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征服のユースティア  作者: 廃くじら


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第22話

「急げ! マケドニア軍に小細工の時間を与えるな!!」


ドルネシア軍司令官エクトール・ド・トゥール伯爵は自ら先陣を切って騎馬を駆り、背後の部下たちに檄を飛ばした。


普段は穏やかに微笑み部隊後方に控えている司令官の焦った様子に、一般の兵士たちは詳しい状況が把握できぬままに緊張を募らせる。


「閣下、お下がりください! その位置では伏兵や罠があった場合に閣下をお守りできません!」

「…………」


同行する参謀の呼びかけを無視してトゥール伯は更に騎馬の速度を上げる。参謀は仕方なく自分も速度を上げてトゥール伯に並走し、呼びかけを続けた。


「閣下! 閣下の仰る通りもし敵がこちらの各個撃破を狙っているのだとすれば、北の二部隊は既に殲滅され、敵は救援に向かう我らを待ち構えている可能性があります! ここは味方の集結を待ち数的有利を確立した上で敵に向かうべきです!」


そう言いながら参謀自身も自分の言葉に半信半疑だった。


マケドニア軍の狙いが各砦に分散したドルネシア軍の各個撃破にあると発言し、すぐに直属の部隊一〇〇〇を率いて出陣したトゥール伯。


この参謀は自らの主君の非凡さを理解していたが、それでも今回の発言には本当に各個撃破など可能なのかという疑問を抱かざるを得なかった。ドルネシア軍の騎兵は精強だ。平地で正面からぶつかれば並の敵なら三倍の数でも容易に食い破ることができる。それをたった倍の数、短時間で連続して撃破するなど絵空事としか思えなかった。


だがもしトゥール伯の懸念が的中し、敵がその絵空事を実現していたとすれば、こうして自分たち本隊が救援に向かうことさえ敵の思惑の内という可能性がある。


味方がまだ健在で戦っているならいい。しかし既に殲滅されていたとすれば──参謀はトゥール伯の言葉の更に最悪を想定して意見具申した。


「それでは遅い」

「閣下! 味方が心配なのは分かりますが──」

「違う。既にゾンバルトたちは全滅していよう。今更救援に向かったところで間に合わん」

「!」


不穏な予想を言い切ったトゥール伯に参謀は息をのむ。


「……では何故? 救援が間に合わぬのであれば急ぐ理由は──?」

「足止めだ」


トゥール伯は真っ直ぐ前方を見たまま騎馬の速度を緩めることなく答える。


「このままマケドニア軍に行動の自由を許せば徒に被害が拡大することになる。そうなる前に我らで敵の行動を食い止めねばならん」

「……しかしそれで我らが敗北してしまっては元も子もありません。味方の集結を待ってからでも──」

「それでは手遅れになる」


参謀はトゥール伯が何を言っているのか理解できず困惑を露わにする。


トゥール伯は風を切って走りながら横にいる参謀に辛うじて聞こえる程度の声量で続けた。


「もし味方の集結を待てば、マケドニア軍は我らを無視し散々領内を荒らした上で撤退を選択するだろう」

「!」


確かに各所の兵力を本隊に合流させれば、撃破すべき敵の見つからないマケドニア軍はすぐその動きに気づくだろう。そして数的有利が失われたからにはそれ以上敵地に留まる理由はない。がら空きの砦などを荒らしまわった上で何処かに逃走する可能性は高かった。


「……確かに連中に領内を荒らされるのは口惜しいですが、兵の命には代えられますまい。機動力では我らが上なのです。味方の集結を待った後、逃げるマケドニア軍を徹底的に追撃し、我らの領土を侵した報いを受けさせてやれば良いではありませんか」

「深追いすれば罠や伏兵がないとも限らん。あるいはそれこそが敵の本当の狙いかもしれんぞ?」

「!」


各個撃破が狙いと見せかけて、本命は集結したドルネシア軍を引き寄せて罠に嵌めること──十分にあり得る話だ。あるいは兵の損耗を考えれば各所に分散したドルネシア軍を全て各個撃破するより現実的かもしれない。


──なんと厄介な……!


参謀は敵の悪辣さに歯がみする。いや、何より口惜しいのはその駆け引きにまるで自分がついていけていないことだ。


トゥール伯はそんな部下の様子に気づかぬふりをして説明を続けた。


「これを食い止める為には今すぐ敵を足止めし、その上で味方の集結を待たねばならん。そしてそれが可能なのは敵と同等の兵力を持つ我ら本隊だけだ」

「…………」


ここまで聞いてようやく参謀はトゥール伯が急ぐ理由を理解する。だがそれは危険な賭けでもあった。


「安心しろ。無理をするつもりはない」


参謀の不安を感じとり、トゥール伯は柔らかく微笑む。


「敵がどんな切り札を隠し持っていようと、距離を取って足止めに徹すればよいのだ。このような小細工を弄している以上、敵も戦力にそれほど余裕があるわけではあるまい」

「……はっ!」


その通りだ。マケドニア軍の思惑を見抜けなかったことで彼らを過度に大きく見てしまうところだった。マケドニア軍も決して余裕があるわけではない。逆にここさえ凌ぎきれば一気に自分たちに勝利が近づく筈だ。


参謀が気持ちを立て直し、敵を探して前を向く──その刹那。


──ヒュン!


彼の眼前を一条の矢が横切った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


時は十数日前に遡る。


アルメニア伯爵家の一室で、ユースティアからトゥール領攻略作戦の全容を聞かされたマーキスとロランから呆れ混じりの嘆息がこぼれた。


自軍の三倍から四倍の兵力を保持する敵地に攻め込み各個撃破により敵の殲滅を図るなどという無茶な作戦は完全に彼らの理解を超えていた。これを果たしてどう評価すればよいのか。


『…………』


マーキスとロランの二人が途方に暮れていると、静かに話を聞いていたノイが口を開いた。


「……一つ聞いていいかな、ティア」

「何だ、ノイ?」

「うん。今聞いた作戦は、ドルネシア軍が分散していて一つ一つはこちらより兵力が少ないことが前提だよね? 確かに各砦の兵力はこちらより多いってことはないだろうけど、敵本隊はそうとは限らないんじゃないかな? もし敵本隊に捕まって足を止められたらどうするの?」


普段昼行灯な青年の的を射た指摘にユースティアはカラリと笑う。


「困るな」

「困るんだ?」

「ああ、凄く困る」


その呑気なやり取りに思わず伯父のロランが口を挟んだ。


「お、おい! これはアルメニアの命運をかけた作戦なのだぞ!? そんな呑気な話があるか!!」

「しかし困るものは困る。困るのに困らんと嘘を言ったら困るのは伯父上ですぞ?」

「困る困る五月蠅いわ!! そもそも困らん方法を考えろと言うとるんだ!!」

「……落ち着け、ロラン。怒鳴ったところで何も問題は解決せん」


一気にヒートアップしたロランをマーキスが宥め、ユースティアに向き直る。


「とは言え、ロランの言うことももっともだ。我らも穴のある作戦を承認するわけにはいかんぞ?」

「うん。それは分かっています。一応、いくつか敵本隊の足を止める策がないわけではありませんが、当然敵兵の配置や将の能力、戦況によっては上手くいかない可能性もあります。最悪でも逃げ帰ることぐらいはできるでしょうが、その場合かなりの損害を覚悟せねばならぬでしょう」

「ふむ……」


ユースティアの説明にマーキスは口髭を撫でて思考する。


ノイの指摘するケースは敵本隊が本拠を手薄にし積極的に打って出てくることが前提だ。しかし敵がユースティアの荒唐無稽な作戦を即座に見抜きでもしない限り、それが現実となる可能性はマーキスには極めて低いように思えた。


だがユースティアはその可能性を否定せず「困る」と言った。つまりユースティアはこの敵将であれば作戦を見抜いて手を打ってくる可能性があると考えているわけだ。ただその場合の対策も一応用意はしているようだし、本人の言う通り最低限逃げ帰ることは可能なのだろう。


この時点でマーキスは、この作戦に十分な成算を見出していた。


更にユースティアは付け加える。


「だから私はこの作戦にもう一手加えたいと考えています」

『?』


「ある」でも「加える」でもなく「加えたい」──ユースティアの言葉の微妙なニュアンスにマーキスたちだけでなくエルマやベアトリスも目を瞬かせた。


「姫様。そのような話は私もエルマも聞いておりませんが?」

「ああ。恐らく言えば反対されるだろうし、私自身どうかと思うような案だったからな。この場で直接皆に聞いてもらうべきだと思ったんだ」

『?』


困惑を深めるベアトリスやマーキスたちから視線をジンへと向け、ユースティアはそれを口にした。


「ジン。貴様に敵の本隊を足止めして欲しい」

『!』


その無茶苦茶な提案に、ユースティア以外の全員が絶句する。


「兵の余剰はない。エルマの部隊には砦からくる部隊の足止めに注力させたいから本隊の足止めをするのは貴様一人だ。やり方は敵将の暗殺でも罠でも何でもいい。我らが周辺の戦力を殲滅するまで本隊の足を止めてくれ」

「…………」


ジンは無反応。


「何を──」

「何を言っているのですか、姫様!?」


口を開きかけたロランの言葉を遮って、ベアトリスがユースティアを咎めた。


「ルマーンでこの蛮族がドルネシア軍を撃退したことは私も聞いています。しかしそれはあくまで地の利があり、敵を罠に嵌める環境が整っていたからできたことでしょう。今回は足止めだけとは言え敵の数は一〇〇〇か、あるいはそれ以上。しかも碌に遮蔽物のない敵地でそれをしろと言うのは無茶が過ぎます。ましてやそれを前提に作戦を立てるなど──」


しかしユースティアはベアトリスの言葉を無視して、真っ直ぐにジンを見つめた。


「ジン。私は貴様であれば可能だと思っている」

「…………」


彼は肯定も否定もしない。


「トゥール領攻略が遅れればその分ルマーンの復興も遅れる。故郷のことを思うなら私に手を貸せ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


──ギィン!


すぐ間近で甲高い金属音が響き渡り、鏃を砕かれた矢が地面に落ちた。


参謀は咄嗟に馬を止める。音のした方へと視線をやると、いつの間にか腰から剣を抜き放ち、鋭い眼光で部隊の右方向を睨みつけるトゥール伯の姿があった。


──矢を、剣で斬り払った……?


非常識な発想かもしれないが、状況的にそうとしか思えない。


そしてトゥール伯の視線の遥か先には弓を構えた少年の姿。


彼はそこでようやく、自分たちが襲われたことを理解した。

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