嘘偽りなく。
早く旅立たせたくて詰め込んだ結果、長くなりました。
デザイン性に優れた華やかな家具と、花瓶に活けられた真っ赤なバラが放つ僅かな香り。
そんな部屋の真ん中で、優雅に紅茶で喉を潤しては熱い吐息を零す彼女。
私は、『どうぞ』と勧められた目の前の席に腰かけ、お言葉に甘えて紅茶と菓子とを口へと入れた。
部屋を見渡すが、何度見てもここが一研究者の仕事部屋とは思えない。
どう見ても、お貴族なマダムの部屋である。
『さぁ、実験のお礼ですわ。今日は何が知りたいのかしら?』
貴婦人の如く装いで、胸に掛かっていた柔らかそうな薄紫の髪を後ろへと流しながら、この部屋の主であるバルーナは澄まし顔で私を一瞥した。
『今日は、そうだね。……これは、以前から気になっていた事なのだけれど、――どうして異世界人は、この世界で魔法が使えるのだろう?使えるという事は、少なくとも身体の仕組みは私達と同じという事だよね?ならば、生体の中で魔力は作られ続けている筈だし、留めきれなくなって体外へと漏れ出した魔力によって世界にもマナが満ちていく筈。それなのに、異世界には魔法も無いしスキルも無い。……これは一体、どういう事だろうか?』
私の問いにバルーナは、落ち着き払った態度で静かに瞳を伏せると、紅茶の香りを楽しんではカップに口を付ける。
それから、『やはり転生者ですわねぇ……』と小さく呟いた。
*******
「――ぷっ。く、ふふ、……あっはははははははははははっ!!!」
「レオ!?」
数秒経って、肺の中で止まっていた空気が、一気に外へと吐き出された。
沈黙に包まれていた場の時が、幼子の笑い声と共に賑やかさを帯びていく。
困惑に眉を顰めながら目を瞬かせるマリウスの姿が、更に笑いを誘ってくれる。
実に愉快だ。
「あははははははははっ!!……く、くく、……失礼?ふふふ」
目尻に滲んだ涙を指で掬って、漸く笑いを収める。
「えっと、……何がそんなに可笑しかったのかな?」
未だ収まらない困惑を抱えながら、マリウスが引き攣った笑みを貼り付けて首を傾げた。
私はグラスを手に取り水を一気に呷ると、「いやいや……」と困った様に微笑んで首を振る。
「君の研究に対して笑った訳ではないんだ。気に障ったのなら、ごめんね?……というか、ひょっとして君は――。……ふふ。いや、何でもない」
カチャカチャと肉をナイフで切り分けて、それを頬張る。
それからパンを手で千切りながら、「それで?」と言葉を紡いだ。
「その結果、何が分かったのかな?自称、“人体について知り過ぎたマリウスさん”?……ぷ、ふふふ」
「……」
不快気に、マリウスの眉が僅かに上がり、そして下がる。
幼児相手にムキになるなって。
「あはは!ごめんごめん!誤解しないで欲しいんだけど、この世界の住人でありながらその事を不思議に思い、一から自分で研究して知り得た君を、これでも私は本当に凄いと思っているんだよ?」
あの父様でさえ、“そういうもの”として思考を停止させていた事だ。
『――当たり前のこと過ぎて、疑問に思った事が無かったなぁ……』
とある日の、お茶会での父様を思い出しながら、私はくすくすと笑いを零した。
まぁ父様の場合、それに対して直ぐに仮説を思いつくだけ流石ではあるが。
『――スキルという目には見えないものにも、魔力は宿っているのかもしれないね?』
そしてこの父様仮説、大賢者であるバルーナの仮説と完全一致である。天才か。
「……いや、笑われる事には慣れているから、構わないさ。万人に理解されるような研究でない事は、重々承知している」
マリウスは肩を落としながら溜息を吐くと、緩く首を振って小さく笑った。
ううむ……。自分に酔っちゃってるところ以外、本当に馬鹿にしたつもりは無かったんだけどなぁ。
伝えるって難しい……。
そう思って、腕を組んで考える姿勢を見せるも、数秒で面倒臭くなって思考を放棄。
もう直球でいいやぁ。
「ふふ、そう拗ねないでくれ。称賛しているのは本当だし、私は理解している側の人間であるつもりだ。……それで?人体解剖を繰り返した結果、君は一体何を知り得たのだろうか。マナをエネルギーに、魔力として変換する為の魔力回路?スキルとマナの関連性?それともまさかのまさかで、それ以外の大発見?興味深いね。是非とも聞かせてくれ」
「……は?」
「え?」
目を見開くマリウスに、私は小首を傾げる。
それから口元に拳を当てて、「何だい、その間抜け面は」と、くすくす笑いを零した。
「何故、それを……」
「あははっ!全く、この世界の研究者には同情してしまうよ。君達凡人が疑問に思う程度の事など、既に大賢者達によって大方調べ尽くされているのだから。彼らは、自分の知らない事を知る事に貪欲だからね。君の研究内容も、バルーナによって答えは既に出ているよ。もう何百年も昔にね」
「ば、馬鹿な……。そんな情報、公表された事など――、」
「無いだろうね。でも残念ながら、公表していないだけ。彼らは自分が知りたいことを探究し、そして満足する。大賢者とは、そういう生き物だ。知り得た事を世界に伝えるだなんて面倒臭い事、彼らにとっては時間の無駄でしかないのさ。それに……、考えても御覧よ。大賢者達が全ての研究成果を逐一発表していては、この世界に研究者なんて数えるほどしか居なくなってしまうよ?『真理の追究は、大賢者に任せればいいや』って、人は探究する事を止めてしまうだろうね。知識は毒にも成り得るから、公開する情報に関して、大賢者達はとても慎重だ。故に彼らのモットーは主に二つある。一つ目は、『それが必要となった時、知識は自ずと開拓される』というもの。だからこそ彼らは、世界がゆっくりと進んでいく様を見守り、可能な限り不必要な干渉は行わない。そして二つ目は……、『知りたいなら自分で調べろカス』……だってさ?もちろん、こんな言い方はしてないけどね。ふふ」
因みに私は、実験協力という対価を支払っている事もあって、ググレカスは例外です。
「ああ、でも、これを聞いて落ち込む必要は全くないよ?君の研究結果は、単に大賢者が知っているというだけで、凡人の住む世界にはまだ存在し得ない知識だからね。君と言う凡人によってその知識が開拓されたという事は、時代がそれを欲しているという事なのだろう。運命論で言うなれば、必然とでもいうのかな?おめでとう。大発見じゃないか!」
笑みを浮かべて、パチパチと手を叩く。
隣でエルが、哀れみに満ちた瞳をマリウスに向けていたけれど、理由は不明だ。
「……何故、大賢者しか知り得ないその事を、君みたいな子供が知っている?僕でさえ、研究によって漸く辿り着いたというのに……」
マリウスは動揺に瞳を揺らし、声を震わせ、疑心に眉を歪ませる。
扉の前では、ルイーゼもまた主と同じ様な表情を浮かべていた。
「ふふ。大賢者達とはちょっとした仲でね?所謂、その、……お、お友達という奴だ。ふふふ、言わせないでくれよ、恥ずかしい」
「演技臭いわ、レオ……」
頬を染めて、もじもじしながら言ってみた。
因みに、友達だとかはこれっぽちも思っていません。お互いに。
「まぁ、友達というのは冗談だが、協力関係にはある仲だね」
「君は一体……」
「おいおい。今は私の話なんてどうでもいいでしょ?君の話をしようじゃないか、マリウス。自分で言った事だろう?さぁ、人体解剖の結果、君は何を知り得たんだい?」
「……」
上に向けた手の平をマリウスに向けて、話の続きを促す。
マリウスは一度口を噤んで私の瞳を凝視した後、諦めた様に溜息を吐き出した。
「はぁ……。事情を話して口止めをするだけで、研究内容まで詳しく言うつもりは無かったんだけどね……」
「おや。それはどうして?」
「危険だからさ。この情報が。それこそ、軍事利用されかねない程に。……でも、どうやら君は、既に知っているようだからね。大賢者様も話されたという事は、君になら知られても問題はないという事だろう……」
瞳を伏せ、顔には影が落とされる。
テーブルに肘を付いて手を組むと、マリウスは重々しい空気を纏いながら、粛々と語り始めた。
「……誤解しないで欲しいのだが、僕が解剖学に手を出したのは、飽く迄も医療の進歩の為だ。それは、今でも変わらない。優れた治癒魔法に、優れた薬。それらは確かに素晴らしいものだが、平等性に激しく欠けている。万病に効く薬など、何年、何十年かにたった1、2服作れる程度。その材料の入手難易度から、S級以上の冒険者に匹敵する実力者でなければ、まず手に入れられない。そして、それは市場に出回ることなく、入手者の鞄の中で、貴重なアイテムとして大事に保管されるだけ。極稀に高値で売り出される事もあるが、それを買えるのは大貴族や王族ぐらいなものだろう。並みの貴族でさえ手が届かないというのに、平民なんて以ての外。治癒魔法についても同じことだ。魔法のレベルには個人差があり過ぎる。再生魔法が使える者など、国に1人か2人常駐していればいい方だ。しかもその魔法を受けるには、やはり莫大な金が要るときた」
冷めた瞳で遠くを見つめながら、マリウスは鼻で笑う。
呆れと、嫌悪と、苛立ちと。それから、悲哀。嘆き。
そんな諸々の感情が渦巻くような、嘲笑。
マリウスは、自問する。自答する。
細められた瞳に、失望と悲しみとを滲ませて。
「……医者とは、何だろうか。人々が真に求めているのは、万病の薬と神位魔法。薬と魔法とが人々を癒すこの世界で、医者の存在は果たして本当に必要なのか。薬に頼り、魔法に頼り、一部の者しか救えない医者など、果たして本当に医者なのか。薬の改良に勤しむのも、治癒魔法を向上させるのも大事な事ではあるのだろう。しかし、それだけで本当にいいのだろうか。もっと、多くの者が広く使える様な、平民にも手が届くような、平等な医療があるのではないだろうか。……だから僕は、人体について知ろうと思った。包帯や消毒なんかの魔法を用いない医療があるように、手を翳すだけではない、人の手で治す医療技術を目差したんだ」
「マリウス様……」
無表情に戻ったルイーゼが、声色だけに気持ちを乗せて呟きを漏らす。
マリウスは俯いていた顔を僅かに上げて反応を示すと、肩を竦めて苦笑した。
「……その結果が医学界追放じゃ、元も子もないがね」
「それでも、研究は続けているんだね?」
知的好奇心に溺れ、私利私欲の為に解剖をしているのかとも思ったけど、中々に立派な志じゃないか。
追放されても未だ諦めていないのだから。
見直したよ。凄いじゃないか!……という意味を込めて言葉を掛けたのだが、マリウスは何故か自嘲気味に笑いを零し、緩く首を振った。
「人体について知っていく中で、僕はある事に気が付いた。遺体に魔力を流し込んでみた際、僅かに反応を示す一本の神経系。……そうだな、さっき君が言っていた大賢者様のお言葉を借りるなら、“魔力回路”という名が相応しいか。魔力とは、マナをエネルギーとした力の事。それを使用者は、知識と技術によって魔法へと変換するのだが、身体活動を行うのにもこの魔力は必要となって来る。運動した訳でもないのに、魔力が空になると身体が疲労で動かなくなるのがその証拠だ。そしてその間、身体が動かないから当たり前の事ではあるのだが、スキルも一時的に使えなくなる」
「えっと……、スキルを使うのにも、魔力が必要って事かしら?」
「うん。その認識で合っているよ」
エルがおずおずと手を挙げて、マリウス先生に質問した。
その様子に少し和んだのか、マリウスは強張っていた表情を少しだけ緩めると、首肯する。
「要は、スキルを含めた全ての身体活動に魔力が関わっている。ならば、身体全てにそれが行き渡る為の道のようなものがある筈。そして、解剖を繰り返す結果、その回路をとうとう見つけてしまった訳だけど、……まぁ正直、それだけなら大した問題では無かったんだよね」
「そうなの?魔力の謎が解き明かされる、大きな一歩だと思うけど」
「そういう意味では、確かに凄い発見だったと僕も思っている。何せその神経系は、目には見えないからね。バルーナ様が、神経ではなく魔力回路と呼んだのにも頷ける。……そして、問題はその後だ。この発見を知れば、必然的に辿り着く疑問……。といっても、君は既にその答えも知っているのかもしれないが」
「ふふふ?さて、どうだろうね」
まぁ、知ってるけど。
だからこそ、バルーナはこの情報を世界に開示しなかった。
諦めた様に肩を竦めるマリウスに、私は意味深ににこりと笑うと、最後の肉片を口へと入れる。
聞きながらもくもく食べてたから、気付けば完食していた。結構長話だったしね。
「……魔力回路の存在を知った時、ならば、この始まりと終わりの地点はどこなのだろうと思った。つまりは、魔力の生成と貯蔵が行われる場所。……そして、突き止めた。仮に僕はその場所を、異世界の言葉で“イド”と呼んでいる」
「イド……。魔力が湧き出て溜まる場所。……なるほど、確かに」
まぁ、イメージとしてはしっくりくる名前か。
「見つけた時は、そりゃ喜んださ。人体の謎を解き明かす事は、病の治療にも繋がる事だと信じているからね。この発見について更なる研究を重ねれば、“マナ欠乏症”や、体内で無尽蔵に作られ続ける魔力によって身体が崩壊していく“魔力過剰障害”の治療法、更には、体力のない患者の自己治癒力や免疫力を強化する事だって出来るかもしれないと、……そう、思った。夢が広がったよ。……しかし同時に、気付いてしまった。これは危険だと。……なぜなら、もしこれが可能なら、……誰にでも魔力量や能力の強化を、人工的に施せてしまうという事だから」
「だろうねぇ?」
バルーナは既に、ゾンビの強化でやっちゃってるけどね。
人類より常に先を走り続ける大賢者達。未来を生きてるわぁ。
「……それの、何がダメなの?」
キョトンと小首を傾げながら、エルがまたもや質問。
ちゃんと話を聞いてて偉いなぁ、エルは。
既にクロは心ここに在らずだし、シロは居眠り。ポアは眠たそうに船を漕いで、ジークはご飯に夢中……。
世界が大きく躍進する程のとんでもない情報だというのに、駄目だこのパーティー。
「ふふ。その技術を、軍事的に利用された場合の事を考えてごらん?」
「……あ」
はたと目を見開くエル。
そうなんですよね。
バルーナがゾンビに用いていた技術が、人間、ひいては兵士に用いられれば、戦争はより悲惨なものとなるだろう。
互いの武力が均衡状態にあればあるほど、戦争って長期化するしね。
大きな力は抑止力という意味でも働くかもしれないけど、それは一度戦場で使われて初めて分かる事だ。つまり、お試しも兼ねて一度は必ず使われる。戦争の歴史って、そんなものだよね。
何千、何万という勇者レベルの集団同士が戦えば、世界が滅びそうなものだけど。
でも、戦争中にそれを気付いたところで止められはしない。だって負けたくないもの。
……まぁ、例えそんな戦争が起こったとしても、そこまで技術が進歩して実用化されるまで、まだまだ先の話だとは思うけどね。
「では、マリウス。この言葉は二度目になるけれど、“それでも、研究は続けているんだね”?……どうして?」
瞳を細め、口角を上げた。
マリウスはテーブルに両肘を付けて手を組むと、暫く口を閉ざしたまま瞳を伏せる。
そして、答えた。
「……それでも、僕は医者だから。そして、研究者だから。……人の命を救えた瞬間、僕はどうしようもない程に嬉しさを感じるんだ。その為に僕は、この研究を続けている。……なんて、それだけ聞くと、まるで僕が素晴らしい人間の様に思えるだろうが、そういう意味じゃない。実際は、唯のクズ。死にゆく命を救った時のあの快感が、君には理解出来るだろうか。僕が治したのだと、僕が命を救ったのだと、まるで神にでもなった様な心地だよ。研究についても同じ事。医学を進展させたという、名誉が欲しいだけ。僕の研究によって、より多くの人命を救う事が出来るのだと、そんな悦に浸りたいだけ。偉大な事を成し得たのだと、誇りたいだけ。……僕もまた、汚れた世界の一部という訳だ。ふふ。……軽蔑したかな?」
自嘲するように小さく笑って、マリウスは私を流し見る。
「いや別に?私は、全世界、全人類が、平等に汚いものだと認識しているからね。その程度の浅ましい英雄願望なんて、誰もが持っているものだと思うけど?勇者なんて、正にそのテンプレだ。……まぁ、極々一部、暇潰しでなるような人もいるけれど、大抵の勇者は、自分が世界を救う事を夢見ている。救う立場というのは、自分が凄い人物になったような気になれて、気持ちがいいからね。とはいえ、人を救いたいという思いが僅かにでもなければ、勇者になんてなれはしないし、人助けも行えない。自己満足の部分があるからといって、それ以外の全ての想いが嘘偽りだという事にはならないよ。それは、……君も同じじゃないのかな?」
「っ!……ふふ、……く、あはは!!」
肩を震わせて何だと思えば、突然大声で笑い出すマリウス。
ボケたつもりは無かったんだけどなぁ。
「はは、あははははっ!!……ふぅ。……はは、失礼した。面白い子供だね、レオちゃんは。……女の子、で良かったよね?」
「そうだよ?」
髪に付けたヘアピンに視線を向けるマリウスに、頷いて返す。
服装は男の子だけど、このピンの所為で女子度が増してしまった。
おのれ、リヒトめ……。もっと単調な、50本入りとかの黒ピンを寄越してくれれば良かったのに。
……まぁ、前髪が邪魔だから、このまま付けてはおくけども。
「気が乗った。もう少し、秘密を教えようか。……ジーク君が見つけてきたあの死体だけど、あれはどこで手に入れたものだと思う?」
「森に迷った旅人なんかの成れの果て?」
「それだと、レオちゃん達もそうなってしまうね」
「ふふ、それは恐いな」
和やかな雰囲気の中で、言葉を交わす。
その会話の内容は、明らかにその場の空気に合っていない。
マリウスは、グラスにワインを注いで優雅に口に含めると、微笑みを湛えながら答えを言った。
「あれはね?……バルダット帝国の、パトロンから貰ったものなんだ」
「……へぇ?」
「バルダット帝国とは同盟関係にあるからね。解剖に手を出していた事がバレた際、これまでの研究データが証拠として没収されてしまった訳だけど、そのデータを見た者の中にバルダット帝国のお偉いさんが交じっていてね。僕の研究に、えらく興味を持ってくれたのさ。それで、協力しやすいようにと、バルダット帝国に近いこの場所に僕を置いてくれた」
「え。……それって」
「軍事利用したいのだろうね?もちろん、気付いているよ。ヒリュズバウムもこの事は知っている。その上で知らない振りをしている。……ふふ。医療大国を謳っている手前、僕の研究は許容出来ない。出来ないけれど、とても気になる。だから、汚い部分をバルダット帝国に押し付けて、奴らはお綺麗な場所から高みの見物を決め込んでいるんだ。ならば僕は、彼らの期待に精々応えてやる事としよう。だって、知識や技術そのものには、何ら罪などないのだから。全ては使い手次第だろう?僕がこの技術を完成させ、それが軍事利用されたとしても、僕には関係のない事だ。だって僕は、人を救いたくてこの研究をしているだけなのだからね」
組んだ手の甲に顎を乗せ、にっこり笑う。
そして、「この気持ちに、嘘偽りはないよ」と、言葉を続けた。
……何故だろう。
確かに嘘ではないのだろうけど、とてもとても、嘘臭く聞こえた。
「そう。それならまぁ、……頑張って?」
「ありがとう。それと、これは提案なんだけど……。そのパトロンが開くパーティーに出る為に、実は僕もバルダット帝国まで行く予定なんだ。あと5日待ってくれれば、君達と一緒に行けるのだけど、良ければどうだい?僕たちと行けば帝国まで確実に着けるし、何ならパーティーに同席する事も出来るけど」
「ふふ、遠慮しておくよ。群れるのも賑やかなのも、あまり好きではないからね」
「そうか。残念だ」
あっさりと退いて、あははと笑うマリウスを尻目に、私は椅子から立ち上がる。
そろそろ話にも飽きてきたし、部屋に戻って一眠りでもしよう。
食っちゃ寝生活最高。あまり普段と変わらない気もするけど。
「ごちそうさま。それじゃ、私はこれで失礼するよ。君の研究について、口外する気は全くないから安心するといい。もちろん、死体の件も」
「助かるよ。久々に楽しい食事だった。何度も言うが、要り様の物があれば何でも言ってくれ。……クロード君が食べられそうな物も、うちにはたくさん置いてあるからね」
「……ふふ。それはどうも」
扉の取っ手を掴んだところで動作を中断すると、僅かに振り返って礼を言った。
こいつ、クロの正体に気付いてたのか……。
横目で流し見たマリウスの顔は、先程から上機嫌のままである。……気色悪い。
「――あ」
扉を開けて、エル達が食堂の外へと出終わった後、私は思い出したように傍に立っていたルイーゼへと向き直る。
いけないいけない。マリウスとの長話で、大事な事を忘れていた。
寧ろ、これが本題だ。
思い出したと同時に湧き出る冷や汗。思わず、強く奥歯を噛み締める。
……大変だ。私としたことが、今の今まで忘れていただなんて。
僅かに眉を顰めただけの無表情顔で、何だと言わんばかりに小首を傾げるルイーゼ。
そんな彼女を涙目で弱々しく見上げながら、私は泣きそうな、今にも消え入りそうな声で本題を述べる。
「……トイレ、どこですかぁ……」
めっちゃ内股で、そう言った。
食事の途中から、ずっと我慢してたんです……。




