第12話
ユースティアが一方的にジンを家臣にすると宣言したことでアルメニア伯爵家にちょっとした衝撃が走ったことは事実。しかし彼らが対処すべき課題は山積しており、どこの馬の骨とも知れない少年の雇用問題にかかずらっていられるほど暇ではなかった。
その為ユースティアのジンに関する発言は一旦棚上げされ、次の話題へと移る。
「……まぁいい。これ以上貴様を問い詰めても疲れるだけで益がない」
「気づくのが遅いですな伯父上」
「~~~~っ!!?」
ロランは鋼の忍耐力でユースティアのおちょくりに堪え、深々と溜め息を吐く。
「……ふぅ。ともかく復興支援にしろ開発援助にしろ現地の状況が分からんことには動きようがない。エルマ、一先ず口頭で構わんから報告しろ──と、バカ娘の邪魔が入らんよう私の執務室に移動するぞ」
「はいは~い。報告書は帰還途中に書き上げてますのでお任せあれ~」
ロランが兵站管理者であるエルマを伴い部屋を後にする。
「うむ。では私もこの辺りで──」
「待ちなさい」
それに続いてシレッとユースティアも部屋を出て行こうとしたが、マーキスがその手を掴んで引き留めた。
「ティア。お前はこれから私と遠征中の領主業務の引継ぎだ」
「え? い、いやお爺様。今日は帰ったばかりで疲れてるし、それは明日でも──」
「駄目だ。お前には本国やルマーンから届いた山のような抗議文を読み聞かせてやらねばならん。何せ明日にはもっと増えているだろうからな。先延ばしにすれば苦しむのはお前だぞ」
「そ、その辺りはお爺様に一任──」
「私が片づけられる話はそうしてやる。それでは済まん話が山のようにあるから言っておるんだ」
「くっ……」
「私もお手伝いしますので、頑張りましょう、姫様」
補佐役のベアトリスも逃がしてくれそうにない。それでもユースティアは諦め悪く逃げる方法を探そうとし──ジンと目が合った。
「おお、そうだ! 引継ぎも大切だが、まずジンに屋敷を案内して色々と教えてやらねばなりますまい。常識の違う異国の地にいきなり一人で放り出してはこ奴がどんな問題を引き起こすか分かったものではありませんからな。私はそちらを先に済ませてきますので、抗議文の件はお爺様とベアトリスで話を進めて──」
「駄目です。またそう言って逃げるおつもりでしょう? その者の世話が必要なら私が対応いたします」
逃げようとするユースティアの肩をガッチリつかんでベアトリスが引き留める。
「待て待てベアトリス。そうではない。結局この手の話はお前の意見を聞かんことには話が前に進まんのだ。それなら先にお前とお爺様で前捌きをした方が効率的だろう」
「そういう問題では……」
否定しつつもベアトリスは自身の政治的バランス感覚への自負と頼られているという事実に満更でもない表情だ。ユースティアは更にたたみかけようとするが、そこに空気を読まない呑気な声が割り込む。
「そういうことなら彼の案内は僕がやっておくよ」
「ノイ!?」
ジンの世話を買って出たのはユースティアの婚約者ノイ。それまで静かにアルメニア家のやり取りを見守っていた彼は、人の良い笑みを浮かべてジンの肩を抱く。
「僕は特に仕事があるわけではないからね。それぐらいはさせておくれ」
「い、いやしかしジンのことは──」
「大丈夫大丈夫。一先ず屋敷の案内と使用人との顔合わせをして、今日の寝床を決めればいいんだろう? どうせ常識やルールなんて一日二日で覚えられるものじゃないんだし、ティアの手を煩わせるまでもないさ」
ノイは胸を叩いてジンの世話を請け負う。ユースティアはなおも食い下がろうとしたが、マーキスがそれを遮って結論を口にする。
「そうだな。では頼む、ノイ」
「お任せを──では行こうか、ジンくん?」
「……ああ」
ジンはブランカを伴い、ノイに連れられ部屋を後にする。背中にユースティアの助けを求める視線を感じはしたが、正直「ざまぁ」としか思わなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ジンとブランカが最初に連れて行かれたのは、見張り台を兼ねた屋敷の屋上テラスだった。広々とした空間はジンたちの他に人はおらず、また周りからの視線も気にならない。
「……ここで寝泊まりすればいいのか?」
「──プハッ!」
ジンの言葉にノイが噴き出す。
「プッ、プハハハッ! いや、その反応は予想外だったな」
「?」
「普通そこはさ、『何でこんなところに連れてきたんだ』って、警戒するところじゃないかな?」
「ふむ……?」
笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら言うノイに、ジンはそういうものかと首を傾げる。その反応が更にツボだったのか、ノイはお腹を押さえながら続けた。
「で、君がそう言ったところで僕は『婚約者につく悪い虫に警告してやろうと思ってね』──とか、悪役令息よろしく一発脅しつけてやろうと思ったんだけど──」
「それはないだろ。あんたからは一切敵意が感じられない」
「────」
あっさりと否定したジンにノイは一瞬目を丸くし、すぐに面白いものを見たようにニヤリと笑う。
「……へぇ? まぁ、その通りさ。僕のことは無害で愉快な居候のお兄さんだと思ってくれればいい」
「了解、愉快な居候。それで、俺をここに連れてきた理由は?」
その問いかけにノイは口元に手を当て言葉を選びながら答えた。
「それなんだけど、君がティア──ユースティアやこのアルメニア伯爵家の事情について何も分かってない風だったのが気になってね。ほら、さっきも全然話について行けてないって顔してただろ?」
「……実際、何も聞かされないまま連れてこられたからな」
「ふむ? ティアはともかく、普通ならエルマ辺りが気を回して色々教えてくれてそうなものだけど……ホントに何も教えてもらってないのかい?」
言われてジンはあの小動物のような少女を思い出す。
「……ああ。どうやら俺は彼女に警戒されているらしい」
「警戒? あの人懐っこくて面倒見の良いエルマが? 一体君、何をしたのさ?」
「何も。初対面からずっと距離をとられてるんだ」
ユースティアの部下たちは程度の差はあれジンのことを警戒しているが、その中でも一番極端な反応を示したのがエルマだった。ベアトリスはまだしもこちらを監視し、釘を刺したりして接点があったが、エルマに関しては最初に名乗った後は一切ジンに近づいてこようとしない。
「嘘だろ? 正直に言いなよ。あの意外に大きな胸をジロジロ見たとか触ったとか──」
「してない」
「じゃあお尻?」
「違う」
「足? いや足のラインならエルマよりティアやベアトリスの方が──」
「知らんし」
「むぅ……じゃあ一体女性のどこか好きなのさ?」
「女なんて腰がしっかりしてて丈夫な子供が産めりゃそれで十分だろ」
「…………」
「おい。何だその残念なものを見る目は?」
「いや。これが本物の蛮族ってやつかと思ってね……」
「…………」
「ああ嘘嘘! そんな顔しないで! ごめんってば!」
話ながらノイは表情をコロコロと変え、最後は笑って謝罪する。
「まぁ何で君がエルマに避けられてるのかはともかくとして、こっちの事情を知らないままじゃ君も話が理解できなくて不便だろうし、ティアからのスカウトも判断しようがないだろう? 屋敷の案内よりもまずはその辺りの情報を入れといた方が良いんじゃないかと思ってね」
ユースティアからの誘いは拒否一択なのでそこは特に困らないが、事情を把握しておいた方が良いというのはノイの言う通りだろう。だがジンはその事情より、ノイがそれをしてくれる理由の方が気になった。
「……何でわざわざそんなことを? あの女の婚約者ってことはあんたも貴族で、そこそこ偉い奴なんだろう? あの女が気まぐれで拾ってきた平民なんざ適当にあしらっとけばいいだろ」
ジンがドルネシア軍を撃退したことを知っていると言うならまだ分かる。だが周囲の者がそうした情報をノイに伝えている様子は無かったし、本人や他の者の反応を見てもジンに関する情報は持っていないとみて間違いないだろう。となると立場ある人間がわざわざジンの世話を焼く理由が見当たらない。
ジンの疑問に対してノイの答えは明瞭だった。
「ユースティアがスカウトしてきた以上、君が優秀な人間だってことに疑いはないからね。彼女の将来の夫として、婿入りする家に良い人材が集まるよう気を配るのは当然じゃないか」
「……あの女の目利きが間違ってるとは考えないのか?」
「ないね。ユースティアの人を見る目は確かだ。彼女が使えない人間をあそこまで気に掛けることはないし、ましてや気まぐれで幹部に取り立てるようなことは絶対にしないよ」
ジンの言葉をノイはハッキリと否定する。しかしジンはその言葉に懐疑的だった。
「……そんな風には見えなかったけどな」
「それ、ひょっとしてアルベルト君のことを言ってる?」
「…………」
ジンの無言の肯定にノイは苦笑してその思い違いを正す。
「だとしたらそれは君の間違いだ。アルベルト君は縁故やティアの気まぐれであの立場に就いているわけじゃない。彼に限らず、四人の軍幹部はティアからそれぞれ別の役割を期待されてあの地位に就いているのさ」
「……別の役割?」
「そうだ。例えばエルマはああ見えてティアの部下の中では飛び抜けて頭がキレる。彼女は元々身寄りのない孤児で娼館に売られそうになっていたそうだけど、偶々知り合ったティアに才覚を見出されて今の地位に就いた」
ジンはあの小動物のように警戒心が強く油断ならない目をした少女を思い浮かべ、ノイの人物評に頷く。
「そしてベアトリスは──あ~、詳細は僕の口からは伏せるけど、彼女はさる高位貴族の出身でね。実家が没落して行き場が無くなったところをティアに拾われたんだ。没落したとはいえそれまで受けてきた教育は半分平民のティアなんかよりよっぽど高度なものだったし、貴族社会のあれこれにも詳しい。彼女はそういう教養の部分を買われて取り立てられた」
一部引っかかる表現はあったものの、気位が高そうな黒髪の少女が元貴族と聞き、これも納得する。
「副官のギデオンは元傭兵で経験と重しとしての役割を見込まれた形だね。アルメニアの家は新興で若手が多い分、血気盛んな人間が多い。そういう連中を抑え込んで言うことをきかせるには、やっぱり戦士としての年輪がモノをいう」
明らかに堅気ではない風貌をした壮年の偉丈夫を思い出し、これにも理解を示す。
「そしてアルベルト君に求められたのは凡庸さだ」
先の三人とは全く異なる評価に、ジンは聞き違いかと首を傾げた。
「……凡庸さ?」
「ああそうさ。ティアは良くも悪くも才気が有り過ぎる。そのせいで普通の感覚が理解できずに部下との意思疎通に齟齬をきたすことも多くてね。だけど直属のエルマやベアトリス、ギデオンは、程度の差はあれ元々デキる人材だから、ある程度彼女について行けてしまう。下とのズレに気づかないまま物事を進めちゃってトラブルになることが結構あったんだよ」
「……そこはギデオンとやらがフォローできなかったのか?」
「勿論出来る範囲ではしてくれてた。だけど彼は彼でティアの考えを理解してそれを実行するので手一杯だったからね。どうしたって部下には『察してくれ』って扱いが雑になることもあるわけさ」
上と下に挟まれれば、どうしたって下の扱いはぞんざいになる。これを解消しようと思えば間にもう一つつなぎ役が必要だろう。
「……つまりアルベルトはその凡人との感覚のズレを埋めるために、凡人代表として敢えて取り立てられた、と──うん? だったらやっぱりアルベルトが優秀ってわけじゃないし、別にあのポジションにいるのはあいつじゃなくてもいいんじゃないか?」
「それは違う」
そのジンの反応を予想していたように、ノイは即座に否定した。
「凡人が優秀な人間に囲まれて働くってのは言葉にするほど簡単なことじゃないよ。何せ常に自分の凡庸さを直視し続けることになるわけだからね。普通ならすぐに心が折れてる。だけどアルベルト君は凡人であることを自覚しながら、折れることも腐ることもなく何年も自分の役割をこなし続けてきた。それは下手な才能なんかよりよほど得難い資質さ」




