7話 (弥太郎、右平次)
ーー弥太郎ーー
里を出るとき、母は何度も頭を下げていた。皆優しかった。俵を担ぐ列の後ろを馬を引いて、ゆっくり歩く。馬を引きたい者もいたようだが、田助に怒られ諦めた。体は太く、乱暴な物言い。だが、助けられた日より他の家に宿り、家を貸してくれた。
途中の里にて少し休み、薬をくれた坊さんに会いに行く。傷をまた診てもらうと、’巻きたる布が汚れざるまで、動き給うな’と言っていた。また母が頭を下げていた。最後に坊さんは何かを言っていたが、意味は分からなかった。
俵を担ぐ男らは何度も交代する。町が見えてきた。今まで町に下りてきたのは二回のみ。今年も俵を担ぐ父と、村のおっちゃんらと来るはずだった。
平らな寝間の上で横になる。
(まことにこの家で暮らすのか)
右平次は町の外れにある小さい家を借りたと言っていたが、住んでいた家より大きく、広い寝間の真中には’いろり’というものがある。幾日も宿った田助の家は、狭い寝間の板が不揃いで背に角が当たった。
「弥子を見守りておくれ」
外に出る母を追いかけようと、妹は板の上を滑っている。片足を掴んで引き戻すとこっちを向く。
(泣くか?)
「アァ、ウァ」
不器用に這って寄って来たところを腹の上に引っ張り上げた。目が合うと顔に手を伸ばしてくる。
(温し。眠うなりたるな)
ーー右平次ーー
昼過ぎ、田助らが町に着いた。俵を商人の蔵に納めている間に弥太郎達を借りた家に案内した。弥太郎は立ち並ぶ家を珍しげに見回していた。
「ひとまずこれにて三日ほどを凌ぐ食料と布、筵など、足らぬ物どもを調えさせ給え」
「これほどなる家も銭も、お返し申すことは能いませぬ」
「返さずとも良いのです。里を襲いたる賊を搦め捕り、年貢とその余りの米を売り払いて候。これはその一部にござりますれば」
「里は、いかなることになりましょうか?」
「立ち帰らんと、仰せらるるか?」
「いえ、斯様なることは、、、」
「領分の沙汰は某が掛け合う故、暫し待たせ給え。日々の暮らしの足しとなりましょうぞ」
「忝う存じまする、、御差し支えなくば、夕餉を共に仕りたく、、」
「務めにて日が暮れて後の参りとならん。それでも宜しうござるか?」
「お待ちしております」
商人の蔵に戻ると里長が一人で待っていた。
「他の者どもは見世へ参りたればのぅ」
「お待たせ仕りて候」
「借りたる家は、いかなる有様ぞ?」
「囲炉裏付きにて候」
「ほぉー、囲炉裏か。木板なりとも、買い求めて帰らんずるか」
話していると商人が割符を持って来た。真っ二つに割られた薄い木板に、里の納めた年貢が書かれていることを確かめ、片方を懐に入れ、もう一方を商人に返す。
「見世まで付き添うてくれ」
里長の代わりに商人から平包みを受け取り、蔵を後にする。
「今年も豊作と相成り、実に喜ばしき限りにござる」
「左様じゃの、今年も恙なう相済みたり。右平次よ、此度の件を侮ること勿れ。そなたらが百姓を守り得ぬならば、我ら自ら力を付くるまでよ」
「世が乱るると?」
「かもしれぬ」
六分一殿と名高い山名を討ち、直に足利の世が始まる。
「盛者必衰。衰うるには早う御座りまする」
「はっはっは。咲かずして枯るる花もあろう?」
「咲き様すら知らぬなれば、花にはあらじ」
「吉野方は、道端の草にこそ侍りしか」
見世に着くと里の者らは既に買うものを決めていた。重き平包みは瞬く間にただの布となり、皆新しい荷を担いでいる。




