第26話:魂の刻む音
機械音響解析記録(非公式)
【音響診断:早水剣】
状況: 超重力解放による内部フレームの歪み、および擬似心拍装置の不規則な振動。
ノイズ成分: 摩擦音、放電音、および「すすり泣き」に似た金属の軋み。
考察:
機械は嘘をつかない。潤滑が切れれば悲鳴を上げ、歯車が欠ければリズムを乱す。どんなに精巧な擬似皮膚で隠そうとも、その内側に流れる「不協和音」は、熟練の聞き手から逃れることはできない。
爆心地からどれほど歩いたか。
剣は、ボロボロの灰色の布を頭から被り、雪解けの泥道を這うように進んでいた。
布の隙間から見える右腕は、001から奪った錆びた鉄の塊。左腕は剥き出しのチタンフレーム。
今の彼は、銀色の英雄エルソードでも、人間の早水剣でもない。ただの「歩くスクラップ」だった。
「……殺してくれ……」
掠れた声は、割れたスピーカーのようなノイズを伴う。
立ち寄った村では、その異形を見た人々が悲鳴を上げて逃げ惑った。マケドニア帝国の宣伝通り、彼は「世界を滅ぼす化け物」として完成してしまったのだ。
辿り着いたのは、国境のさらに先、地図にも載らないような小さな谷間の町だった。
意識が途切れ、剣が倒れ込んだのは、一軒の古びた商店の軒下だった。
チク、タク。チク、タク。
微かな音が聞こえる。
それは、帝国の研究所で聞いた精密な電子音ではなく、もっと不器用で、硬い金属同士が噛み合う、温かいリズム。
「おや……随分と、ひどい音がする時計が迷い込んできたね」
扉が開き、一人の老人が現れた。
名はロロ。その瞳は白濁し、光を映してはいない。全盲の時計職人だ。
「……あ、あ……」
剣は、布を深く被り、顔を隠そうとした。今の自分の顔は、半分がエンドスケルトンだ。見られれば、また叫ばれる。
「怖がらなくていい。私には、あんたの『顔』は見えない。……だが、あんたの胸の奥から聞こえる『音』は、とても放っておけるものじゃない」
ロロは、躊躇なく剣の冷たいチタンの手に触れた。
第7話で少女が拒絶し、第21話で001が熱望した、あの「死の金属」の手。
だが、ロロは眉ひとつ動かさず、優しくその手を引いた。
「お入り。ここは時計屋だ。狂った歯車を直すのが、私の仕事でね」
工房の中には、壁一面に古いゼンマイ式の時計が並んでいた。
ロロは剣を椅子に座らせると、聴診器のような道具を剣の左胸――心臓があるはずの、演算コアのあたりに当てた。
「……ひどいもんだ。軸は歪み、油は枯れ、何より……『生きたい』というメインスプリングが、今にも弾け飛びそうだ」
「……俺は、人間じゃないんだ」
剣は、自嘲気味にノイズを吐き出した。
「中身はこれだ。電池と、光ファイバーと、重力の呪いだ。あんたが直している時計と同じ……ただの、モノなんだよ」
ロロは、少しだけ笑った。
そして、作業台の上にある、小さな古い懐中時計を剣の手に握らせた。
「あんた、この時計の心音を聴いてごらん」
剣が、研ぎ澄まされた聴覚センサーでその時計の音を拾う。
規則正しい、清らかな音。だが、その奥に微かな「揺らぎ」があった。
「この時計はね、100年前に死んだ私の祖父のものだ。何度も部品を変え、ネジを巻き直し、今は元の部品なんて一つも残っちゃいない。……だがね、これは今でも『祖父の時計』だ」
ロロは剣の、半分だけ人間の貌が残った頬を撫でた。
「あんたの身体が何で作られていようと、その『痛い』と叫んでいる音は、あんただけのものだ。……それを機械のバグと呼ぶか、魂の叫びと呼ぶか。選ぶのは、帝国の奴らじゃない。あんた自身だ」
剣の目から、青い冷却液が溢れた。
それは擬似的な涙ではなかった。
機能を停止し、ただのスクラップになろうとしていた彼の回路に、ロロの言葉という「新しい油」が、静かに染み渡っていった。




