第16話
「それでは只今より、トゥール領攻略会議を始めます」
アルメニア伯爵家の講堂でベアトリスが粛々と宣言する。
ユースティアたちがアルメニア領に帰還して約半月が経過。前回の戦いの戦後処理と政治工作に一先ずの目途がつき、改めて対ドルネシア戦略を練り直すための会議が開かれていた。
参加者は皇女にしてアルメニア伯爵ユースティア、その祖父で前当主のマーキス、伯父でアルメニア商会の代表兼アルメニア領の財務責任者であるロラン、そしてユースティアの腹心ベアトリスとエルマ。更にその五人から少し離れてユースティアの婚約者ノイと他国から拉致されてきた現地民のジンが座らされている。ノイはともかく、ジンは「何で俺がこんな場所に」と困惑を隠しきれていない様子だったが、彼の傍らで寝そべっている白狼ブランカの存在も含め、もはや参加者たちは彼らを当然のように受け入れていた。
「まずは現状確認からまいりましょう。我らがアルメニア軍は前回作戦においてトゥール領侵攻のためルマーン領の一部を占領し、その山岳地帯を橋頭保としてトゥール領の本拠へと侵攻する計画でした。しかしそれを察知したドルネシア軍がルマーン領ごと山岳地帯を焼き払うという暴挙に出たため、我々はルマーン領の占領には成功したものの、被害を受けた現地民の保護と軍の立て直し、また各方面への事情説明および調整のため侵攻作戦の一時停止を余儀なくされました」
そこまでは誰もが理解していることであり、特に質問などはない。
「そしてこれらの課題の内、喫緊の対応事項であった本国及びルマーンの反発に関しては一先ず抑え込みに成功しています」
「ルマーンはともかく本国も、か? あのハイエナのような連中のことだ、もっとしつこく食い下がると思ったが、思ったよりも早かったな」
ロランの疑問にベアトリスが軽く頷いて答える。
「彼らの目的は我々の足を引っ張り、弱みに付け込んで利益を吸い上げることにあります。故に今回の場合はハーケンブルク行政官を通じて我々がルマーン領の開発に本腰を入れることを匂わせると、ほとんどの方はすぐ様子見へと転じてくれました」
「……なるほど。我らの邪魔をするより、大人しくその後の開発に絡んだ方が利益が大きいと判断したか」
「仰る通りです」
ベアトリスは頷き、参加者を見回して他に質問がないことを確認して続けた。
「ルマーンに対しては外交官に見舞金の名目で幾許かの金を握らせ黙らせました。今のところ直接的に我々が占領している領地はルマーン全体で見ればごく僅か。その程度であれば目を瞑って良いとルマーン政府は判断したようです」
そこまで聞いてノイが挙手する。
「質問、いいかな?」
「どうぞ、ノイ様」
「てっきりこのままルマーンを奪りに行くものだと思ってたんだけど、今の話だと当面はジン君の故郷の村を拠点化してドルネシア戦略に集中する、ってことかい?」
「それに関しては、そうであり、そうでないとも言えます」
ベアトリスは一旦ユースティアに視線をやり、彼女に許可を取ってからそのまま構想を説明した。
「現状我々が直接支配しているのはザザの民とその周辺地域だけですが、今回の山火事で被害にあった集落はその他に四つ、住民の数は合わせて一〇〇〇人ほどに及びます。そして現在はザザの民を使ってその者たちに裏から物資を流し、マケドニアの支配下に入れば支援を受けられるという噂を流しているところです」
「ふんふん。住民を利用して切り崩しを図ろうってことね」
「仰る通りです。一度に全てを占領するのは簡単ですが、そうすると当家の財政負担が大きく、その後の統治にも支障がでる恐れがあります。その為ルマーンに関しては武力ではなく民意を利用して徐々に支配領域を広げていく予定です」
「ありがとう。よく分かったよ」
そう言ってノイはジンにチラと視線をやる。今の質問はジンに聞かせるためのものだったようだ。
「問題は、マケドニア本国もルマーンも今は落ち着いていますが、この状況が長引けばいつまた騒ぎ出すか分からない、という点です」
「早急にトゥール領を攻め落とす必要がある、ということだな。肝心のドルネシア軍の動きはどうなのだ?」
マーキスの質問に、ベアトリスはチラとエルマに視線をやる。
「それに関しては私の方から」
エルマは講堂の大テーブルに現地の地図を広げ、そこにマケドニア軍とドルネシア軍、ルマーン現地民の集落を表す駒を置いて話し始めた。
「ドルネシア軍は前回の衝突後に領都へと撤退。こちらの侵攻を待ち、機動力と拠点の防衛力を活かせる領都周辺で迎え撃つ方針を選んだものと考えられます。しかし彼らはただ引いたわけではなく、嫌がらせ程度の騎兵をその場に残し、こちらの補給部隊に攻撃を仕掛けてきました」
そう言って、エルマはこのアルメニアとザザの村を結ぶライン上に、ドルネシア軍の駒を移動させる。
「第一陣の補給部隊への攻撃は何とか退けることができましたが、その後もドルネシア軍は機動力を活かしてこちらの補給線を圧迫しています。敵はザザの拠点化を防ぎつつこちらを消耗させ、同時にザザを攻撃する可能性を示唆することで我々が全軍で敵領都に攻め込むことを掣肘する狙いがあると思われます」
「むぅ……」
エルマの説明に、マーキスとロランの口から呻き声が漏れた。
戦線を押し上げ敵の領都を突く準備が出来た筈なのに、実際には敵総軍の一割にも満たない僅かな部隊にいいように翻弄されているのだからその反応は当然だ。
マーキスはエルマに疑問を口にする。
「その敵部隊を排除することは出来ぬのか?」
「難しいですね。騎兵の練度ではドルネシア軍は大陸一、追いかけっこでは勝ち目がありません。罠に嵌めることも検討はしましたが──」
そこでエルマは言葉を区切り、チラとユースティアに視線を送る。するとユースティアは軽く頷いて説明を引き継いだ。
「対騎兵用の罠はいくつか準備しているが、ここまで用意周到な敵のことだ。当然罠への備えはしているだろうし、今見えている部隊を仕留めても追加の部隊が送り込まれてこない保証はない。よって今回は敢えて敵の狙いに乗ろうと思う」
「ふむ……」
マーキスは顎髭を撫でながら少し考え、ユースティアの言わんとすることを理解する。
「つまり敵に上手くいっていると思わせ油断を誘いつつ、こちらの手の内を極力隠そうということか」
「そういうことです、お爺様」
頷くユースティアに、今度はロランが疑問を呈す。
「……言いたいことは分かるが、敵の狙いに乗るということはザザやその周辺の集落の防衛のために兵力を割かねばならんということだろう。全軍を動かさずトゥール領を落とせるのか? それにあまり時間をかけ過ぎると本国もそうだが現地の住民が騒ぎ出すやもしれん。貴様の要望通り復興計画のアウトラインは作ったが、それはトゥール領を征服しあの地域を安定させることが大前提だ。長引けばルマーンを切り取る計画そのものが破綻しかねんぞ?」
そこまで言って、ロランはチラとジンに窺うような視線を向ける。どうやらこの根が善良な財務担当者は、ルマーンの国民であるジンの前でその国を奪う話をしていることを気にしているようだ。
ただこれに関してジンの感想は「余計な血を流さないで済むならお好きにどうぞ」というもの。自分が属していた集落についてはともかく、国となると対象が大きすぎて何の思い入れもない。ジンが無言で肩を竦めるのを見て、ユースティアはロランの疑問に答えた。
「伯父上の言うことはもっともです。最低限の衣食住を満たしたことで一先ず人心は安定していますが、戦いが長引き先の見えない状況が続けばそうもいきません。故に我らは今から一か月以内にトゥール領を征服します」
『…………』
ユースティアの宣言にマーキス、ロラン、ノイの三人が呆気にとられる。
ベアトリスとエルマが驚いていないのは予めユースティアから話を聞かされていたからで、ジンの場合はそもそもその宣言の意味も難度もよく分かっていない。
ユースティアはロランが何か言おうとするのに先んじて言葉を続けた。
「言いたいことは分かります。言うは易し。そんなことが現実に可能なのか、と言うのでしょう──ベアトリス」
「はっ」
ベアトリスはユースティアの指示で新たにトゥール領の全体地図を広げて説明を始めた。
「そもそもドルネシア王国の精強さの所以は、大陸一と称される騎兵とその有機的な運用にあります。ドルネシア王国の領土は障害物の少ない平地が大部分を占め、本来はあまり守りに向いているとは言えない地形です。しかし彼らは自分たちの機動力を最大限に活かし攻め手の小細工を封じることで、その不利を有利へと転じることに成功しました」
平地で正面からドルネシア軍とぶつかることは無謀を通り越して自殺行為に等しいとされている。故に、通常ドルネシア軍と戦う際にはいかに騎兵の攻撃力と機動力を削ぐかが重要になってくるのだが──
「我々は先日の作戦でルマーン領の通り敵の本拠に攻め込むためのルートを確保しましたが、それも完璧とは言えず、山脈と敵領都の間にはまだ二つの砦が存在しています」
そう言ってベアトリスは領都をぐるりと取り囲むように配置されている八つの砦の上に駒を置いて行く。その内、北の山脈側には彼女の説明通り二つの砦が存在していた。その配置を見て軍事に詳しくないロランが首を傾げる。
「……うん? 確かに砦はあるが砦の間はかなり距離がある。これなら砦を無視して領都を突くことも出来るのではないか?」
その初歩的な疑問に答えたのはベアトリスではなくユースティアだ。
「ええ、突くこと自体は可能でしょうね」
彼女は自軍の駒を山脈から砦の間をすり抜けるように敵領都まで移動させて続ける。
「しかし当然領都の守りは固い。我々の最大兵力をぶつけたとしても陥落させるのは容易ではありますまい。そして我々が手間取っていると──」
ユースティアは砦の上に置いていた敵の駒を自軍の駒の背後に移動させ、コテンと倒した。
「このように挟み撃ち──いえ、袋叩きにされてしまいます」
「ふむぅ……ということは先に砦を落として背後の安全を確保せねばならんということか」
「仰る通り。ただしそれを実際にしようとすると──」
ロランの言葉にユースティアは再び駒を並べ直し、今度は砦に向かった自軍の駒を、別の砦からやってきた駒で倒してみせる。
「やはりよほど迅速に砦を落とさない限り、援軍によって袋叩きにされてしまいます。一気に領都を突くよりはマシでしょうが、それでもドルネシア軍相手にそれを実行するのは相当に難度が高い。正直、成功するかどうかは私でも賭けですな」
「駄目ではないか!? それでは何のためにわざわざリスクを負ってまでルマーン領に侵攻したのだ!?」
ロランが悲鳴を上げ、その予想通りの反応にユースティアが思わず苦笑を漏らす。
そこにロランを宥めるようフォローを入れたのはエルマ。
「確かにロラン様の仰ることはもっともですが、それでも何もない平地を自由に動き回るドルネシア軍とやり合うよりは、こちらから攻めて主導権を持てる分、今の方がずっとマシなんですよ」
「……言いたいことは分からんでもないが、敵は機動力が削られた分、拠点による守備力や兵站の安定性が増しているのではないか?」
「そこはいずれにせよ攻略しなくてはならない障害なので、こちらにとって取り立ててマイナスというわけではないですね~」
「ふむぅ……?」
何となく誤魔化されたような気はするが、しかしロランは軍事に関しては素人だ。ユースティアたちが全て承知の上で行動していると言うなら、これ以上口を挟むべきではないだろう。
「まぁいい。現状と問題については分かった。それで、お前たちは具体的にどうトゥール領を落とそうと言うのだ?」
「やり方としては大きく二つあります。一つは王道。先ほど伯父上が言ったように、周辺の砦から一つ一つ順に落としていく方法です。ただこれをしようと思えば、敵の援軍を妨害する細工、あるいは大兵力が必要になってきます。前者は障害物のない敵地で仕掛けても成功する可能性が低く、後者は我らにとってただの無いものねだりです」
そこでユースティアは一旦言葉を区切り、反応を窺う。それにマーキスは苦笑して相槌を入れた。
「分かった分かった。どうせお前のことだ。王道を選ぶつもりはないのだろう? 勿体ぶるのはやめてどうするつもりなのか教えておくれ」
「はい。作戦としては──」
ユースティアの説明を聞き、その場に呆れ混じりの呻き声が響いた。




