4話
ーー右平次ーー
女は赤子を抱いて座り込み、もう一人の子は横に倒れこんだ。
「もう案ずるな」
声をかけると女がすすり泣き始めた。
「ひぃっ」
すすり泣く泥だらけの女を見て、追いついた田助達が声を上げる。
「この子が腕を切られ、足を挫いております」
女が声を絞り出すように言う。倒れた子を仰向けにして照らすと左の腹まで血が滲んでいた。松明の明かりで赤子が目を覚ます。
「んぎゃあー、いぎゃあー」
夜の山に泣き声が響き、田助の後ろにいた二人が逃げ出した。
「右平次、その子を背負って先に戻れ。うちのかあちゃんが起きてるはずだ。おっかさんの方はまかせろ」
倒れた子を背負うが、気が弱ってうめき声を上げている。
「いけるか?」
「なんのこれしき。健脚でなければ奉行は勤まりませぬ」
逃げた二人が山道に戻るか迷っていたため、その明かりで斜面を下る。田助の怒鳴り声で二人は手を貸しに戻った。暗い山道を駆ける。
山道を軽快に下ってきたせいか足が言うことを聞かない。よろけながら田助の家の筵戸を捲る。
「右平次でござる。傷を負った子を連れて参った。手を貸していただきたい」
「早くお入り。それでとーちゃんはどうしたんだい?」
「この子の母を担いで山道を下がってきております」
暗い家の中を足元に気を払って進み、背負った子を寝間の端に降ろして上衣を脱がせる。
「こりゃ酷そうだねぇ。暗い中で下手に触るもんじゃないよ。明るくなる前に隣村の坊さんを呼んできな。おまえたちも起きたなら手伝っておくれ」
壁際で寝ていた子供達が動き出す。手際よく灯油が周りに並べられ、火鉢が置かれた。
「ゆっくり飲ませておやり」
田助のかみさんはお湯の入った椀を手渡すと外に出て行った。
(いつの間に湯を沸かしたのだろう?)
椀を口元に近づけ傾けてやると、添えようとした右手が手に触れる。乾いた土が細かく砕け、音もなく落ちた。
ーー弥太郎ーー
目を覚ますと知らない家で寝ていた。固まったかのように体が動かない。肘で支えてやっとのことで起き上がると、母も横で寝ていた。昨夜、誰かに背負われたことを思い出す。
(湯を飲んだ後、暖かくなり寝てしまったのか)
厠に行きたいが草履が見当たらない。筵戸が捲られ、薄暗い家の中に強い光が差し込むと誰かが入ってきた。
「起きたかい?あぁ、草履は洗っちまったんだ。たしか使ってないのが、、、あった。厠は向こうだよ」
見知らぬおばちゃんが草履を足元に置き、立ち上がろうとすると手を貸してくれた。
「ありがとう、おばちゃん」
よたよたと歩きながら外に出ると眩しくて目を伏せた。陽は高く上り暖かい。厠に入って気付く。泥だらけだったはずの手と足は爪の間に土が残っているがきれいになり、衣も自分の物ではない。用を足し、外に出て周りを見渡す。見える限りの田んぼは稲が刈られた後で、あちこちに稲の束が乾かされている。遠くでは村人が集まって脱穀をしているようだ。
(うちの村より家の数も田んぼも多いな)
家に戻ると米の匂いがした。収穫の祝いで年に一回だけ米を食べる。
(うちの村で何日か前に食べたばかりなのに、また食べられるかもしれない)
「もうすぐ粥が出来るから、おっかさんを起こしておくれ」
急に腹が減り、右足以外の痛みを感じる。
「こらっ、頬を触るんじゃないよ。薬を塗ったけど触ると傷が開いちまうからね、痒くても我慢するんだよ」
「うん、分かった」
「おっかぁ、ご飯だ」
母は目を覚まして起き上がると抱きついてきた。
(また鼻をすすってる。いつもと違う匂いがする)
汗、土、乳、そしてこの家の匂いが混ざっている。
「さぁ、できたから運んでおくれ」
やっと母が離れた。
「旨い!」
「そうだろう?麦にとれたばかりの米を混ぜたからね。今年も豊作だったからみんな飢えずに済みそうだよ」
「うちの村もたくさんとれたのに、、、だからやられたの?」
「そうかもしれんねぇ、酷いことを」
(昔、木の陰からみたのも同じようなものだったのか)
「昨夜おまえさんをおぶってきたのが右平次って言ってね、領主様の下で年貢を集めるのが役目で丁度来てたんだ。奉行ってのは嫌な連中だけど、あいつはいいやつだよ」
「ありがとうって言ってくる」
急いで粥を掻き込む。
「はっはっは、お待ちよ。あいつはその腕の薬を頼みに隣村の坊さんを呼びに行って、そのまま町に知らせに山を下りたよ」
「また会える?」
「すぐ戻ってくるさ。それに、おまえさん達の村を襲った奴らは領主様の年貢を奪ったようなもんだからね。なんとかしてくれるだろうよ」
腹が満たされると眠たくなってきた。横になり目を瞑ると夢に引き寄せられる。
「何から何まで有難う御座います。お米まで頂いてしまって」
「いいんだよ、困った時はお互い様さ。それにしても聡い子だねぇ。本当に十歳かい?」
「あまり他の子とは遊ばなくて、山にいる方が好きみたいです。昨夜もこの子がいなかったら、、、」
「あんたも立派だよ。赤ん坊には擦り傷一つ無かったじゃないか」
また母が泣いている。




