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征服のユースティア  作者: 廃くじら


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第2話

その日ジンは獲物であるヤマドリを数羽ヒモで結わえて腰に吊るし、相棒の白狼ブランカを連れて集落に向かっていた。


山の恵みは集落の共有財産で、村人だからといって勝手に狩ったり採取してよいものではない。ジンは猟場での活動を許可してもらう代わりに山の管理と一定数の獲物を集落に納める義務を負っていた。


余剰の獲物は塩などの必需品と交換してもらうこともできる。腕の良い狩人であるジンは獲物に困ったことはなく、これまでこうした集落との関係に不満を抱いたことはなかった。


『!』

「どうした、ブランカ?」


村まで後一キロほどの場所に近づいた時、不意にブランカが立ち止まりピンと耳をたてた。


ジンは近くに腹を空かせた熊でも出たかな、とブランカの視線の先──集落のある方向に意識を向ける。


「──ッ!?」


鉄の擦れる大勢の人の気配。この長閑な山国にあってはならないものを感じとり、ジンは音も立てず獣道を駆け出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「今日よりこの土地は我らマケドニアの領土となった!」


白金の髪をたなびかせたユースティアが威風堂々と宣言する。


武装した兵士たちによって広場に集められた村人たちは、皆一様に不安そうな表情で彼女を見上げていた。


「歯向かうならば容赦はせん!! だが大人しく降伏し我らの支配を受け入れるのであれば、貴様らをマケドニアの民と認め、その権利を保障しよう!!」


ユースティアはそう言ってグルリと住民たちの表情を窺う。


『…………』


住民たちの恐怖と困惑は晴れない。だが抵抗する気配もない。自分たちにとっては都合が良い骨のない住民たちの態度に、しかしユースティアの胸には微かな苛立ちが滲んだ。


「……姫様、そんなことを言ってしまって良いのですか?」


この村の占拠に同行し、ユースティアの傍らに控えていたアルベルトが村人たちに聞こえないよう囁く。


「何がだ?」

「……国だとか、領土にしたとかです。この地を占領するのは騎兵の使えない山岳地帯からトゥール領に侵攻するための一時的な措置だった筈でしょう? ルマーンと事を構える余裕なんてないし、ましてやこんな未開地を統治するなんてことになったら、ただでさえ人手不足の文官が過労で死んでしまいますよ……」




時は遡り三日前の夜。


「軍を二手に分けて北のルマーンの山を経由してトゥール領の本拠に攻め込む……悪くないですな。敵本隊が本拠に撤退するなら追撃してその後背を突けるし、残った軍を各個撃破しようってんなら後ろに回り込んだ軍と挟み撃ちにすることもできる」


ユースティアから作戦の概要を聞き、真っ先に賛成したのは副官のギデオンだった。


「うん。まぁ敵も阿呆ではない。そうこちらに都合よくは動いてくれんだろうが、このまま平地で自由に動き回られては被害が拡大するばかりだ。せめて戦う場所ぐらいはこちらでコントロールしておきたい。何時ものように私が囮になって敵を集めてもいいんだが、ドルネシアの騎兵相手だと逆にこちらが罠にはめられかねん」

「ほぉ……お嬢の口からそんな落ち着いた言葉が聞けるとはねぇ──熱でもあるんですかい?」

「……ギデオン。口の利き方には気を付けろよ? 貴様に女装をさせて私の代わりに囮として敵の前に放り出してやってもいいんだぞ?」

「…………」


黙り込んだギデオンにユースティアはフンと鼻を鳴らして溜飲を下げる。


その子供じみたやり取りに部下たちは見ないふりをし、ユースティアの作戦の問題点を指摘した。


「姫様の案は対ドルネシア戦略においては良案かと存じますが、第三国のルマーン領を使うとなれば別の問題が出てくるのではありませんか?」


まず口火を切ったのはベアトリスだ。


「通過するにせよ一時占領するにせよ、軍を動かせばルマーン側との衝突は避けられません。いくらあの国が寄せ集めの弱小国とはいえ、この状況で戦線を増やすのは得策ではないかと」

「それにうちの本国も不安ですね~」


更にエルマが付け加える。


「今回の侵攻計画について皇帝陛下の裁可を得ているのはあくまでドルネシア王国トゥール領に対してのものです。ルマーンを巻き込むとなると本国で私たちの足を引っ張ろうとする人たちが出てきませんか?」


部下二人の懸念にユースティアは気を悪くすることなく頷きを返す。


「二人の懸念は私ももっともだと思う。だから今回は事前にお爺様を通じて双方に根回しを行うつもりだ」

『?』


ユースティア以外の四人は彼女が何を言っているのか理解できず首を傾げた。


こんな時、四人の中で率直に疑念を口にできるのがアルベルトだ。


「えっと、姫様? マケドニア本国への根回しはともかく、ルマーンへも、ですか? ドルネシアとの関係を考えれば使わせてくれと言っても彼らが素直に首を縦に振るとは思えませんし、他国の領土を侵犯することに根回しも何もないと思うのですが……?」

「占領や一時的な接収の名目であればそうだろうな」

「?」


アルベルトは困惑を深めるが、他三人はユースティアが何を言わんとしているのかに気づいた。


「……占領でないということは、自衛──いえ、保護でしょうか?」

「そうだ、ベアトリス。今回はドルネシア側が先にルマーンに手を出したという()()で行く。我々はあくまでドルネシアからルマーンを守るため南部に兵を出す──ルマーン政府にはそう説明すればいい」


四人はユースティアの言葉を咀嚼するようにしばし沈黙する。そして沈黙を破り疑問を口にしたのはやはりアルベルトだった。


「……そのような説明でルマーンは納得しますか?」

「納得はすまい。だがルマーンは弱国だ。どんな形であれ戦いを避けるための名分を掲げられればすぐに戦端を開くことはできん。まずこちらと交渉によって解決しようとするだろう」

「……そうか! その間にトゥール伯爵の軍と決着をつけてしまえばいいわけですね……あれ? でも最終的にルマーンはこちらの言い分に納得しないわけですよね? 後々外交問題になったりしないんですか?」


アルベルトの疑問は常識的なものではあったが、ユースティアはそれを一笑に付した。


「問題と言うが、一体ルマーンに何ができるんだ?」

「何が? えっと、あの国の国力では報復攻撃や経済制裁もないでしょうから……抗議?」

「そういうことだ。力がない国が吠えたところで痛くも痒くもない」

「…………」


ユースティアの発言は暴論ではあるが真理だ。この戦乱の世で力のない者がどう扱われるかなど、この場にいる全員が嫌と言うほど思い知っていた。


空気を変えるようにギデオンがワザとらしく明るい声を出す。


「まぁ実際、保護ってのもまるで出鱈目ってわけじゃあねぇ。睨み合いが長引きゃ敵さんもこっちがルマーン経由で攻め込む可能性を警戒する。そうなりゃ先んじて何か手を打とうって考えてもおかしくはねぇわけだからな」

「……なるほど」


確かにルマーンを占領するとまではいかずとも、長引けばルマーンと手を結んだ可能性を警戒し何らかの軍事行動に出ることはあり得た。


「それに占領や接収と言っても無体な真似をする気はない。仮にドルネシア側がルマーンに手を出してこずとも、我々が保護したお陰で手出しできなかったと言い張って返還してしまえば済む話だろう」

「確かに。実害さえなければルマーンもそう五月蠅くは言わないでしょうしね」


アルベルトが納得し、この場の全員の意見が一致したことを見てとったユースティアは改めて方針を告げた。


「ギデオンの言ったように時間をかければ敵がこちらの動きに気づく可能性が高くなる。ここから先はスピード勝負だ。別働隊は私が指揮する。そうだな……歩兵を二〇〇ほど連れていけば足りるだろう。ギデオンたちはこちらに残って本隊の指揮だ。敵に別働隊の存在を悟られぬよう、ほどほどに攻めっ気を見せて戦線を維持しておけ」


別働隊は臨機応変が求められるためユースティアが直接率いるのはやむを得ない。そしてユースティアが抜ける以上はギデオン以外に本隊を任せられる者はいないし、またギデオンでは特殊な動きが求められる工兵隊や銃士隊まで手が回らないのでエルマとベアトリスも残らざるを得なかった。


「……お嬢。行くこと自体は止めやしませんが、せめてアルを連れていってくだせぇ」

「アルか……まぁ良かろう」

「光栄です!」


自分が同行する意味を理解しているのかいないのか、単純に喜んでいるアルベルトを見て、ギデオン、エルマ、ベアトリスの三人はやや不安そうに顔を見合わせた。




そして現在。集落の広場に集められた村人たちは一切歯向かう気配を見せず、不安と困惑の入り混じった表情で互いに身を寄せ合っていた。


村人の抵抗がないのは侵略する側としては好ましいことではある──が、何故かユースティアは不機嫌そうだ。


「あ、あの……?」

「何だ?」

「っ!」


村長と思しき年嵩の男が恐る恐る声をかけるが、ユースティアの低い声音と鋭い眼光に息をのみ固まってしまう。


流石にこれはマズいと思ったのか、ユースティアは気を取り直すように咳払いして聞き返す。


「……コホン。何か?」

「え、あ……その、先ほどおっしゃったマケドニア国民と同等の権利を認めて下さると言うのは本当なのでしょうか?」


もしそうならば大人しく支配を受け入れてもいい──そうした男の卑屈な目がユースティアはどうにも気に入らなかった。


「……ああ、本当だ」

「でしたら──」

「だがそれには条件がある」

『?』


何を言いだすのかと、村人だけでなくアルベルトたち彼女の部下もユースティアの言葉に注目した。


「条件……ですか?」

「なに、簡単なことだ──貴様らルマーンの民は我らの指揮の下、ドルネシアとの戦いに加わってもらう」

『!?』


村人と兵士たちはそれぞれ別の意味でその言葉に衝撃を受けた。


村人たちは無論、ドルネシアとの戦いに巻き込まれ命を落とすかもしれない恐怖に。そしてアルベルトたち兵士は──


「……姫様!? 一体何を言いだすのです? こんな素人──しかもいつ裏切るか分からない未開地の蛮族を戦列に加えるなどと……!?」


村人たちに聞こえないよう小声でアルベルトがユースティアを糺す。


「それにルマーン政府にどう説明するつもりですか!? 今回の件はあくまで一時的な保護名目での占領として納める筈だったでしょう!? この場限りの方便というならまだしも、住民を戦争に駆り出してしまえば言い訳のしようが──」

「そのことだが気が変わった。ついでにルマーンも奪るぞ」

「──な!?」


思わず大きな声がアルベルトの口から漏れる。


その彼の反応を無視してユースティアは淡々と続けた。


「こやつらを正式にマケドニアの民とする以上、軍への協力は当然の義務だ」

「それはそうですが、いきなりそんな──」


焦るアルベルトを片手をあげて制し、ユースティアが説明を補足しようとした──その刹那。



──ヒュン!



「え?」


何処からともなく飛来した矢が彼女の胸を射抜いていた。

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