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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編

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選択肢。

「――ああ。今夜は、いい月夜ね……。良かったわ」


 風で靡いた髪を手で押さえ、エルは月を一瞥する。

 フリードは痛みに顔を顰め、屈辱に奥歯を噛み締めて、そんな彼女を睨み付けた。


「貴様、何をしやがった……!!」


 魔法防壁を張っていたにも拘わらず、このダメージ。

 もちろん、防壁が破壊された形跡もない。

 呪術のような、敵を内部から破壊していく類の魔法かとも思ったが、そんな干渉を受けた気配もない。

 分からない。分からないからこそ、余計に腹立たしい。

 けれどエルは、そんな問いなど耳に入っていないのか、視点の定まらない虚ろな瞳でふらふらと歩を進めるのみ。


「……死んだかと思った。死んでしまったかと思ったわ。苛めないでよ、レオを。……レオはね、可哀想なのよ?いつもどこか、泣いてるの。夢でいつも、泣いてるの。だから、起きている時ぐらい、笑っていて欲しいじゃない。苦しんで欲しくなんてないの。悲しんで欲しくなんてないの。痛い思いなんて、させたく、……なかったのに」


 そこまで言って、エルは影の増す顔を俯かせ、脚を止めた。

 数秒、場が沈黙し、月の光が雲によって遮られる。


「――っ!!?」


 次に、月が顔を出した時。

 俯かれていたエルの顔もまた、上へと向いた。

 同時に、フリードの左腕、肘より先の部位が闇へと消える。


「っ、が!?……ぐぅっ!!」


 激痛に大量の脂汗を滲ませて、それでも叫ぶまいと唇を噛み締めるフリード。

 しかしエルは、そんな事態になど興味がないとでもいうように、ボソボソと何かを呟きながら月を仰ぎ見るばかりである。

 何を喋っているのかと耳を澄ますと、詠唱らしき言葉の数々。

 聞いた事のないその詠唱に、フリードは目を瞠った。


「――我らを満たし光のマナよ。我らを覆いし闇のマナよ。我、光と闇に愛されし、汝の子也。満ちゆく月の如く我らを満たし、欠けゆく月の如く敵を削げ。彼の者、我らを脅かし敵也て。欠けろ。欠けろ。欠けろ。……敵を削げ」

「が、あ゛、ぁあ゛!!……ぐ、ぎ、貴様ぁぁああああ!!!」


 左脚、膝より先が、――欠けた。

 フリードは、反動によって地面に大きく倒れ込む。

 両手が無いため碌な受け身も取れず、土が顔にこびり付く。

 痛みやら怒りやら屈辱やらで、これまで経験したことが無い程の感情の渦が、フリードを襲った。

 感情が昂り過ぎて、気持ちが悪い。

 はらわたはとっくに煮えくり返っていて、最早吐き気すら感じる程だ。

 それでも何とか感情を抑え込み、現状を理解しようと試みるフリード。

 とりあえず、光と闇のマナを複合させた魔法である事と、身体部位を削いでいく魔法である事は分かった。

 しかも、切れた部位は闇に呑まれるようにして一瞬で消滅する為、接合処置すら行えない。


「――ぐっ!!」


 右肩が、消えた。

 長さを完全に失った右腕を見て、フリードは奥歯を噛み締める。


(何たる悪質さ……!!)


 欠ける部位はランダムなのかは知らないが、一思いに首を刈らないどころか、手足さえも二段階に分けて切断するというこの醜悪さ。

 エルフの趣味か、それとも単に、この魔法自体が甚振り殺す事を目的としたものなのか。


「ぅぐっ、」


 左脚の肘が、切断された。

 痛みに小さく呻き声を零すも、思考は止めない。


(……もし前者であったなら、切断部位は選択可能という事。人間如きに命を握られて甚振り殺されるなど、考えるだけで発狂してしまいそうだが、この場合は私奴に勝ち目はない。ならば、一度ここを離れるか?……いや、そのような恥辱を味わうぐらいなら、今ここで死んだ方がマシでしょう。それに、離れたところでこの魔法から逃れられるという保障もない。……まぁ、そもそもの話、この私奴が坊っちゃんを置いて1人去るなんて事、出来よう筈もないのですがね)


 首を捻り、自嘲の混じる優しい微笑を浮かべながら竜車を一瞥。

 前者にせよ後者にせよ、取り敢えず直ぐに殺される事はないだろうと踏んだフリードは、深く、長く、息を吐き出して瞳を閉じた。

 そして、思考する。計算する。

 痛覚は正常。治癒力も問題なく機能している。

 部位が切断される以外の付随効果は、今のところ無いと見ていい。

 ならば、この場において、最も効率的且つ適した肉体とは何か。

 それら諸々の思考を統合し、フリードは最適解となる自身の身体構造を想像する。


「……痛覚遮断。自己治癒力強化。再生開始。身体硬質化。防御力強化、強化、強化――」


 大きく、大きく息を吐き出して、浮遊魔法によって宙へと浮く。

 切断された断面は、ぶくぶくと細胞が蠢いて、肉体の再生を図っているようだった。

 しかし――、


「……チッ。これでも切れるか」


 左脚が、付け根の部分から持っていかれた。

 身体の硬質化を以てしても、防ぐことは叶わず。

 フリードは忌々しそうに舌を打って硬質化を解くと、その分の魔力を再生力強化に回す。

 それから苛立たし気に瞳を細めて、射殺すような視線をエルへと向けた。


「……ん?」


 そこでフリードは、ある事に気付く。

 エルの顔色が、酷く悪い。

 呼吸も荒く、ふらふらと立ち眩みを起こしている様子が見て取れた。


(――なるほど。この私奴にこれ程のダメージを負わせる魔法だ。確かに、称賛に値する程の驚異的な魔法だが、それだけ魔力の消費量は多くて当然。ならばこの魔法、私奴の様な存在にも対抗し得る大魔法である反面、敵を殺しきるまでに時間が掛かるものと見てまず間違いない。もし意図的に消せる部位を選べるならば、疲弊しきる前に首を削いで片を付ける筈。……まぁ、この女がそんなリスクすらも顧みない程に、敵を甚振り殺すことが大好きな拷問狂であるなら話は別だが)


 一通り思考を終え、フリードは「ふむ……」と声を零す。

 そうしている内にも、右脚下腿部、左腕上腕部が欠けていく。

 痛覚遮断により痛みを消し、治癒力の強化によって出血量を最大限に抑え、血液も作られ続けている。

 その為、この程度でそう易々と死ぬ事はない。――が、このままではいけない。

 流石に腹部を切られれば、止血も再生も間に合わない。

 ……いや、そんなことよりも。


(達磨にされていくこの現状。……怒りと屈辱とでどうにかなってしまいそうですね)


 あらゆる内臓が煮えくり返ってゆく感覚と、血が逆流し、目の前が真っ赤に染まっていくような眩暈。

 そんな今にも吹き飛んでいってしまいそうな理性を、フリードは深い呼吸を繰り返す事で何とか押し留め、ギリギリのところで自己を保っていた。


(……いけませんね。冷静さを欠くような愚行は、私奴の美学に反します)


 フリードは大きく息を吐き終えると、地面に転がる石ころを無数に宙へと浮かせ、エルに向かって石飛礫を放った。

 しかしその飛礫は、エルの周囲を覆う膜の様な球体の防壁で弾かれる。

 同時並行的に術主の庇護も請け負ってくれるとは、本当に隙のない魔法である。


「――無理か。種族特有の特殊魔法なのだろうが、仕組みが分からんだけに厄介だ」


 種族特有の体質によって扱える魔法の領域には差があり、その種族にしか使えない魔法――特殊魔法なんかがあったりするが、この魔法もそれに当たるものだろう。

 蛇族や蜘蛛族、三つ目一族なんかが使う邪眼魔法もその一種。

 既に殆どの特殊魔法は解明されてしまってはいるものの、それでも時折、こういう事(・・・・・)は起こり得る。

 ……今だ世に知られていない、未知の魔法。

 複数のマナを複合させた魔法は数あれど、光と闇のマナだけは、どういう訳か同時には扱えない。それが常識であった。

 けれどこのエルフ。どういう訳かそれを成し得ている。

 エルフにも拘らず、闇のマナまで扱えているところを見るに、考えられる可能性は唯1つ。

 あの紫の瞳。……恐らく、ダークエルフとの混血か。

 エルフとダークエルフは殺し合う程に仲が悪かった筈だが、これは認識を更新せねばなるまい。

 フリードは、眉間の皺を濃くすると、エルの仲間達にまで張られている薄い膜を一瞥。

 クロとシロの傷を光の粒子が覆い、僅かではあるが回復も試みている様子が見て取れた。


(不可避であり、不可侵。その上、回復まで熟す魔法とは……。厄介過ぎる程に厄介で御座いますね。実に忌々しい。……ですが、まぁ、――そろそろ終わる頃合いか)


 フリードは苛立たし気に顔を険しくさせるも、身体が削られていく間隔が長くなってきた事を思い口角を上げる。

 左腕上腕部の欠落以降、損傷がない。

 といっても、右脚大腿部以外の四肢が全て持っていかれたのだから、十分すぎる程のダメージではあるのだが。

 フリードは一先ず、右腕の再生に意識を集中させながら、エルを覆う膜の様な防壁が消えていく事を待つ。

 あれが消え次第――、


「……っ!!消えたっ!!」


 口の端を大きく吊り上げ、フリードは僅かに長さを取り戻した右腕上腕部を前へと突き出し、魔法弾を放とうと魔力を素早く練り上げる。

 しかしその瞬間、視界いっぱいに迫りくる光の矢。


「っ!?……最後の足掻きにしては上々で御座いますよ、ゴミが!!」


 魔力が尽きたかと思った矢先の攻撃に、一瞬驚きに目を染める。

 しかし、今度のは唯の光魔法だったようで、絶えず張られていたフリードの防壁によって、それらは無残にも砕け散った。

 その様子を、エルは虚ろな瞳で見届け終えると、完全な魔力切れにより、息も絶え絶えと地に崩れ落ちる。


「――ですがまぁ、誇っていいですよ。元とはいえ、十二死徒の1人であったこのフリード奴に、これだけの傷を負わせたのだから。とはいえ、どう足掻いたところで、所詮雑魚は雑魚だが。……それでは、未来永劫さようなら。死ね」


 邸でも呑み込むのかという程の巨大な黒い球体が、フリードの前に出現する。

 フリードは手首まで再生し終えた右腕で、トン、と球体を軽く押した。

 周囲の空気を震わせながら、ゆっくりと落ちてゆく球体。

 魔力切れのエルフに、瀕死のヒト族と獣人。まだ辛うじて戦える者がいるとすれば亜人の子供ぐらいだが、先程から身体を震わせて固まっているばかりで使い物にはならないだろう。

 そんな彼らに対して、止めを刺す為だけに練られたこの魔法弾。……明らかに過剰である。

 しかし、首を潰されても尚再生したレオと、未知の魔法を使って見せたエル。予想外の展開がこうも続いたとなると、変に手を抜く事は愚策だろう。

 得体の知れない相手だからこそ、素早く、全力を以って叩き潰さなければ。

 フリードは眉間に皺を寄せると、標的ごと地面を飲み込まんと落下してゆく球体を、静かに傍観した。

 最後の最後まで、敵が消滅したのを確認するまでは油断しない。抜かりのない男、それがフリードである。


 ――が、しかし。

 その内心で、絶対的な勝利を確信し、ほくそ笑んでいた部分が全く無かったかと言われれば、否定せざるを得ない。

 緊張を解くことなく、冷静に場を見つめつつ、その実ほくそ笑んでいた。ほくそ笑みまくっていた。

 ……その所為だろうか。

 僅かに緩んだ警戒心と、立ってしまったフラグ。

 けれど人間、仕方のない事だろう。何かを達成する瞬間、多かれ少なかれ、人はどうしても気を緩めしてしまう。

 魔族だとか人間だとか関係なく、心を持って生まれた存在ならば、誰しもがそうなるだろう。



「……は?」



 目を瞬かせるフリード。

 それは、地面に倒れ込みながら、迫りくる球体を悔し気に見つめていたエルも同様の反応であった。


 ――球体が、縮んでゆく。

 物凄い勢いで、何かに吸い込まれてゆく。

 そして遂には、……消滅した。


 動揺で視点が定まらない。

 けれどどうにか思考を巡らし、顔を動かす事でそれを視界に捉える事に成功する。球体を吸い込み消滅させた、その物体を。


「……な、なな、……何が。……いや、そもそも何故、それが私奴の邪魔をする?魔族である、この、私奴を……」


 震える声で、疑問を口にした。

 エルも驚愕の表情で、それを見ている。

 球体が消えていった時、エルもフリードも同じような想像が脳裏を過ぎっていた。

 もしそれが想像通りであったなら、これ程の驚きは生まれなかっただろう。

 つまりは、想像が外れた。……というより、想像の遥か上をいったという方が正しいか。

 兎にも角にもその正体。

 金髪の幼女……ではなく、プルン、と震える楕円形のそれ。


「スー……ちゃん?」


 レオの傍に寄り添い続けたまま、仮にも魔物である筈のスライム――スーちゃんは、徐々にその震えを大きくさせた。

 プルンプルンからプルプルへ、そして更にはブルブルと。最終的にはブブブブブ――……。

 静かに激しく、……激震していた。


 けれど――、


「んー……。……あれ?……何この状況?」


 場が凍り付く中。

 数秒遅れて目を覚ます、この物語の主人公。

 レオは呑気に目を擦って欠伸を垂れながら、驚いた顔1つ浮かべる事無く、これまた呑気に周囲を見回す。

 それから、傍で何やら激震しているスーちゃんを宥める様に優しく撫でると、寝起きのトロンとした顔で微笑んだ。


「おはよう、スーちゃん」

「……」


 レオのその言動に、スーちゃんの激震は徐々に収まりを見せ、そして完全に停止した。

 スーちゃんは、プルン、と一度揺れた後、のそのそとレオの膝上へと移動する。

 最早その姿に、先程の謎の存在感は毛ほども無い。


「ん?どうしたの?」


 こちらへと顔を向けたまま、固まり続けるエルとフリードを交互に見遣り、レオは不思議そうに首を傾げた。


「というか、……ふふ?これは本当にどういう状況だい?周囲に散らばる頭部らしき肉片は、私のものかな?あはは!なるほどなるほど。大方の想像は付いたけれど、それにしたって驚きの光景だよね、これは。起きたらどいつもこいつも死にかけてるとか……、寝起きドッキリも程々にね?あはははは!!」


 レオの頭部だった部位の数々が、幼女の笑い声と共に、灰と化して消えてゆく。

 フリードは目を見開いて、言葉を失った。

 いや、既に目は見開いていたし、言葉も失ってはいたのだが、更に唖然とする事となった。

 もう何に驚けばいいのやら。

 そもそもの話、潰された首が再生している時点で既におかしい。

 どれだけ強い生命力があろうとも、どれだけ高い治癒力や再生力を持っていたとしても、頭が潰されて死んでしまえば終わりである。

 更には、魔族の邪魔をする魔物の登場。しかも、最弱と言われるスライムだ。

 何故にスライムが、あれ程の力を有している?

 そして最後に、レオのあの反応。

 目の前で内臓を垂れ流している瀕死の仲間達を見て、何故にその反応か。

 常識が常識と化していない。

 予想外な展開が起こり過ぎて、常識がゲシュタルト崩壊を遂げているかのような、異様な空間。


(狂っている……)


 けれど。

 一周回って、最早これが正常か。


 レオは立ち上がり歩を進めると、クロを見下ろしながら言った。

 腹を抱えながら、笑いながら、言った。


「あはは!これは酷い!よくこれで生きてたねぇ!?内臓がデロッデロじゃないか!治癒魔法の痕跡があるから、エルが頑張ってくれてたのかな?でも残念!今にも死にそうだ!死ぬの?クロ死ぬの?ねぇ、死んじゃうのかい?あははははっ!!……っとと、失礼?……コホン。全く、フリードも酷い事をするなぁ。殺すなら即死にしてくれなくちゃ。そうでなくても、出来るだけ早く、速やかに止めを刺すべきだ。そうじゃないと、苦しいだろう?痛いだろう?可哀想に……。これではまるで、くく……、拷問だ。……はぁー、やれやれ。それにしても、本当に困ったねぇ?再生魔法だと、君の体力が持たないだろうし……。あれって、瀕死の人間に掛けるものではないんだよね。再生する為にたくさんの体力を使わせちゃうから、今のクロやシロだと間違いなく死ぬね。というか、これだけ重症だと、そもそも再生可能なのかな?内臓は出ているだけで欠損している訳ではないから、厳密には腹の表面を再生するだけなんだけど、逆にそれが一番難しいかも……。内臓の収め方が分かんないから、もし再生魔法を使うなら、一度内臓ごと切断しちゃわないとかな?まぁそもそも、再生に耐えられるだけの体力が無いから、どちらにせよ無理なんだけど。あはは!……という訳で、クロ。痛いだろうに、待たせてごめんね?感情が昂ってしまって、生憎と饒舌モードだ。――さて、現状で君に与えられる選択肢は、次の3つ。意識が朦朧としているだろうが、よく聞いて、よく考えて、出来れば死んじゃう前に答えてくれ」


 しゃがみ込み、今にも事切れそうな仲間に向かって、長々と語るレオ。

 普通、ここは焦りを浮かべながら、死なせない手を大いに尽くす場面だろうに。

 得体が知れない。

 本当に、得体が知れない。

 フリードは、未だ嘗て経験したことが無い様な、奇妙で、何とも言えない気味の悪さを感じ取り、自然と肌が粟立った。その生理的な反応に、自身の常識が間違っていない事を再確認する。

 そしてレオは、そんなフリードの心境など露知らず、変わらずの笑みを湛えながら、何とも狂った選択肢をクロへと提示した。


「いいかい、クロ?まず1つ目は、……まぁ、100%死ぬだろうけど、奇跡に賭けて再生魔法を使ってみる事。出ちゃってる内臓は切らないとだけど、魔法で出来るだけ痛くならない様にするから、そこは安心してくれ。そして2つ目は、死ぬ事」


 事も無げににっこりと、その言葉を言った。

 あっさりと、そしてはっきりと告げられたその選択肢に、朦朧としていたクロの瞳も、僅かに動揺で揺れ動く。


「個人的には、この選択肢が最もおすすめかな。だって今、苦しいでしょ?痛いでしょ?早く楽になりたいとか思わない?」


 キョトンと首を傾げて、スーちゃんを撫でるレオ。

 クロは、浅い呼吸の中で、淀んだ瞳に精一杯の意思を込めてレオを見つめた。


「し、に、たく、なぃ……。ぉ嬢、と、まだ……」


 今にも消え入りそうな声。

 聴覚を開放した状態でなければ、レオも聞き取れなかったであろう。

 レオは「ふむ……」と小さく呟くと、やれやれと首を振った。


「やっぱりそうなる?この状況下で生きたいだなんて、私としては理解し難いけれど……。でも君がそう言うのなら、私はその願いを叶えよう。……3つ目の選択肢だ。個人的には、最も勧めたくない選択肢だけれど……」


 クロの髪を撫でながら、レオは優しく微笑んだ。

 そして静かに、口を開く。


「――吸血鬼に、なってみる?」



次回は昔話です。

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