第11話
「何という真似をしてくれたのだユースティア!!!」
「────!」
アルメニア伯爵家の屋敷に怒声が響き渡る。
「何をどう間違えたらドルネシアへの侵攻計画がルマーンの領土を切り取ってくるなどという話にすり替わるのだ!? 名目上ではあれ彼の国とは友好条約を結んでおったのだぞ!? しかも本国に事前通知もなく──」
「いや、それは違うぞ、伯父上。ルマーン侵攻はあくまでドルネシア侵攻のついでだ。計画の主目的に変更は──」
「他国への侵略をついで扱いするな、アホ娘がぁぁぁぁっ!!!」
「────」
ユースティアの言い訳に怒声のボルテージが二段階ほど上がる。
この屋敷における最上位者はユースティアで、同じ部屋には彼女の忠実な部下であるベアトリスやエルマの姿もあったが、説教の内容は極めてもっともなものであったため、誰も助け舟を出そうとはしなかった。
薄情な部下たちにユースティアが不満の視線を向けようとする──と、それを見逃さず鋭く怒声が飛ぶ。
「聞いとるのか、ユースティア!!?」
怒声の主はヘーゼルの髪と口髭が特徴の中年男性──ユースティアの母方の伯父ロランだ。
「そもそも私は碌に足元を固めもせずドルネシアに侵攻するという元の方針からして反対だったのだ!! 戦はただ勝てば良いというものではない! 勝った後いかに統治するかが重要なのだぞ!? それを貴様は勝手に方針だけ決めて実務を人に丸投げしおって──」
「そこはあれだ。私の伯父上に対する信頼の証だと思って──」
「やかましわっ!! 貴様の信頼なぞ嫁の実家に頼りにしてると言われた時より怖気が走るわい!!」
言いながら何かを思い出してしまったのか、ロランは嫌な記憶を振り払うように机に拳を叩きつけて続けた。
「しかも今回はよりにもよって、ルマーンの現地民をドルネシアとの戦いに巻き込んで住処を焼いてしまったから、その復興のための資金を捻出しろだと!? 貴様には私が黄金が湧き出る魔法の指輪にでも見えているのかっ!?」
「それは違うぞ、伯父上」
ロランの言葉をキッパリと否定し、ユースティアは堂々と言った。
「ただ復興資金を出すだけでは赤字ではないか。伯父上には彼らを使って利益を上げるところまでやっていただかなければ──」
「サラリと無茶を言うなぁぁぁッ!!!」
ユースティアの言っていることは将来性のない万年大赤字の企業を相談もなく買い取ってきて、それを黒字化しろと部下に丸投げするようなもの。ロランの抗議は至極当然のものだった。
こめかみの血管を弾けとびそうなほどに浮き上がらせ、ロランは邪知暴虐な姪に今日こそ物の道理を叩きこんでやると息巻く、が──
「それぐらいにしてやれ、ロラン」
「──……父上」
ロランの肩に手を置き、宥めるように言ったのはロランを縦に長くし、渋みと余裕を食わえた風な老紳士。ロランの父にしてユースティアの母方の祖父、アルメニア家の前当主マーキスだ。マーキスは端正な顔立ちに柔和な笑みを浮かべて続けた。
「ティアも戦から返ってきたばかりで疲れておるのだ。あまり責めてやるな」
「しかしですな──」
「今回の一件はドルネシア側にも原因がある。奴らがここまで強硬な手段に出るといったい誰が想像できた?」
「…………」
「それに文句を言ったところで、今更ルマーン侵攻をなかったことにはできんし、保護した現地民を放り出すわけにもいかんだろう」
マーキスの言葉にロランは暫し沈黙し、やがて諦めたように深々と溜め息を吐く。
「…………はぁ。父上まで勝手なことを仰る。誰がその尻拭いをすると思っておるのですか」
「主にお前と私だな。私もこれから本国やルマーンの知人に弁明の手紙を山ほど書かねばならん」
そこでロランは父マーキスもまた外交担当者として苦労から逃れられないことを思いだし、それ以上の文句を飲み込んだ。
「いやぁ~、お二人には苦労をおかけして申し訳ない」
『そう思うなら少しは申し訳なさそうな顔をしろ!』
全く反省した様子のないユースティアに、ロランとマーキスは異口同音に吐き捨てて再度長い長い溜め息を吐いた。
今ユースティアたちがいる場所はアルメニア伯爵家の領主執務室。本拠に帰還した彼女たちは、まず留守を任せていた祖父と伯父のもとを訪れていた。
財務担当者である息子ロランと共にユースティアを迎えた領主代行マーキスは、改めて孫娘と共にこの場にやってきた者たちに視線を向ける。
ユースティアの腹心エルマとベアトリス、婚約者のノイは良い。問題はもう一人──いや、一人と一匹。
「それで、ティア。そろそろそちらの方を私たちに紹介してくれるかな? 知らなかったかもしれないがロランは昔野犬に噛まれて以来犬が大の苦手でね。先ほどから君を叱って誤魔化してはいたが、服の下は脂汗で凄いことになっている筈だ」
「父上!!」
恥ずかしい過去を父に暴露され、ロランが顔を赤くする。
「恥ずかしがるようなことじゃないだろう? 犬が苦手な人間なんて別に珍しくはないさ」
「くっ……!」
ロランは羞恥を誤魔化すようにユースティアを睨みつけた。
「生暖かい目で私を見るな!! 大体ユースティア、貴様一体どういう了見だ!?」
「どういう、とは?」
「そのいかにもルマーンの現地民らしき小僧はまだよい! いや本来ここは部外者の平民が立ち入ってよい場所ではないのだが、そこは今更貴様に言っても詮無いことだしよしとしよう! 認めるつもりはこれっぽっちもないが、そこは私も諦めた!!」
「伯父上。前置きが長い」
「誰のせいだと思っとる!!──と、それはともかくだ! 現地民はともかく何故この場にそんなデカくて見るからに危険な、人の頭など簡単に噛み砕いてしまいそうな獣を連れてきた!? 普通そういうのは鎖で外に繋いでおくものだろう!? いやそもそもそれ犬じゃなくてオオカミだよね!? 街中に入れていいものなの!? 危なくない!? というか噛んだりしないよね!?」
改めて白狼ブランカの存在を直視したことで、威厳を取り繕う余裕もなくしてロランがまくし立てる。
ユースティアはジンとその傍らで退屈そうに欠伸をしているブランカにチラと視線をやり、頷きを一つ。
「安心してくれ伯父上。近づかなければ多分噛まれない」
「その説明でどう安心しろと言うのだっ!?」
ロランは助けを求めるようにエルマとベアトリスに視線を向けるも、二人はスッと目を逸らす。彼女たちはここ数日の行程で自称動物好きの命知らずな兵士たちがブランカに近づき、痛い目に遭うところを何度も目撃していたため、決して無責任なことは言えなかった。
「…………」
だがそれでもロランが縋る様な目を向けてくるので、仕方なくエルマが答えを捻り出す。
「……大丈夫ですよ、ロラン様。今のところ死んだ人はいません」
「だから嘘でもいいから安心させてくれ!?」
ロランは再びユースティアに視線を戻して続ける。
「そもそも最初の質問に答えんか、ユースティア! 何故ここにその白い獣を連れてきた!? 私は貴様の新しいペットを紹介してもらわんでも全くもって困らんのだが!?」
「いや、私も流石にブランカをここに連れてくるつもりはなかったのだが──」
ユースティアはジンとブランカとに視線をやって続ける。
「ジン──その少年と引き離すと、万一のことがあるかもしれないのでな」
「万一のことって何!? 万一がある安心って何!?」
ロランはユースティアと話しても埒が明かないと理解したのか、ジンに視線を向けて続ける。
「少年! 貴様も貴様だ! そんな危ないペットを街中で鎖もつけず放し飼いにするんじゃありません!! ここは貴様の故郷の山の中とは違うんだぞ!? せめて屋敷に入る前にこちらに一声かけるぐらいの配意は見せなさいよ!?」
ロランの至極もっともな言葉にジンは困った表情でポリポリと頬を掻き、
「俺もそう思って外で待っていると言ったんだが──」
「だが!? だが何だ!?」
ジンはユースティアを指さして続けた。
「その女が『お爺様と伯父上を驚かせたいからついてこい』と言うもんだから仕方なく」
「やっぱりお前のせいじゃないかユースティア!!?」
「ハッハッハッ!」
顔を真っ赤にしてユースティアに突っかかるロランと、楽しそうに笑うユースティア。周囲の者たちはそれを憐れみの目で見ていた。
姪の悪戯に、もう今回こそは我慢ならんとロランがいきり立つ。その怒りは極めて正しいものではあったが、このままで収集がつかなくなると判断したマーキスが仕方なくやり取りに割って入る。
「──それで、ティア? その少年たちは私たちに対する悪戯のためだけにここに連れてきたのかな? もしそうならロランの血管が限界を迎えてしまう前に、彼らには退室してもらいたいのだが……」
「ああ、いやそうではない、お爺様」
ユースティアは祖父の言葉にキッパリとかぶりを横に振る。
「驚かせるのはあくまでついでだ。本命はそちらの少年の方でね。ブランカを見せたのはその方がインパクトがあると思ったからなんだ」
「ほう?」
ユースティアはニヤリと笑って祖父と伯父とにこう紹介した。
「新たに私の家臣団に加わったジンだ。今後はエルマやベアトリスと同格の幹部待遇で仕えてもらう。主に軍事面を中心に働いてもらうつもりなので二人とはそれほど絡みはないかもしれないが、よろしく頼む」
『────』
その場にいたユースティア以外の全員がその紹介に言葉を失う。
得体の知れない現地民をいきなり幹部待遇で採用するというのもそうだが──
「──って、ちょっと待て! 少年! 何で貴様まで驚いとるんだ!?」
ロランのツッコミに、ジンは困ったように顔を顰めてポツリ。
「いや……家臣とか仕えるとか全く承諾した覚えがない」
「ほぁ!?」
「うん、私も承諾を貰った覚えはないな。だがほら、こういうのはインパクトが大事だろう?」
「~~~~っ!! いい加減にせぇぇぇいっ!!」




