18 勇者の契約書
その隙に、コルネはアレスの右足のアキレス腱をナイフで突き刺す。
アレスは鋭い痛みに叫び声を上げた。
思わずアレスは自分の持っていた剣を手放すと、すかさずコルネがそれを奪い、アレスの胸に剣を突き立てる。アレスは叫び声を上げる間も無く、胸を串刺しにされた。
続いて、コルネは司祭の方に向かって歩いていく。
司祭は、祭壇に置いてあった勇者の契約書を奪われない様に右手に持つと、『近づくな! この裏切り者! 王を裏切り、民を裏切り、私を殺した! この悪魔!』と罵る。
コルネは一切司祭の罵倒に反応せず、右手に持っていたナイフで逃げ場を失った司祭の首を切った。
首を押さえ地面に横たわる司祭から二枚の紙をひったくると、苦しそうに地面にうずくまるメルを背中におぶる。
そして片手に持ったナイフで、階段の入り口を塞ぐ植物を切り裂きながら、教会の地下から脱出した。
もうすでに火の手は教会全体を包み込んでおり、熱気で空気がゆらゆらと揺れている。
苦しそうにするメルを一刻も早く救う為に、コルネは急いで教会の出口へと向かった。
コルネはやっとの思いで一階まで階段を上りきり、ようやく出口から教会の外へと出る事が出来た。
教会は真っ赤な炎に包まれており、火の粉が宙を舞っている。
ようやく新鮮な空気を吸う事が出来たメルは、大きく咳き込みながら肺をいっぱいに膨らませた。
コルネが助かったと安堵していると、燃え盛る教会から何者かが飛び出してきた。
コルネはそれに気が付かず、一瞬の間に背中を剣で突き刺される。
衝撃で、メルの顔に血飛沫が付いた。
メルは必死にコルネの名前を呼ぶ。
コルネはゆっくり後ろを振り向いた。
コルネの背後に立っていたのはアレスだった。
「無駄だって。分かってたんだろ? こうなる事は」
アレスはそう言うとコルネの背中から剣を抜き、袖で血を拭った。
痛みで膝をついたまま動けないコルネに、我が物顔でアレスは言う。
「魔王とその一族を殺さなきゃ、死ねないんだよ。司祭様も、私も、お前もな。ここで一生殺し合うか? それもいいだろう。だが、結局は不毛だ。あのデミヒューマンの女を殺さなきゃ、前に進めないんだよ」
「よせ、この子に近づくな」
コルネは威嚇する様にアレスに向かって叫んだ。
アレスはそんな動けないコルネを、剣で弄んだ。
メルは煙を深く吸ってしまった影響か、今だに苦しそうに咳き込んで身動きが取れない状態だ。
そんなメルを必死にコルネは庇っていた。
遅れてやったきた司祭は、コルネに向かって悪態をつく。
『この私を二度も殺すとは、絶対に許さんぞ』といい、司祭はアレスから無理矢理剣を奪い、コルネの心臓に向かって剣を深く突き刺した。
「コルネ、逃げて……」
メルはか細い声で、訴えかける様にコルネに言う。
しかしコルネはメルの事を庇い続け、その場を動かなかった。
コルネの胸から血が滴り落ちていく。
コルネがしゃがみ、俯いたまま動かない様子を見て司祭は、コルネの耳元に顔を近づけて言った。
「千年という時間は人を易々と変えてしまう。貴様のおかげで色々と思い知ったが、これからはこの不死の力を私の為に使わせてもらうぞ」
と言い、コルネの胸に刺さった剣を思いっきり引き抜いた。
うめき声を上げて動けないコルネの姿を見て、司祭は『痛かったか? 本番はこんなものじゃないぞ』と吐き捨てる様に言う。
コルネはしばらく俯いていたかと思うと、急に胸を押さえながらよろよろと立ち上がった。
司祭はコルネの足元に、二枚の紙が落ちているのを見つける。
それは、勇者の契約書だった。
一枚は、千年前コルネが交わした物。
もう一枚は、アレスが新たに司祭と契約した物。
アレスが契約した物には、魔王の名前は書かれていないはずだった。しかし、そこには赤い文字で誰かの名前が書かれている。
それはコルネの名前だった。
コルネはアレスの契約書に、自分の血で自分の名前を書き込んだ。
完全に更新された勇者の契約に、千年前コルネが交わした契約書は灰になって消えていった。
「一体何をした?」
司祭の問いに、コルネは答えず司祭の方に向かって近づき、ナイフで心臓を突き刺した。
司祭が仰向けに倒れ込むと、ナイフを引き抜き今度は、アレスの方に向かって近づく。
「俺に近づくな!」
そう言ってアレスは魔法を使い、また植物の蔓を使ってコルネの動きを拘束しようとしたが、動きを止める前に、コルネによって喉元にナイフを投げられた。
それが首に刺さるとアレスは思わずよろけ、自分の首に刺さったナイフを引き抜く。
すると、同時におびたたしい血が首から吹き出した。
アレスは違和感を覚えた。
体に力が入らないので、その場に倒れる様に座り込む。
首から噴き出る血を右手で止めようと抑えるも、一向に血が止まる気配が無い。
「何だ……これ?」
勇者の契約上、アレスは魔王が死なない限り不死身のはずだ。
そして、その契約を取り持った司祭も立場上不死の呪いを受ける。
そのはずが、司祭が地面に横たわったまま動かない様子に、アレスは気付いた。
自分がもう、不死の存在では無い事に。
アレスは地面に向かってうつ伏せに倒れた。
コルネは胸から血を流しながら、その場に座り込む。
すっかり血の気の引いた顔で、虚な瞳をしていた。
その様子を見てメルは何かを察したのか、肩で息をしながらも必死に立ち上がって、コルネの方へと駆け寄る。
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