第19話
エルソード・深層同期ログ
【領域「L」:第2階層アクセス許可】
状況: 装着者が「自己の存在」を強く肯定したことにより、封印プログラムが一部損壊。第2の音声ファイルが自動展開。
同期率: 92%(危険域。精神と回路の境界が消失しつつある)
設計思想: > 嘘は時として薬になる。だが、薬の効き目が切れたとき、患者は自分の脚で立たねばならない。真実とは、立ち上がるための杖ではなく、歩き続けるための「痛み」そのものである。
第19話:遺言の第2節
幻影の街が消えた後、残されたのは静寂と、アンテナから噴き出す青い火花だけだった。
剣は、アンテナの残骸に背を預け、荒い呼吸を繰り返す。
変身は解けている。だが、耳の奥ではエルソードの駆動音が止まらない。いや、それは回路の音ではなく、彼の脳に直接響く「記憶の波」だった。
【深層メモリ:第2節の再生を開始します】
『――剣。……第2の断片を聴いているということは、お前は「檻」を壊そうとしたのだな』
アルヴィスの声が、今度はノイズなしに、驚くほどクリアに響く。
剣の視界が歪み、かつて父・大地に連れられ、瀕死の状態でアルヴィスの元へ運ばれた5歳の頃の映像が、オーバーレイ(重畳)される。
『お前は、自分が機械に変えられたことを恨んでいるかもしれない。センサリー・フィルターが、お前の「人間としての感覚」を奪っていると……そう思っているだろう』
「……当たり前だ。俺は、匂いも、温度も、痛みも……あの日から、まともに感じられないんだぞ!」
虚空に向かって叫ぶ剣。しかし、録音された声は、その嘆きを予見していたかのように、優しく、そして冷徹に続けた。
『逆だ、剣。あのフィルターは、奪うためではなく……お前を守るためにある』
「……守る?」
『お前の中に眠る「超重力」……あれは、生身の脳が耐えられる負荷を遥かに超えている。もし、お前が本物の「痛み」を感じ、本物の「怒り」に身を任せれば、そのエネルギーの奔流でお前の精神は一瞬で焼き切れるだろう。……だから大地は、お前の感情を「数値」に置き換えた。お前が絶望で壊れないように、感覚を「冷やした」のだ』
剣は、自分の両手を見つめた。
震えている。その震えすら、システムが「震え(振動)」というデータとして抑制しようとしている。
『エルソードは盾ではない。お前の「魂」が、その強すぎる力に飲み込まれて消えないようにするための、冷却装置なのだ。……だが剣、いつかお前がその力と共鳴し、自分の意志で「自分」を定義できたとき……フィルターはその役目を終える。そのとき、お前は……』
ザッ、と再びノイズが走る。
『――お前は……ただの「早水剣」ではなく……新たな種族の……』
【シンクロ率、低下。接続維持に失敗しました】
「……新たな、種族? 父さん、何なんだ、それは!」
答えは戻ってこない。
だが、剣の中にあった「スーツへの憎しみ」が、奇妙な色を変え始めていた。
自分が「不便な機械」だと思っていたものは、実は父たちが自分を生かすために必死に作り上げた「ゆりかご」だったのか。
その時、アンテナの影から、無数の「緑色の瞳」が現れた。
自分と同じ貌。
自分と同じ骨格。
だが、その瞳には光がなく、ただの殺戮機械として完成された「モデルS」の量産型、プロト・ソードの軍団だ。
『標的を確認。シンクロ率の異常を検知。これより「共食い(カニバリズム)」を開始する』
「……ゆりかごの中に、閉じこもっている時間はなさそうだな」
剣は立ち上がった。
父が自分を「冷やして」守ろうとしたのなら。
今、この胸で燃え上がっている「熱」こそが、檻を壊す鍵になる。
――バチィィッ。
その光は、かつてないほど強く、そして、少しだけ「赤み」を帯びていた。




