第28話
感覚遮断オフ・ログ
【部位:頭部(顔面部)センサー感度】
状態: 擬似皮膚エミュレータ、完全沈黙。
検知データ: 外気(氷点下3℃)、ロロの指先の皮膚(粗く、乾燥しており、微かに鉄とオイルの匂いが染み込んでいる)。
設計思想:
顔とは、他者に見せるための「記号」に過ぎない。だが、その記号を全て失い、冷たい骨格だけになった時、兵器は初めて他者の「手触り」を、遮断回路なしに直接脳へと受け入れることになる。
深夜の工房。
チク、タク、と規則正しい時計たちの呼吸だけが、暗闇を満たしていた。
剣は椅子に座り、頭を覆っていた灰色の布をゆっくりと下ろした。
窓から差し込む青い月光が、彼の「貌」を冷酷に照らし出す。左半分は、見慣れた早水剣の、怯えを帯びた人間の肉。だが右半分は、緑色のセンサーが鈍く光る、銀色チタンのエンドスケルトンだ。
鏡を見ずとも、自分がどれほど「悍ましいモノ」になっているか、回路が正確に数値を弾き出していた。
「……ロロ。やっぱり、俺の顔を直すなんて無理だ」
剣の声に、再びスピーカーが割れたようなノイズが混ざる。
「帝国の擬似皮膚がなきゃ、この剥き出しの機械は隠せない。俺はもう、誰の前にもの出られない……ただの『欠陥品』だ」
ロロは何も言わず、白濁した両眼を剣の椅子のほうへ向けた。
そして、オイルで汚れた、節くれ立った右手を静かに伸ばした。
「あんたがどう言おうと、私の手はね、形しか信じないんだよ」
指先が、剣の左頬の「人間の肉」に触れる。
温かい。
ロロの指はゆっくりと移動し、顔の中央、肉が焼け落ちて銀色のチタンへと切り替わる「境界線」を跨いだ。
「……っ」
剣の身体が強張る。冷たい機械の骨に、老人の生温かい指が直接触れている。
「ほう……ここは、随分と頑丈な骨組みだ。大地のやつ、ずいぶんといい仕事を残していったね」
ロロの指は、エンドスケルトンの細かな凹凸、光ファイバーの這うラインを、まるで愛おしい古時計の歯車をなぞるように、優しく、丁寧に確かめていく。
「怖くないのか……? 俺は、半分機械で、おまけに世界を滅ぼす重力の怪物なんだぞ」
「怪物かね」
ロロは指を止め、剣の、半分だけ残った人間の顎を軽く包み込んだ。
「あんたは自分のことを、人間を模した『仮面』だと思っているんだろう。中身が空っぽの、ただの器だと。……だがね、私の指に伝わってくるのは、激しく狂ったネジの振動だ。あんたの心臓は、今も『人間でありたい』と必死に叫んで、壊れそうなほど揺れている」
ロロは作業台から、一本の古い「真鍮製の面」を取り出した。かつてこの地方の伝統儀式で使われていた、無骨な、だがどこか温かみのある職人の手仕事による仮面だ。
「帝国の綺麗な嘘(皮膚)は、もう手に入らないかもしれない。だったら、新しい顔を被りなさい。ただしそれは、お前を隠すための檻じゃない。お前が『早水剣』として、もう一度世界と向き合うための、新しい歯車だ」
ロロの手によって、剣の右側のエンドスケルトンを覆うように、真鍮の仮面が宛がわれた。
チタンの骨格に、職人の手で作られた真鍮の渋い輝きが、ボルトでしっかりと固定される。
【警告:外部パーツの装着を確認。……適合率 95%】
【音響ノイズ:減衰。音声出力、安定モードへ移行】
「……ロロ」
真鍮の仮面の奥から漏れた剣の声には、もう、耳障りな電子ノイズは混ざっていなかった。
半分が人間の素顔、もう半分が、渋い真鍮の職人の顔。
「いい男になったよ、早水剣。あんたの刻む音は、もう、化け物のそれじゃない」
剣は、真鍮の右頬に触れた。
冷たい金属。だがその奥には、001の右腕を動かした時と同じ、ロロの「手仕事の熱」が確かに残っていた。
銀色の救世主エルソードは死んだ。だがここに、真鍮の仮面を被った、一人の「放浪者(早水剣)」が再誕したのだ。




