金井さん
同人即売会が終わり、また日常が戻って来た。
「佐藤さん、またですか?」
「申し訳ありません。」
また怒られる日々が始まった。
「ここって前も指摘しましたよね?」
「そうですね。だからその時教えられた通りに仕上げて・・・」
「あのねえ・・・前とは作りが違うでしょ?だから同じにしては困るんですよ。」
「え・・そうなんですか?」
「それぐらい考えてくださいよ。臨機応変が出来ないならロボットの方がましですよ。」
そんなの知るわけないだろ!と怒りたいが、間違いは間違いである。
「申し訳ありません。では今回の修正方法をご教授願いします。」
「あー忙しいから金井さんに聞いてくれますか?」
「わかりました。」
金井さんは、入社して5年の20代女性だが、俺とは違ってバリバリと仕事をこなす有能社員である。
姿も派手さはないが、清潔で整ったか顔立ちと体付きの女性である。
俺は彼女の席に行き、恐る恐る話しかけた。
「佐藤さん、どうしましたか?」
「あのー教えて欲しい事がありまして・・・」
彼女は終始笑顔で分かりやすくも優しく教えてくれた。
「ありがとうございます!」
「いえいえ、頑張ってくださいね。」
俺は少しウキウキした気分で席に戻り、少しは頑張る気力が湧いてきた。
おっさんになって若い女性に優しくされるのは何よりもうれしい。
(よし、今日も昼食抜きで定時までに終わらすぞ!)
◇◇◇
「有原さん、修正終わりました。」
「うん・・ああ、やっと終わったんですか。もう定時ですよ。」
「申し訳ありません。」
「まあ、いいです・・・あなたには何も期待していませんから。見ておきますので、もういいですよ。」
「ありがとうございます。」
彼は興味なさそうに仕上げた書類を受け取って、帰って行った。
(よし、俺も帰るか!っとその前に・・・)
俺は今日教えてもらった事を自分なりのマニュアルにまとめてから帰る事にした。
もちろんこれは仕事ではないから残業ではない。
(さっさと終わらせないと、また意味なく残業して・・・と怒られるな。)
・・・・
・・・・・
・・・・・・・
「やっと終わった。」
周りを見ると人はかなりまばらになっていた。
このまま残っていると、何で残っているか追及されかねない。
俺は急いで、ビルのエレベーターに乗ると後から見知った女性が乗って来た。
金井さんである。
俺はとりあえず会釈をして場をつなぐ。
そのまま沈黙したまま1階へと到着した。
(こういう場合何を話していいかわからないな・・・でも教えてもらったし、その礼だけ入っておいた方がいいか・・・)
「今日はありがとうございました。おかげで助かりました。」
「いえいえ、わからない事があればいつでも聞いてくださいね。」
俺はエレベーターの開くのボタンを押したまま、彼女に先に出るように促す。
彼女は会釈をしながら降りて行った。
(ふう・・彼女を先に降ろす事に成功した。これで一緒に帰らなければいけないルートは回避したな。)
俺は少し間をおいて、ゆっくりとエレベーターを降りた。
「!?」
すると彼女は先に帰らずに待っていた。
「〇〇駅まで一緒ですよね。一緒に帰りましょう。」
「え・・・なんで駅が一緒だと知っているのですか?」
「この辺の駅は〇〇駅しかないので電車通勤なら、そうかなあって・・・当たりました?」
一瞬俺に興味があったのかと期待したが、ただの予想だったようだ。
(一緒に帰るのは気まずいが・・・さすがに断るわけにはいかないな。せめて嫌な気分にはしないように努力しよう。)
とはいえ、何を話していいかわからなかったが、彼女が会話を提供してくれたのでそこまで気を使う事なく話す事ができた。
誰でも話しやすい天気の話から入り、日常の話から重くない程度の仕事の話など・・・接点を上手く見つけての自然な展開に関心すらしてしまった。
(これが社会人としてのコミュニュケーションスキルか。見習いたいものだな。)
俺も社会人としておっさんになるまで生きてきたが、全く身に付かなかった・・・いや努力してこなかったという方が正しいのだろう。
仕事が出来れば口下手でもいいだろうと思っていたが、会話が出来ないとまず仕事は出来ないという事は今までやってきて痛感している。
当たり前の事だが。
(まあ会話関係なしに仕事出来ない俺では全く説得力ないだろうけど・・・そう考えると、人と話せないあの作家に意見言えるような立場でもないな・・・。)
「私は・・・なんですけど・・・とか好きだったりしますか?」
(しまった・・・考えごとをしていて、全く聞いてなかった。)
俺は今までの会話から、なんとか割り出そうとするが、そんなスキルが俺にあるはずがない。
とはいえ聞き返すのも失礼な気がしたので適当に答える事にした。
「そうですね。好きな方かな・・・詳しくはないですが。」
(これが正解だろう。相手を否定する事なく、突っ込まれても詳しくないで逃げれる。)
我ながら素晴らしい答え方だ。
今まで駄目なりに社会人として生きてきた意味があった。
「そうなんですね・・・では、やはり・・・・」
「どうしました?」
「いえ、なんでもないです。」
そうこうしている間に、駅に着いた。
「私は別のホームなので、これで失礼します。」
「ああ、お疲れ様です。」
(俺・・・嫌われないように、上手く会話出来たよな。」
ただ話して一緒に帰っただけだが、何か大きく成長出来たような気がした。




