第27話
ロロの作業日誌(点字記録)
【修復記録:名もなき旅人の右腕】
状態: 致命的な焼き付き。怨念に近い摩擦熱で全てのギミックが固着している。
処置: 高精度の洗浄、および100年寝かせた『最高級の鯨油』を浸透。
所感:
この腕は叫んでいた。誰かを守りたかった、と。最新のプログラムなど不要だ。ただ、止まっていた時間を動かすための「きっかけ」があれば、鋼鉄は再び誰かのために動くことができる。
チク、タク。工房に響くリズムが、突然の爆鳴によってかき消された。
「マケドニア帝国軍、特殊回収班だ。……『モデルS・プロトタイプ』。そこにいるのは分かっている。速やかに出てこい」
工房を包囲したのは、漆黒の戦闘服に身を包んだ精鋭たちだ。彼らは剣を「人」として扱わない。ただの「紛失した国家資産」として、麻酔弾と捕獲ネットを構えている。
「逃げろ、ロロ……! あいつらの狙いは俺だ。あんたまで巻き込むわけには……」
剣は、布に包まれた不格好な身体を震わせ、裏口へ向かおうとした。だが、ロロは動かない。全盲の老人は、静かに作業台の上で、一本の精密なドライバーを剣の右腕に差し込んだ。
「動いちゃいけないよ。今、一番繊細な歯車が噛み合ったところだ」
「何をしてるんだ! そんな道具で、帝国の兵器が直るわけないだろ!」
「兵器なんて知らないさ。……だがね、この腕に宿った『001』の魂が、あんたを守れと言っているんだ」
ロロが、小さな瓶に入った黄金色の油を、001の錆びた装甲の隙間に一滴、垂らした。
その瞬間。
剣の脳内に、死んだ001の、あの「熱い」記憶が鮮烈に蘇った。
【警告:外部干渉による強制再起動を検知】
【右腕部:MODEL-001。限定解除……100%】
――バチィィッ!!
剣の全身は変身できない。だが、右腕だけが、赤黒い電光を放ちながら膨張した。
錆びていたはずの装甲が、ロロの油を得て、生き物のように滑らかに駆動音を立て始める。
「……あいつを、傷つけさせない」
踏み込んできた兵士の一人が、電磁警棒を振り下ろす。
剣は、変身していない剥き出しの左半身を晒しながら、右腕一本でその一撃を受け止めた。
ガギィィィィン!!
「なっ……生身のままで、帝国の警棒を……!?」
「生身じゃない。……これは、俺たちが『生きていた』証だ!」
剣は右拳を振り抜いた。
重力制御の爆発的な出力ではなく、ただ、純粋な「質量」と「回転」。
ロロが調整した絶妙なトルクが、001の剛腕にこれまでにない破壊力を与えた。
一撃で兵士の胸部装甲を粉砕し、工房の外へと叩き出す。
『――計測不能。出力に機械的根拠なし。……撤退を推奨』
兵士たちの通信機が、混乱した音を上げる。
彼らが信奉する「スペック」を、ロロの手仕事による「調整」が凌駕したのだ。
数分の交戦の後、回収班は動かなくなった仲間を担ぎ、雪の夜へと消えていった。
静寂が戻った工房。
剣は、熱を持った右腕を見つめていた。
赤錆びたパーツは、月光を浴びて、どこか誇らしげに鈍い光を放っている。
「……ありがとう、ロロ。……少しだけ、自分の音が、マシになった気がする」
「いい音だったよ。……さあ、夜は長い。次は、あんたの『顔』を直しにかかろうか」
ロロの言葉に、剣は初めて、半分だけ残った自分の口元で、小さく微笑んだ。




