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征服のユースティア  作者: 廃くじら


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第25話

「……『私がいつか見るに堪えない怪物に堕ちた時──』か」

「うん?」


ジンの口から漏れた呟きにトゥール伯が首を傾げる。


「……子供の頃、よく母さんが童話を語り聞かせてくれた。母さんの話は面白かったけど、話す度に内容がころころ変わるところはちょっとだけ苦手だった」

「何を……?」


突然、この状況と無関係なことを口走るジンにトゥール伯が眉を顰める。だがジンは構うことなく独白を続けた。


「王子様とお姫様が喧嘩する話は日によって勝つ方がバラバラで、どっちが勝ってもめでたしめでたしで終わるところがあんまり好きじゃなかった。何で今日はお姫様が悪者なの、って聞いても、正直違いがよく分からなくてさ」

「…………」

「物語の中だと大抵悪者は正義の味方に倒されて酷い目に遭うんだ。俺は喧嘩はいけないことだって教わってたから、この正義の味方はいけない人だねって言うと、母さんは変な顔をしてた」


親を困らせる面倒くさい子供だったことを思い出し、苦笑する。


「村じゃ月に一度、牧師様が説教にやってきて、その時は俺もみんなと一緒に話を聞かせてもらえる。牧師様は神様の教えだけじゃなくて、国の歴史や、戦争がいかに愚かなことかを教えてくれた。だけど牧師様が愚かだって言う戦争はどれも自分たちが負けた戦争でさ。勝った戦争をいけないことだとか、二度と繰り返してはならないとは言わないんだ」


トゥール伯は一人で喋り続けるジンを見て『狂ったか?』と顔を顰める。


「『勝てば良かろう』って考え方が嫌いだ。お前の価値はそれしかないって言われてるみたいで、イライラする」


だがすぐにトゥール伯はそうではないと否定する。


「だけどそれは負けてもいいってことじゃなかった。戦いを肯定するつもりはない。勝つことが全てだとも思っちゃいない。だけど、戦って、勝つことでしか手に入らないものがあるのだとしたら──」


そしてジンは鉈を握りなおし、半身に構えて告げる。


「──俺もその先にあるものを見てみたくなった。悪いね伯爵。あんたの下じゃ俺の望む景色は見れそうにないんだ」


二人の間を乾いた風が吹き抜ける。


「私に、勝てると思っているのかい?」

「ああ。あんた散々御託を並べてたけどさ──獲物を前に勝ち誇るのは三流のやることだよ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「…………」


ジンと五メートルほどの距離を置いて対峙し、トゥール伯は小さく溜め息を吐く。


本気で勧誘したつもりだったがフラれてしまったようだ。残念だが仕方がない。彼にどんな事情があるかは分からないが、縁がなかったと諦めるしかないだろう。


少なくとも目の前の少年は生け捕りなどと甘いことを考えて勝てる相手ではない。


トゥール伯は左半身を前に、穂先を斜め下に向けて槍を構える。


油断も慢心もない──それでもこれは、彼にとって既に決着の見えた戦いだった。


技量が違う、経験が違う、体格が違う、槍と鉈ではリーチが違い過ぎる。


──いや、これは雑念だな。もう終わらせよう……


トゥール伯が視線と肩の動きで微細なフェイントをかける。するとジンがそれに合わせて反応を返し、トゥール伯はそこに更にフェイントを被せてジンの処理能力を削っていった。


詰まるところ戦いの訓練とは身体にパターンを沁み込ませ、動作を自動化することに帰結する。人間の反応速度や処理速度にはどんな天才でも限界がある。一手一手敵の動きに反応していたのでは数手、数十手先を読んで動く達人には絶対に敵わない。


そしてこうした駆け引きは質の高い経験を積む以外に身につける方法はない。碌な実戦経験もないだろうに、こちらと駆け引きを成立させているジンの才覚は恐るべきものではあったが、そこが彼の限界だ。不可視の駆け引きにジンの額から汗が滲み処理能力の限界が近いことを見て取ると、トゥール伯は強弱をつけた視線のフェイントでジンの意識を逸らし、下段から穂先を跳ね上げるようにジンの喉を突く──


──ギィンッ!!


「!?」


必殺の意思を込めて放った槍が、鉈で横から殴りつけられ宙を泳ぐ。


同時にジンが間合いを詰めてくる気配を感じとり、トゥール伯は後ろに飛んで接近を牽制した。


──偶然か?


確実に仕留めたと思った攻撃が防がれた。勘──あるいはこちらの攻撃にヤマを張ったのだろうか?


──ならば……!


「ハァァッ!!」


──ヒュン、ヒュンッ! ビュッ!


連続して攻撃を放つ。突き、薙ぎ、払いと、目を慣らさせぬようパターンを変えて放たれた連撃は常人には閃光が奔ったようにしか見えまい。


「!?」


だがその攻撃をジンは冷静に、間合いを見切って最小の動きで回避。槍の風切り音だけが虚しくその場に響いた。


──っ! 落ち着け。こんなものはただ攻め気を捨てて逃げ回っているだけだ……!


決してこちらの動きや駆け引きに対応できているわけではないと、トゥール伯は自分に言い聞かせた。だが──


──いや……まさかそれが狙いか? 私をここに足止めできればそれでいいと……?


当初ジンはトゥール伯率いる本隊を足止めしようとしていた。トゥール伯はそれを見て部下たちを先に向かわせたが、しかし指揮官不在の彼らがどこまで力を発揮できるかは怪しいものだ。ジンが本隊の足止めからトゥール伯個人の足止めへと目標を切り替えたというのは十分あり得ることだった。


──どちらにせよ、舐められたものだっ!


トゥール伯はジンを確実に仕留めるべく大きく踏み込み間合いを詰める。


──ガギィン!!


『!?』


と同時にジンも踏み込み、槍の柄と鉈とが鈍い音を立てて衝突。


ジンは衝撃に目を丸くしながらも更に踏み込み斬りかかる──が、トゥール伯はそれに対し咄嗟に崩しを入れ、柄を回転させてジンの胴を薙ぎ払った。


「っ!?」


それをジンは地面を転がって辛うじて回避。再び間合いが開く。


──何だ、今のは……?


今の攻防、上を行ったのはトゥール伯だ。しかし、確実に見切っていた筈のジンの動きが、ほんの僅かではあるが彼の予想を超えてきた。


ボソリとジンが呟く。


「……少し、遅かったか」


──遅かった? まさか……!?


あり得ない。自分の脳裏に過ぎった考えを否定するようにトゥール伯は再び攻撃を繰り出す。


──ギィン! カァン! ガギィ!!


「!?」


今度は攻撃が躱されるのではなく弾かれる。攻めているのはトゥール伯。一方的だ。だが攻撃する度に鉈で槍を殴られ、次の攻撃がワンテンポ遅れる。それは隙と呼べるほどのものではないが、しかし攻撃を捌くジンに少しずつ余裕が生まれていた。


──っ! 一旦仕切り直──っ!?


トゥール伯が流れを切ろうと後方に跳び──その動きを読んだジンが同時に踏み込み間合いを詰めてきた。


「っ!?」


──ギィィンッ!!


大振りの鉈の一撃を槍の柄で受け止め、鍔迫り合いになる。


──ギリギリ……!


腕力ではトゥール伯に分があった。ジンは苦し紛れに脱力して崩しを入れようとするが、トゥール伯はそれを見切ってジンの身体を蹴り飛ばす。反射的にジンも後方に跳んだためダメージはほとんど入っていない。二人の攻防は再び仕切り直しとなった。


「……っ」


──間違いない。まだ完全ではないがこちらの駆け引きに対応してきている。ついさっきまで、全く対応できていなかったのに……


「……まさか、学習したというのか? この短時間で、私から──」

「ああ。獣相手とは勝手が違うから、少し手間取った」


呆然と呟くトゥール伯に、ジンは誇るでもなくアッサリと認める。


「っ!」


こと此処に至ってようやくトゥール伯は理解する。


彼がジンによって初めて自分の全力を引き出すことができたように、ジンもまた生れて初めて出会った敵手を前にその潜在能力を開花させようとしているのだと。


そして目の前の少年の底は、自分が想像していたより遥かに深い。


──長引かせればこちらが不利だ……!


トゥール伯はもはやジンを格下とは思わず、最強の武人を相手にするつもりで短期決戦を挑んだ。


──ダンッ!!


彼が選択した一手はそれまでとは一転、駆け引きを排した最短最速の突き。


一切の予備動作なく放たれたその刺突はただ無駄なく研ぎ澄まされ、一つの武の極みにさえ達していた。直前の婉曲な駆け引きがノイズとなり、見る者にはより一層鋭く、速く感じられたことだろう。


──ゴゥッ!!!


「!」


だがそれをジンは躱す。まさに紙一重。しかし決して偶然ではない。彼にとって追い詰めた獣が一撃必殺を狙い飛び掛かってくることは日常茶飯事。身に染みついた反射行動だった。


槍の上に身体を滑らせ、一気に間合いを詰めて懐に入る。


『────!』


しかしトゥール伯はそれを読む。


どれほど完璧な奇襲をしかけても、きっとジンはそれを超えてくる──そう信じ、そこに罠を仕込んだ。


──チャキッ


槍を手放す。流れるような動作で腰から剣を抜き、突進してきたジンにカウンターを合わせる。


互いに回避も防御も困難な高速の攻防。だがそれでも、剣と鉈、間合いの分だけこちらの攻撃が先に当たる。


った──トゥール伯が確信した瞬間。


──ダンッ!!


「!?」


ジンの身体が地面を蹴って更に加速、剣の間合いをすり抜けた。


──しま……っ!


トゥール伯は最後に自分が判断を誤ったことを理解する。


誰より気配を読むことに長けたジンに、駆け引きは通じても奇襲や罠は通じない──駆け引きにおいて肉薄され、焦り、そのことを見誤ってしまった。


──ザシュッ!!


最後の最後、この素晴らしい戦いに泥を塗ってしまったことを悔やみながら、胸を抉る衝撃にトゥール伯の意識は暗転した。

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