるように表情を和らげた。


「その花束には薬効がありますもの。大好きなお母様が、最優先ですわ」


口ではなんだかんだ言うが、出生時に死にかけて「万が一母体を優先させたら、離縁します!」と言い放って気絶した親を、嫌いになれる子はいない。


「うむ。相変わらずよくできた令嬢だ。時間管理もままならぬ愚息には、勿体ない」


花瓶を持ってきた侍女を制し、サーガフォルスは自ら花を生けた。何事にも器用な王は、この愛らしい木花と草花たちを王妃に相応しい美麗な形に整えてゆく。


「もう! 相変わらずフォルスは、フレディにだけ厳しいんだから!」


マリアベルは遠い目をした。

フレデリックから花を受け取ったサーガフォルスが、執務をプレゼントする場面が、ありありと目に浮かぶ。

子を思う母の愛と、母を慕う子の愛に嫉妬するのは、さすがにどうかと思う。言えないけど。


「マリアベル。フレディは執務室にいる。薬草茶を淹れてあげなさい。どんな褒美よりも喜ぶから」


と、花瓶に入らなかった分を、小さなブーケにして手渡してきた。

残り物感はなく、そのためにあつらえられた花束にしか見えないところが、また憎い。


マリアベルは恭しくそれを受け取ると、「仰せのままに」と王妃の間を辞した。






マリアベルが去り、時計の秒針が何周かした頃。

サーガフォルスに促されて横になったミネルヴァが、ため息をついた。


「シュナウザー公爵から預かった令嬢を、狼の巣に追いやってどうするのよ? 大切な純潔を失わせる気?」


妻の呆れた声に、サーガフォルスは鷹揚に頷いた。


「大丈夫。あれは、待てる狼だよ」


「ご自分は、待てないくせに」


「婚前に、余ほど待てた狼はおらぬよ?」


「確かに。問題は、その後だったわね……」


ミネルヴァはクスクスと笑い、そのまま咳こんだ。

サンドライトには後宮があり、歴代国王は皆、側妃を迎えている。

結婚当初のサーガフォルスは、側妃を拒んでいた。

受け入れるようになったのは、フレデリックの出産で生死を彷徨ったミネルヴァの、不妊が確定したからだ。

彼女の生家のマンティカン公爵家が虚弱傾向なのだ。他の貴族より平均寿命が短いし。正妃の弟も、30歳前に夭折しているし。


「そんなお顔、なさらないで。フォルス。孫の顔くらいは見る気でいるわよ」


背中をさすってくれた手を握り、濡れた瞳で夫を見上げる。


「ミネルヴァ」


「まあ、孫のデビュタントまでは厳しいわね。わかっているでしょう? 本来なら、正妃が務まる身ではなかったもの」


マンティカン公爵は家系的な短命を理由に、ミネルヴァには王子妃になることを望んでいた。

はじめての登城は、ファルカノスと婚約を結ぶ為だったのだ。

が、当のファルカノスが「本能的に、ムリ!」と脱走。

弟の尻拭いで顔を出した王太子サーガフォルスに一目惚れして、一目惚れされて、現在に至る。


「フレデリックは貴方を継いで、立派な王になるわ。なんなら、今すぐにだって。ただ、教会権力にだけは、少々手こずるかしら」


「余に、教会内部に身を置いて、フレデリックの治世を助けろと?」


「うふふ」


サーガフォルスの長い指が、妻の髪を撫でた。

ミネルヴァは眩しそうに目を細め、愛する夫の手にキスをした。


この後、ミネルヴァ正妃はゆるやかに健康を取り戻した。

そして、時に体調をくずしつつ、ビシビシにマリアベルをしごいていった。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





ーーー20数年後。



孫のデビュタント祝いを諦めていたミネルヴァ妃だが、初孫の立太子どころか、末孫の結婚式まで特等席で眺めることができた。


初孫の誕生披露式典の準備にめちゃくちゃ口を出して、倒れて、ど叱られて以来、どうも嫁に頭が上がらない。

「妃殿下仕込みの采配を信じて、当日までに回復なさいませ!」が口癖だし、実際、ミネルヴァに不満を抱かせない采配を見せてくれる。

普段は従順な嫁なのに、キレるとコワイ。顔が悪役だし。体調管理に関しては、やたら頑固だし。聞かないと、本気で泣くし。


サーガフォルス王に譲位を直訴したのも、この嫁だ。

王妃としての強権を欲したからだが、その理由がはちゃめちゃだった。


「陛下、どうか譲位なさって、私に正妃の権力を下さい! 疲労する前にミネルヴァ様を休息させ、健康寿命を延ばしたいのです!」ときた。


過保護な嫁のお陰で、思っていたよりもずっとずっと長生きできた。孫たちに車椅子を押してもらえるなんて、ひ孫を腕に抱けるなんて、夢にも思わなかったのだから。





サンドライト歴425年。

歴代最高の賢王と讃えられたサーガフォルス・サンドライト8世は、フレデリック・サンドライト9世に王位を譲った。

サーガフォルス上王は、譲位後、高齢だった大司教に代わってサンドライト司教区を治めた。

教会内部の腐敗を蹴散らしたり、ペテロ・フルート枢機卿の冤罪を立証したり、大活躍(好き放題)したのは記すまでもない。


サーガフォルス大司教はミネルヴァ上王妃の死後、出家して帝国の教会本部に入る。その後、わずか数年で教皇の地位に上りつめるのは、また別の話。彼の孫にあたるミハエルが即位した、何年も先の話。遠い遠い未来の物語である。




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