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俺を処刑した英雄たちを、もう一度パーティーに集める  作者: 雨宮 弦


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第23話 命令に背く治療

 最後の寝台だけが、部屋に残っていた。

 フィエナはそこへ戻り、老人の肩へ毛布を掛けた。

 廊下の向こうで、撤退を知らせる鐘が鳴っていた。


「セーン、出ろ!」


 監督役が呼んだ。

 少女は顔を上げた。


「この方を、乗せてからです」


 その返事を、エイルは戸口で聞いた。


 王都の南西外縁にある熱病区画へ入ったのは、三月二十一日だった。

 フィエナは監督を受けて患者を診る。ほかの三人は、荷と防護戸の仕事を頼まれた。

 区画は、低い壁で囲まれていた。

 西門は傷んだ結界柱に近く、普段から閉じている。物と人の出入りは東門だけだった。

 東側の病室から、細い廊下を抜け、中庭の囲い戸を通れば門へ出る。

 エイルは初日に、その二枚の戸を見た。

 廊下の戸と、囲い戸。どちらも風を避けるため、開けたままには出来ない。

 患者を運ぶ時だけ、一方を閉じて次を開ける。

 そこで、二つの枠を順に使う案を、ヴェラと試した。


 両方を同時に保つことは出来なかった。

 トルンで失敗したのと、同じだった。

 今度は、同時に持たない。

 廊下の戸の糸を解く動きを、囲い戸の枠へ力を渡すきっかけにする。

 先に双方へ触れ、二つの間へ、壁の継ぎ目を沿う糸を置いた。

 空の担架で、二度試した。

 一度目は切替が遅れ、ゴルヴァンが戸を支えた。

 二度目は、通る人が声を出す位置を替えた。

 それで、職人の手を一つ空けられた。

 その程度の成功だった。


 病室には、壁へ掛けた予備の担架があった。

 ゴルヴァンが初日に留め具を確かめ、古い布の端を張り直した。

 エイルは、その横で寝台の老人から靴を取るよう頼まれた。

 右は寝台の下、左は棚の奥へ入っていた。

 揃えて置くと、老人は片足ずつ見比べた。


「ここへ来るまでは、これで歩いたんだ」


 靴の踵は、外側だけ減っていた。

 フィエナが、窓を少し閉めた。

 外には結界柱が見える。薄い光が、明るい空の下でも消えずに続いていた。


「あれがあるから、ここで眠れる。昔は、街へ入れてもらう金もなかった」


 老人は言った。

 守られている人の声だった。

 エイルは、戸の仕事を頼まれた時、建物の古さばかり見ていた。

 ここへ一人を置いていくことが何を意味するかは、その三日後、初めて、自分の作業の問題になった。


 二十四日の朝、柱の外へ魔物が寄っていると知らせが来た。

 区画を閉め、内側の防衛線へ人を移す。

 朝に数えた患者は九人だった。五人は寝台から一人で起きられず、四人は支えがあれば歩ける。

 東門の外へ、二人分の担架を載せられる車が来た。

 最初の便には寝台の二人と、歩ける二人。

 フィエナが包みへ薬の名をつけ、誰がどこで受け取るかを看護の人へ伝える。

 ヴェラは門の外へ出て、受入側に四人が渡ったことを確かめた。

 エイルは廊下の戸に指を置いた。

 風が入る。糸を保つ。

 担架が通る。


「閉じます」


 声が返ってから解き、囲い戸の方へ力を渡した。


 車が戻るまで、残る五人を廊下へ出せなかった。

 冷たい風で、患者の呼吸が苦しくなる。

 フィエナは部屋へ戻り、老人の枕を直した。


「置いていくのか」


 老人が聞いた。


「次の車です。私も、同じ所へ行きます」


 少女は、聞こえる声で答えた。

 エイルはその後ろで、荷をまとめた。

 手元の紙では、残る人は五人という数字だった。

 枕へ顔を埋める人と、毛布を放せない人と、窓を見続ける人は、同じには動かなかった。


 門の外で、短い悲鳴がした。

 ヴェラが中へ来た。


「東側の街道にも、一匹出た。兵が止めてる。今のうちに、次を」


 車を引く人の片腕に、血がついていた。

 自分の物ではないと言い、すぐ車を戻す。

 二度目の便に、寝台の二人と、歩ける二人を乗せた。

 それで、八人。

 老人一人が、部屋に残った。

 空いた車は、また向こうまで行かなければ戻らない。

 監督役は、待てないと言った。


「残りの職員を出す。線が閉じる」


「車を、もう一度だけ」


 フィエナが言った。


「戻る人の危険は考えたか」


 監督役の顔は、怒っているというより、焦っていた。

 東門の外を何度も見た。

 フィエナは頷いた。


「戻ってくる人がいないなら、私たちで担ぎます。ここへ来ている人へ、頼ませてください」


「お前が決める仕事じゃない」


 少女の手が、一度止まった。

 エイルは、その指を見た。

 命令が来ると、すぐ立っていた手だった。

 今度も、動くのだろうか。


「救う人を選ぶなら、私にも選ばせてください」


 フィエナは言った。


「この方を残す、と、私は言っていません」


「聞かなかったことにする。出ろ」


「聞いてください」


 声が少し大きくなった。

 監督役は彼女の名札を見た。


「命令違反になる。ここでの治療の登録を、止めるぞ」


 フィエナは、自分の札へ触れた。

 冬の間、何度も試験を受けた札だった。

 それを手から離し、机へ置いた。


「私の名前も、残してください」


 ゴルヴァンが、壁へ掛けてあった予備の担架を持ってきた。

 車を待たず、二人で担げる。


「俺が前。後ろ、持てる奴は」


 看護の男が、手を上げた。

 監督役が彼を睨んだが、男は名乗り、ゴルヴァンの向かいへ立った。

 フィエナは、老人に移ることを告げた。

 エイルも腕を出しかけた。

 少女は、枠の方を指した。


「そちらを、お願いします」


 患者を抱えれば、救った手応えがある。

 戸を持つ仕事では、通り過ぎる背中しか見えない。

 エイルは戸口へ戻った。


 廊下の戸が、風で重くなっていた。

 枠の片側が濡れ、糸を置いた所から、力が逃げた。

 エイルは、無理に二つを繋がなかった。


「一枚ずつ。囲い戸は、人の手で」


 ヴェラが頷き、先へ行った。

 担架が近づく。

 老人の片手が、布の外へ出ていた。

 エイルはそれを見て、自分の右手を一度開いた。

 四日前、止める合図として決めた形だった。

 フィエナがすぐ気づき、担架の二人へ止まるよう告げた。


「一度、持ち替えます」


 エイルは指を枠の乾いた所へ移した。

 もう一度、張る。


「通れます」


 担架が来た。


 東門まで、ゴルヴァンたちは走らなかった。

 段差の前で声をかけ、支える手を替え、ゆっくり下ろした。

 門の脇で、兵が一人うずくまっていた。

 靴の下へ、黒い血が落ちている。

 倒れた魔物が、その向こうに見えた。

 結界があるから、ここまでで済んでいた。

 十分だから安心だと言える景色でもなかった。

 ヴェラが門の外から、九人目の受入を告げた。

 最後に、運ぶ側の名前を呼んだ。

 老人の靴は、エイルが持っていた。

 病室で揃えた向きのまま、紐を結んで運んだ。受け取る人へ渡すと、老人が毛布の中から顔を向けた。


「それも、来たか」


 エイルは頷いた。


 その夜、フィエナの名札は戻らなかった。

 患者は内側の施療所へ渡したが、彼女はそこの治療に加われなかった。

 資格の扱いが決まるまで、監督下の手当ても停止すると通知された。

 フィエナは、空の薬袋を畳んでいた。


「間違っていたと、書いたら、返してもらえるそうです」


 エイルへ言った。


「書くんですか」


「車が来る人の危険は、もっと聞くべきだったと思います。でも、あの方を置いて出るべきだったとは、書きたくないです」


 エイルは、少女の膝の上を見た。

 手は、もう震えていなかった。

 ただ、仕事を失う不安は、顔に残っていた。


「申立ての仕方を、聞きましょう」


 エイルは言った。

 フィエナが顔を上げる。


「俺が、代わりに決めるんじゃなくて。あなたが何をしたと、残されたのかを」


 少女は、少し考えてから頷いた。

 エイルは、部屋から出た最後の老人の手を思い出した。

 かつて自分を留めた指が、今日は、その手を外へ運ぶ順番を決めていた。

 同じ人間だと、すぐには思えなかった。

 違う人間だと決めてしまうことも、まだ出来なかった。

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