第4話
不意の襲撃と主の窮地──そこから一転、襲撃者の投降と村長の謝罪。
目まぐるしく変化する状況について行けず、呆然としていた兵士たちが我に返るまでには相応の時間を必要とした。
「──っ!? 姫様、お下がりください!!」
一番早く正気に戻ったアルベルトが襲撃者の少年を見つめ合うユースティアの前に割って入り、倒れ伏す少年をキッと睨みつける。
「貴様っ、よくも姫様に──!」
「よい」
激昂し、襲撃者を処分しようとするアルベルトをユースティアは短く制す。
「……は? し、しかし──」
「よいと言った。一先ずその者は拘束してどこかに放り込んでおけ」
ユースティアは興奮するアルベルトと自分自身とを落ち着かせるように、敢えて冷静な態度を取り繕って続けた。
「この村の処遇を決めるのが先だ」
『!』
地面に額を擦りつけて平伏する村長を始め村人たちに動揺が走った。
ユースティアの意図を理解したアルベルトは部下たちに命じて襲撃者の少年を縛り上げ、連行していく。少年は抵抗する様子もなくされるがままだった。
「……殺すなよ。そ奴には聞きたいことがある」
「はっ」
ユースティアは彼らの姿を見送った後、ギロリと村人たちを睥睨する。
「──さて。想定外の邪魔が入って話が中断してしまったが、貴様らの今後についての話をしようじゃあないか」
『…………!』
村人たちが震えあがる。どう言い訳したところで自分たちは他国の軍人──しかも姫と呼ばれる身分の女性を危険に晒してしまったのだ。自分たちは無関係だなどという弁解が果たしてどこまで通じるか。噂に聞く貴族の横暴さが本当なら、八つ当たりで皆殺しにされても不思議ではない。
顔を蒼褪める村人たちにユースティアは薄く笑みを浮かべた。
「とは言え、聞きたい答えは既に貰っているがな」
「は……?」
「『マケドニアに従い、逆らわぬ』──卿の賢明な判断、嬉しく思うぞ」
言われて、村長は先ほどの弁明の中で自分がそのような意味の言葉を発していたことを思いだす。
「い、いや、それは──」
「自らの助命と引き換えに発した言葉だ。よもや撤回するなどとは言うまい?」
「ぁ……ぅ……」
意図的に言葉を曲解するユースティアに村長はただ小さく呻き声を漏らすしかできない。
「──ハッ。安心せよ。貴様らに前線で敵と矛を交えよとは言わぬ。我らの後方支援を大過なく務めればそれで良い」
村人たちが顔を見合わせる。
そもそも前線か後方かを問わず戦いそのものに巻き込まれたくはないのだが、この状況ではとてもそんな贅沢は言えそうにない。前線で使い捨ての盾にされないことを喜ぶべきなのか、いやしかし──
『…………』
そんな村人たちの葛藤を見透かして、ユースティアは慈悲深さと残酷さを同居させた声音で続けた。
「被征服地の民である貴様らをマケドニアの民として認めるとなれば、我が国にも当然不満を持つ者が現れるだろう──『帝国への忠誠すら怪しい余所者など奴隷身分で十分だ』とな」
ユースティアの発言は冷酷ではあったが、侵略者としては決して間違っていなかった。
この時代、敗者に人権などなく奴隷として勝者に使役されるのが一般的。勿論、例外はあるにせよ、そこにはいくつかの条件があった。
「だが我らと共にドルネシアと戦ったとあれば、誰もその忠誠に疑いを挟むことは出来ぬ。これは貴様らの権利を守るために必要なことなのだ」
『…………』
自分たちの置かれた立場と状況を理解し、村人たちの間に流れる空気が少しだけ変化する。どう逃げるかではなく、いかに乗り超えるかへ。
恐る恐る村長が口を開く。
「……本当に、直接敵と戦う必要はないのですか?」
「戦う意思のない者を無理やり戦場に放り出したところで邪魔になるだけだ。後方支援だから絶対に安全とは口が裂けても言えんが、少なくとも自ら戦いたいと希望せぬ限り、私が貴様らを戦場に追いやることはない」
これは半分本当で半分嘘。ユースティアにそのつもりはないが、いざ劣勢となればそんなことは言っていられないのが戦争だ。そしてその程度のことは村人たちも当然理解している。
「……もう一つ。協力すれば我々を奴隷ではなく、マケドニアの民として受け入れて下さるというのは間違いないのでしょうか?」
「無論だ。この私が、マケドニア帝国第17皇女ユースティア・フォン・アルメニアの名において保証しよう」
『!?』
彼女が皇族であることに今更驚きはない。だが皇族を名乗っての保証が決して軽いものでないことは、帝国の常識に詳しくない村人たちにも理解できた。
村人たちは驚愕と共に再び顔を見合わせ、無言で頷き合う。そして──
「──我らザザの村の民一同、ユースティア殿下に忠誠を誓います」
「うむ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トラブルを利用して現地民の協力を得ることに成功したマケドニア軍は、侵攻ルート確保のための情報収集と段取りを進めていく。
そんな中、ユースティアは実務をアルベルトに任せ、一時的に接収した家屋に村長を呼びつけ話を聞いていた。
「ジンについて、ですか……?」
「そうだ」
ユースティアの命を狙った射手。村人たちからジンと呼ばれていたあの少年について話を聞きたいと言われ、村長は目に見えて狼狽した。
「奴が殿下のお命を狙ったことに我らは決して関わっては──」
「そうではない」
村長の言葉をユースティアは面倒くさそうに否定する。
「貴様らがあの襲撃に関与しているなどと疑っているわけではないし、そのことで罰を加えようなどとは露ほども考えておらん。ただ興味があるのだ」
「はぁ……興味、ですか」
気の抜けた相槌を打つ村長にユースティアは続けた。
「うむ。いくら地の利があったとは言え、あれだけの兵が警戒する中、気配を絶って正確に私を射抜くなど尋常な腕ではない。相当若いように見えたが、あれはいったいどういう出自の者なのだ?」
ユースティアが純粋な好奇心で自分を呼び出したことを理解したのだろう。村長はホッと胸を撫で下ろすと、少し考えるようにして口を開いた。
「出自と言われましても……奴は村の猟師です。実際に住んでいるのは集落の外にある猟師小屋で、定期的に獲物を持ってくるとき以外、ほとんど関わることはないので……」
「ふむ……?」
ユースティアは村長の物言いに引っかかるものを感じたが、それは一先ず置いて質問を続ける。
「従軍経験などは?」
「いえ。私の知る限り奴はずっと猟師として働いていて、碌に村を出たこともない筈です」
「うん? 私の記憶違いでなければ、確か貴様はあの少年を『余所者』と呼んでいなかったか?」
村長は自分がユースティアの前でジンを罵倒し滅多打ちにしたことを思いだし、少しばつの悪そうな表情になる。
「……よく聞いておいでで。仰る通り、ジンは元々この村の者ではありません。ただ村に居ついて一〇年以上、奴が物心つくかつかないかの頃からずっとあそこで暮らしていますので、凡そのことは知っているつもりです」
「なるほど。ではあの少年の家族は? 一体どういう経緯でこの村にやってきたのだ?」
「……あれは元々、ここから北西に行ったところにあった別の村の出身なのです」
村長の言葉は過去形だった。
「その村ではかつて流行り病が蔓延して……村は病が広まらぬよう念入りに燃やされ、今はもう跡形も残っておりません」
「ではあの少年はその生き残りか」
「はい。当時村人が次々と病に倒れていくのを見たジンの両親が子供を連れてこの村に逃げてきたのです。ただ残念ながらその時すでにジンの両親は病に感染していたらしく、一人生き残ったジンはロン爺──後継者のいなかった狩人の爺さんに引き取られることになりました」
「……なるほど」
村長の言葉の行間に好ましからぬ何かが隠されていることを感じとりながら、ユースティアはそこには踏み込もうとはしなかった。
もとより彼女の興味はそんなところにはない。
「奴を引き取った老人とはどのような人物だ?」
「どのよう……偏屈な爺さんでしたな。独り身で、普段はずっと山に籠っていて獲物を納めに来た時以外ほとんど顔を合わせることもありませんでした」
「その老人に従軍経験は?」
「さぁ……私の知る限りはない筈です」
「今はどうしている?」
「五年ほど前に亡くなりました。元々かなりの歳だったので、ジンの奴に一通りの技を叩きこんだらホッとしたのかポックリと」
「五年前か……」
ジンの年齢はユースティアとほとんど変わらないように見えた。五年前となると一〇歳かそこら。仮にその老人が高名な武人だったとしても狩人として最低限の技術を叩きこむので精一杯だったのであるまいか。
──しかしだとすればあの技は一体どのように……
「あの……」
「最後にもう一つ。貴様はあの少年があれほどの腕を持っていることを知っていたのか?」
ユースティアの質問に村長は肯定とも否定ともつかない曖昧な表情を浮かべ、慎重に言葉を選びながら答えた。
「……ある程度は」
「ある程度?」
「ええ。何時頃からか、よく熊やら大猪やらを一人で狩って納めてくるようになっていたので」
「…………」
熊や猪はただ肉体が強靭なだけでなく非常に頭の良い生き物だ。生半可な罠は通じず、弓矢では余程あたりどころが良くないと仕留めることは難しい。それをたった一人で頻繁にとなると、腕が良いどころの話ではあるまい。
「他にも村の近くに現れた賊を始末したなんて話もありましたが、実際に戦っているところを見たことはありません。それに、私らの言うことには従順で普段は覇気もないので、あまり戦えるイメージは無かったというのが正直なところです」
嘘だ、とユースティアは直感した。
戦っているのを見たことがない、という部分までは本当かもしれない。
だが戦えるイメージが無かったというのは嘘だ。でなければユースティアが殺されかけた時、真っ先にジンの名を呼び制止しようとした筈がない。
村長はあのジンという少年の強さを知っていた。知ってはいたが見ないふりをし、支配者として振る舞おうとしていた。
──あの時止めたのは自分たちが戦いに巻き込まれるのを恐れた……いや、単純にあの少年が信用できなかったといったところか。
その関係性に胸の奥から不快感が湧き上がるのを感じつつ、しかしユースティアはそれ以上踏み込むことなく村長との会話を打ち切った。




