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神の遣い  作者: Moa
8/25

8話


ーー右平次ーー


 日が暮れた町を歩く。周りの家からは声が漏れている。子どもの笑い声、年寄の文句、何処(いずこ)の母が怒っている。

「う、右平次でござる」

中から慌てたような足音がした。少し下がると筵戸が捲られる。

「お待ちしておりました。どうぞお入りください」

刀を脇に置き、囲炉裏を挟んで座る。鍋を温める火が家の中を照らし、弥太郎の背中と赤子の寝顔が見える。

「お口に合うか分かりませんが」

(かたじけな)い」

粥がなみなみに()がれた椀を受け取る。

(奉行衆の屋敷で出る粥より薄い。具になる物を持ち来たるか)

「旨いでござる」

「まだありますので、おかわりを遠慮なさらず」

(辞すわけにはいかぬか。たかがもう一杯と思えば)

無言で粥を掻き込み続ける。

「馳走で御座った」

囲炉裏から鍋を片付けると家の中が明るくなる。

(何か話さねば。いや、帰ろうか)

囲炉裏の向こうから視線を感じる。

「では(あの)」

声が重なった。

「そ、そちらよりお先に」

「清とお呼びください」

「では清殿から」

「右平次様、よろしければ此処(ここ)にて御休みあれませ」

「しかし」

「囲炉裏の火や知らぬ町で心細うございます」

「赤子の事を忘れておりました」

筵の数が一つ多いことに気付く。

(来る前にしたためてあったか。夜明けに帰ればあやつらが騒ぐであろうな)

物笑いの種になることを思いながら草履を脱ぎ横になる。

(初めから背を向けるのも無礼、向き合うのも心苦しい。このまま寝てしまえ)

「粥、薄かったでありましょう?」

「奉行が良きものを食しすぎてるのでござる」

「明日は味濃く調(ととの)えましょう」

「、、、それがしも(さかな)をしたためましょう」

目を瞑ると囲炉裏の音、虫の声が聞こえてくる。

「御亭主の事でござるが」

「はい」

「村はずれに(ほうむ)り、麓の寺で供養(くよう)いたした。暮らしが落ち着いてから参りましょう」

「ありがとうございます。でも、主人はもう其処(そこ)にはおらぬでしょう」

「宗派に気遣いすべきでござったか?」

「いえ、弥太郎が言うておったのです。下の子が一つになる頃に殺してしまった後、’次は兎か鹿か。春には旨い草が飽きるまで食える’と」

(輪廻か)

「あの子も主人も次の生を(よろこ)んでいればそれで、、、」

鼻をすする音がする。

(和尚と会わねばならぬな)


 夜半(よわ)に目を覚ました。囲炉裏には薪が足され、暖かい家の中で皆寝ている。厠から戻ると弥太郎が起きた。

「傷は痛むか?」

「ちと(かゆ)い」

弥太郎の左(ほお)にある一筋の刀傷を囲炉裏の火が照らす。

「右平次、ありがとう」

(村の皆が’聡い聡い’と騒いでいたが、まだ子供だな)

「月に逃げられるところであったな」

「崖で真っすぐ進めんかったのじゃ」

(崖などあっただろうか?)

「爺の言うことは外れんのじゃが」

「恐ろしゅうはなかったか?」

「夜の爺はちと怖かった」

「爺は他にも教えてくれるのか?」

「雨が降るとか栗の木のあるところ、熊と狼が何処(いずこ)にいるか全て知ってるんじゃ」

「山の神様は優しき神様であったな」

「爺達は皆優しいぞ」

「他にもいるのか?会ったのか?」

「昔、ずっと遠くの北の山にいた頃から、会いに行けば教えてくれる」

「そなた数えで十一歳であろう?」

「この身はな」

(わけが分からぬ)

「本当はいくつなのだ?」

「数えとらん。獣の体は幾度(いくど)もやってきたが人の体は初めてじゃ」

(輪廻の記憶を持つのか)

「さ、先にはどの獣であった?」

「狐じゃ。あまり旨い物は食えんかった」

「その先には?」

「兎じゃ。草は旨いが狐にも狼にも鳥にすら追われたわ」

「その先には?」

「鹿じゃ。草も旨いし、皆と一緒で愉快じゃった」

その後も我を忘れて問いただすと、’もう寝る’と言って背を向けて横になった。考えが(まと)まらず、囲炉裏の火を眺める。

(神に会い、輪廻の記憶を引き継ぐ。二十を越えたばかりの若造の手に余る事よ。和尚に如何(いかが)言うか。仏を信じる者はこの者をどう扱う?)

灰を(いじ)りつつ考えていると清が起きた。

「おはようございます」

「おはようにござる」

朝餉(あさげ)を食べていかれますか?」

(もう朝か)

「衣を改むるべく、屋敷に戻るでござる」

「では、また夕餉にお待ちしております」

「これにて失礼(つかまつ)る」

草履を履き、刀を腰に差して家を後にする。冷たい秋露の匂いが鼻をつく。

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