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征服のユースティア  作者: 廃くじら


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第5話

──縛られてるのも案外楽じゃないな。いい加減手足の感覚がなくなってきた。


手足を縄で固く縛られ村の倉庫に放り込まれたジンは全身のこわばりと痺れに顔を顰め、諦めたようにホウと息を吐く。


石造りの壁に空いた換気用の小さな穴から漏れる光が弱まり、そろそろ日が沈む頃合いだ。


──まさか村長に止められるとはな……


村のためにと良かれと思ってした行動を村長に止められ、見捨てられ、こうして捕らえられてしまったジンだが、しかし村長に対する不満や恨みなどは抱いてなかった。


考えてみれば荒事の経験がほとんどない村人たちが不安を感じるのは当然だ。仮に襲撃が成功しても後から村が報復される可能性はあった。戦う力のない彼らからすればジンの行動は迷惑以外の何ものでもなかったのかもしれない。


──あの人たちは俺とは違う。その辺りに考えが及ばなかった俺のミスだ。


だからジンは自分が切り捨てられたこと自体は仕方がないと割り切っていた。


──しかし逃げたら迷惑がかかるだろうし、どうしたもんかな……


ぼんやりと壁の穴から漏れる陽の光が消えていくのを見つめる。やがて彼の身体が空腹を訴え始めたタイミングで、ようやく建物の外で気配が動いた。


『──ま、危険──』

『──よいと──』

『──あっ──!?』


──ギィ……ッ


見張りの兵士を押しのけ扉を開けて姿を見せたのは姫様と呼ばれていた白金の髪の女。ジンが殺し損ねたマケドニアの貴族だ。


「姫様、お考え直しください!!」

「しつこいぞ。身動きの取れん相手に危険も何もあるものか」


見張りの兵士が二人、貴族の女に考え直すよう訴えていたが、女は全く聞く耳を持たなかった。


「ですが、この蛮族は危険です! 何をしでかすか──」

「しでかすも何も、こ奴にその気があれば私は既に死んでいる」

「それは……」

「この状況でおかしな真似をすれば村人に危険が及ぶことはこの男も分かっていよう。村長の命で大人しく投降しておきながら今更そんな矛盾したことはすまい──なぁ?」

「…………」


兵士ではなくジンに向けて語りかける女に、彼は無言で睨み返す。


その不遜な態度に兵士たちが殺気立つが、女は面白そうに笑って兵士たちを制した。


「こ奴と二人で話がしたい。お前たちは外で待っていろ」

「なりません! 話をするだけならその必要はない筈です!」

「そうです! 姫様の身をお守りするためにも、それだけは認められません!!」


兵士たちの制止に、女はワザとらしく溜め息を吐いてかぶりを横に振る。


「……お前たち、そういう勇ましいセリフはせめて組手で私より強くなってから言え」

「ぐっ!」

「そ、そういう問題では──」

「こ奴相手ではお前たちは足手まといだ。いいからとっとと出ていけ」

「あ、お待ちくだ──」


──バタン!


抵抗する兵士たちを強引に締め出し、内側から扉につっかえ棒までして、女は満足そうにジンの方へと振り返った。


「さて、待たせたな。本当はもっと早く会いに来てやるつもりだったのだが、私も色々やることが多くてな。まぁ許せ」

「…………」


やけに気安い女の態度にジンは無言で警戒を強める。


一方、女はジンの反応を気にした様子もなく言葉を続けた。


「貴様は聞いていなかっただろうから改めて名乗っておこう──我が名はユースティア・フォン・アルメニア。マケドニア帝国第17皇女にして貴様らルマーンの民を征服するためにやって来た侵略者である。存分に恐れおののくがよいぞ」


露悪的に、面白がるように名乗るユースティアに、ジンは片眉をあげて顔を顰めた。


「うん? 何か気になることでもあったか? よいぞ、質問を許す」

「……皇帝の娘だっていうなら、家名はマケドニアじゃないのか?」


ようやくジンからまともな反応が返ってきたことにユースティアは嬉しそうに笑う。


「そこか。しかし異国の者にとってはもっともな疑問であるな。我がマケドニアでは皇帝陛下の血を引いていようと立太子を済ませた者を除きマケドニアを名乗ることは許されておらん。故に私の立場は皇族であると同時に皇帝陛下の家臣、アルメニア伯爵でもあるわけだ」

「…………」

「何だ? 自分から聞いておいて無反応か?」

「……その説明を聞いて『そうか』以外の感想があると思うか?」

「クハッ、それもそうだ」


ジンの無礼な物言いにユースティアは怒ることなく笑みをこぼす。


事前の想像とは違う親し気なユースティアの態度に、ジンは胸に浮かんだ居心地の悪さを誤魔化すように続けて疑問を口にした。


「それより何の用だ? 処刑の段取りが決まったにしても、皇族自らこんなところに来る必要はないだろう。自分の命を狙った阿呆の顔を見に来たか、それとも殺す前に腹いせに殴りにでも来たか?」

「腹いせ──ああ。私が来る前に散々やられたようだな」


ジンの身体には村長がつけたにしては新しい血も乾いていない傷がいくつもあった。ユースティアはその内の一つに手を伸ばし、指で傷口をなぞる。


「…………」


傷口に触れられても身じろぎ一つせず自分を睨みつけるジンに、ユースティアは嫣然と笑って続けた。


「暴れたわけではなさそうだから部下たちの八つ当たりか。一応奴らは注意はしておく──が、まあ許せ。奴らも目の前でむざむざあるじを殺されそうになったのだ。扱いが多少手荒になるのは止められん」

「気にしてない」

「そうか」


そう言ってユースティアは立ち上がり、近くにあった木箱に腰を掛ける。そしてそのまま口を開くでもなく無言でジッとジンを見つめた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………だから何の用だ?」


苛立ち交じりのジンの疑問。


「貴様に興味がある」


投げ返された飾りも悪意もない言葉にジンは不意をつかれて目を丸くした。


「あの時、私は決して油断していたつもりはなかった。だが事実として我らは貴様一人に手玉に取られ完全に敗北した。あれほどの完敗は過去にも一度しか経験したことがない。だから興味があるのだ。私に土をつけた男が一体どんな人間なのか」


真っ直ぐにこちらを見つめるユースティアの瞳は冗談を言っているようには見えない。ジンは思わず視線を逸らして吐き捨てる。


「……だが俺は失敗し、お前は生きている。その結果が全てだ」

「やもしれん。とは言え──」


ユースティアはジンの言葉に頷きつつ、懐から真っ二つに割れた真鍮製のペンダントを取り出した。


「あの時、貴様の矢はこれに当たって私の肉まで届かなかった。ほんの僅かでもズレていれば私の命はなかっただろう」


掌に収まる小さな真鍮の塊。当たった角度やポイントがほんの数ミリでもズレていれば、矢の威力を殺しきれずユースティアの命はなかった。


「運も実力の内とは言うが、流石にこれで勝ったと喜べるほど私も厚顔にはなれん」

「……その可能性を考慮せず、安易に心臓を狙った俺のミスだ」

「頑固者め」


譲ろうとしないジンにユースティアは愉快そうに笑った。


「さて、私の用件は伝えたぞ。次は貴様のことを教えてくれ」

「は?」


ジンは顔を顰めるが、ニヤニヤと笑いながらこちらを見下ろすユースティアに引く気配はない。


諦めて嘆息を一つ。


「……俺はただの猟師だ。お前の興味を引くような話はない」

「ふむ?」


ぶっきらぼうなジンの答えは、嘘や誤魔化しを言っているようには見えなかった。


「では聞き方を変えよう。私を狙ったあの矢は何だ?」

「何……とは?」

「私も一通り武術は収めているし、弓についてもそれなりに使えるつもりだ。その上で言わせてもらうが、あの時私とお前とは一〇〇メートルはゆうに離れていた。あの距離では達人であっても好条件が重なってようやく止まった的に当てられるかどうかだろう。一射目は……まぁ風も強くなかったし、こう言っては何だが当てただけだ。まだ理解できる。だがその後私の首を地面に縫い付けた射に至ってはもはや偶然や達人などという言葉では片づけられん。貴様はあれほどの技を一体どこで習得した?」


結局のところユースティアの興味はそこに集約されていた。殺されかけたことへの怒りや屈辱などとうに吹き飛んでいる。それほどまでにジンが見せた技は衝撃的だった。ただ的当てが上手い下手の話ではない。あれだけの数の兵士たちが警戒する中、完全に気配を絶ちその居場所を悟らせなかった隠密能力。ユースティアという軍の急所を的確に狙った観察力。その上で戦場を完全にコントロールした判断力。どれをとってもユースティアの知る弓使いとは隔絶していた。


ジンの先代が余程腕の良い狩人だったのか、あるいは亡くなった両親や故郷の村に秘密があるのか。それとも村人たちが把握していない人間関係や軍との繋がりがあったのか。


「……?」


しかし、ジンはユースティアの問いかけにキョトンとした顔で目を瞬かせる。


「何を言ってるのかよく分からん。俺は猟師で、ずっとこの山で暮らしてきた。どこで習得したも何もない」


誤魔化している風ではない。


「……ではその技を一体誰から学んだ」

「ロン爺──俺の先代の猟師からだ」


あっさりと隠すことなくジンは答えた。


「と言っても、ロン爺は俺と会った時にはもういい歳で碌に身体も動かなくなっていたからな。一年ぐらい弓の引き方や道具の手入れ、獲物の捌き方を教わったら、後は自分でどうにかしろと突き放されたよ。だから技と言えるほどのモノは教わっていない」

「……なら、他に誰か戦い方を貴様に教えた人間が──」

「いない。それからずっと俺は一人だった」

「嘘を言うな!!」


ジンが嘘を吐いていないことはユースティアにも分かっていた。だがそれは認められない。


「猟の経験しかない者に、私と、私の兵士たちは手も足も出ず翻弄されたというのか!? こんな山奥で、獣の相手しかしてこなかった貴様に!!」

「──おかしなことを言うな?」


彼の口調や声音はそれまでと何ら変わるものではなかったが、ユースティアは首元に刃物を突き付けられたようなヒヤリとしたものを感じた。


「お前たちはヤマドリより速いのか? イノシシより鼻が利くのか? ヒグマより頑丈なのか?」

「────」


ジンは淡々と、彼にとっての事実を並べていく。


「俺が相手にしてきたのはそういう獣だ。それに比べてお前らはとろ過ぎる。数は多いがそれだけだ。平地ならともかくこの山の中では俺の敵じゃない」

「────」


彼は本気だ。気負うでも誇るでもなく、彼にとってごく当たり前の事実を語っていた。


ことここに至ってユースティアはようやくジンの正体を理解する。


人の形をした理不尽。常識や戦略を踏みつぶす暴力。それはまさに彼女が求めていた──


「──見つけた。ジンと言ったな? 貴様、私のモノになれ」

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