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征服のユースティア  作者: 廃くじら


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20/26

第20話

「隠れるでもなく堂々と領内を練り歩くとは舐めくさりおって……っ」


トゥールの都の北東に位置する三番砦。その屋上に張り出すように設けられた監視塔から北の平原を見つめ、ドルネシア軍副司令官ゾンバルトは忌々し気に歯ぎしりした。


彼の視線の先には高々と黒獅子の軍旗を掲げ、砦の真北から南西に向かってゆったりと進軍するマケドニア軍の姿がある。侵攻ルートからすると、どうやらマケドニア軍は西の二番砦とこの三番砦の間を通って領都に攻め込むつもりらしい。


「閣下。敵は明らかに我らを挑発し、誘っております」

「言われずともそんなことは分かっておるわっ!!」


部下──この砦の本来の責任者からの警告に、ゾンバルトが苛立たしげに叫び返す。


ゾンバルトとて数々の戦いを潜り抜けた歴戦の指揮官だ。多少猪突猛進で考えが足りない部分があることは本人も自覚していたが、こうもあからさまな敵の誘いに気づかないほど無能ではない。


だが誘いと分かっていても腹立たしいものは腹立たしい。ゾンバルトの身体からは今にも敵に殴りこんで行きそうなほどの怒気が漏れ出ていた。


「……先ほど司令部には信号で状況を報告しました。すぐに指示があると思いますので──」


宥めるような部下の言葉もゾンバルトの耳にはほとんど届いていない。


──ちまちまと下らん駆け引きばかり仕掛けてきおって、武人の風上にもおけぬ連中よ。しかし、ああもあからさまに誘われては罠を警戒せぬわけにはいかぬ。奴ら一体何を企んで……うん?


「…………」

「閣下?」


突然黙り込んだゾンバルトに、嫌なものを感じて部下が声をかける。そして続いてゾンバルトの口から飛び出した言葉は、その予感を体現するものだった。


「──打って出るぞ」

「閣下!?」


思わず部下の喉から悲鳴が漏れる。


「先ほど閣下もこれは罠だと同意して下さったではないですか!? なのに何故──いえせめて、打って出るのは司令部の指示を待って──」

「まぁ聞け。俺も何も考えなしにこんなことを言っているのではない」

「…………」


全くもって信用の置けない言葉だったが、しかし仮にも上官にそう言われれば軍人として話は聞かざるを得ない。


ゾンバルトは自信満々に自分の考えを話し出した。


「そもそもアレが誘いだとして、この辺りには別働隊を伏せるような場所はない。あるいは物理的に何か仕掛けようにもここは我等のテリトリーだ。本当に罠など存在すると思うか?」

「────」


意外と芯を食った指摘がゾンバルトの口から飛び出し、部下は一瞬面食らった。だがすぐに気を取り直してゾンバルトの言わんとすることを確認する。


「……閣下は、あれが我らを警戒させ動きを止めるための偽計であると仰るのですか?」

「都合よく我ら相手に有効な策など湧いて出るものではない。その可能性はあるだろう」

「…………」


言いたいことは分かる。敢えて隙だらけの姿を見せることでこちらを警戒させ、砦に釘付けにする。そしてその隙にマケドニア軍は悠々と領都に攻め込む──理屈自体は通っていた。


「……仰りたいことは分かりますが、やはり危険です。敵にしてみれば我らが攻撃を躊躇うという保証はないのです。敢えてそのようなリスクの高い策を取る必要があるでしょうか? それよりは何か我らを殲滅可能な兵器のようなものを隠し持っていると考えた方が辻褄が合うように思えます」

「うむ、問題はその場合よ」


部下の反論に、しかしゾンバルトは我が意を得たりとばかり大きく頷いた。


「もし貴様の言うような()()を連中が隠し持っていたとして、その場合考えられる最悪のケースとは何だ?」

「最悪……ですか?」


問われて部下は考える。マケドニア軍の切り札が対軍兵器だと仮定して、最悪なのはのこのこと誘き出された自分たちが殲滅されること──いや、待て。仮にこのまま自分たちが罠を警戒して手をこまねいていた場合、最初にマケドニア軍と接敵するのは──


「──!」

「気づいたようだな? この場合の最悪とは、本隊が何の情報もないまま敵とぶつかり、その隠し玉によって全滅することだ」


確かに。もしマケドニア軍が初見殺しのような何かを持ち込んでいるとすれば、それこそがドルネシア軍にとって最悪のケースと言えるだろう。


「……つまり閣下は、威力偵察を兼ねて我らがまず一当てすべきだと仰るのですね?」

「うむ、その通りだ」

「…………」


部下はゾンバルトの意見に穴がないかを吟味する。


「……敵の数はおよそ一〇〇〇。しかしこの砦の兵力は閣下がお連れになった一〇〇を加えても六〇〇ほどです。打って出るにしても、せめて二番砦と上手く歩調を合わせねば数的に不利な戦いを強いられることとなります」

「それでは機を逸することになる。あまり難しく考えるな。二番砦には我らが打って出ることだけ伝えればいい。そうすれば自然と敵を挟撃する形が出来上がるだろう──まぁ、あるいはマケドニアの弱兵程度、挟撃するまでもなく我らだけで殲滅してしまうかもしれんがな」


最後の余計な一言はともかく、ゾンバルトの発言自体は理に適っているように思えた。


砦間の距離と騎兵の機動力を考えれば数的不利を被るとしてもごく短時間。兵の質を考えれば自分たちだけで十分に渡り合えるだろう。また本当に敵に隠し玉があった場合、下手に同時に攻めては二つの砦の戦力がまとめて殲滅されないとも限らない。後付けの理屈ではあるが、その意味でも時間差をつけて攻めるというのは悪い考えではなかった。


兵の数ではほぼ互角、質では自分たちが上、地の利もある。さらに時間を稼いで敵を足止めしていれば本隊の援護も見込める。


ゾンバルトの意見は考えれば考えるほど悪くないものに思えた。


「出るぞ。これ以上連中に領内を我が物顔で闊歩されたのでは兵の士気にも関わる。我らドルネシア軍があるかどうかも分からぬ敵の罠に怯えて手をこまねいたなどと伝われば末代までの恥だ」

「────」


その言葉で、部下の覚悟は固まった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あらら~、もう出てきちゃいましたか~。予想以上に堪え性のない人たちですね~」


──ドドドドドドドドドッ


東の砦から数百のドルネシア軍が土煙を上げてこちらに突撃してきている。その数以上の威容と迫力を遠目に見ながらエルマは呑気に呟いた。


「せっかく挑発用に色々準備してきたのに、無駄になっちゃいましたか~」


背後の荷車に積まれた荷物を残念そうに見つめる。しかしその中身を知っているベアトリスは呆れた表情でホッと安堵の息を吐いた。


「……良かった。その箱の中身を使ってたら、風評被害でこの後の統治に支障が出かねないもの」

「あ~、ベティちゃんたら、ひど~い!」


華やかな少女たちのやり取りに周囲の兵士たちから笑いが漏れ、少し緊張がほぐれる。


ユースティアは馬上から部下たちの顔を目に焼き付けるようにグルリと見回し深呼吸。そしてパンパンと二度手を叩いて空気を引き締め直し、口を開いた。


「じゃれるのはそこまでだ。我慢の効かない猪共がすぐそこまで迫っている」

『…………』

「すぐ西の砦からも同じように飛び出してくるだろう。エルマ、手筈通りそちらは任せたぞ」

「はいは~い、背中は私たちにお任せあれ~」

「うん──ギデオン、ベアトリス。ここから先はスピード勝負だ。多少の取りこぼしは気にするな。最高速度で一気に蹂躙するぞ」

「へいへい。人使いの荒いこって」

「姫様の意のままに」


そしてユースティアは腰から剣を抜き、高々と掲げて部下たちに宣言した。


「行くぞっ! 我がアルメニアのつわものたちよ!! 勝利を我が手にっ!!」

『オオオオオオオオッ!!!』


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「むっ!? 正面からだと!?」


ゆっくりと南下していたマケドニア軍が転進し、勢いよく自分たちに向かって突撃してくる。てっきり逃げるか、奇策を用いて迎え撃ってくるものと予想していたゾンバルトは意表をつかれ目を丸くした。


敵の騎兵は銃を装備した竜騎兵。このままではすぐにあちらの射程に入ってしまう。


「閣下! 歩兵を前に出します!」

「うむ!」


部下の指示で盾を持った歩兵が騎兵の前に出る。


マケドニアの銃は確かに威力こそ脅威だが、連射がきかず攻撃の密度も然程ではない。故にドルネシア軍は歩兵を盾に銃弾を受け止め、銃撃のクールタイムを狙って騎兵が突撃する──先の戦いでも何度も繰り返されたやり取りだ。


高価な武器を揃えただけで能がない。ゾンバルトが内心敵を嘲りながら突撃の隙を窺っている、と──


──パパパパパパパパパパパパパパァーンッ!!


『!!?』


想定していた数倍の密度の銃弾が絶え間なくドルネシア軍に襲い掛かった。

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