第14話
「ノイ様、本当にここでよろしいんですか?」
使用人の男がチラチラとジン、そしてブランカの様子を窺いながらノイに確認を取る。
「あ~……」
ノイは男に案内された今は使っていない裏庭の物置小屋を覗き込み、その狭さとボロさに苦笑いを浮かべた。
「流石にこれはちょっと──」
「いや、ここでいい」
ジンは小屋の柱を軽く揺すり、すぐに倒壊するようなことはなさそうだと確認する。
「少し壁に隙間は空いてるけど手直しすれば十分使える。後で道具を貸してもらえるか?」
「は、はい。それは勿論です!」
使用人はジンにそう答えながらも、チラチラとノイに視線を送るのを止めなかった。
「……ジン。君はティアの客人なんだ。粗略に扱えばアルメニア伯爵家のメンツに瑕がつく。屋敷の中にちゃんとした部屋を用意させるから──」
「言い方を間違えた。ここがいい、だ」
「…………」
ノイはジンが本気で言っているのか判断しかねるように眉を顰めた。普通に考えて広く清潔な伯爵家の客間より小汚い小屋の方がいいなどということはあり得ない。だが目の前にいるのは山の民──所謂蛮族だ。自分たちとは根本的に感覚が異なる可能性もある。
ノイの困惑の視線に気づいて、ジンは苦笑し補足した。
「別に屋敷が気に食わないと言ってるわけじゃない。ただ寝る場所に拘りはないし、こっちの方が気楽でいいんだ」
「……ひょっとして、ブランカのことを気にしてるのかい?」
ノイは敷地内を案内している間、ずっと大人しくジンの傍に寄り添っていた白狼に視線をやる。
「ティアに言えば一緒に屋敷で寝泊まりする許可は出ると思うよ?」
「許可は出ても屋敷の中にブランカがいたら住んでる奴らが落ち着かないだろ」
「それは……」
ノイはこの短い時間でブランカが高い知性と穏やかな性格を持ち合わせていることを理解していたが、ほとんどの使用人はそうではない。またブランカがその気になれば人など簡単に噛み殺せる獣だという事実を軽視すべきではなかった。
「ブランカもずっと警戒されてちゃ落ち着かない。そういう意味じゃここもあまり良い環境とは言えないんだけど──」
ジンは屋敷とブランカとにチラと視線をやり、若干の諦観を顔に浮かべて続けた。
「屋敷よりはマシだよ」
「ふむぅ……寝る場所は一緒じゃないと駄目なのかい?」
「故郷でも別に一緒に暮らしてたわけじゃないから俺は構やしないけど、俺がいない時にブランカにちょっかい出す馬鹿が現れたらソイツの命は保証できないぞ」
「……事故やお調子者が現れる可能性は否定できないか」
ノイは話を横で聞き顔を蒼褪めさせている使用人の男を見て仕方ないかと納得する。
「そういうことだ。それじゃ世話になった。俺はこれからここの片づけをするから──」
「ああ。後で二人分の毛布を運ばせるよ。それと、夕食はティアたちと一緒に食べることになると思うからまた呼びに来る」
「助かる」
ジンはノイに謝意を伝え、大工道具のある場所に案内してくれるよう使用人に頼む。そして使用人が数歩その場を離れたタイミングでジンはふと思い出した風を装いノイに近づき小声で囁いた。
「──と、一つ伝え忘れてた」
「ん? 何かな?」
「いや、大したことじゃないんだが──」
「────」
ジンの言葉を聞いてノイの表情が強張る。その様子を見てジンは悪戯っぽく笑って続けた。
「信じるかどうかはそっちに任せる」
「どうして……?」
それが何を問うての言葉か口にしたノイ自身にすら分かっていなかったが、ジンはそれが理由を問うているのだと解釈して笑った。
「あんたには世話になったからな。その礼だよ」
「…………」
使用人を追いかけて去っていくジンの後姿を、ノイは得体の知れないモノを見るように見つめていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──で、これは一体何のつもりだ?」
アルメニア伯爵家に到着した翌日。
ジンは寝泊まりした物置小屋から呼び出されるなり、ベアトリスによって執事服に着替えさせられていた。
「うん、中々似合ってるじゃないか」
「馬子にも衣装ですね」
執事姿のジンを見てしたり顔で頷くのはユースティアとベアトリス。
彼女たちも見慣れた軍装を脱ぎ、ユースティアは貴族令嬢らしい青を基調としたワンピース、ベアトリスはクラシックなモノクロのメイド服を身に纏っていた。
「いや、質問に答えろよ。まさか俺に執事として働けとか言わないよな?」
「当たり前だ、蛮族風情が」
ジンのごく当然の疑問に、しかしベアトリスは厳しく表情を歪めて吐き捨てた。
「皇族に仕える執事を何だと思っている? 貴様のような知性も教養も品位もない野蛮人に務まるわけがなかろう。ちょっと姫様に目をかけられているからと言って調子に乗るなよ」
「……え? 俺何でいきなり罵声浴びせられてるの?」
理不尽な罵倒にジンは怒るより先に驚きで目を瞬かせる。
まだまだ言い足りなさそうな目付きのベアトリスをユースティアは「まぁまぁ」と宥め、戸惑うジンに執事服を着せた理由を告げた。
「お前にその格好をさせたのは執事として働いてもらうためではない。そもそも貴様はまだ私に仕えると決めたわけでもないしな」
『…………』
その言葉にジンとベアトリスは目を丸くし、マジマジとユースティアを見つめる。
「何だその目は? ジンはまだしも何故ベアトリスまでそんな目で私を見る?」
「いえ……姫様のことですから、てっきりこの者の意思など無視して仕えさせるものとばかり……」
「右に同じ。実際、昨日の紹介じゃ決定事項みたいに言われてたしな」
「昨日のアレはあくまでその場のノリだ! 流石に私も相手の意思を無視して自分に仕えさせたりはせん! 人を暴君みたいに言うな!」
『…………』
「だからその目を止めろ!!」
ユースティアは気を取り直すように軽く咳払いして続けた。
「……コホン。貴様にその恰好をさせたのは今日一日私について仕事ぶりを見せてやろうと思ってな」
「まったくもって興味がない」
「そう言うな。思っていても言うな。興味を持て」
素直な気持ちを吐露したジンに、ユースティアは気にした様子もなくマイペースにかぶせる。
「この際、仕える仕えないは別にしても、私がどんな人間でこの先貴様の故郷をどうしていくつもりなのか、貴様も実際のところを見極めたい筈だ。見ておいて損はないだろう?」
「そんなもの──」
ジンは言いかけて口を噤んだ。その反応にユースティアは不思議そうに彼を見つめる。
「?」
「──いや、そうだな。折角だし、見せてもらおうか」
「うむ。ブランカのことなら安心せよ。屋敷の者が余計なちょっかいを出さぬよう、信頼のおける人間に見張らせておく」
「……そうか」
ジンが諦念と共に窮屈な執事服を身体に馴染ませていると、ドアをノックしてユースティアの祖父マーキスが部屋に入ってきた。
「ティア、準備は良いかな? 最初の来客がお待ちだ、ぞ──?」
マーキスは執事服姿のジンを見て目を丸くして言葉に詰まる。どうやら彼はジンを同席させることについて孫娘から何も聞かされていなかったらしい。
彼はジンとユースティアに交互に視線を行き来させると、すぐ諦めたように溜め息を吐いた。
「……せめて来客の前では大人しくさせておくのだぞ」
「だそうだ。分かったな、ジン」
「ああ、分かってい──」
──ゲシッ!
ジンがユースティアに了解の意を伝えようとすると、突然ベアトリスが彼の足を蹴りつけた。ジンそれに文句を言うより早くベアトリスは低い声音で告げる。
「言葉遣い」
「────」
頭の中で「自分が望んだことじゃない」「付き合ってられるか」「理不尽」などと様々な言葉と感情が渦巻く中、結局ジンはそれら全てを飲み込んで恭しい態度で口を開いた。
「……承知いたしました、お嬢様」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ケース① ルマーン共和国外交官ヒースクリフ
「貴国は一体我が国の主権と安全を何だと思っているのか!? 正式な事前通告なく、一方的に国境を侵しただけに飽き足らず領土を焼くなどと──」
「何やら誤解があるようだな。貴国の領土を焼いたのはドルネシアであって我らではない。我らは貴国の国民を守るためにやむを得ず領内に立ち入っただけの、いわば善意の第三者だ。それに事前通告なしというのも心外だ。緊急時ゆえ略式とはなったが、ドルネシアが貴国への侵攻を計画している恐れがあったため一時的に領内へ立ち入る旨の通知は送っていた筈だ」
ルマーンから派遣されてきた壮年の外交官が唾を散らしながら捲し立てるのをユースティアは詰まらなそうな表情で遮り、ぬけぬけと言ってのけた。
「何をぬけぬけと──っ! 貴国が先に我が国の領内に侵入し、ドルネシア軍との戦いに国民を巻き込んだことは調べがついておるのですぞ!?」
「それが誤解だと言っている。どうやら貴国の調査力では正確な状況把握が出来ていないようだ。先に貴国に工作員を送り込んだのはドルネシアで、我が国はそれを察知し、貴国の国民を守るために軍を派遣したに過ぎん。事実、我らがいなければ貴国の国民の多くが山火事に巻き込まれて命を落としていたことだろう。それでも我らが嘘を吐いていると言うなら、ドルネシアが我らより先に貴国に侵入していなかったという証拠を提示していただこう」
「そんなもの──っ!」
交渉の席で堂々と悪魔の証明を求めたユースティアに、外交官は苛立たしげに顔を歪める。
「ですが、貴国が現在も我が国の領土を不当に占領し、国民を支配していることは事実! 今すぐ──」
「返せと言うならいつでも返すが?」
「──は?」
予想外の反応に呆気にとられる外交官。ユースティアはそれを鼻で嗤って続けた。
「ただしその場合、現地の復興や支援は貴国で行うことだ。貴国にそれだけの財政的余裕があるとは思えんが、果たして被災した現地の民が納得するかな? ああそれと、再びドルネシアが貴国に侵攻を試みるやもしれんが、そうなっても我らは一切手を出さん。善意で手助けし、生活支援や復興まで手を貸してやったというのに文句をつけられたのでは堪まったものではないからな。我らの手を払いのけると言うなら相応の覚悟をすることだ」
「~~~~っ!!?」
ケース② マケドニア帝国行政官ハーケンブルク
「私個人としては今回のユースティア殿下の行動を全面的に支持しております。ルマーンごとき山国の猿におもねる必要などありませんし、ドルネシア侵攻はユリウス陛下が認められたこと。その為の作戦行動に口出しするなど利敵行為に等しい愚かな振る舞いです」
マケドニア本国からやってきた、のっぺりとした企み顔の行政官は今回のユースティアの行動を称賛した後、ニヤリと意味ありげに笑った。
「ただ悲しいことに我が国の中枢にもそれを理解できず、殿下の足を引っ張ろうとする者たちが多くいるのが現実です。対ドルネシア戦略でお忙しい中、そのような愚物の相手に手を取られるのは殿下としても本意ではありますまい」
「……卿、前置きが長いな。用件を言え」
「これは失敬。こう見えて私、中央での人脈の広さには些か自信がございます。殿下がお望みであれば、小うるさい者たちを殿下に代わって黙らせて御覧に入れましょう。無論、私も知人に多少の無理を聞いてもらうことになりますので、タダでというわけにはまいりませんが」
「……用件は分かった。一先ず検討させてもらう」
ケース③ 貿易商コーネフ
「ルマーンの復興には是非私どもの商会も協力させていただきたい。いえ勿論、こうしたお話はアルメニア商会が主導すべきものであることは重々承知しておりますので、私どもも出しゃばるつもりはございません。ただアルメニア商会も急激な事業拡大で手が回らぬ部分もおありでしょうし、金と人手は幾らあっても困ることはない筈です。下請けで構いませんので、是非我らコーネフ商会を使っていただければ──」
登場するなり手の皮が擦り切れるのではないかと思うような勢いで揉み手をし、全力でユースティアに媚びたのはマケドニアでも十指に入る貿易商だ。
「ふむ? 貴様の言うように、迅速に復興と開発を進めるために資金は幾らあっても困るものではないが──」
「おお! そうでしょう、そうでしょうとも!」
「──聞け」
調子の良い商人を一睨みして黙らせ、ユースティアは試すような声音で続けた。
「まだ彼の地は正式に我らのモノとなったわけではないし、手を入れてもドルネシア軍との戦火に巻き込まれ無駄となるやもしれん。その申し出はありがたくはあるが、投資話としては些か気が早いのではないかな?」
「ほっほっほ、これは異なことを」
商人は瞳に野心と欲とを滾らせて笑う。
「僅か三年で伯爵位を手にし、飛ぶ鳥落とす勢いの殿下のなさることです。多少のリスクに怖気てこの商機を逃すようでは商人とは名乗れますまい」
「……なるほど。その申し出、前向きに検討する」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうだった?」
午前中に三組の来客を終え、共に軽い昼食をとりながらユースティアがジンに問いかけた。
「……酷いやり取りだった。お前、俺がアレを見てお前に仕えたいってなると思ったのか?」
「うむ! 私も正直、見せる内容を間違えたと反省している! もう少しこう、街の視察とかして住民が私を称賛するシーンとか仕込んでおくべきだったな!」
カラカラと笑うユースティアに、ジンだけでなくその場にいたベアトリスもマーキスも頭痛を堪えるように溜め息を吐いた。
そんな二人を見て気の毒に思ったからではないが、ジンは何とかフォローらしき言葉を捻り出す。
「……まぁ、お前も色々と苦労してるんだってことは分かったよ。あんな言葉と腹の内がバラバラの連中の相手してたら、俺ならとっくに頭がおかしくなってる」
「ほう……?」
その感想にユースティアだけでなくマーキスやベアトリスも興味をひかれた様子でジンを見る。
「言葉と腹の内がバラバラ……具体的には?」
「具体的に? そうだな……例えばウチの国の外交官は口じゃ色々言ってたが、最初から要求が通るとは思ってない感じだった。奥さんの目を気にして見栄張ってる時の親方と同じ顔だよ。言うだけ言って内向きのメンツさえ保てればそれでいいってのが本音だろう」
「…………」
「逆に帝国の行政官は顔は胡散臭かったけど本音しか言ってなかった。あいつからはあんたに対する好意しか感じなかったし、金をねだってきたのもホントに活動のために必要なんだろ」
「…………」
「危ないのは最後に会った商人だな。あいつからはお前──というか、お前らに対する明確な敵意があった。多分、どっかで恨みでも買ってるんじゃないか──って、うん? 何でそんな目で俺を見るんだ?」




