↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/17

第10話 西の修道領

 手配の紙には、フィエナの髪の色が書いてあった。

 淡い栗色。十五歳。治癒術を使う。

 顔の絵はない。それでも、エイルには、そこに立っている少女を指で示されたように見えた。

 十月三日の朝、川下の宿駅へ入る門で、ゴルヴァンが先にそれを見つけた。


「読むな。止まると、向こうも見る」


 荷を持ち直しながら言った。

 エイルは歩いた。フィエナも、その横を歩いた。

 紙の下端に、セイルの支院印があった。

 無断で預かりの少女を連れ出した二名。金銭を得るため治癒術を使わせるおそれあり。

 エイルの名も、その下にあった。


 宿駅の役所は、橋のたもとにあった。

 逃げるだけでは窓口へ話す約束が果たせない。エイルはフィエナに紙を見せてから、昼前に自分で出向いた。

 ゴルヴァンは外で荷を持ち、入口が見える所に立った。


「連れ出されたんじゃ、ありません」


 フィエナが言った。

 窓口の男は、彼女から荷の控えへ視線を移した。


「院へ照会する。返事があるまでは、ここにいることを知らせなければならない」


「連れ戻すんですか」


「今、私がそう決めたわけではない」


 男は、机の向こうの待合席を示した。

 エイルは戸枠を見た。ここで逃げれば、書かれたことの続きを自分で作ることになる。


「本人が嫌だと言っても、その場で渡すんですか」


「院の使いに、ここから勝手に引いていかせることはしない。だから、話を残すんだ」


 男は言った。

 守るという約束は、そこまでだった。

 手配の紙そのものを取り消す権限は、ここの小さな机にはなかった。

 エイルは、役所の印と、支院の印の形が違うことを見た。

 ここは、院の命令をそのまま実行する窓口ではない。本人の話を別に残し、引き渡してよいかを確かめる場所だった。


「照会の内容を、こちらにも残してください」


「それなら、話したことを紙にして出して」


 フィエナは自分で筆を持った。

 エイルが代わりに書けば早かった。だが、最初の一字を書くまで、口を出さなかった。


 午後、窓口で、小さな宿を教えられた。

 役所とは別の仕事で、裏庭に薬草を干す棚がある。女主人はハンナと名乗った。


「泊めるけど、裏から逃げたことにしないでよ。役所に聞かれたら、聞かれた通りに言うからね」


 エイルは頷いた。

 木戸の外には、荷車道があった。その先は川沿いを西へ戻り、セイルへ続く。

 正面は宿駅の大通り。橋を渡れば、東の街道へ出る。

 隠れ住める場所ではない。

 返事を待ちながら食べるには、働く必要があった。


 ゴルヴァンは護送に一日だけ付いた。

 翌朝には戻る約束で、荷主に行先を確かめ、エイルへ伝えてから出た。

 エイルは宿の荷箱の留め具を直した。組合を通す仕事は、完了票の戻る日まで金にならない。宿の仕事は、その日の食事になった。

 フィエナは、棚の布を畳んでいた。

 そこへ、荷台から降りた男が、裂けた掌を押さえて来た。


「ここの薬をくれって、向こうで」


 ハンナが洗い場へ通す。

 フィエナは布を置き、男の腕を見た。


「洗う水を、もう一杯ください」


 エイルが動くより先に言った。

 男は手を引きかけたが、ハンナが頷いたのを見て、腰を下ろした。


 傷の中に、木の欠片があった。

 フィエナは手を洗い、男へ見えるよう道具を置いた。魔法をかける前に、そこを取らなければならないらしい。


「閉じるだけなら、すぐ出来るんじゃないのか」


 男が言う。


「中に残したままだと、後で痛みます。先に見ます」


 少女は、針の先を灯りにかざした。

 エイルは男の肩越しに、その指を見た。

 自分にかけた術の手順を、よく見たことがなかった。傷が塞がり、動けるようになる。それを受け取り、次へ行っていた。

 今は、男が息を詰める度、彼女の手も止まった。

 欠片が布へ落ちた。


「ここから、温かくなります」


 フィエナが告げた。

 光は掌の傷へ集まった。男の肘や手首は、自由に動いていた。


「誰に払えばいい?」


 終わってから、男が財布を出した。

 フィエナは、すぐにハンナを見た。

 院で診ていた時は、自分で受け取らなかったのだろう。


「薬と布は私の店。その手当ては、この子に聞いて」


 ハンナが言った。


「院へ、納める分は」


 フィエナが言いかけ、止めた。

 男の財布を見たまま、困っていた。

 エイルが金額を決めることは出来た。旅費から薬を買い、その分を差し引けば、綺麗に収まる。

 そうすれば、仕事の窓口も自分になる。


「相場を、ハンナさんに聞いては」


 エイルは、そちらだけを言った。

 フィエナは頷き、少し相談してから銅貨を受け取った。

 受け取る指より、渡す男の方が落ち着いていた。


 三日後には、裏庭へ四人が待っていた。

 荷を運んで肩を痛めた女。足の皮を剥いた子供。昔の怪我の痛みを相談する老人。

 すぐ治せる人と、ここでは分からない人を、フィエナは分けた。

 魔法の光を見せれば、皆が安心するわけではなかった。


「お金を払えば、明日も診てもらえるんだね」


 老人に聞かれ、フィエナは答えに詰まった。

 エイルは、正面の通りを見た。

 待つ人の一人が、門の紙を見に行った。

 戻ってきて、少女の髪を見た。

 声はかけなかったが、椅子へ座り直す時、隣の人へ何かを言った。

 エイルは、ハンナの所へ行った。


「治療を、減らせませんか」


「私に言って、あの子を止めさせるの?」


 エイルは口を閉じた。


「人が増えています」


「増えてるね。診ない方がいい人まで来てる。そこは話そう。隠すために患者を追い払う相談なら、別だよ」


 夜、ゴルヴァンが薬代の送付票を折っていた。


「手配の紙、消えねえな」


「院の返事が、まだです」


「来てから考えるより、来る前に考えとけよ」


 エイルは、役所の照会控えを広げた。

 自分たちがここにいることは、もう知られている。

 窓口へ出向いたのは間違いだったか。

 そう思うと、フィエナが隣へ来た。


「私の書いた分、院にも届くんですよね」


「照会と一緒に」


「だったら、よかったです。いない所で、嫌だと言ったことまでなくなるのは、嫌なので」


 エイルは紙を見た。

 不揃いな文字で、本人の名前が書かれていた。

 これを出さずに連れ回していたら、どうなったか。

 考えきる前に、ゴルヴァンが椀を置いた。


「それはいい。で、来られた時に、どっちへ出る」


 十月十一日、荷の便で封書が届いた。

 セイルの薬屋からだった。

 先日預かった老人の包帯代を、孤児院から請求されたという。患者の家でも同じ代を払った。二度取るつもりかと、元の領収を添えてあった。

 送り先は、三人の宿泊を照会した宿駅役所だった。

 そこから、エイルたちへ回された。

 包帯を使ったのは自分だと、フィエナが言った。


「でも、この日、院でお金を受け取ったとは聞いていません」


 エイルは、荷の控えと請求の右肩を照らした。

 同じ番号があった。


 その夕方、院の使いが宿駅へ着いた。

 ハンナが窓から見つけた。役所へ入った男は、二人の付き添いを連れていた。

 裏庭には、まだ、最後の患者がいた。

 鍛冶屋で指を挟んだ女だった。


「先に出るぞ」


 ゴルヴァンが荷を持った。

 エイルは、フィエナを見た。


「あと、どれくらい」


「布を留めるまで。歩いても、ほどけないようにします」


 女が、自分の手を引こうとした。


「もういいよ。あんたら」


「動かすと、痛いです」


 フィエナの声は小さかったが、はっきりしていた。

 エイルは荷を下ろした。

 戸の外へ出て、こちらへ来る人がいないか見る。


 指の包帯が終わると、女は正面から帰った。

 道を聞かれても知らないと言え、とは頼まなかった。

 三人は裏木戸へ回った。

 エイルはハンナへ、セイルの会計書類を扱う支院へ向かうと告げた。役所にも、同じ行先を書いた紙を渡してもらう。


「逃げた先が、戻る方か」


 ゴルヴァンが言った。


「紙の元は、あそこです」


 エイルは、二重に請求された包帯の控えを胸へ入れた。

 最初に少女を連れ出した時より、荷物は少し増えた。

 今度はそれを持って、相手の机へ行くつもりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。