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俺を処刑した英雄たちを、もう一度パーティーに集める  作者: 雨宮 弦


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第17話 殺さない拘束

 剣の音は、頭の上でした。

 エイルは床へ手をついたまま、動けなかった。

 ゴルヴァンの靴が、すぐ横へ入ってきた。


「下がれ。俺の後ろ」


 男の刃を払う。

 言われた方へ膝を動かすと、今度はフィエナの手が、エイルの右腕を掴んだ。


「立てますか」


 エイルは頷いた。

 頷いたのに、最初の一歩で足がもつれた。


 ヴェラが大戸の横へ立ち、油皿の灯りを上げた。

 南から光が入り、荷箱の陰が北へ伸びる。

 仮面の男は、その陰を使って下がった。

 ゴルヴァンが追うと、男は低く剣を返した。

 ゴルヴァンの脛を狙っていた。

 エイルは声を出した。


「足!」


 ゴルヴァンは、言われる前に踏み替えていた。

 剣の先が、靴の前を通る。


「見えてる!」


 返事が、ひどく頼もしく聞こえた。

 同時に、ずっと前に知っていた声でもあった。


 フィエナが、エイルを荷箱の角へ座らせた。

 左肩の服を開く。

 血で、布が張りついていた。


「ここ、切ります。動かさないで」


 針仕事の小鋏が見えた。

 エイルは息を止めた。

 フィエナは一度手を止め、鋏を見える所へ下ろした。


「服だけ。傷へは、入れません」


 エイルは頷いた。

 布が裂ける音がした。

 血は出ていたが、深くえぐれてはいなかった。フィエナは畳んだ布を重ね、圧迫した。


「いま、魔法で全部閉じません。先に、止めます」


 エイルは、彼女の指が手首へ来ないことを確かめた。


 ゴルヴァンが押していた。

 仮面の男は、正面で受けず、荷の間へ下がる。

 細い隙間なら、大きいゴルヴァンの方が動きにくい。

 エイルは小戸を見た。

 あそこから出るつもりだ。

 運河側の道へ出れば、東の橋に石段がある。


「殺さないで」


 口から出た。

 ゴルヴァンが一度だけ、こちらを見る。


「どうして」


「聞きたい。誰に言われたのか」


 仮面の男は、それを聞いても何も言わなかった。

 ただ、構えた刃をゴルヴァンの首へ向けた。

 こちらは、殺される可能性のままだった。


 ゴルヴァンの剣が、相手の手元へ入った。

 エイルは、あの動きを知っていた。

 次は肩を押し、足を払う。

 だが、今のゴルヴァンは、まだ同じようには動かなかった。

 足を先に出した。

 男の身体が、それを避ける方向へずれた。

 ほんの少し、遅かった。

 ゴルヴァンの肩が当たり、男が荷の柱へぶつかった。

 仮面が揺れた。

 顔は、まだ見えなかった。

 エイルは、床へ右手をついた。

 ここから小戸へ動けば、逃げる場所を一つ塞げる。


「立たないで」


 フィエナが言った。


「あの戸を、止めたい」


「今、歩いたら、血が増えます」


 エイルは小戸を指した。


「ずっとじゃなくていい。あそこまで」


 少女は、傷へ当てた布をエイルの右手で押さえさせた。


「自分で持って。放しそうになったら、戻ります」


 それが条件だった。

 エイルは、膝を伸ばした。

 ヴェラがこちらを見て、灯りを北へ向けた。

 小戸の横の柱が、明るくなった。


 男とゴルヴァンは、中央の樽の西側にいた。

 エイルとフィエナは、東側の狭い隙間を通った。

 灯りが動いたので、影も変わる。

 男が、エイルの動きへ顔を向けた。

 ゴルヴァンが、間へ入った。


「そっちじゃねえ」


 剣を振るう。

 男は刃を合わせず、柄で受け流した。

 そのまま、二人の間を抜けようとする。

 エイルは柱へ右手を置いた。

 布が、肩から滑りかけた。

 フィエナが押さえ直す。


「こっちは、持ちます。早く」


 糸が、枠へ渡った。


 小戸の前へ男が来た。

 エイルは、その一人が越えない条件へ、力を絞った。

 相手の肩が、止まった。

 身体を押し返すほどの力はない。進もうとする速度が、戸の所だけで落ちる。

 男が、エイルを見た。

 仮面の穴の奥に、目があった。

 何色かを見ようとした瞬間、指が熱くなった。

 石痕のある手首だった。

 痛みとも、魔力の消耗とも違った。

 男が刃を引き、柱へ当てた。

 エイルは指を離した。

 糸が切れた。

 男が、外へ抜けた。


 ゴルヴァンが小戸へ飛び込み、外套の端を掴んだ。

 布が張る。

 男が振り向き、刃をゴルヴァンの腕へ向けた。

 ゴルヴァンは腕を引き、代わりに柄を相手の肩へ押した。

 外套が裂けた。

 その切れ端だけが手に残った。

 エイルも外へ出た。

 北の運河の風が、濡れた肩へ当たった。

 男は、東へ走っていた。

 橋のたもとの石段へ向かう。


「綱!」


 ヴェラが、後ろから声をかけた。

 荷を縛る綱の端を持っていた。

 ゴルヴァンが片方を受け取り、石段の手前へ回る。

 エイルには、そこまで走る力がなかった。

 小戸の外で膝をつき、二人の間に渡る綱を見た。

 男の足が止まる。

 橋へ上がる方には、荷車が一台あった。

 下の船着き場へ行くには、綱の前を抜けなければならない。

 ヴェラが、自分の持つ端を、塀の金具へ一巻きした。

 ゴルヴァンが、仮面の留めへ手を伸ばした。


 男は、捕まる方へ肩を入れた。

 ゴルヴァンが、その動きに合わせて体重を掛ける。

 刃は、腕ではなく、張られた綱へ向いた。

 短い音がした。

 綱が切れた。

 力を掛けていたゴルヴァンが、前へ出る。

 男はその横を滑り、石段を三段飛び下りた。

 下に、小舟があった。

 朝から係留されていた舟の一つだ。

 男は乗り移り、杭へ掛けた短い綱を切った。

 舟が、壁から離れた。


 ゴルヴァンが石段の上へ立った。

 跳べば、舟へ届くかもしれなかった。

 ヴェラが呼んだ。


「戻って。エイルが」


 エイルは、自分の名を聞いた。

 フィエナの肩を借り、立っているつもりだった。

 実際は、片膝をついたまま、上体を支えてもらっていた。

 ゴルヴァンが振り返る。

 舟の男は、顔を上げなかった。

 櫂を入れ、荷船の陰へ回っていった。

 追うための足は、こちらには残っていなかった。


 エイルは、男の去った方へ手首を向けた。

 熱は、まだあった。

 腕を右へ振っても、左へ振っても、変わらない。

 石のあるポケットを押した。

 何も答えなかった。


「何をしてるの」


 ヴェラが言った。

 エイルは手を下ろした。


「逃げた方を、見ていただけです」


 ヴェラは、運河と腕を交互に見た。

 今は何も聞かず、ゴルヴァンの持つ布を受け取った。


 外套の内側に、薄い縫い取りがあった。

 すでに切り取られた印の、糸の残りだった。

 ゴルヴァンがそれを見て言った。


「官給の外套か。似た奴を、闘技場の護衛でも見た」


 誰の物かまでは、分からなかった。

 ヴェラが、持った場所を指で示した。


「ここから先は、触らないで。見た時のまま、包む」


 エイルは頷いた。

 相手の顔を見られなかった代わりに、布が残った。

 それを、聞いてくれる相手へ持っていく。

 今の自分たちだけで、答えを作ることは出来なかった。


 橋の向こうから、倉庫の管理人が走ってきた。

 荷車の御者に呼ばれたらしい。剣を見て一度止まり、血のついた肩を見て、灯りを低くした。


「盗られた物は」


「物じゃない。こいつを狙ってた」


 ゴルヴァンが答えた。

 管理人は、近くの番所へ知らせると告げた。倉庫をそのままには出来ないので、戸と割られた荷を一緒に確かめてくれと言う。

 ヴェラが引き受けた。

 エイルは、小刀をまだ握っていることに気づいた。

 刃は抜いていなかった。柄で叩いた跡だけが、鉄の輪の色になっていた。

 番所の人が来た時、何を持っていたかを、そのまま見せた。

 名前を聞かれ、三人に答えさせず、自分で言った。

 言い終えてから、ようやく、水を飲ませてもらった。


 フィエナが、肩の布を新しい物へ替えた。


「深くはないと思います。でも、今夜は歩き回らないで」


 言いながら、エイルの手へ、血のついた古い布を持たせた。

 自分で押さえられるかを、確かめていた。

 エイルは受け取り、傷の上へ当てた。

 ゴルヴァンの剣には、まだ血がなかった。

 それを見て、安堵した。

 その安堵の中に、自分のために殺してくれなかった不満も、少しあった。

 エイルは、その顔を見せないよう、膝の布へ目を落とした。

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