8話 (右平次)
ーー右平次ーー
日が暮れた町を歩く。周りの家からは声が漏れている。子どもの笑い声、年寄の文句、何処の母が怒っている。
「う、右平次にござる」
内より慌てたような足音がした。少し下がると筵戸が捲られる。
「お待ちしておりました。中へお入りあれ」
刀を脇に置き、囲炉裏を挟んで座る。鍋を温める火が家の中を照らし、弥太郎の背中と赤子の寝顔が見える。
「お口に合うか、心許ないですが、、」
「忝い」
粥がなみなみに注がれた椀を受け取る。
(奉行衆の屋敷に出づる粥よりも薄う)
「旨う候」
「尚これあり、遠慮なく重ねて召し上がれませ」
(辞するわけにはいかぬか。たかが今一杯)
無言で粥を掻き込み続ける。
「馳走にござった」
囲炉裏から鍋を片付けると家の中が明るくなる。
(何事か申さねば。いや、もはや退散仕らん)
囲炉裏の向こうより、視線を感じる。
「さらば(あの)」
声が重なった。
「そ、そなたより先へ」
「清とこそ、お呼びあれ」
「さらば、清殿より先へ」
「右平次様、よろしければ此処にて御休みあれませ」
「なれど、、」
「囲炉裏の火も、知らぬ町も、心細うて叶いませぬ」
「赤子のことを忘れて侍りぬ」
筵の数が一つ多いことに気付く。
(参る前にしたためて置きぬるか。夜明けに帰りなば、あやつらが騒がむ)
物笑いの種になることを思いつつ、草履を脱ぎ横たわる。
(初めから背を向けむも無礼、向き合はむも心苦し。このまま寝てしまはむ)
「粥、薄う侍りしや?」
「奉行が良きものを食い過ごして候」
「明日は味濃う調えましょう」
「、、、某も肴を調え参らむ」
目を瞑ると囲炉裏の音、虫の声が聞こえてくる。
「御亭主の事にござるが」
「はい」
「村はずれに葬り、麓の寺で供養いたした。暮らしの静まりて後、参らむ」
「忝うございます。なれど、主人はもはや其処にはおりませぬ」
「宗門のこと、心を用いるべきに侍りしか?」
「いや、弥太郎が申したのです。下の児が一つになる頃に殺めてしもうた後、’次は兎か鹿か。春にならば、旨き草を飽くまで食はん’、と」
(輪廻か)
「あの児も主人も、次の生を悦はば、それにて、、」
鼻をすする音が聞こえる。
(和尚に会わねばならぬな)
夜半に目を覚ました。囲炉裏には薪が足され、暖かい家の中で皆寝ている。厠から戻ると弥太郎が起きた。
「疵は痛むか?」
「ちと痒い」
弥太郎の左頬にある一筋の刀傷を囲炉裏の火が照らす。
「右平次、忝い」
(里の皆が’聡い、聡い’と騒いでおったが、まだ童よな)
「月に逃げらるるところであったな」
「崖にて真っ直ぐに進めざりしよ」
(崖などありしか?)
「爺が申すことは外れぬのじゃが」
「恐ろしうはなかりしか?」
「夜の爺はちと怖う」
「爺は他にも教えて呉るるか?」
「雨が降るとか栗の木のあるところ、熊と狼が何処におるかことごとく知りておるのじゃ」
「山の神様は優しき神様にて侍りしよな」
「爺共は皆々優しうぞ」
「他にもおはするか? まみえたるか?」
「昔、ずっと遠くの北の山におった頃より、参れば教えて呉れる」
「そなた、数えにて十一にやあらん」
「この身はな」
(合点がいかぬ)
「誠の齢は幾つぞ?」
「数えてはおらぬ。獣の身は幾度も得たれど、人の身は初じゃ」
(輪廻の記憶を持ち伝えるか)
「さ、先にはいかなる獣に侍りしか?」
「狐じゃ。あまり旨き物は食い得なんだ」
「その先には?」
「兎じゃ。草は旨いけれど、狐にも狼にも、鳥にすら追われたわ」
「その先には?」
「鹿じゃ。草も旨う、皆と一所にありしは愉快じゃった」
その後も我を忘れて問いただすと、’もう寝る’と言って背を向けて横たわった。考えが纏まらず、囲炉裏の火を眺める。
(神にまみえ、輪廻の記憶を引き継ぐ。二十過ぎの若造の手に余る事よ。和尚に対面し、いかに申さん。仏門に帰依する輩は、この者を如何扱う?)
灰を弄りつつ考えていると清が起きた。
「いかが、目覚め給いしか」
「早う存じ候」
「朝餉を召して行かれますか?」
(もはや朝か)
「衣を改むるべく、ひとまず屋敷へ戻らむとこそ」
「さらば、また夕餉にお待ちしております」
「これにて失礼仕らん」
草履を履き、刀を腰に差して家を後にする。冷たき秋露の匂いが鼻をつく。




