第13話
「なるほど。あの女の人物鑑定についてはともかく、その下についてる連中とあんたが優秀だってことは理解した」
ジンはユースティアの家臣団に対するノイの人物評を聞き、彼らとノイ自身への評価を一段引き上げる。
「ハハッ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕はティアに選ばれた訳じゃなく、あてがわれただけの名ばかり婚約者だから、あまり高く見積もられても困るかな」
「そんなことはないだろ」
ジンはそれを謙遜と解釈し即座に否定する。
それは実際にノイと話をした感想でもあったし、皇族の婿に無能な人間があてがわれる筈がないという常識的な発想からくるものでもあった。
だがノイはほろ苦い表情でかぶりを横に振る。
「いやいや、ホントにそうなんだよ。僕も一応伯爵家の生まれではあるけど、家を追い出される予定だった三男坊のあぶれものだ。ティアの婚約者に選ばれたのだって当時他になり手がいなかったってだけの理由だからね」
「?」
仮にも皇女と名の付く者の婚約者になり手がいないなどということがあり得るのだろうか?
身分や年齢的なつり合いの問題か?──いや、マケドニアほどの大国であればノイの他に候補がいなかったとは考えにくい。
「……あいつの性格とか素行の問題か?」
「プッ! い、いやいや……僕がティアと婚約したのは一〇年近く前のことだからね。誰もそんな子供の素行なんて問題にはしないよ」
性格や素行に問題があったことは否定しなかった。
「ふむ……となると第17皇女とか言ってたし、継承順位が低いことが関係してるとか?」
「無関係とは言わないけど、継承順位自体は大きな問題じゃないね。それに上に兄姉がいるから継承順位が低いっていうのも正確じゃない。ティアの兄弟姉妹は公式に嫡出子と認められた方だけでも一〇〇人以上いるから、生まれで言えばむしろ早い方だよ」
「一〇〇!?」
桁の違う子沢山ぶりにジンは目を丸くする。その新鮮な反応にノイは面白そうに笑って続けた。
「やっぱり驚くよね。非嫡出子を含めればその倍はいるって言われてるし、現在進行形で増え続けてるから正確な数はほとんど誰も把握できてないんだ」
「皇帝って何歳だ?」
「確か今年68歳だね」
「…………」
この大陸における男性の平均寿命が60歳前後であることを考えると、食事や生活環境によるものを差し引いても相当アレが旺盛な人物であることは間違いないだろう。
またノイは敢えて触れなかったが、成人した皇女の中には皇妃となって子を産んだ者さえいた。
「……権力者が血を残すためにたくさん子供を作ること自体は悪いことじゃないと思うけど、流石にそんなにたくさん作るのは問題じゃないのか? 皇帝の子供ともなりゃ取り敢えず飯さえ食わせて無事に育てばいいってわけにもいかないだろうし、養うのも大変だろう?」
皇族ともなればそれなりの扱いが求められる筈だが、それが一〇〇以上ともなれば新たに家を立てさせたり家臣に押し付けるのも限界がある。
「普通はそうだろうね。だけどマケドニアでは皇族といってもずっとその地位が保障されてるわけじゃないんだ。皇子皇女に与えられるのは原則一代限りの男爵位。その子供には皇族どころか貴族としての身分さえ保障されていない」
「つまり、一代限りの話なら多少子供が多くても大した問題にはならない、と?」
「そゆこと。ちなみに皇帝の血を引く平民は、何か問題を起こせばすぐ国家反逆罪で処刑されるから、血統をかさにきるような馬鹿はほとんどいないし、そもそも誰も相手にしない」
「……ふむ」
合理的かどうかは別にして、少なくとも国家運営に大きな支障がない仕組みにはなっているらしい。
そこまで聞いてジンはふと違和感を覚えた。
「──あれ? でもあいつアルメニア伯爵って名乗ってたぞ? さっき皇女に与えられるのは一代限りの男爵位って言ってなかったか?」
「言ったねぇ」
ノイは直ぐに答えを言おうとせず、クイズを出題したようにジンの反応をうかがう。
「んん?──ああ、母親の実家の爵位を継いだってことか?」
「残念、ハズレ。勿論、皇族の中にはそういう形で爵位を継ぐ方もいるけど、ティアの場合は違う。元々彼女の母君は平民だからね」
「平民? 皇妃なのに?」
数多くいる内の一人だろうとは言えそんなことがあるのか、とジンは首を傾げた。
「勿論、普通は平民が皇妃に選ばれることはない。母君の実家は裕福な商家ではあったけど、流石に皇妃の実家が平民ってのは問題があったらしくてね。その時陛下は母君の実家、つまりマーキス様にアルメニア男爵としての地位を与えて体裁を整えたのさ。ただしその男爵位はいずれ生まれる皇子皇女の代までとする、という条件付きでね」
「……またややこしいことを」
「まったくね」
ジンの感想にノイは同感だと頷く。
しかしこれで色々と合点がいった。先ほどノイがベアトリスの出自について言及した際、ユースティアのことを「半分平民」と言ったのはそういう事情だったわけだ。そして仮にも皇女であるユースティアに婿のなり手が見つからなかったというのも、ただでさえ厄介な皇族、しかもその実家が真っ当な貴族ですらないとなれば納得がいく。
「──あれ? それは分かったけど、結局あいつが伯爵なのは何でなんだ?」
「う~ん、そこを説明すると長くなるんだけど、一言で言えば功績を挙げて陞爵したんだ──ティア自身がね」
「────」
ユースティアと出会って以来ずっとジンの頭の中にあった違和感とその言葉とが繋がり、一つの答えに至る。
「……それはつまり、他国を侵略して、ってことか?」
「そういうことだね」
ノイはジンがそうして侵略された被害者の側であることを理解した上で、真っ直ぐに彼の目を見て肯定した。
「元々このアルメニア領もティアが攻め落とした小国の領土さ。彼女はその功績を以って伯爵位に任じられた。その……侵略された側の君にとっては不快な話かもしれないけど──」
「──いや、いい」
ノイの気遣うような言葉をジンは短く拒絶する。
直接本人ではないにせよ侵略した側に軽々しく触れて欲しい話題ではなかったし、何よりジン自身、ユースティアたちの行為をどう評価すればよいのか自分の中で消化できていなかった。
村はユースティアたちに直接攻撃されたわけではないが、彼女たちのせいで戦いに巻き込まれたことは間違いない。しかしその後、彼女は村人の生活の再建に力を貸してくれてもいる。
単純に恨むことも呑み込むこともできずにいたジンの口から、ポロリと疑問がこぼれた。
「……何であいつはあんなことを?」
「あんなこと、とは?」
「戦争だよ。子の代に爵位が継がれないとは言え、あいつ自身は皇女として不自由ない暮らしが出来てたわけだろう? なのに自分が先頭に立って戦争を仕掛けるとか、どう考えてもまともじゃない」
「……まぁ、そうだね」
ジンの言葉にノイはほろ苦く同意する。
「強いて言うなら、それがマケドニア皇族の宿命だから、かな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そう言えば、ジンと言ったか、あの小僧。お前から見てあれはどういう人間だ?」
エルマから遠征中の報告を一通り受け、一息ついたタイミングでロランはふと思い出したように尋ねた。
先ほどは一旦話を流したが、あのユースティアがわざわざ連れてきた人間だ。気にならない筈がない。エルマであれば身辺調査も兼ねて色々と探りを入れているに違いないと考えての問いかけだったが、しかしエルマの回答はその期待に反するものだった。
「どういう人間と言われましても……私、あの人とはほとんど接点がないので」
困った風に眉根を寄せるエルマにロランはキョトンと目を瞬かせる。
「接点がない? 何故だ? 普段のお前ならそんなもの幾らでも作って近づいておるだろう」
「まぁ……かもしれません」
エルマは曖昧に言葉を濁し、当たり障りのない説明を口にする。
「……聞いた話では、猟師さんで凄く弓がお上手らしいです。ただ私は実際にそれを見たわけではないので、あくまで又聞きにはなりますが」
「ふむ? ユースティアの奴、あ奴を中心に弓兵隊でも組織しようというのか? 弓兵の育成などそう簡単にできるとは思えんが……」
「どうでしょうね……」
ロランが話を振ってみてもエルマの口は重い。
普段の彼女なら聞いてもいないことまで微に入り細にわたりベラベラ喋ってくるのに、あの少年に関しては全く真逆の態度をとっていた。
「…………」
訝し気な視線を向けるロランに気づいて、エルマは絞りだすように所感を口にする。
「……怖い人です」
彼女自身、上手く言語化できないことをもどかしく感じているように続けた。
「目を合わせたら全部見抜かれてしまいそう。アンバランスで、とても怖い人です」




