嗚呼、坊っちゃん。
突然加わり出す新キャラ。
大量の菓子類と、奥様お手製のお弁当とを携えて、坊っちゃんは邸を出ていかれた。
『絶対に付いてくるなよ!』と言われましても、私奴は坊っちゃんの家庭教師であり従者。
気付かれぬよう、もちろん跡をつけていきました。
バレました。
即バレです。追跡時間僅か1分で御座います。
流石は坊っちゃん。天才か。天才でしたね。
それから魔法で拘束された挙句、地中深くに埋められました。
流石は坊っちゃん。手加減というものを御存知ない。
子供か。子供でしたね。
拘束魔法を解除し、漸く転移魔法で地上へと出た頃には丸1日が経過しておりました。
一時的に、呼吸があまり必要ない身体へと作り変える事で何とか生き延びておりましたが、よもや解除にあれ程の時間を要するとは……。
軽く死にかけました。あれ以上長引いていたら、確実に死んでおりました。
流石は坊ちゃん。容赦がない。
将来が楽しみで御座います。
地上に出て急ぎ邸へと戻ってみれば、そこには嘆き悲しむ旦那様と奥様の御姿が。
それもその筈。
あの日から、坊っちゃんはお帰りになっていないとの事。
最後の目撃情報は、魔海周辺を警備に当たっていた者が見たという、坊っちゃんらしきお子様の御姿。
魔海上空を、隕石の如きスピードで突き進み、人間領へと飛んで行かれたとか。
間違い御座いません。それは坊っちゃんです。
浮遊魔法をそのレベルでお使いになる子供など、坊っちゃんをおいて他に無し。
ならば行かねば。
坊っちゃんいる所にフリードあり。
何せこのフリード、坊っちゃんの家庭教師兼従者で御座いますから。
それから私奴は大急ぎで旅支度を済ませると、必ずや坊っちゃんを連れて帰還致しますと旦那様にお誓い申し上げ、魔族領を発ったのです。
嗚呼、坊っちゃんは今、何処――……。
「……うっ」
激しい頭痛と共に目が覚める。
視界に広がるは、見慣れない天井。
何だ?何が起こった?というか、ここはどこだ?
頭を押さえながら上半身を起こし、記憶を辿る。
確か、漸く坊っちゃんの魔力を感知して、居場所を突き止め――……。
……はっ!!そうだ、あの子供!!
行き成り殴って来やがるとは、何たる野蛮さ!!
覚醒してきた頭に蘇って来る、気絶前の記憶の数々。
拳を握りしめ、屈辱に身を震わせていると、不意に背後から声が掛かった。
「おや。丁度いい所で起きたね」
「き、貴様は……!!」
そこにいたのは、テーブルを囲って椅子に腰かけ、紅茶を啜る先程のガキ。
……ん。何だ?目線が低い。
そこで漸く、自分が床に寝かされていた事に気付いた。
おお、何という事だ。何という事だ……。
人間共が土足で這い廻るような場所で、私奴は一体どれだけの時間横になっていたというのか……。
許すまじ、人間共。殺す殺す殺す殺す殺す。
「ああ、床に転がしていたのは、君が泥だらけだったからだ。返り討ちにしてしまって悪かったね。その所為で酷く汚してしまった。君も後でシャワーでも借りるといいよ」
「ぐ……っ」
屈辱、恥辱で顔にこれでもかと皺を寄せ、歯を噛み締める。
……いや、その前に。
このガキ、今なんと言った?
汚れ、だと……?
はたと目を見開かせ、衣服を確認。
「んな、な、」
何という事だ……。
戦闘でも汚れ知らずだったこの私奴が、よりにもよって人間のガキに……。
……いや、そもそも、こいつ本当に人間なのか?
油断していたとはいえ、あの強さは異常だ。
「ん?片眼鏡なら胸ポケットに仕舞っておいたよ。他の荷物はそこの壁際に」
「ああ、御親切にどうも」
「いえいえ」
顔を触り、眼鏡眼鏡と周囲を見回していると、ガキが教えてくれた。
無意識に、つい礼を述べてしまった。己の教養の高さが恨めしい……。
ふっ、と自虐的な笑いを鼻から零し、モノクルを取り付ける。
何を隠そう、このモノクル。実は魔道具である。
まだ試作品ではあるものの、旦那様の会社で今後売り出し予定の一品――魔力計測装置。
デザイン性にも拘っておられる為、これを装着すると何か知的に見える。
素敵すぎる紳士ファッションで御座います。流石は旦那様。
ふっふっふっ。これさえあれば、相手の力量を即座に把握可能!
魔力量が分かれば、相手の戦闘スタイルも予測が付きやすく、戦闘中も見通しを立てながら戦える。
先程の攻撃パターンからして、恐らくこのガキの得意とする戦闘スタイルは肉弾戦。よって、魔力量はそれ程多くはないだろうが、一応チェックはしておこう。
このフリード、抜かりのない男で御座います故。
くっくっくっ。見てろよ、糞ガキ。
次は遠距離からの魔法弾を休む暇なく浴びせ続け、貴様と一緒にこの辺り一帯を焼け野原に変えてやろう。
ふふん、と嘲りの笑みを浮かべて、ガキを再び視界に捉える。
――が、しかし。
「……んなっ!?」
ば、馬鹿な……。
百、千、万――ま、まだ上がるだと!?
いや、そんな筈……。そ、そうだ、きっと故障――
――パリンッ。
「が……っ!?計測、不能だと……!?」
「君が何をしたいのかはよく分かんないけど、多分それ、色々とアウトな気がするからやめようか。あと、目の周りに破片が刺さってるけど、大丈夫?結構な流血だけど」
「……はっ!やはり、さっきの戦闘で壊れて……」
「おーい、聞いてる?」
ふっ、まぁいい。
こんなガキの事よりも、まずは坊っちゃんだ。
私奴としたことが、本来の目的を見失うところだった。
壊れたモノクルを外し、治癒魔法で素早く怪我を癒した後、すぐ傍の壁に立て掛けられていたアタッシュケースから新しいモノクルを取り出す。
替えを持って来て正解でした。流石はフリード。抜かりのない男。
「――さて、人間のガキ。坊っちゃんはどこだ」
「お、漸く真面な会話が」
立ち上がり、周囲を見回す。
ふむ……。ガキの他に、ヒト族が2体とエルフ族の女、それから亜人の子供に獅子が一匹。
何人か部屋にいることは分かっていたが、やはり気にする価値もない程に脆弱な雑魚ばかり。
得体の知れないこのガキ以外は、無視でいいだろう。
しかし、……この中にも坊っちゃんはおらず、か。
一体どこに隠しやがった。
「もう一度聞こう。――坊っちゃんはどこだ。早く答えた方が身の為だぞ。5秒毎にそこにいるメイドから順に殺していく」
「私からで御座いますか」
無表情でぼそりと呟くヒト族の女。
どうやら恐怖の余り反応が追い付かないらしい。
「ふふふ。起きて早々、楽しい事を言うね。それで、えーっと、……フリードだったかな?君の言う坊っちゃんというのは、ジークの事で良かったんだよね?」
「貴様如きが坊っちゃんを呼び捨てだなどと……」
「ああ、うん。ごめんごめん。……んで、そのジーク、様なんだけど、もう直ぐここに来るから。私の仲間が、今呼びに行ってるから。もうちょっと待って――」
ガキがそこまで言いかけて、部屋の扉がゆっくり開かれる音に顔を向ける。
ああ、この、気配――……。
「坊っちゃんんんんんんんっっ!!!」
黒髪の、見目だけはいいヒト族の女の肩に脚を掛け、そこにいたのは我が愛しのBOCCHANN。
流石は坊っちゃん。人間を足代わりに使うとは。
眠そうな眼を小さな御手々で擦りながら、……ん、あ、もう!!BOCCHANN!!
可愛すぎか!!可愛すぎかBOCCHANN!!
――ひしっ!!
全速力で駆け寄って、その御身を抱きしめる。
ヒト族の女の頭部が私奴の胸に埋もれ「むがむが」と呻いて不快だったが、今はそんな事どうでもいい。
「ああ……!!坊っちゃん坊っちゃんお坊ちゃま!!お会いしとぅ御座いました……!!」
この質感、この感触、この香り……。正に坊っちゃん!!
「何だ、フリード。お前も来たのか」
「はい!!坊っちゃんいる所フリードありで御座います!!ほーら、坊っちゃーん。高い高ーい」
「あははははっ!!」
「ほーら、くるくるくる~」
「はははははっ!!もっとだ!!もっとやれ!!」
「ええ、もちろんで御座いますとも~。ほーら、あはははは~!!ベロベロバ~♪」
「きゃははははっ!!ぶっさ!!」
「では、こんなのはどうでしょう。あばばばば~」
「あっはははははっ!!キモイぞ!!キモくて面白いぞ!!あははははっ!!」
――周囲の者が冷めた瞳で見守る中、彼らの児戯は暫く続いた。
少しして、我に返ったマリウスが、遠い目をしながら今更な疑問を口にする。
「……彼は?」
その問いに答えたのは、傍に控えていたルイーゼ。
彼女は相変わらずの無表情でフリード達を見つめながら、淡々とした口調でこう言った。
「幼児愛好家のストーカーだそうです」
「……なるほど」
その言葉は何故だか、妙に説得力があったという。
*******
「世話になったね。色々ありがとう、マリウス、ルイーゼ」
「とんでもない。僕の方こそ、楽しい時間をありがとう。また近くを通る事があったら、いつでも寄るといい。歓迎するよ」
「ふふ。その時は森で迷わない様にしないとね」
門扉の前まで見送りに来てくれたマリウスと、別れの挨拶を交わし合う。
ルイーゼは無表情且つ無言だったが、頭を下げての反応を返してくれた。
昨日は丸一日小屋の中だった騎竜達は、漸く体を動かせると興奮気味に鼻を鳴らしている。
そしてその竜車の前では、フリードが未だ坊っちゃんへと帰宅の説得を続けていた。
「いけません、坊っちゃん!!こんな下等生物の集まりと!!今すぐ帰りましょう。旦那様と奥様がどれ程心配しておられたか……!!」
「帰らないと言ってるだろうが!!しつこいぞ、フリード。俺様はまだ、こいつらと遊んで行く」
「坊っちゃん……!!」
「邪魔する様なら殺すからな」
「坊っちゃん……!!何と非道な!!将来が楽しみで御座います!!」
最後の反応はちょっとおかしいと思うが、まぁ、こんな感じでさっきからずっと言い争っている。
終いには、そっぽを向いて竜車へと乗り込んでしまったジークの後ろ姿を悔し気に見つめた後、恨みを込めた瞳で私を凝視してきた。知らん。
というか、私としても早くジークを連れてお引き取り願いたいぐらいだ。つまりは、どちらかといえばフリード側。なのにこの恨まれよう……。理不尽。
「おい、ガキ。坊っちゃんが帰られない以上、私奴も貴様等に同行するが、坊っちゃんに何か失礼な事しやがったらブッ殺すからな。――ペッ!!」
「……」
物凄い剣幕で言われた。
フリードは竜車の中へと苛立ち気にアタッシュケースを投げ込むと、軽く結われた群青色のポニーテールを小さく揺らして自身も乗り込む。
……どうしよう。
多分今日も、全力でじゃれついてくるジークを返り討ちにして竜車から吹っ飛ばしちゃうと思うけど、これって、その失礼な事の内に含まれるんだろうか?
フリードの反応が楽しみである。わくわく。
「レオ、レオ」
「うん?」
御者台に座るエルを除き、竜車へ乗り込んでいないのは私のみ。
そろそろ乗らねばとマリウス達に背を向けようとしたところで、突然エルに名を呼ばれた。
外側に大きく開かれた門扉の傍に立ち、なにやらもじもじとしている。
どうしたのだろう。
私は、踵を返しかけた足を戻し、エルへと向き直って小首を傾げた。
「う、う……」
「う?」
何やら言葉を言いかけて、数秒俯くエル。
しかしその後、勢いよく顔を上げたかと思うと、門扉の鉄錆の部分を指差して――、
「うんこ!!うんこよ、レオ!!!」
――と言った。
それはもう真っ赤に染まった顔で、やけくそな笑顔を浮かべながら。
場が、凍える程に静まり返る。
ど、どどどどど、どうしよう。
フォローし切れない事態に、私の思考も停止してしまった。
そんな中、何とか絞り出した一声が……。
「う、うんこじゃ、……ないよ?」
「……」
引き気味な笑みを貼り付かせての、精一杯の返しを送る。
その後、エルは赤い顔を俯かせ、早歩きで御者台へと向かい攀じ登ると、森を抜けるまでは暫く無言のままだった。
何がしたかったのだろうか、この子は……。
エル撃沈。




