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征服のユースティア  作者: 廃くじら


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第17話

「うわ~っはっはっはっ! そうか、別働隊が見事に敵を翻弄しておるか! やはりマケドニアの弱兵など恐るるに足らずだな!!」


副司令官ワーレン亡き後、その地位を引き継いだゾンバルトが伝令の報告を聞いて高笑いする。


トゥール伯爵家の司令部で共に報告を受けていた騎士たちの一部がそれに同調するように笑うものだから、トゥール伯エクトールは脳の詰まりが悪い部下たちをどやしつけたい衝動を堪えるのに苦労した。


──いや、落ち着け私。考えなしの部下というのも決して悪いことばかりじゃあない。どうせ大半は中央から派遣されてきた連中だ。何かあった時、煽てて使い潰すのには便利だし、失っても惜しくない駒とか最高じゃないか。よし──


「いやぁ~、しかしこれほどまでにマケドニアの連中が脆いのであれば、わざわざ警戒して後退する必要などなかったのではないか?」

「────」


ゾンバルトが調子に乗り、トゥール伯本人の前で上官批判ともとれる発言を口にする。トゥール伯は半ば本気で「今すぐ単騎で敵に突っ込ませてやろうか?」と顔を引き攣らせたが、この阿呆ゾンバルトはそれが問題発言であることにすら気づいていなかった。


──落ち着けよ私。こんな馬鹿でも実家は太い。手打ちにすれば後が面倒だ。




前回の軍事衝突から約一月が経過。この間マケドニア軍が侵攻の足を止めていたこともあり、トゥール領では戦時下とは思えぬ平穏な時間が流れていた。


勿論その間、両軍に全く動きがなかったわけではない。マケドニア軍は占領したルマーン領の戦後処理などに奔走し、ドルネシア軍はルマーン領の拠点化を妨害すべく少数の騎兵で嫌がらせ程度の攻撃を継続して敵の出方を窺っていた。更にトゥール伯個人はルマーン領を焼いたことに伴う利害関係者への釈明などで非常に多忙な日々を過ごしていたのだが、その部下のゾンバルトたちは存分に暇を持て余していたらしい。


敵を分析するなり策を練るなりやることは幾らでもあった筈なのに、今も現地に残してきた部隊がほとんど被害らしい被害もなく数で勝るマケドニア軍を翻弄しているとの報告を聞いてただ呑気に笑っている。


──確かに敵の補給線と現地民にプレッシャーをかけるという目的が順調なのは良いことだが、自分たちが考えるべきはその先だろう……


トゥール伯は溜め息を押し殺して穏やかな態度を取り繕い、伝令兵に質問を投げかけた。


「報告はそれだけかな?」

「は? と、言いますと……?」

「例えばマケドニア軍の動きについては他に何もないのかい? ルマーン領の拠点化を進める動きや現地民への対応、輸送されている物資の量や内訳についてでも何でもいい」

「はっ……」


この伝令兵は本当にただあの自慢話のような戦果報告だけを持ってここまでやって来たらしい。トゥール伯の質問に困惑しつつ、しかし何か答えねばと必死に頭を捻っていた。同時に、その様子を見て部下の何人かは呑気に報告を聞き喜んでいた自分の振る舞いを省みて少しだけ気まずそうな表情をしている。


「その……拠点化については山火事の後始末に追われているようで、これと言って目立った動きはありませんでした」

「後始末……それはつまり、マケドニア軍はルマーンを単なる侵攻のためのルートして見ているわけではなく、そのまま領土として支配する可能性がある、ということかな?」

「はっ? その、そういうことも言えるかもしれません」


ニコニコと笑いながら投げかけられるトゥール伯からの問いに伝令兵が冷や汗を浮かべる。


「輸送物資の内訳はどうだったのかな? 食料や矢弾の量などからマケドニアの戦略が見えてくると思うが、その辺りの分析は進んでいるかい?」

「そ、それは──」


そんなもの分析している筈がない。伝令兵が想定外の質問に困惑しているのを見てゾンバルトが助け舟を出す。


「閣下。敵がルマーンをどう扱うかなど気にせずとも良いではありませんか。こちらに攻め込んでくるようなら迎え撃ち、そうでなければ妨害を続けて撤退に追い込む。我らのすべきことはそれだけです。これは閣下ご自身が示された方針ですぞ?」

「大方針はその通りだけど、気にしなくて良いというのは少し違う。例えばもし敵が占領した領土を支配するつもりであればルマーンの現地民は彼らにとっての急所となり得る。それ次第では当然こちらがとれる選択肢も変わってくるだろう」

「…………」

「それに迎え撃つにしても敵の攻撃のタイミングや軍の規模、援軍の有無あたりは早めに掴んでおきたい。前線に別働隊を残したのはそうした情報収集の意味合いも込めてのことだ。それは君たちも当然に理解してくれているものと思っていたが、どうやら私の説明不足だったようだね」

『…………』


トゥール伯の皮肉にゾンバルトだけでなく、伝令兵や他の部下たちも気まずそうに口を噤んだ。


司令部にやや重苦しい空気が流れる中、使用人の一人がそっとトゥール伯に近づき通信文を手渡す。トゥール伯はそれに目を通すと短く嘆息した。


「……マケドニアに忍ばせていた密偵からの連絡だ。帰国していた敵本隊に動きがあった」

『!』


部下たちの表情に一気に緊張が走る。


「報告にかかる日数を考えれば、恐らく既に前線の部隊と合流を済ませている頃合いだろう。疲れているところすまないが、至急前線に戻って別働隊に今の話を伝えてくれるかな。その上で、今後はさらに警戒を密にし、どんな些細なことも報告するよう徹底して欲しい」

「は、はいっ!」


伝令兵が指示を受けて逃げるように司令部を飛び出していく。そしてトゥール伯は残る部下たちをぐるりと見回して続けた。


「敵がどこを攻めてこようといつでも動けるように準備を。それから、各砦に改めて警戒を促しておいてくれ。緊急時の連絡方法の確認も忘れないように」

『はっ!』


部下たちが動き出したのを確認すると、トゥール伯は何かもの言いたげにしているゾンバルトを無視して司令部を後にする。


──さて、結局ワーレンたちを殺した方法について確たる情報は何もなし、か。密偵の報告ではアルメニア伯は狼を従えたルマーンの現地民を連れていたということだから、ありそうなのはルマーン内に協力者を作り、山中に罠を張っていたというあたりかな? しかしもしそうならアルメニア伯はこちらの動きをどこまで読んでいたのか……


トゥール伯は歩きながらまだ見ぬ敵手の思考に思いを馳せる。


──まぁいい。油断するつもりはないが、敵の動きを見る限りやはりワーレンを殺した手札は使える状況が限定されたものである可能性が高い。こちらから攻め込まず、引き込んで戦えばまず問題ないだろう。他に警戒するとすれば援軍と暗殺だが、王家を通じて有事の際の根回しは済ませているし、大軍で攻めてきても余程のことがない限りは持ちこたえられる。そしてもし私を直接狙ってくるようなら──


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お前ら食い物が届いたぞ! 運ぶの手伝え!」

『わあぁぁぁい!!』


アルベルトの声に子供たちが一斉に反応し、ユースティアたちが運んで来た物資に飛びつく。


この一月ほどの間に現地に残っていたアルメニア軍と住民たちはすっかり打ち解けたらしく、子供たちは軍人たちと一緒に楽しそうに物資の運搬を手伝っていた。


「…………」


その様子を、久方ぶりに故郷に帰還したジンは呆気にとられた様子で見つめる。


いや自分よりよっぽど侵略者である筈の軍人たちの方が村人たちに受け入れられているという事実も衝撃的だったが──


「……おい、アルベルト。どうして住民が増えているんだ?」


ジンと同じ疑問を抱いたユースティアがアルベルトに問いをぶつけた。住民が、明らかに、増えている。特に子供やその親に当たる若い世代の人数はジンの知るザザの村の民の倍、いや三倍近くにまで増加していた。ユースティアの指摘にアルベルトはやや気まずそうに視線を逸らして頭をかく。


「い、いやぁ~……」

「私はお前に言ったよな? 資金や人手の問題があるからまずはこの村の復興と開発に全力を注ぎ、周りに手を伸ばすのはその後だと」

「それは、そうなんですが……」


アルベルトの視線の先を見ると、住民たちが不安そうな──アルベルトを案じるような表情を浮かべていた。それを見てユースティアは深々と溜め息を吐く。


「どうせお前のことだ。被災した者たちに助けてくれと言われて拒めなかったのだろうが──」

「どうかアルベルト殿を責めないで下さい。無理を言ったのは我々の方なのです」


そう言って横から口を挟んだのはザザの村の村長だった。


「ご指示の通り、当初我らは知人を通じて近隣の被災した村にひっそりと食糧支援のみを行っておりました。ですが被災した者たちから子供とその親だけでも何とか引き受けてもらえないかと頼まれて断れず……」

「…………」


弁解する村長と、気まずそうにはしているが反省はしていないアルベルトの顔を見て、ユースティアは改めて嘆息する。


「……はぁ。まあ良い。どうせ苦労するのは伯父上だ。アルベルト、伯父上への報告はお前が上げておけよ」

「う゛っ! 了解しました!」


更にユースティアは村長に向き直って続けた。


「それはそれとして、こうも急に人が増えてしまっては食料が足りん。若者を優先すると言うなら、貴様ら年寄りの処遇を考え直さねばなるまいな」

「なっ!?」


サラリと告げたユースティアの言葉に村長が顔を引き攣らせる。


「──冗談だ。食料は何とかしてやる。しかし、私が常に貴様らの要求を呑むなどとは思わぬことだ。同胞の窮地に付け込み、自身の権勢を広げようと考えるのは勝手だが、我らを貴様の財布と勘違いされては困る」

「っ!」


アルベルトを与みやすしと見て調子に乗りかけていた村長をニコリともせずやり込め、ユースティアは背後の荷を指で示す。


「ほれ、人手を集めて荷を運べ。手紙で指示した通り畑の準備は済ませているな? 苗木が駄目になる前に早く植えて水をやれ」

「あれが……」


ユースティアが示した先にあるのは様々な種類の苗木。


「領地から指導役を連れてきているから、その指示に従え。雑な仕事はするなよ。これが先々のお前たちの飯の種になるのだからな」

「は、はいっ!」


ユースティアの声に慌てて村人たちが動き出す。


被災してまだ先も見えないながら、村人たちは少しずつではあるが着実に活力を取り戻していた。


「…………」


そしてユースティアたちアルメニア軍の指示で働く村人たちを、ジンは輪に入ることもできず複雑そうな表情で遠くから見つめていた。

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