激おこ。
本編でも訪問者が。
「へぇ。そんなに有名な人なんだ」
椅子に腰かけ、机で頬杖をつきながら、隣で薬棚を漁るブルーノを流し見る。
「ええ。医学界で、マリウス・ドナートの名を知らぬ者はいないでしょう。といっても、もう8年も前の話になりますが。その当時は若き天才として、それはもう持て囃されておりました。回復魔法もそうですが、医療技術・知識・思考。それら全てに於いて他の医師らを圧倒し、20代にして医学長にまで昇り詰める勢いでした。しかし、何故か彼の研究はそのほとんどが謎に包まれていて、情報の公開を、彼は頑なに拒みました。必然的にその事を怪しむ者も多く、彼が研究室から出てくるところを待ち伏せた輩が、その真実を突き留めたのです」
「ふぅん。それで、解剖していた事がバレたと」
棚から取り出した個装された薬を束にしながら数えつつ、ブルーノは「ええ」と頷いた。
小太りな顎肉が顎と首とに挟まれて、その姿が大きく強調されていく。
「まぁ、妬みもあったのでしょうね。彼の才に嫉妬する者は多かったですから。そして、ヒリュズバウムでの裁判の結果、全研究データの没収と医師免許の剥奪。それと、医学界からの追放を受け、彼は姿を消しました。今はヒリュズバウムのどこかの地にて、ひっそりと暮らしていると風の噂で聞くのみです。……残念な事ですね。禁忌を犯したのは事実ですが、その腕は確かでしたから」
「ブルーノはマリウスに嫉妬しなかったの?」
「ふふ。全くと言えば嘘になりますが、技術や知識は人それぞれですからね。これまで積み重ねてきた私の医療は、私だけのものです。彼の技術を真似する事は出来ませんが、私の医療を彼が真似する事もまた出来ません。ならば、それでいいじゃないかと私は思うのです。各々が自分の出来る医療を、最大限熟せば良いのです」
束にした粉薬の包みと、丸薬が入った小瓶とを紙袋に入れ、ブルーノはにっこりと私に差し出す。
ふーん。詰まんないの。
「それにしても、何故彼の事を?」
「ふふ。今回の質問はそれでいいのかい?」
「……では、今のは無しで」
差し出された紙袋を「ありがとう」と受け取って、「冗談だよ」とくすくす笑う。
ブルーノは自身の顎肉を揉みながら、困った様な笑みを浮かべて椅子に腰かけた。
「旅の途中で、彼の噂を小耳に挟んだものでね。といっても、ちょっと気になっただけで、大した意味はない。唯の雑談ネタとして話を振っただけだよ」
「そうですか……」
眉を顰めながら顎肉を揉み、納得いかないながらも了解するブルーノ。
私の話って、そんなに嘘臭く聞こえるのだろうか?
ちょっと言い方を変えてみようかな?
「――さて!薬は貰った事だし、雑談はここまでだ。第三回、ウキウキワクワク!お待ちかねの質問コーナといこうじゃないか!あはははは!」
手をパチンと合わせて、心と共に話しを切り替える。
今度は満面の笑みを浮かべた、明るい調子で言ってみた。
テンションに付いてこれなかったのか、ブルーノの顔が困惑に歪んでいたので直ぐに元に戻したが。
「コホン。前回は、『死んだらどうなるのか』という超直球な問いだったね。それに対し、私は『生まれ変わり――“転生”』と答えた訳だけど。……はてさて。それに続いて、今回の問いは何だろうか?」
スーちゃんをもにゅもにゅと抱きしめながら、私はいつも通りの淡々とした口調でブルーノに問う。
ブルーノは顎をもみもみと触りながら、思案気な顔で一時停止。
そして数秒の後に、真剣な表情でゆっくりと口を開いた。
「では、エレオノーラ様は、……前世の記憶がおありで?」
「……」
スーちゃんを弄りながら、数秒口を噤む。
それから僅かに笑みを零すと、静かな口調で、最低限に、肯定の言葉を口にした。
*******
ドナート邸の客室へと転移して直ぐ。
ソファに腰かけていたエルが、ジト目で出迎えてくれた。
「おはよう。早いね、エル。もっと寝ていてもいいんだよ?」
なにせ、まだ日が昇り始めて間もない時間帯だ。
旅じゃあるまいし、ルイーゼが朝食の時間に呼びに来てくれるまで、ダラダラしてればいいのに。勿体無い。
昨日は最高だったなぁ。
朝起きてから丸一日、部屋と食堂の往復。あとは、トイレか風呂。
ふかふかのベッドの上で、ずっと本を広げて過ごしていた。
昨晩で嵐も止んでしまったし、この生活ももう終わりかぁ……。
窓辺に立ってカーテンを捲りながらしみじみとしていると、無言で頬を膨らませていたエルが漸く口を開いた。
「……朝起きたら、隣にレオがいないんだもの。一緒に寝てたのに……」
「ああ。……連れて行かなくて、ごめんね?」
単独行動しても、最近はあんまり拗ねなくなったと思ってたんだけど、まだダメだったか。
私は何食わぬ顔で謝ると、床にしゃがみ込んで影を漁る。
えーっと、薬薬……。
「もう!そうじゃないのっ!!」
「ん?」
声を潜ませながらも、怒鳴り声を上げるエル。
影に手を突っ込んだまま、反射的にエルへと顔を向け、何だ何だと固まってしまった。
「一昨日の夜はクロと寝てたでしょ!?」
「うん。エルはポアとだったね?」
「そうよ!?それで、昨夜は私と一緒に寝る事になってたわよね!?」
「う、ん。そうだね?」
何だ?何が言いたいんだ?
私は怪訝そうに眉を顰めながら、小首を傾げた。
「なのに、なのに……!!朝起きたら隣にレオがいないじゃないの……!!」
天井を見上げ、両手で目を覆うエル。
本当に、マジでどうしたんだろうか。
「昨日の朝は、クロが起きてもレオはまだ寝てたのに……!!時間が……、時間が平等じゃないわ!!朝起きて、隣で寝てるレオに、『おはよう、レオ』って言いたかったのに……!!」
「……お、おっふ」
どうしよう。
エルが何だか、変態だ。
「もう!!もう……!!」
「……ま、まぁまぁ。落ち着いてよ、エル。旅の間は、毎日隣で寝てたでしょ?今日からまた竜車での生活に戻るんだし、今晩もエルの隣だよ?」
「みんなとだけどね!みんなで寄り添っての隣だけどね!」
エルは俯いて顔を覆うと、しくしくと耳を垂らす。
寝起きのエルって、時々面倒臭いんだよなー……。(遠い目)
「エル。はい、これ」
「ぐすっ。……?」
取り出した薬袋をエルの膝に置く。
軽く滲んだ目を拭いながら、エルは疑問符を浮かべてそれを見た。
けれど直ぐに馴染みある袋だと気付いたエルは、目を瞬かせてそれを手に取った。
「……薬?ブルーノさんの所に行ってたの?」
「うん。そろそろ薬も無くなる頃かと思って。毎日ちゃんと飲んでる?旅って疲れやすいだろうし、体調崩さない様に、せめて薬はしっかり飲むんだよ?旅に付き合わせてる私が言うのもなんだけど……。いつもごめんね?」
「レオ……っ!!そんな、謝らないで!?私が好きでしてることなんだもの。それにこっちこそ、いつもお薬ありがとう……」
頬に手を当てて、もじもじするエル。
私は儚げな笑みを浮かべてエルを一瞥した後、顔を俯かせて口角を吊り上げる。
にやぁ……。
「んー……。おはよう、お嬢……。あと、エルも……」
「おはよう、クロ」
「おはよう。でも、ついでみたいな言い方はやめて?」
上半身を起こし、クロが眠たそうに目を擦る。
クロの両隣には、未だすやすやと寝息を立てるポアとジークが。
……そう。察しの通り、結局ジークもこの部屋で寝たのだ。
昨日の朝は、目が覚めると私を挟む形で隣にジークの寝顔があった。もう片側では、上半身を起こしたまま私を見つめるクロと、ベッドの傍からにこにこと私を見下ろすエルの姿が。
……明日は早く起きようとか、心に誓うよね。普通。
「ふふ。まだ早いし、二度寝でもするといいよ。今日からまた旅生活だ。今夜は見張り番で寝るのが遅くなるよ?」
「んー……。お嬢も二度寝するのか?」
「私は散歩がてら、ちょっと庭に出てくるよ。嵐も止んだことだしね」
折角広い庭なのだ。
立派なとはとても言えない出来ではあるが、最後に一回りぐらいしておきたい。
「ま、待って!私も行くわ、レオ!」
「その寝間着姿でかい?」
「着替えるわ!」
「ふふ。じゃあ、支度を終えたら庭においで?先に行って待ってるから」
「え、ちょ、待……っ!!」
着替えなんかが入ったカバンの中を大急ぎで漁るエルを流し見ながら、私は部屋を後にする。
ちゃんと顔も洗って、髪も梳いてくるんですよー。
庭に出ると、ちょうどルイーゼが門扉の向こうからやって来るところだった。
片手には血塗れの斧を。
もう片方には血塗れの熊を。
ズルズル、ズルズル、ズルズルと。されど至極軽々と。
得物と獲物を引き摺りながらの、血みどろの帰還である。
それからルイーゼは、門扉の前で一度仕留めた獲物から手を離すと、血塗れの手で鉄格子を……ぐちゃり。
真っ赤な手跡を付けながら、ルイーゼはその門を潜った。
「おはようございます、レオ様」
「おはよう、ルイーゼ。朝から狩りだなんて、凄いね?」
玄関の前に血塗れの斧を立て掛けて、代わりにスカートの中に仕込んでいた大きなナイフを一本取り出す。
そこから始まる、ルイーゼによる神業的解体作業。
朝から自主規制ものである。
「食糧庫が空になりそうだったので。何分お客様の数が多く、しかも二泊三日もされたものですから。もう一日嵐が続けば、お手上げで御座いました」
「ふふふ。それ、お客様の前で言っちゃうんだね?」
シュババババ!と、無表情のまま淡々と獲物を捌きながら、これまた淡々とした口調で返される。
長居してごめんね?
食料の提供はやろうと思えば出来たけど、マリウスは確実にヤバいタイプの人間だからなぁ。
能力は隠しといた方がいいと、本能が告げている。
「それで。このような朝早くから、どうなさったのですか?」
解体し終えた肉の塊を、魔法で宙に浮かせたまま水魔法で洗浄。
どれも無詠唱なところが素晴らしい。
それから持参していた大きな袋の中に素早く肉を詰めると、ルイーゼは感情のない瞳で私を見遣った。
「ちょっと散歩でもしようと思ってね」
「そうですか」
さほど興味が無いのか、魔法で抉った地面の中に、解体し終えた骨や要らない内臓部位を雑に埋めていくルイーゼ。
一部は肥料代わりにでもしているのか、適当な花壇の中にもそれは埋められた。
「謎が全て解けたわー」
「……何の話ですか?」
「いや、こっちの話」
はははーと、思わず半笑い。
ルイーゼは僅かに眉を顰めて小首を傾げるも、直ぐにまた無表情面で作業を続ける。
そして――。
「――え?」
事件は、起こった。
突如として、猛スピードで飛来してくる、謎の人物。
「坊ちゃまぁぁぁぁあああああっっ!!!!」
大きな叫び声と共に、そいつはやって来た。
私とルイーゼの目の前の地面は大きく抉れ、軽いクレーターの如き大穴が開く。
そして、その抉れた地面は、連日の嵐の所為でぐちゃぐちゃのドロドロである。
……抉られた、柔らかな泥という名の土たちが、私達へと降り注いだ。
一瞬、何が起きたのか、分からなかった。
いや、事実分からなかった。
だって、目が、目が……。
「あ゛ぁぁぁぁあああ!!目がぁぁあああ!!目に、泥がぁぁぁああああ!!」
「坊ちゃまぁぁぁあああ!!どこですか、坊ちゃまぁぁぁあああ!!フリードが、フリードは今!参りましたよぉぉぉおおお!!……おのれ、人間風情が!!坊っちゃんをどこに隠し――」
「うるせぇぇえええボケがぁぁああああ!!!」
「――ぐふっ!?」
スーちゃんで顔を拭いて洗浄してもらったとはいえ、未だに残る目の痛み。
私は苛立ちを隠す余裕もなく、怒りのままに地面を蹴って、怒りのままに渾身のマジパンを食らわせた。
影で殴っても良かったけど、今回は自分の拳で殴りたかった。
衝動って怖いねぇ。
クレーターから出てきて早々、男は門扉を突き破って吹っ飛んで、何本か木を折った所で漸く止まった。
わーお。私って、こんなに力あったんだぁ。(棒)
トロールか、それともオーガの亜種か、或いは……。
スキルが混ざり過ぎて、私でもよく分からん事になってきてる今日この頃。
持っていても、そのほとんどが使われていないっていう宝の持ち腐れ状態。
少年漫画じゃあるまいし、「オラ、もっと強くなりてぇぞ!」とか特に思わないから、別にいいんだけどね。スキルの整理もする気がない。
「き、貴様……。何、者、だ……。ごふっ」
「うるせえーよ。生きてんじゃねぇよ。死んどけよ」
腹を押さえながら血反吐を吐きつつ、よろよろと戻って来るそいつ。
初対面ってさぁ、大事だと思う訳よ。第一印象。ね?
それなのに、出会い頭に泥をぶっかけられて怒鳴られるとか、もう印象最悪よね。死ねだよね。
「……レオ様。この方、お知り合いで?」
泥がかかる瞬間に目を瞑り、眼球への直撃だけは免れたのであろうルイーゼ。
淡々とした口調ながらも、その声色には若干の緊張が滲んでいた。
私はその問いを聞きながら、恐らくこいつの関係者であろう人物を脳裏に過ぎらせつつ、冷めた表情でこう答える。
「幼児愛好家のストーカーだ。死ね」
激おこである。




