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征服のユースティア  作者: 廃くじら


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第9話

「これは……」


夜が明け、白狼に導かれて山裾に辿り着いたユースティアたちは、未だ燃え続ける山を見上げ、その凄惨な光景に絶句した。


出火元と思しき麓近くの木々は既にほとんど炭化しており、炎は山の上へ上へと広がっている。集落があった辺りは今も赤い炎と黒煙が立ち昇っていて、ユースティアの背後で村人たちが嘆きと怒り、絶望の声を漏らす。


だがユースティアたちの目を奪ったのはその下、既に燃え尽き炭化した台地の上に横たわるドルネシア軍の残骸だった。


「まさか、奴一人で、この数を……?」


アルベルトが呆然と呟く。


肉はほとんど炭化していて人の形を保っていない。しかし鎧や武器の残骸からそれが少なくとも数十、あるいは一〇〇に届く数の部隊であったことが見て取れた。


──ドドドドド……ッ


ユースティアたちがしばしその惨状に目を奪われ呆然としていると、背後から多数の馬の足音が近づいてきた。兵士たちは敵襲かと身を固くするが、先頭を駆ける人影と黒獅子の旗を見てすぐに警戒を解く。


「お嬢っ!!」

「姫様!!」

「──ギデオン、ベアトリス、それにエルマまで!」


駆け付けたのはアルメニア軍の騎兵と幹部たちだ。


「ご無事ですかっ!?」

「あ、ああ……問題ない」


勢いよく下馬し、他の者たちを押しのけてユースティアの無事を確認するベアトリス。目を血走らせた彼女を宥めながら、ユースティアはその背後のギデオンに視線をやり、どういうことだと問い質した。


「おい、ギデオン。三人雁首並べて一体何を──」

「何をじゃありやせんよ。そいつはこっちのセリフです」


ギデオンはユースティアの言葉を遮り、腰に手を当て呆れた表情で反論する。彼の言葉を補足したのは少し遅れて追いついたエルマだ。


「ユースティア様が向かった山が燃え出して私たちがどれだけ心配したと思ってるんですか。特に一人で暴走して突っ走りそうなベティちゃんを押し留めてここまで来るのはホントに、ホント~に大変だったんですからね?」

「む。心配をかけたことはすまなかった。だが、わざわざ責任者全員が来ることはなかっただろう。これでは本陣が──」

「姫様の身より優先すべきものなどありません」


寝ずに行軍してきた影響もあってか、普段より目付きがキマっているベアトリスが断言する。エルマはその狂信的な目付きにユースティアが言葉に詰まるのを見て苦笑し、再度補足した。


「心配しなくても本陣にも最低限の兵は残してますよ~。こちらの留守を狙って敵が攻め込んできたとしても、その鼻っ柱を折って一日二日陣を防衛できる程度の備えはしてますって」

「……そうか。エルマがそういうなら」


優秀な部下の太鼓判にユースティアは一先ず納得を示す。


「そういうこってす。それよりこれはどういう状況っスか? 山火事もそうですけど、ルマーンの現地民まで引き連れて……しかもあそこでこんがり焼けてるのはドルネシアの連中でしょう? 一体何が──って、うおぉっ!?」


そこで初めてギデオンはユースティアの傍らに大型の白狼が佇んでいることに気づき、驚いて後ろに大きく飛び退いた。


「お、お嬢っ!? そこっ、オオカミ──!?」

「落ち着けギデオン。他の者も武器を下ろせ」


ユースティアは武器を抜いて白狼から自分を守ろうとする部下たちを鋭く制す。ギデオンたちは戸惑いを隠せない様子だったが、ユースティアや彼女と行動を共にしていた兵士たちが白狼を警戒していないのを見て、恐る恐る武器を下ろした。


エルマはちゃっかりギデオンの身体を盾にしつつ、そこから上半身を覗かせてユースティアに尋ねる。


「大きなワンちゃんですね~。凄く強くて賢そうですけど、その子噛んだりしないんですか~?」

「大丈夫だ。こちらから近づかなければ攻撃されることはない」

「おおう。つまり、うっかり撫でたりしたら……?」


ユースティアは無言で肩を竦める。自分がそのうっかりをやらかして噛まれそうになったことは彼女だけの秘密だ。


「何故、そんなケダモノがここに──」

「だから敵意を向けるなベアトリス。こ奴のおかげで我らは今生きてここにいるのだからな」




ユースティアたちが誰一人欠けることなく山火事から逃れることが出来たのは、この白狼──ブランカの案内によるものだった。


昨夜村が火に囲まれ八方ふさがりとなっていたユースティアたちの前に、ジンは山の中からこのブランカを呼び寄せてこう告げた。


『こいつに付いて行け。この山のことなら誰より詳しい』

『ふ、ふざけてるのかっ!? こんなケダモノに──』

『やめよアルベルト』


ユースティアは短く部下を制し、ジンに向き直って確認する。


『……それでこの火の手を逃れることができるのか?』

『多少遠回りにはなるが脱出路がある』

『そこにこ奴が案内してくれると? 貴様は一緒に行かんのか?』


わざわざ白狼に案内などさせずともジン本人が案内した方が話は早かろうとユースティアは首を傾げた。


『……脱出路は最終的に麓付近に辿り着く。出口の掃除をしておく必要があるだろう』


それは言わずもがな、麓で待ち構えているだろうドルネシア軍に対処しておくという意味だ。


『適当なことを言うな!! そんなことを言って、お前一人で逃げ出すつもりだろう!?』

『アルベルト』

『しかし姫様──』

『黙っていろアルベルト。私に、二度同じことを言わせるな』

『っ!』


ジンに噛みつくアルベルトをいつになく厳しい言葉で黙らせ、不安そうにしている周囲の兵士や村人たちに聞かせるようにユースティアは続けた。


『……村人たちの反応を見る限り、このオオカミは奴らも与り知らぬ貴様の切り札と言ったところか。雄々しく、逞しい身体だ。これならウチの兵士たちを突破してお前を逃がすことも出来ただろうな』

『…………』

『逃げるだけならいつでもできた。我らに報復する気なら何もせず焼け死ぬのを待てばよい。この期に及んでこ奴が我らを詰まらぬ罠にかける理由はない──そうだろう?』


ジンはユースティアの言葉を肯定も否定もせず、ポツリ。


『……一つ、訂正しておく』

『うん?』

『ブランカはメスだ。雄々しいというのは止めろ』

『…………クハッ! それは失礼した』


その後ジンと別れ、ユースティア一行はブランカの先導で村人たちと共に村を脱出する。


本当に獣に案内など出来るのかという不安がないではなかったが、実際ブランカはとても賢かった。気難しく、ユースティアたちには決してその身を触れさせようとしなかったものの、彼女たちにも歩きやすい道を選び、村人たちの体力をうかがいながら歩くペースを調整、時に休息さえ挟んで一行を先導してくれた。


その甲斐あってユースティアたちは隠されていた天然の洞穴を通って火の手が回っていない山の西側へと到達、誰一人欠けることなく窮地を脱することに成功した。




「はぁ~、そのオオカミがねぇ……つーか、ドルネシアの連中もなりふり構わずだな」

「それだけ敵が姫様の武名を恐れているということでしょう」


ユースティアからことの経緯を聞いたギデオンとベアトリスが安堵と共に感想を口にする。


エルマだけは少し考えるように間をおいて口を開いた。


「……ユースティア様、二つほどお聞きしたいことがあるんですけど」

「何だ? さっきから空気になっているアルについてか?」

「いえいえ~。アルベルトさんに関しては『自分がついていながら姫様を危険に晒してしまい顔向けができない』とか、勝手に落ち込んでるだけでしょうから聞くまでもありませんよ~」

「ぐっ!」

「そうだな。で、聞きたいこととは?」

「はい。その話に出てきたジンさんって方のことなんですけど──」


エルマはユースティアの背後の山を指さして続けた。


「ひょっとしなくても、今山から下りてきたあの方だったりします?」

『!?』


ハッとユースティアが振り返ると、まだあちこち火種が残る地面を巧みに避けてジンが斜面を下ってこちらに近づいてきていた。


「おお、無事だったか!」


警戒が滲む周囲の空気を打ち消すように、ユースティアは両手を広げてジンを迎える。


「随分と派手に暴れたようだな。姿が見えなかったからドルネシア軍と共倒れになったのではないかと心配したぞ」

「…………」


ジンはそれに答えず無反応。その無礼な態度にベアトリスが殺気立ったのが気配で分かった。


「今までどこに行っていたんだ?」


ユースティアの疑問にジンは無言で南西の平原を指さす。


「ん……?」


つられて一斉に視線をそちらに向けるが、朝靄もあってユースティアたちの目には何も見つけることが出来ない。


「何も見当たらんが?」

「……ドルネシアの連中がこちらをうかがっていた。規模や軍の陣容に視て恐らく連中の本隊だろう」

『!?』

「安心しろ。援軍が到着したのを見て退いたようだ」


そう説明されてもほとんどの者は半信半疑だったが、アルメニア軍で最も視力に優れるベアトリスが彼の言葉を肯定した。


「……確かに。言われるまで気づきませんでしたが、朝靄に紛れて騎馬の土煙が上がっています。本隊かどうかはともかく、単なる偵察部隊の規模ではありません」


ベアトリスの言葉に他の者もようやく納得し、ギデオンが深々と安堵の息を吐く。


「はぁ~。無理してこっちに来といて正解だったな。──しかしドルネシア軍はどうして退いたんだ? お嬢たちは疲弊してるし、本隊を動かしてたなら俺らが合流しても戦力的にはあっちが有利だっただろうに」


ギデオンの疑問に答えたのはユースティアだった。


「……恐らく、別働隊が一人も還ってこなかったことで伏兵や罠の存在を警戒したのではないかな。例え攻め時に見えても、その辺りの情報がないまま仕掛けるのはリスクが高いと判断したのだろう」

「ほぉ~ん? ドルネシアの猪武者にしちゃあ、やけに慎重なこって」

「というよりは無理をする必要がないと判断したのだろうよ。あちらにはまだ余裕がある。こちらの動きを見抜いて別働隊を動かした手口といい、あっさりと撤退した決断の早さといい、敵は良将だな。戦いどころの見極めが的確だ」


楽しそうにそんなことを語るユースティアに、部下たちは呆れた視線を向ける。


そしてその視線に気づいたユースティアは誤魔化すように咳ばらいをして話を本題に戻した。


「……それで、エルマ。もう一つの聞きたいこととは?」

「ええ、まぁ。これは私が、というよりむしろあちらの方たちが聞きたいことではないかと思うのですが──」


そう言ってエルマは自分たちと少し距離を置いて、不安そうに身を寄せ合っている村人たちに視線を向けた。


『…………』


彼らは辛うじて生き延びはしたものの、住む場所を焼かれ、明日どころか今日食べるものもない絶望的な状況に置かれている。


この状況を作ったのは直接的にはドルネシア軍とは言え、ユースティアたちがやってこなければ戦いに巻き込まれることはなかった。彼女たちを恨む気持ちがない筈がない。しかしこの状況でそれを口にして見捨てられでもしたら路頭に迷う他なく、村人たちはただただ陰鬱な空気を漂わせユースティアたちに縋るような視線を向けていた。


エルマが聞きたいこととはつまり、彼らをどうするのか、ということだ。


そしてそれは背後からユースティアを刺すような目で見つめるジンからの疑念でもある。


周囲の視線を一身に受け止めて、ユースティアは全員に聞こえるよう大声で告げた。


「安心せよ、ザザの民! 住む場所を失い不安になる気持ちは痛いほど分かる! だがお前たちの生命と村の復興はこのユースティア・フォン・アルメニアの名において保証しよう!!」


側近たちはユースティアに呆れた視線を送るが、しかし彼女を止めようとはしない。


「すぐに炊き出しを行う故、まずは腹を満たして休むがよい! 仮の住まいや今後の復興計画についてはその後だ!」


村人たちの疑念と不安をかき消すように、ユースティアは堂々と宣言した。


「お前たちは既に我がマケドニアの民だ! 私は決してお前たちを見捨てはせん!」

『…………』


村人たちに安堵の空気が流れる中、ユースティアは側近たちを振り返り笑う。


「──と、そういうことだ。これから忙しくなるぞ。こやつらを食わせるためにも、まずはトゥール領を根こそぎ平らげねばならん」

「それが大変だってのに……ま、仕方ありませんな」

「何でも自分にお申し付けください!」

「姫様の仰せのままに」

「まずは本国に戻ってマーキス様とロラン様に骨を折っていただかなくてはなりませんね~」


口々に承諾の意を返す側近たちにユースティアは満足そうにうなずき、そして一人複雑な表情を浮かべているジンにニヤリと口元を吊り上げて告げた。


「貴様もついてこい。私が約束を守るところを見届ける必要があるだろう? ついでに存分に働かせてやる」

「────」


戸惑い、無言で立ち尽くす相棒の姿を、白狼が不思議そうに見上げていた。

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