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エルソード  作者: 水前寺鯉太郎


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12/27

第12話

マケドニア帝国・心理戦局評価書

【事後評価:工業都市ルストにおける世論誘導】

結果: 成功。

詳細: 標的エルソードによる爆弾解体という事実を、市民は「自作自演」および「恐怖による支配の予兆」として認識。物理的に打倒せずとも、標的を当該地域から「心理的に排除」することに成功した。

結論: > どんなに厚い銀の装甲も、人々の「疑念」という腐食剤には抗えない。彼は救った者たちによって、その居場所を永遠に奪われたのである。

第12話:銀の壁、拒絶の地


 凍てつく朝だった。

 工業都市ルストの入り口。高くそびえる鉄門の前に、早水剣は立っていた。

 かつて爆弾の熱を抑え込み、市民の石礫に耐え抜いた銀色の装甲は、煤と泥にまみれ、かつての神々しい輝きを失っている。右腕のナノマシンによる侵食跡は、まるで癒えない火傷のように黒く沈んでいた。

「……出ていけ、銀の化け物」

 門を塞ぐのは、帝国の兵士ではない。剣が昨日、命をかけて守り抜いたはずの市民たちだ。

 彼らの手には、帝国のプロパガンダを盲信した怒りと、正体不明の「無敵」に対する根源的な恐怖が握られていた。

「お前がいるから、帝国はここを狙うんだ!」

「爆弾を止めた? 笑わせるな。お前が持ち込んだんだろうが!」

 剣はバイザーを上げ、彼らの瞳を直視しようとした。

 だが、誰一人として剣と目を合わせようとはしない。彼らが描いているのは、銀色の装甲の奥にある「人間・早水剣」ではなく、自分たちの平穏を乱す「制御不能な暴力装置」のイメージだけだった。

「……俺は、ただ……」

 

 言いかけて、剣は言葉を飲み込んだ。

 何を言っても無駄だ。システムが言った通り、彼の「希望」は世界の「計算」には含まれていない。

 

 その時、群衆の中から一人の男が前に出た。第11話で剣の背中を棍棒で叩いた男だ。彼は震える手で、剣の足元に汚れた布袋を投げ捨てた。

 

「……餞別だ。二度と、この街の敷居を跨ぐな」

 

 袋の中から転がり出たのは、カビの生えたパンの切れ端だった。

 感謝ではなく、施し。それも「早く消えろ」という呪いが込められた、最低限の慈悲。

 

【BATTERY: 10% / LIMIT: 60s】

 

 警告音が鳴る。

 剣は無言でそのパンを拾い上げ、泥だらけの右拳を握りしめた。

 3トンの衝撃でこの門を吹き飛ばすことも、自分を罵る人々を沈黙させることも、彼には容易にできた。エルソードのスペックはそれを許している。

 

 だが、彼はそうしなかった。

 

「……わかった。もう、二度と来ない」

 

 剣は踵を返し、街に背を向けた。

 門が閉まる重い金属音が、背中に響く。それは、彼が「人間社会」から正式に切り離された、断絶の音だった。

 

 街の外は、見渡す限りの雪原だった。

 北風が、ボロボロになったエルソードの装甲を叩く。

 

 かつてエルフの里で感じていた、あの雨の匂いも。

 少女の肩に触れようとした時の、微かな迷いも。

 見捨てた整備士が最後に残した、絶望の叫びも。

 すべてが雪の中に埋もれていく。

 

 剣は、誰にも見られることのない荒野で、ひとり、耳に手をかざした。

 ――バチィィッ。

 

【変身解除 / 休息モードへ移行】

 

 装甲が消え、生身の身体が雪の上に晒される。

 あまりの冷たさに、肺が凍りつくような錯覚に陥った。

 

「……寒いな」

 

 初めて口にした、嘘偽りのない本音。

 救世主でも、テロリストでも、無敵の盾でもない。

 ただの、行き場を失った「半分機械の男」が、そこにいた。

 

 早水剣は、雪を噛み締めるように一歩を踏み出した。

 向かう先は、誰の正義も届かない北の果て。

 

 第1部、完。

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