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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編

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迷いの森。

「どうされます?帰るか死ぬか。早々にお選びください」


 凛として背筋を伸ばしながら、無表情でこちらを見つめ続ける使用人。

 エルは青くなった顔を強張らせ、クロはさり気無く自分の得物に手を掛けた。

 クロって、こういう時は臨戦態勢早いよね。

 殺気を隠すのも上手いし。

 キョトンとした表情そのままに、自然な動作で武器に触れるから、相手にも気取られにくい。

 トーマスによく仕込まれているなと、改めて感心する。

 私は使用人の女と目を合わせながら一歩前へと進み出ると、困った様な笑みを浮かべて口を開いた。


「……ふふ。これは失礼した。騒がしくしてしまい、申し訳ない。私達は極々普通の冒険者で、旅をしている者だ。ここへは、少々道をお尋ねしたく立ち寄らせて頂いた。突然の訪問で、大変不躾な事と思――」

「聞こえませんでしたか?或いは、理解が出来なかったのでしょうか?騒々しく品がないだけでなく、その上お馬鹿でもあったとは。もう一度言います。次はありません。……帰りますか?死にますか?早々にお選びください」

「……」


 笑みが、固まる。

 やべぇ。こいつ、殺してぇ。


「ふふふ♪」


 私は笑みを深めると、スタスタと女の傍へと近付いていく。

 一瞬だが、無表情だった女の顔が、僅かに歪んだ気がした。


「……それ以上近付けば、殺します。子どもと言えど、容赦はしませんよ」

「そうなの?」


 ふふふ?と笑いながら、あっという間に女の目の前に。

 私は瞳を細めて微笑むと、女を見上げて小首を傾げた。


「生きてるね?」

「……」


 女の瞳が、冷たく細められる。


「どうやら、死にたいようですね」

「そうだね?私はいつでもどこでも死にたいね?」

「……」


 暫しの間、見つめ合う。

 先程から無秩序に垂れ流されていた女の殺気が、洗練された鋭さへと変わっていった。

 肌に突き刺さる様な、この真っ当な殺気の心地よさ。

 微笑する口元が、歪に吊り上がっていくのを自覚しながら、彼女が動くのを待つ。


 けれど、数秒後。

 訪れたのは、まさかの展開。


「――ルイーゼッッ!!」

「は……?」


 声が響くのと同時に、玄関の扉が勢いよく開いた。

 必然的に、皆の視線がその人物へと集う。

 先程までの殺伐とした雰囲気などどこへやら。

 私は思わず目を瞠り、言葉を失った口からは吐息の様な声が零れた。

 現れたのは、30代程の1人の男。

 髪から水を滴らせ、腰にタオルを巻いただけの、……半裸の男である。

 男は視界に目的の人物を捉えると、またもや大声で叫び出す。


「――僕のパンツは!!?」


 ……驚きの一言。

 何故か悲痛に満ちた、そんな叫び声だった。

 平然とした態度のままの、ルイーゼと呼ばれるその女を除き、私達一同の身体は驚愕に凍り付く。


「……チッ」

「舌打ち!?僕何かしたかな!?……って、ん?」

「……」


 男と、目が合う。

 私達の存在に漸く気が付いたらしい男は、驚きに目を見開いた。

 そして、顔を赤くさせたり青くさせたりと忙しく色を変えると、その後は慌てた様に手をわたわたと前方に大きく振り出した。


「お、お客人!?……わ!?僕ってばこんな格好で!!……す、すまない、ちょ、ちょっと事情があって……って、うわぁ!!?」


 ――その時、一陣の突風が。

 嵐でもくるのだろうか、湿り気を帯びた風が、大きく草木を騒めかせながら私達を襲った。

 それは、腰に軽く巻き付けただけのタオルから手を離し、大きな動作を繰り返していた男の身にも、当然の如く吹き荒れる。

 タオルが、飛んだ。


「……き、きゃぁぁぁああああああっ!!!」


 この悲鳴はもちろん、私のものではありません。

 一方、私はと言えば――。


「おろろろろろろろろろろ――……」

「お嬢!?」


 お花畑しました。




*******


「――僕の名は、マリウス・ドナート。一応、名ばかりの辺境伯だ。……先程は、大変失礼をした。ルイーゼ……使用人が、少々悪ふざけをしたもので。風呂から出てみれば、着替えが全て消失していてね。それどころか、棚の中のパンツも全て消えている始末。せめて何か羽織って出れば良かったのだろうが、ショックで我を忘れていて、それどころでは無かった。……その、……本当にすまなかった」

「マリウス様。言い訳がましく、何でもかんでも人の所為にするのはどうかと思いますが。……露出魔が」

「今、ぼそりと何を言ったのかな!?聞こえたけどね!?」


 現在、客間へと案内をされ、ソファにて邸の主、マリウスと向かい合っている。

 もちろん、今度はちゃんと服を着たバージョンのだ。

 乾かしたばかりの、ふわふわとした栗毛の髪に指を埋めながら、マリウスはルイーゼの言葉にどんよりと項垂れた。


「ふふ。見ていて不快なものではあったけれど、故意でなかったのなら私は構わないよ。こちらも、庭を汚してしまい申し訳なかった」

「ごめんなさい。気持ち悪いものを晒してごめんなさい」


 顔を覆い、何故か更に沈みだすマリウス。

 そんな主の様子を気遣ってか、ルイーゼはそっとマリウスの肩に触れた。


「裸を見られて子供に吐かれたぐらいで、落ち込まないで下さいませ」

「やめて。止めを刺さないで」


 半目となった淀んだ瞳で、マリウスは消え入りそうな微笑を浮かべた。

 精一杯の笑みだろう。

 そんな痛々しい主の反応に、言葉を誤ったと己の失敗を悟ったルイーゼ。

 それから数秒程、顎に手を置いて思案気に眉を顰めた後、もう一度マリウスの肩を掴んだ。

 そして、ゆっくりともう片方の手を静かに上げて――、


「ごちそうさまでした」


 無表情で親指を立て、感想を述べる。


「その反応もどうかと思うけどね!?」

「眼福でした」

「言い方変えただけ!!」


 マリウスは驚愕に目を見開かせながらも、適切にツッコミを入れていく。

 元気を取り戻したようで何より。


「それにしても、他に人の気配がまるでしないのだけれど、邸に居るのは君達2人だけなのかい?」

「え?……ああ、うん。主の私と、使用人はこのルイーゼ唯一人。……気が楽でいいだろう?」


 「大した持て成しは出来ないけどね」と言葉を続けながら、マリウスは困った様に微笑んだ。


「ふふふ。……そうだね。家の中でも人が多いと、息が詰まるもの」

「おや。経験がおありで?」

「さぁ、どうだろう」


 同調するかのように、私も困った様に微笑んで、小首を傾げる。

 それから、「こちらの自己紹介がまだだったね」と言って、話を変えた。


「私はレオ。それと、スライムのスーちゃんに、クロとシロ。こっちの亜人の子供がポアで、……ふふ、お菓子に夢中になってる子がジークだ。それと、……あの子がエル」


 一人一人を目差ししながら、簡潔に名を述べていく。

 最後に、1人私達から離れ、大窓から放心状態で外を見つめ続けていたエルを一瞥。

 窓にうっすらと映るエルの瞳は、心なしか空虚である。


「……そうか。年頃の娘に、悪い事をした」


 先程の悲鳴と、フードから僅かに覗く容姿とで、エルを若い娘と判断したらしいマリウスは、再び項垂れながら謝罪を口にした。


「ああ、エルならきっと大丈夫だよ。ああ見えて100歳は超えてるし」

「え……」

「エルフ族だから!エルフ族でこの年齢は、まだ若いのよ!?」

「復活したね」


 マリウスの引き気味な声に反応し、エルが勢いよくこちらに向き直る。

 流石はエルフ族。

 眼だけでなく、耳もいいようだ。

 

「エルフ族……?」

「~~っ!!」


 珍しいものを見る様な目で、エルを凝視するマリウス。

 先程の光景――マリウスの全裸の姿を思い出してか、エルが顔を真っ赤にして両手で目を覆った。


「うう……。お父さんと弟のしか見た事無かったのに……」


 羞恥心で声を振るわせながら、エルは悲痛に満ちた声で呟いた。

 その反応に何か感じるものがあったのだろう。マリウスは目を見開くと、今度は違う意味を含んだ視線をエルへと向け、喉は小さく上下する。


「マリウス様。鼻の下が伸びております。……盛ってんじゃねーぞ、変態貴族が」

「だから、ボソッと毒を吐かないで?僕も悪かったけども」


 ルイーゼの指摘に対し、マリウスはそっと口元を押さえると、気不味さを誤魔化す様に咳払いをした。

 

「えーっと、この森から出る道が知りたいんだったかな?ルイーゼから話は聞いてるよ」

「ふふ。話が早くて助かるよ。スファニドを出て、バルダット帝国に行く途中だったんだけど、すっかり道に迷ってしまってね。ここがどういった場所なのかさえ分からない状況なんだ。辺境伯という事は、この森は君の領地という事で良かったのかな?どこかの国の国境だろうか」

「ああ。その認識で合っているよ。……ふむ。それにしても、スファニドから来たのか……。それは何とも遠回りな……」

「ん?方角自体はそれ程間違ってないと思っていたのだけど、……そんなにズレてた?」


 バルダット帝国は、スファニドの北東に位置する国。

 間にある、ムーバル大平原と聖国“シンヴァル”を抜けて行くのが一番の最短ルートとなるのだが、マリウスの口振りからして、どうやら別の場所に出て来てしまったようだ。

 ……まぁ、そうだよね。地図を見ても、このルートに森なんて入って無かったし。

 最初は、地図にも載らないぐらいの小さな雑木林程度に考えていたけど、迷いの規模的に、最早大森林と言っても過言ではない。

 とすると、一体ここはどこだろうか?

 優雅に紅茶を啜り一息つくマリウスを、首を傾げて見守りつつ、次の言葉を待った。


「ふぅ。……ここはね、医療大国“ヒリュズバウム”。そしてこの森は、ヒリュズバウムの北に位置する国境だ。方角自体はそれ程間違ってはいないけど、……ちょっと東に来過ぎだね。まぁ、バルダット帝国は隣国だから、森を抜けて更に北に進んで行けば直ぐに辿り着けるけど」

「そうか……。私達はシンヴァルを迂回してしまっていたという事か」


 そりゃ遠回りだわ。

 でも、おかしいな……。これ程広大な森、この辺りの地図には載って無かった筈だけど。

 私はそんな疑問を浮かべながらも、「ま、いっか」と思考を流し、マリウスへと回答を求めた。


「それで、この森を抜けるにはどうすれば?」

「うーん……。この森は、“迷いの森”と呼ばれるほどに少々特殊でね。普通なら、一日も走っていれば適当な場所に抜けられる程度の広さなんだけど、至る所に認識阻害魔法の術式が仕掛けてある。その所為で、人は疎か魔物でさえも森から出る事は困難だ」

「そうなの?何故、そんな魔法がこの森に?」

「ここは、バルダット帝国との国境だからね。今のところ、一応は同盟関係にあるけれど、過去に進軍された歴史もある。相手が軍事国家となると、警戒をするに越したことは無いだろう」

「ふむ。なるほどね。……でも、抜け道はあるんだよね?」

「もちろん。とはいえ、――ん?……ああ、やはり降り出したな」


 大窓に雨粒がぶつかるのを横目で気付き、マリウスは外へと視線を向ける。

 雨は瞬く間に大降りとなり、邸の外壁を強く打ち付ける。

 木々は強風によって大きく騒めき、嵐の訪れを報せた。

 マリウスは眉尻を垂らして笑いを零すと、再び私の方へと向き直り、肩を竦める。


「この天候では、道を教えたところで出られないね。無理に進んでも、また迷うのがオチだろう。明日明後日には天候も回復するだろうし、君達さえ問題なければ、それまで邸に滞在するといい」

「確かに、これでは野宿も厳しいね。……でも、いいのかい?見ず知らずの旅人なんかを気軽に泊めてしまって」

「あはは!これでも僕は、子供に警戒心を抱くほど小心者じゃないつもりだし、この嵐の中、子連れの客人を外に追い出すほど鬼じゃない。それに、君達はこの森から出たいんだろう?ならば、その方法を知っている僕に、危害を加える様な真似はしない筈だ。金目の物を盗んで逃げたとしても、森の抜け道を知らなければ出られないし逃げられない」

「ふふ。的を射た答えだね。まるで監獄の様だ」

「いい例えだね。まぁ、元々が侵入者を閉じ込めて殺す……コホン。……失礼。女性や子供の前でする話ではなかったね。兎に角、部屋だけは無駄に余っているから、気兼ねなく滞在してくれ。……先程のお詫びもしたいしね」


 肩を竦め、苦笑するマリウス。

 この嵐じゃ、どうせ外には出られないし、適当な町に転移して嵐が過ぎるのを待とうかとも思ったけど、折角の善意だ。

 ポアの旅銀もそれ程多くないし、ここは節約しておくべきか……。

 大貴族程ではないとはいえ、一応貴族の邸だし、銀貨レベルの宿以上の居心地は保証されているだろう。

 ……よし。


「そうか……。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな?」

「ああ。歓迎するよ」


 宿泊、決定。

 色々気になる点の多い邸だけど、何かあっても転移して逃げればいいしね。

 最悪、殺しちゃってもいい訳だし。正当防衛って素晴らしい!

 にっこりと笑みを浮かべるマリウスに、私もにっこり笑って返す。

 マリウスの後ろでは、無表情で凛と立つルイーゼが、眉を僅かに顰めながらこちらをじっと見つめていた。




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