昔話⑦【訪問者】
異世界人のみで構成された、吸血鬼討伐隊部隊『アルテミス』。
編成人数、僅か5人。
部隊と呼ぶには、あまりにも少なすぎる数である。
けれども、侮る事なかれ。
彼らの能力は正に異能と呼ぶに相応しく、誰も彼もが一騎当千の猛者達。
5人も集えば、国の1つや2つ、容易く落とせてしまうだろう。
人々は、その人智を超えた異能の力に希望を見た。
そして歓喜する。
彼等ならば、きっと……。
永遠にも思えた、この長き悪夢を、原初から始まるこの恐怖を、きっと断ち切ってくれる。終わらせてくれる。
人々は、彼らに希望を乗せて、救世主として崇め敬った。
異世界人らは、そんな人々の期待に応えたいと強く思い、異能力以外にも身につけられる多くの技を会得していく。
剣技、体術、魔法。そして、この世界についての知識を。
異世界人故か、彼らは物の習得も早かった。
彼らは力を手に入れ、この世界について知る度に憤りを顕わにする。
それは、嘗て無差別に人々を虐殺し続け、世界を恐怖のどん底に陥れた悪の権化、――吸血鬼に対しての怒りである。
最悪で凶悪。
原初の時代からいるとされる、災厄の化け物。
異世界人らは、胸を痛める。
そんな遥か昔から、ここの人々は息を潜め、化け物に脅えながら暮らし続けているのかと。
異世界人らは、絶句する。この世界のルールに対して。
『――吸血鬼には、何があっても手を出すな。
例え、自分が殺されようと。
例え、家族が殺されようと――』
……ああ、なんということだろうか。
こんなにも優しい人たちが、化け物によって、無抵抗に蹂躙され続けるだなんて。
異世界人らは、決意した。
化け物を討伐し、必ずやこの世界に平和をと。
そして、この日。
5人の異世界人らは、白亜の城へと旅立った。
現在、確定している化け物の数は、僅か3人。
恐らく数は増えている可能性があるが、そんなもの彼らにとってはどうでもいい。
小城に暮らす程度の人数など、高が知れている。
対して自分達は、一騎当千の猛者。
白亜の城に近付くと、情報通りに蝙蝠が周囲を飛び回っていた。
城周辺を飛ぶ蝙蝠は、吸血鬼の使い。
これで侵入者の監視を行っているのだとか。
時に、大群で襲っても来るらしい。
何て卑劣で、姑息な連中だろう。
遠くから様子を見て、蝙蝠を操るだけだなんて。
そんな奴等に、甚だ負ける気がしない。
試しに、黒髪の少年が、蝙蝠に素早く斬りかかった。
けれど、噂通りに蝙蝠は直ぐに再生。
周囲の蝙蝠が騒ぎ始める。
けれど直ぐ様、金の髪の少女が光魔法で蝙蝠を閉じ込めて黙らせた。
そのまま高密度の光を圧縮させて、次々と蝙蝠たちを消滅させる。
闇で出来た体のため、光魔法が有効という話は、どうやら本当のようである。
これなら、吸血鬼もいける筈。
城が、徐々に近付いていく。
白亜の城というだけあって、全てが真っ白な美しい城。
化け物には不釣り合いな、城。
思わず見惚れていると、遠くで飛んでいた1匹の蝙蝠が、突然物凄い速さで飛んできた。
攻撃だろうかと身構えるも、蝙蝠はそのまま地面へ墜落。
点々と、地面に黒い跡を残して、その全てが消滅した。
……何だったのだろう。
そう思ったのも束の間。
その黒い跡が、何やらもぞもぞと動き始め、そこから――。
蝙蝠の残した黒い跡から突如として現れた、美しい人物。
昇りくる朝日によって、白銀の髪は優しく光り。浅く伏せられた瞳は、翡翠に輝いていた。
彼らは、その姿に目を瞠った。
美しき人の姿で人々を魅了すると言っていたが、なるほど。
流石は吸血鬼だと、彼らはその美しさに喉を鳴らした。
美しき化け物は、不機嫌そうに眉を顰めながら、細めた瞳で彼らを見据えた。
その眼差しは、美しくも力強く、そしてどこか妖艶で。
目が、逸らせなかった。
「――ここから去れ。人間。これ以上の侵入は容赦しない」
形の整った薄い唇が静かに開き、美しき化け物は声色低く言葉を放つ。
苛立ち、呆れ、侮蔑。
そんな感情が伝わってくるような、声。
彼らは緊張で身を固くするも、勇気を振り絞って化け物に答えた。
「断る!」
「お前ら吸血鬼は、今日ここで滅びるんだ」
美しき化け物は、嘲笑と共に彼らに再び問う。
「それは、人間の総意か?宣戦布告と取ってよろしいか」
彼らは答える。
「いいや。これは、僕達の独断だ」
「他の人達は関係ないわ!」
そう言って、剣を、槍を、弓を、杖を。
彼らは各々の武器を握りしめ、それを構えた。
美しき化け物は、酷く鬱陶しそうに吐息を零す。
戦闘が、開始した。
最初、茶髪の少年が、何もない空中に槍を何百と出現させ、化け物の身体に槍の雨を降らせた。
更には、地面を突き破って現れた槍の竹藪。
上下から無数の槍で何度も何度も貫かれ、化け物の身体からは血肉と臓物とが飛び散り続ける。
手足は3本、完全に千切れた。残っていた左腕も、所々肉が削がれ、槍が何本も突き刺さっている始末。
胴体は、皮1枚を残しての切断状態。
しかし化け物は、そんな千切れた身体を引き摺って、血反吐を吐きながらも這い出てくる。
そして、直ぐ様その傷は塞がって、何事も無かったかのように口元を拭った。
異世界人らは、戦慄した。
そして思う。
――なるほど。確かにこれは、……化け物だ。
次に、金髪の少女の光魔法が炸裂し、高密度の熱を帯びた光の球が化け物の身を焼いた。
痛みに悶え、苦し気な声を零す化け物。
しかし、その傷も直ぐに塞がって、何事も無かったかのように立ち上がる。
異世界人らは、怯んだ。
闇を操る化け物共は、光に弱いと聞いていた。
蝙蝠もこの技で消滅することが出来た。
けれど、肝心の化け物は倒せない……。
美しき化け物は、焦りを浮かべ始めた彼等を見て、もう一度だけ同じ言葉を口にした。
しかし、彼らは気付けない。
これが化け物の告げる最後の忠告だという事に。
「ここから去れ」
異世界人らは怯みつつも、同じ答えを口にした。
「「「「「断る!!」」」」」
ああ、美しき哉。
何たる、勇敢。
何たる、美談。
そして何とも、愚か也。
彼らは、知らなかった。
化け物が化け物と呼ばれる、その意味を。
そして世界の、汚さを。醜さを。
彼らは、自惚れていた。
彼らは、自分に酔っていた。
自分達は選ばれた人間なのだと。
自分達は特別なのだと。
そして、自分こそが英雄で、世界を救う救世主で、勇者なのだと。
彼らは、絶望する。
彼らは、戦慄する。
彼らは、後悔に身を焦がす。
彼らは、彼らは――。
「――酷い。酷いですわ……」
鈴の音の様な、……声が、響いた。
同時に、周囲を羽ばたき始めた5匹の蝙蝠。
内、その4匹が、地面に墜落して黒い跡を残す。
そして影は動き、男女2名ずつ、またもや美しき化け物共がその姿を見せた。
……5人。
やはり増えたかと、異世界人らは冷や汗を流す。
けれど、先程はこちらの蹂躙劇。
きっとこいつらも、再生能力が厄介なだけで、戦闘能力は大したことない筈だ。
ならば、いける。
――そう、勘違いをした。
現れた4人の化け物が、それぞれに口を開く。
「何という事……。お労しや、アルファお兄様……。本当に人間というものは、心根の腐った者達だったのですね」
「アルファお兄さまが、一体何をしたというの。……痛かったでしょうに。こんなに傷付けて、……酷いわ」
「これが、人間。……何という愚者だ。アルファ兄の優しさに気付かぬどころか、こちらが何もしないからと図に乗りやがって」
「ああ……!僕が2番目に敬愛するアルファ兄さんを、よくもこんなに傷付けてくれたね……!!もう駄目だ。これ以上は見てられない。我慢の、限界だよ……!」
悲哀と、怒りとを滲ませて、化け物共は彼らを凝視する。
そして、最後には皆、口を揃えて恨み言を吐き出した。
『許さない』――と。
*******
吸血鬼討伐部隊『アルテミス』。
構成人数、異世界人5名――全滅。
「――チッ。……リンクが切れました」
とある国の玉座の間。
大勢の人が見守る中、中央に集うはローブを羽織った5人の魔法使い達。
内、その1人が、舌打ちと共に広間の沈黙を打ち破り、苛立たし気な表情でそう告げた。
続いて、2人、3人と、肩を落とし、首を振り、溜息を吐いて、事の結果を報告する。
「……こちらもです。最後の1人でした。……『アルテミス』、全滅で御座います」
そして、とうとう最後の一人が、緩く首を振って肩を落とす。
周囲から起こる、落胆の嵐。
玉座に座って事の様子を見守っていた国王も、同様に深く息を吐く。
「召喚する為に、5つもの土地を枯らしたというのに……。異世界人といえど、化け物には勝てなかったか。……全く、期待外れもいいところよ」
王は背凭れに深く凭れ掛かると、傍に立つ侍女からグラスを受け取り、注がれたワインを口に流し込む。
「しかしながら陛下。原初の吸血鬼の子が、現在5体に増えていた事は分かりました。それだけでも収穫かと」
「ふん。正確な数が分かるならまだしも、その程度の情報、何の役にも立たぬわ。……はぁ。この結果を各国に報せるのが憂鬱だ……」
王は肘掛に肘を立てて顔を支えると、悩まし気に瞳を伏せた。
各国と協力し合ってのこの作戦。
召喚の為に、広範囲の土地を枯らさなければならない代償を、今回は自国を含んだ5か国が支払った。
にも拘らず、呆気なく異世界人らは全滅し、作戦は失敗。
「まぁまぁ。此度の討伐作戦は、試験的な意味合いが強う御座いましたし、他国も分かってくれましょう。何せ相手は、原初の時代より生きる化け物。そう易々と成功するだなどと、民衆以外、誰も本気では思っておりませんよ」
一人の大臣が、苦笑を交えて王を宥めた。
「ふむ……。光を創造する異世界人の女には少々期待していたのだがな。まぁ、あの程度の能力では駄目だという事が分かっただけでも良しとしよう。……して、異世界人共は言いつけ通り、自分達の独断での行動だと化け物共に伝えていたか?」
「はい。報復に化け物共が攻めてきたとしても、白を切る事ぐらいは出来ましょう」
「それも、賭けではあるがな……」
先走った冒険者が吸血鬼討伐に向かってしまっただけで、他の人間は一切無関係だと言い切っても、吸血鬼にとってはどうでもいい話かもしれない。
人間という種族が、自分達に牙を剥いた。それが、事実。
吸血鬼が報復をしに、無差別に国を滅ぼしに来ても何ら不思議ではない。
それ程の、賭けだった。覚悟だった。
そして異世界人らは、その為の犠牲となった。
国の、世界の真意に気付くことなく、何も知らず、死んでいった。
「出来れば彼らには城の中まで到達して欲しかったのだが、……中々に使えんな」
王は嘆息する。
非道な事をしている自覚はあるが、心はさして痛まない。
たかが5人の命だ。
彼らの命よりも、枯れた大地の方が心配な程。
数年は草木一本生えない、マナの涸渇した大地となるのだ。
更には、元通りの土地に戻るまで、それから十数年かかるとされる。
その間、果たして何百、何千という民衆が、飢えに苦しみ死ぬのだろう。
しかし、それでも誰かがやらねばならなかった。どこかの時代の、誰かが。
何百年もの時を経て、化け物の数は増えるばかり。
今回分かっただけでも、子が5人に増えていた。
これ以上の問題の先延ばしは、人類の首を絞めていくだけ。
だからこそ、世界は漸く決意した。
異世界召喚の成功が、彼らに少なからず希望を与えた事がその大きな要因だろう。
だがしかし、今回の作戦は成功とはとてもいえない出来である。
これ以上は土地を枯らす事も出来ず、次の召喚は向こう十数年は行えまい。
「……我等の世代では成し得なかったが、何れ、必ずや。……故に、祈ろう。次こそは、化け物共を駆逐し得る能力を持った異世界人が、この地に召喚される事を」
王は顔を顰ませ目を閉じる。
周囲の者もまた、同じく。
未来を想い、そして、世界の安寧を祈って。
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「――待てと言っただろうが……」
アルファは大きく息を吐きながら、目の前の惨状に悲観する。
周囲に転がるは、黒髪黒目の男女と、茶髪の男、浅黒い肌の男、金髪の女。
計、5体の骸である。
最初に死んだ、槍を持った茶髪の男を除き、みんな恐怖と驚愕に目を見開かせたまま倒れていた。
一瞬の、出来事だった。
「何を仰いますの、アルファお兄様!!ルナはもう、我慢の限界でしたわ!!これ以上の慈悲は、不必要です!!」
ルナが涙を浮かべながら、怒りの形相で吠えた。
「いや、慈悲とかではなく……。出来るだけ穏便に済ませたいからと、さっき説明したよな?」
「相手がアルファお兄さまの話を聞かずに攻撃してきた時、私達も姿を現す……だったわよね?ちゃんとその通りにやったわよ?」
「いやいやいや。姿を見せた後、軽く反撃して脅かしてやるだけだったろう?殺すのは、それでも逃げ出さずに攻撃を続けてきた場合だ。だというのにお前たちは、現れて早々に一撃必殺を決めやがって……」
「あら、そんな指示だったかしら?」と、ほわんと首を傾げるディアナを横目に、アルファは頭を押さえながら再び吐息を吐き出した。
「生温い!!生温いよ、アルファ兄さん!!僕が2番目に敬愛する兄さんをここまで甚振っておいて、そう易々と許せるはずないだろう!?怒りに任せてつい一瞬で殺してしまったけれど、こいつらにはもっと苦痛を味わわせてやっても良かったぐらいだ。全く!アルファ兄さんは優し過ぎるんだよ!!……まぁ、そこが良いところでもあるんだけどさ」
興奮気味に叫ぶアロンだったが、最後はほんのり染まる頬に片手を当てて、もじもじと笑みを零し出す。
「だから、優しさとかではなくてだな……。お前らは人間の集団性を舐め過ぎだ。雑魚も群れれば面倒臭いんだよ……」
アルファは疲れた様に肩を落とすと、「もうやだ。こいつら話しが通じない……」と目を覆う。
とはいえ、彼らがそうなった原因も、人間との関りを絶たせてきた自分の所為でもある。
それを分かっているからこそ、彼らの無知について、アルファは何も責められない。
(まぁ、人間を知った所為で、あいつのようになってしまうのも困り者ではあるが……)
事の様子を見守るかの様に、先程からずっと宙を飛ぶ一匹の蝙蝠。
苦笑を浮かべながらそれを見遣るアルファだったが、目と目があった途端、その蝙蝠は忽ち姿を消してしまった。
(引き籠りなりに、心配はしていたのだろうか)
そう思うと、小さく笑いが零れた。
対してルナは、蝙蝠が消えた場所を見つめ、ふわふわとした髪を揺らしながらプリプリと頬を膨らます。
「……全くもう!心配に思うのなら、カイルお兄様も来ればいいですのに!」
「そう言ってやるな。人間を見に来れただけでも、あいつなりの進歩だ。それに……、ああなってしまうぐらいに、人間とは恐ろしい者なのだ。雑魚でありながら、その中身の凶悪性は計り知れない。だからこそ、出来れば穏便に事を済まし、極力関わり合いたく無かったのだが……」
「逆だろ、アルファ兄。力には更なる力を以って捻じ伏せなければ。雑魚がいくら群れようが、所詮は雑魚。俺達に仇名すというのなら、全員殺してしまえば良い。いっそ、国の1つや2つ滅ぼしてやれば、人間共も大人しくなるのではないか?母上を苦しませ、カイル兄を甚振って、その上アルファ兄まで……。このような愚者の集まり、生かしておくだけ無価値だろう」
「ヘリオス兄さん格好良い」
眉間に皺を寄せて、転がる死体を睨み付けながらヘリオスは言う。
初めて知った人間への評価は、最低最悪。
それはヘリオスだけではない。その場にいた4人の吸血鬼達が、彼と同じ様な感想を抱いていた。
「とりあえず、アルファ兄。これからどうするつもりだ?母上や他の弟妹達には伝えるのか」
ヘリオスは脱いだ上着を、ボロボロになってしまった服を身に着けるアルファの肩へとさり気無く掛けると、今後の動きについてを尋ねた。
傍ではアロンが、頬を染めてもじもじしながら「やだもう、僕のヘリオス兄さん格好良い」と再度呟く。
――が、直ぐ様ルナの声によって遮られ、その賛辞はスルーされてしまう。
「まぁ。優しいですのね、ヘリオスは。……それにしても、明け方は冷えますわね。ショールでも羽織ってこれば良かったですわ……」
チラリ。
その視線に、冷や汗を滲ませながら押し黙るヘリオス。
ルナは自身の腕を摩りながら言葉を続ける。にっこりと、笑みを湛えて。
「私にも、服を貸して頂けないかしら?」
「……ひっ!?……ぎ、ぎぃぃやぁぁぁぁあああああああっ!!!」
「に、兄さぁぁぁあああんっ!!」
残ったシャツを剥ぎ取られた、ヘリオスの絶叫が木霊した。
白目を剥き、泡を吹いて倒れ伏す弟の姿を見下ろして、そっと先程の上着を掛けてやるアルファ。
南無。
「貴様ぁぁぁあああっ!!僕の兄さんのシャツをよくもぉぉぉおおおっ!!!それは、僕の物だ!!」
「……いや、アロン。それはヘリオスのだ」
半裸になったヘリオスを抱きかかえて叫ぶアロンに、冷静なツッコミを送るアルファ。
それからアルファは、身体を捩じらせてボキボキと音を鳴らすと、「さて、帰るか」と1人呟いた。
転がる5体の遺体を闇の中へと消し去って、踵を返す。
ヘリオスとルナのじゃれ合いが続く中、兄の行動を眺めていたディアナが口を開いた。
「それで結局、これからどうするの?」
それに対し、アルファは振り返ることなくこう答える。
「……少々、釘を刺しに行く必要がありそうだ」
それだけ言って、姿を消すアルファ。
ディアナは困った様な笑みを浮かべて頬に片手を当てると、「あらあら」と小さく呟いた。
……と、そこへ。
「あ、あのぉ~……」
「……あら?」
突如として現れた、白き髪の男。
気弱そうな雰囲気を纏わせながらも、その背後には2名の従者らしき男を連れている。
今日はなんてお客様が多い日かしら、なんて呑気な事を考えながらも、ディアナの胸は驚きと興奮とで高まっていた。
その場に残っていたルナとアロンも同じ事。
気絶したままのヘリオスの傍に寄り添いながらも、警戒気味に男を凝視する。
「ああ!!すいません……!!転移魔法を使ったものですから、……驚かせてしまいましたね」
周りのただならぬ空気を察して、男はわたわたと動揺を浮かべながら再度「すいません」と謝罪を繰り返す。
物腰柔らかい、優男といった感じだろうか。
ルナとヘリオスは怪訝そうに眉を顰めながらも、やや呆気に取られて顔を見合わせる。
ピリピリとした警戒心が薄まった辺り、敵認定だけはどうやら解除したようだ。
「えーっと、……どちら様、かしら?」
家族以外の者と話したのは初めてで、ディアナは緊張する胸に握った手を当てながら、歯切れ悪く男に尋ねる。
男は眉尻を垂らして微笑みを浮かべると、「名乗りが遅れてすいません」と、またもや謝った。
それから、今度はふわりと、とてもとても優しい顔をして笑う。
「私の名は、バレット。これでも、――魔王です」
「魔王……?」
さらりと呟かれたその言葉。
ディアナは頭をフル回転させて、その言葉を検索。
確か、魔王というのは……。
「ふふ、魔族の王様です」
顎に指を当てて顔を顰めるディアナを見て、白髪の男――魔王バレットは、困った様な、照れた様な笑いを零しながら、端的な説明を口にした。
「そうそう!魔族の王様よね!……えっと、そんな方がどうしてここへ?」
普通であれば、魔王と顔を合わせるなど失神ものの出来事であるのだが、バレットの魔王らしからぬ態度と、そもそもディアナ達が魔王についてよく分かっていない事もあり、その場の空気は和やかだ。
ルナ達の敵意もすっかり霧散してしまい、その場には僅かな緊張感が申し訳程度に残るのみである。
バレットはディアナの問いに表情を崩すと、悲しそうに眉を顰めて跪く。
「朝早くから、大変申し訳ない。されど、急ぎ貴方方に伝えねばならぬ事があったのです。叶うなら、御当主と話をさせて頂きたい」
「えーっと……」
御当主って、一番偉い人の事よね?
偉い……という訳ではないけれど、それに値するのは――。
ディアナは困惑気味に微笑んで、脳裏に2つの選択肢を思い浮かべた。
お母さま?それとも、アルファお兄さま?
……どっちに、会わせればいいかしら?




