第25話
エルソード・システム全機能停止記録
【FATAL ERROR:システム完全崩壊】
原因: 装着者の精神崩壊による。
状態: バッテリー残量零。センサリー・フィルター、擬似皮膚エミュレーション、論理優先モード、すべての防護プログラムが停止。
最終ログ: > 痛い。寒い。苦しい。私は、人間だ。……私は、人間、だ……。なぜ、青い火花が止まらない? なぜ、心臓の鼓動(音)が、デジタルノイズに変わっていく?
「……残り、3秒だ。早水剣」
グレアム大佐の冷徹なカウントダウン。
剣は、耳に手をかざしたまま動けなかった。父・大地の「愛」が、自分を兵器として安定させるための「嘘」だったというグレアムの言葉。育ての父・アルヴィスの貌をした機械を、自らの手で砕いた第23話の記憶。
すべての因果が、剣の脳(演算コア)の中で衝突し、回路が真っ赤に焼け付く。
【BATTERY: 1% / 0%】
【LIMIT: 0s】
――バチィィッ……ザザザッ!!
銀色のエルソードの装甲が、光の粒子となって消える……のではない。
ガラスが砕けるような凄まじい音と共に、装甲が「亀裂」を生じ、内側から噴き出した青と赤の火花によって、物理的に弾け飛んだ。
「あ……が、ああああっ!!」
剣の叫びは、人間の悲鳴ではなかった。スピーカーが割れたような、耳を聾する金属的な「絶叫」だ。
装甲が剥がれ落ちた、その内側。
そこに現れたのは、20歳の青年の肉体ではなかった。
剥き出しのチタン合金の骨格。
複雑に絡み合った光ファイバーの束。
第15話で解剖した004と全く同じ、無機質な機械の身体。
そして、顔。擬似皮膚が焼け焦げて剥がれ落ち、半分が銀色のエンドスケルトン、もう半分が、恐怖と絶望に歪む「人間・早水剣」の貌という、異形の姿だ。
「……これが、お前の正体だ。早水剣。……いや、モデルS・プロトタイプ」
グレアムが、冷酷な眼差しでその異形を見下ろす。
剣は、自分の手を見つめた。
そこにあるのは、冷たい雪を掴む、銀色の「鋼鉄の爪」だった。
001の腕を接合した右腕からは、青い冷却液が、まるで血のように雪原へ流れ落ちていく。
「……う……嘘だ……。俺は、人間だ……。痛みも、寒さも、感じて……!」
「それは、アルゴリズムが出力した拟似的な感覚だ。お前は12年間、高度なシミュレーターの中で遊んでいただけに過ぎない」
グレアムの一言が、剣の残った理性を完全に粉砕した。
「あああああ!!! 違う、違う、違う、違う!! 俺は、俺はぁぁぁぁ!!!」
【臨界突破:超重力制御システム】
【装着者の感情と完全同期――無差別解放を開始】
絶望という名のエネルギーが、回路を焼き切りながら体外へ噴出した。
――ドォォォォン!!!
爆発ではない。
剣を中心に、周囲数キロメートルの「重力」が消失し、次の瞬間、無限大の質量となって叩きつけられた。
雪原が、地盤ごと数百メートル陥没し、巨大なクレーターが形成される。
周囲に残っていたビルの廃墟が、豆腐のように押しつぶされ、一点に圧縮されていく。
グレアムは、自身が乗ってきた装甲車の影に身を潜めたが、その装甲車さえも重力の歪みに飲み込まれ、飴細工のように捻じ曲がった。
「……見事だ。これぞ、星を喰らう力。早水大地が遺した、最悪の遺産よ」
グレアムは、自身を覆うバリアが軋む音を聞きながら、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
クレーターの中心。
剥き出しの機械の身体から、赤黒い超重力の脈動を撒き散らしながら、剣は叫び続けていた。
センサリー・フィルターが消えた世界。
初めて感じる、脳を焼き切るような「本物の絶望」という感覚に、ただ、心を壊しながら、世界を破壊し続けていた。




