第21話
──パパパパパパパパパパパパパパパパッ!!
「ぐあっ!?」「ひぃ!」「ゲフッ!」「ランディ──ぶっ!?」
絶え間ない銃弾の嵐がドルネシア軍を蹂躙し、戦場に悲鳴と血飛沫をまき散らす。
「な………!」
その想像もしていなかった光景を、指揮官のゾンバルトはただ呆気にとられて見つめることしかできなかった。
大盾を構えた歩兵が銃弾の密度と圧力に削られ数秒と持たず崩れ落ちる。
敵の弾幕が途切れることを信じて突撃した騎兵が無防備に銃弾に撃ち抜かれ敵陣に辿り着くことなく倒れていく。
ドルネシアの精強な兵士たちが為すすべなく死んでいく。
「あり得ん……何だ、これは……?」
ゾンバルトが呆然と呟く。
高価な銃を数多く配備したマケドニア──いや、アルメニア軍の瞬間火力が脅威であることは認識していた。だが銃は弓のように連射が利かず、最初の一撃さえ凌ぐことが出来れば攻略することは難しくない。先の戦いではその隙をカバーするためアルメニア軍の銃士隊が三交替で順に射撃を行い再装填の時間を短くしてきたが、その分攻撃の密度が落ちていたため特に脅威とは感じなかった。
故にゾンバルトたちは盾を構えた歩兵を前面に置いた鋒矢の陣で被弾面積を最小に抑えつつ、一気に敵陣に切り込むことを選択。上手くいくはずだと誰もが信じていた。
だが今ゾンバルトたちの目の前で繰り広げられている惨状は一体なんだ?
正面の敵銃士隊から再装填や交替の隙間なく次々と銃弾が放たれる。
左右に展開した竜騎兵が無防備なドルネシア軍の側面に銃弾を浴びせかける。一発ではない、続けざまに二発、三発。
その種は極めてシンプルだ。ゾンバルトにも一目見て分かった。マケドニア軍は高価な銃を一人で複数所持していた。
竜騎兵一〇〇、銃士隊二〇〇が、銃を次々持ち替えて引き金を引く。やっていることはただそれだけ。撃ち終わった銃は手の空いている歩兵が回収し、交換し、再装填していく。再装填には時間がかかるためいずれこの銃弾の雨は止む。だが事前装填していた一〇〇〇発以上の銃弾を僅か数十秒の間に絶え間なく撃ち込まれ、ゾンバルトの部隊は瞬く間に壊滅状態に陥った。
「ふざけるなよ……」
こんな馬鹿なことがあってたまるかとゾンバルトの喉から憤怒が漏れる。
金にものを言わせて大量の銃と弾薬を揃えたやり口もそうだが、一番の問題はそこではない。
「俺たちを謀っていたというのか……!?」
確かにこの銃弾の雨は脅威だが、予めそうと分かっていれば対策のしようはあった。それこそ突撃のタイミングを遅らせ、敵の射程ギリギリで事前装填した弾丸を撃ち尽くさせてから切り込むだけで簡単に攻略することができただろう。
だがゾンバルトたちドルネシア軍は先の戦いでアルメニア軍の最大火力を低く刷り込まれていた。罠や馬妨柵による妨害がなければ弾幕を突破して敵陣に切り込むことは難しくないと思い込まされていたのだ。
「この俺が……踊らされていた……?」
「閣下! このままでは全滅してしまいます! 撤退の指示──がっ!?」
この駐留部隊の本来の指揮官であった男が銃弾に頭部を撃ち抜かれて落馬する。
既に部隊の半数以上が命を落とすか戦闘不能。対するアルメニア軍は全くの無傷だ。
兵の士気も指揮系統も完全に崩壊し、大陸一の強兵と称されたドルネシア軍が碌な抵抗もできず狩られていく。
その様子を、ゾンバルトはつまらないブラックジョークでも聞かされているような表情で見つめ──
「ふ、ふざけるなよ糞虫ども──ぶふっ!?」
──ドサッ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
粉砕され蹂躙されていく友軍をドルネシア軍もただ手をこまねいて見ていたわけではない。
「急げっ! マケドニア軍の後背を突き友軍を救出するのだ!!」
友軍救出のため司令部からの指示を無視して出陣した二番砦の指揮官が部下に檄を飛ばして馬を走らせる。
マケドニア軍は三番砦の部隊に銃撃を集中させていて後方は手薄。恐らく最速で正面の部隊を殲滅することを優先したのだろうが、上手く後背を突ければマケドニア軍を挟み撃ちにし一気に突き崩すことが出来る。
それ故、二番砦の部隊は他に目もくれず全速力でマケドニア軍に突撃した、が──
──ドカァァンッ!!
『!?』
爆音と共に先陣を切っていた騎兵が高々と宙を舞う。
「──止まれっ! 警戒だっ!!」
──ドゴォォンッ!!
指揮官の指示も一歩遅く、再び爆音が響き渡り二体の騎兵を吹き飛ばされた。
「くっ!? 状況確認! 何があった!?」
叫びながら指揮官は周囲を警戒する。周辺に敵影は見当たらず、奇襲、伏兵の可能性は低い。となると──
「──罠ですっ!! 地面に不自然に掘り返した後があります!!」
部下の叫び声に足元を見ると、自軍の前方の地面に明らかに何かを掘り返したと分かる不自然に色の違うポイントがあった──それも多数、かなり広範囲に渡って。
恐らく地面に何か火薬を使った罠が仕掛けられているのだろう、が──
──あり得んっ!! ここは我らの領内だぞ!? 一体いつこんな大量の罠を仕掛けたというのだ……!?
そもそも事前に罠を仕掛けるのであればドルネシア軍の動きを完全に読み切っていなくてはならないが、そんなことは絶対に不可能だ。であればこの罠はたった今仕掛けられたということになる。だが二番砦の部隊が出撃し、ここに到着するまで一〇分とかかっていない。一つ二つならともかく、この短時間にどうやってこれほど大量の罠を仕掛けたというのか?
そこで指揮官は何かに気づき、長槍を持った兵士に指示を出す。
「──! おい、お前たち。槍でその地面を叩いてみろ」
「はっ!」
彼らはすぐその意図を理解して十分な距離をとり長槍の先端で掘り返した跡のある地面を何度も殴りつけた。
──パァン、パァン、パァン!!
二度、三度と少しずつ叩くポイントをずらし、そして──
──ドカァァンッ!!
『っ!』
叩いていたポイントの一つが土煙を上げて爆発。幸い、部下たちは金属製の鎧を身に纏い、十分な距離を保っていたため多少礫を身体に浴びた程度で済んだ。
「まだだ! 続けろ!」
その後更にもう一か所の地面が爆発。しかし爆発はそこまでで、通しで一分ほど手前の地面を叩かせたが罠が発動する気配はなかった。
「……どうやら、ほとんどはダミーだが、無視できない程度に本物の罠が仕掛けられているようだな」
指揮官が目の前の地雷原の種を見抜く。
この短時間でこれほど大量の罠を仕掛けることが出来た筈がない。この地面を掘り返した跡のほとんどはダミーで、よく見れば罠を仕掛けるにはあまりに浅く、表面を軽くショベルでなぞっただけのものだ。
だが、全てがダミーというわけではない。中には本当に罠が仕掛けてあるポイントが存在し、よく観察すれば実際に罠が仕掛けられているかどうかを判別することもできそうだ。それに掘り返した跡は範囲こそ広いが密度は低くまばら。注意すれば避けて移動することは難しくない──こちらが部隊で、急いでさえいなければ。
目の前の地雷原を突っ切れば敵陣までは目と鼻の先。しかし急げば相当の被害を覚悟せねばなるまいし、速度を落として慎重に進めばいつマケドニア軍の銃口がこちらを向き狙い撃ちにされるか分かったものではない。
「やむを得ん、迂回するぞ!!」
指揮官は目の前に敵の無防備な背中が見えているのに手を出せない悔しさを押し殺し、地雷原を迂回することを選択した。
彼の判断はこの状況に置いて間違いなく最善で、正しいものだった。しかし、それ故に敵からすれば読みやすく、彼らはその後行く先々で罠を思わせる様々なダミーに翻弄され、行動の遅滞を余儀なくされる。
そして──
──パパパパパパパパパパパパパパァーンッ!!
『ぐぁぁぁぁぁぁっ!?』
前方の部隊を殲滅したユースティアたちの銃弾の雨を受け、彼らもまたなすすべなく殲滅されてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ユースティアたちの目的──それは敵の本拠を落とすことでも、一つ一つ砦を攻略していくことでもなく、ドルネシア軍を各個撃破し、敵戦力を殲滅することにあった。
ドルネシア軍は各砦に兵を配備し、その拠点の防衛力と騎兵の機動力を有機的に運用することでこれまで敵の攻撃を跳ね除けてきた。しかしそれは裏を返せば、各所に兵力が分散しているということでもある。
勿論、多少数で勝ろうとドルネシアの精兵を打ち破るのは簡単なことではない。ましてごく短時間で敵を撃破しなければ各所に配備された部隊が駆けつけて袋叩きにされてしまうのだ。本来なら各個撃破などという発想自体がドルネシア軍の思う壺と言えよう。
だがユースティアはいくつもの要素を組み合わせてそれを実現する。
一つは大量の銃の運用による飽和射撃。しかも先の戦いでユースティアはこの手札を徹底して伏せ、ドルネシア軍に対し『マケドニア軍の弾幕は突撃により突破できる』という誤った認識を擦り込んでいた。
もう一つはエルマ率いる工兵隊による足止め。エルマによって鍛えられたこの部隊は戦場において即席の陣を構築することに特化しており、この手の遅滞戦術はお手の物だった。
更には戦場。マケドニア軍の最大の武器はその機動力。しかし防衛に回り敵に主導権を握られてしまえば、その機動力の利は大きく損なわれる。
ドルネシア軍は本拠に退き自分たちにとって優位な戦場を設定したつもりだろうが、それこそがユースティアの狙い。ドルネシア軍にとって最良の戦術が構築されている戦場だからこそ、その行動は実に読みやすくコントロールしやすかった。目の前で適当に挑発すればプライドの高いドルネシア軍はまず砦を飛び出してくる。仮に彼らが挑発に乗ってこなかったとしても、その時は砦を攻めるフリをし、救援に来た部隊を反転して仕留めるだけでいい。その場合、多少の被害は出ただろうが、それでも本拠での決戦を選択した時点でドルネシア軍はほとんど詰んでいた。
ただ一つ、彼らが勝利する可能性があるとすれば──
二番砦からやってきた部隊を壊滅状態に追いやり、彼らが散り散りに逃げ出したのを見てギデオンがユースティアに判断を仰ぐ。
「お嬢! 追撃はどうする!?」
「不要だ! それより再装填を急がせろ!! 準備が整い次第、時計回りに残る砦を攻略していくぞ!! 弾薬の残量を確認させておけ!!」
「ああ、わかっ──」
「姫様っ!!」
周囲を警戒していたベアトリスがいち早くそれに気づき、ギデオンの言葉を遮って警告を発する。
「敵本隊が動きました!」




