第15話
夜、ユースティアの私室をベアトリスとエルマが部屋着姿で訪れていた。
テーブルにはお茶とカットされたフルーツ、焼き菓子が並べられていて、ここだけ切り取れば令嬢たちの夜のティーパーティーにも見えないこともない。実際、そういう側面がないわけではなかったが、話の内容は少女たちの見た目に反し全く華やかさに欠けるものだった。
「それで、どうだった?」
ユースティアの問いかけに、まず口を開いたのはベアトリス。
「ヒースクリフ外交官については事前調査の内容とも合致するため、まず見立て通りかと。元々彼は人気取りのために対外的な強硬論を訴えて今の地位に付いた人物です。これまでは他国に相手にされず交渉の機会すら与えられないことを言い訳で無責任な主張を繰り返していたようですが、今回はそれが災いして議会から我々との折衝を押し付けられた形ですね。本人も自分が相手にされていないことは理解していますが、今更引くに引けず少しでも我々から譲歩を引き出せないかと必死のようです」
「ふむ。となると援助名目で幾らか土産を持たせてやればすぐに引き下がるか」
「そうですね。彼はそれを実質的な賠償と議会に主張して面目を保つことができるでしょう。突っぱねても問題はありませんが、今後のことを考えれば資金とセットで人を送り込んだ方が得策かと」
「うむ。いずれ私のモノになる領土への先行投資と考えれば無駄にはなるまい。奴には多少多めに土産を持たせて気持ちよく躍らせてやれ」
「御意のままに」
続いて報告したのはエルマ。
「コーネフ商会に関してはほとんどノーマークでしたので、また真偽の確認は取れていません。ただロラン様のお話では四年前のウォルド伯の一件で摘発されたリストにコーネフ商会の支店が含まれていた記憶がある、とのことでした」
「あの一件か……」
エルマの報告にユースティアは顔を顰める。
「確か首謀者の一部は横やりが入って追及を逃れたのだったな。その中にアレが含まれていたとすれば、我らを逆恨みしても不思議ではない、か」
「はい。調査は続けますが、確証を得るには時間がかかります。もしクロならあちらは投資にかこつけて私たちの足を引っ張るつもりでしょう。今回の申し出は謝絶しますか?」
「……いや、面倒事は早めに片づけておきたい。申し出には応じてやれ。ただし、投資額は一〇倍に吹っ掛けてな」
ユースティアの答えが予想の範疇だったのか、エルマはニコリと笑う。
「引き下がればそれでよし。応じるのであれば十中八九クロで間違いなし。資金を絞れるだけ絞り取って、背信の証拠を集めろ、と。上手く行けば商会ごと手に入るかもしれませんね」
「うん。だがあれだけの規模の商会だ。裏に面倒な人間がついている可能性もある。あまり欲張りすぎるなよ」
「分かってますよ~」
そして再びベアトリスが口を開く。
「ハーケンブルク行政官については調査中ですが、今のところ問題らしい問題は見つかっていません。普通に考えれば金目当ての小悪党なのですが──」
「ジンの言うように、私のファンという可能性もないではない、か?」
「……はい」
複雑な表情で黙り込むベアトリスに、ユースティアは指で自分の髪を弄びながら続けた。
「それが事実なら使ってやってもいいが、私が直接繋がるのは問題があるな……」
「…………」
「試しにノイを通じて金を握らせてみるか」
「ノイ様を、ですか……?」
ベアトリスが珍しく、ユースティアに対し感心しないと言いたげな視線を向ける。ユースティアはそれに苦笑し、弁解するように続けた。
「別にノイを都合よく使い捨てるつもりはないぞ? いや、都合よく使っていることは否定せんが、何かあっても最後は当家で引き受けるつもりだ。奴は今の立場に執着があるわけではないし、本人も納得している」
「そういう問題では──」
ベアトリスがユースティアに何か言おうとするが、それをエルマが肩に手を置き、無言でかぶりを横に振って遮る。そして二人はそのまま諦念を顔に浮かべて溜め息を吐いた。
「何だ、二人とも? 何か言いたいことがあるなら──」
『いーえなにも』
「む……?」
静かな、しかし強い口調で言い返され、ユースティアはしばし考え込む。しかし何故二人がそんな態度をとるのか何も思い至らず、代わりにふと思い出したことを口にした。
「──おお、そう言えばノイで思い出したが、屋敷の中に潜り込んでいたネズミを発見したらしいな?」
話を振られて、エルマは軽い嘆息と共に答える。
「……ええ。まだ泳がせて飼い主を特定している最中ですが、少なくとも使用人の中に四人、不審な資金の動きのある者が確認できました。調査の切っ掛けはノイ様からのご報告ですが──」
「うん。タイミング的にジンが関わっていると見て間違いあるまい。ノイは律儀な奴だからな。不確実な間は自分の責任とし、確定した後でジンの名前を明かすつもりだろう。しかし、まさかここまで的中するとはな……」
『…………』
先ほどからユースティアたちが話していたのは、ジンの指摘に端を発する問題の事実確認と対応方針の検討だ。
先日ジンを軽い気持ちでユースティアの来客対応に同席させたところ、彼の口から来客に関し想定外の指摘があった。ただの戯言と切り捨てるには芯を食った指摘も含まれていたため事実確認を行っていたのだが、今判明している限りにおいてジンの指摘は悉く事実を言い当てていた。
「一体何なのでしょう、あの蛮族は? 奴はこれまで山奥で過ごし、碌な対人経験も積んでこなかったという話だった筈。それが何故……」
ベアトリスの言葉にはジンの出自を疑う響きがある。そして同じことを考えたユースティアは既にジンに直接疑問をぶつけていた。
「本人曰く『獣との駆け引きに比べれば人間の嘘ほど分かりやすいものはない』──だ、そうだ」
「まさかその言葉を信じたのですか? その理屈で言えば猟師どもは皆、奴と同じことが出来ることになってしまいます」
「いや、アレは天性のモノだろう。本人にその自覚がないだけだ。それに対人経験がないというのもどうかな。あの村人たちはジンを恐れて飼い殺そうとしていた。人の悪意や虚偽は奴にとっては日常茶飯事だっただろう」
『…………』
問題はむしろジンが村人たちの悪意や畏怖を理解した上でその支配を受け入れていたことだ。よくあんな環境でまともに生きてこれたものだとユースティアは呆れる。
──いや、違うか。まともには生きてこれなかったからああなのか。
しばしの沈黙がその場に流れた。沈黙を破り、最初に口を開いたのはベアトリスだ。
「……奴は危険です。ですが使いどころを間違えなければ必ず姫様の覇道に役立つでしょう。業腹ではありますが、この際、多少強引にでも取り込みを図るべきかと存じます」
ベアトリスは暗に村人を人質にとってでもジンを従わせるべきと進言していた。それがユースティアの主義に反することは理解した上で。
「私は反対です」
珍しくエルマがオブラートに包むことなく自分の意見を口にする。
「あの方は危険です。その気になればいつでもユースティア様を害し得る力を持ちながら、ユースティア様に対し好意も忠誠心も抱いていない」
「……言いたいことは分かるけど、アレは蛮族とはいえ見境なく暴発するようなタイプではないでしょう。そこまで警戒しなくとも良いのではなくて?」
エルマの意見に控え目にベアトリスが反論する。
「ええ。あの方が理性的で善良な倫理観を備えた方であることは私も否定しません。ですがあの方は正誤の物差しが定まっておらず、いつ何の切っ掛けで裏返るか分からない危うさがあります。しかもこちらの嘘や誤魔化しは一切通じないとなると──」
「いつ私に牙を剥いてもおかしくない、か」
「!?」
ユースティアの口からその言葉が出たことにベアトリスが目を丸くする。エルマはユースティアに頷きを返しつつ、更に続けた。
「私もベティちゃんもギデオンさんもアルベルトさんも、ユースティア様の手足であり、その意思を実現するための道具です。けれどあの方はそうではない。仮にあの方がユースティア様に忠誠を誓ったとしても、その力がユースティア様の色に染まることはないでしょう。我が軍にユースティア様以外の英雄は必要ありません」
「…………」
普段見ることのない同僚の生の感情にベアトリスが気圧される中、それをユースティアは正面から受け止める。
「……お前たちの気持ちは分かった。奴については私も思うところがある。少し考えさせてくれ」
それにエルマはそれまでの真剣な表情を一変させニパッと笑った。
「──そうですねぇ~。実際、私たちがここであれこれ言ったところで、肝心のジンさんがユースティア様みたいなタイプを苦手にしてそうですもんね~」
「そういう言い方をするなよ。だいたいそんなことを言うならお前らが色仕掛けの一つも──」




