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神の遣い  作者: Moa
3/32

3話 (右平次)


ーー右平次(うへいじ)ーー


 夢を見た。三年前、奉行(ぶぎょう)の見習いとしてこの里に来たばかりの頃、山での狩りに無理やり連れて行かれ、案の定迷った。右も左も分からず、上と下さえも分からなくなり空も暗くなった頃、声が聞こえた。翁の声。

「いかにしたぞ?」

驚いて周りを見渡す。誰も居ない。いや、とてつもなく不気味な木が木々の向こうに見える。目を逸(そ)らし、背を向けた。

「道に迷い候(そうろう)。帰り路(じ)、何卒(なにとぞ)御教え給(たま)え」

「あっちじゃ」

「こ、こっちにてござるか?」

「違う」

「然(さ)れば、こっちにてござるか?」

「今少しじゃ」

「このあたりにてござるか?」

「逆じゃ」

「こっちにてござるな?」

「月を見るんじゃぞ。逃げらるるなよ」

「忝(かたじけな)い。この御恩、必ず御返し致そう」

急いでその場を後にし、暗き森を月を頼りに真っ直ぐ進み続けた。狐に化かされた? 妖(あやかし)の世に迷い込んだ? などと考えつつ草を掻き分け、坂を登り下りすれば、里の入口の真横に出た。


 もう忘れたと思っていたが、やはり良き夢ではなかった。身を濡らす汗が身を震わせる。身をさすりつつ厠(かわや)へ急ぐ。用を足し、里長(おさ)の家に入る前に、ふと里の方を見る。

「目覚めたるか?」

身の毛が逆立つ。出したばかりだが、また出そうになった。

「そっちに童(わらべ)二つを連れし母が参るぞ」

「い、如何(いかが)致しましょう?」

「ほっほっほ」

声はそれきり聞こえなくなった。

(あの折の恩を返せと仰(おお)せられるか)

里長らを起こさぬよう静かに上衣(うわぎ)を羽織り、里へ向かう。


 村人の家の前を通りつつ耳を澄ます。

(この刻(こく)なら厠に立つ者もいるだろう)

田助の家から音がする。もう少し様子を聞くために近寄る。営みの音ではない。

「田助殿、右平次にござる」

入り口で呼びかけると一瞬あたりが静まり返る。内より足音が近づき、一歩下がると筵戸(むしろど)が捲(めく)れた。

「な、なんでぇ。こんな刻に」

「今すぐ見回りに参らねばならぬ」

「夜更けじゃ、いかんのかい?」

「いかんのです。詳しくは道すがら申す故(ゆえ)、もう一人起こして下され」

「ふぅ、刀と松明と、他にいるかい?」

「それにて結構。某(それがし)もさらに一人起こし、山道の口にて待ちおり申す」

「山?っておい」

聞かれる前に次の家に向かう。

「ったく、なんだってんだちくしょう」


 独り、月明かりに照らされて待つ。木々の陰の闇が気になる。

(真に皆、参るであろうか)

独楽のごとく回り背後を気に掛けていると、村より明かりが二つ見えた。

「まさか、お三方とも参り給うとは」

予備の松明も担(かつ)いでいる。

「てめぇが呼んだんだろ」

(田助も腹を立てておるが、あとの二人は、なおさら心良からぬようよ)

「いざ、参らんと存ずる」

気が変わらぬうちに歩き始める。

「して、何故山道を見廻るぞ? 下流(しも)の里へは逆じゃねぇか」

「山より人が下り来るでござる」

「おいおい、かかる夜更けに山に人が居る筈(はず)なきわい」

後の二人も、妖か?獣か?と怯(おび)えている。

「そりゃあ何故知りおるぞ?」

「お告げにござる」

「てめぇ、この野郎」

田助が松明を振りかざす。

「あちっ。お、落ち着かれよ。某は若かりし頃、山の神にまみえ奉(たてまつ)りてござる」

「ほう? 大したる表働きもせぬ奴がか?」

奉行(ぶぎょう)に対する侮蔑(ぶべつ)を受ける。

「新参の頃、山にて迷うたではありませぬか」

「そういや、まぁ、そんなこともあったか。逃げ散り、狩り終わるまで潜んでおったと思い居りしが、、」

’里の口より戻っただろ’と後より聞こえる。

「手足も泥に塗(まみ)れていたではござらぬか。して、これまで某が嘘言(そらごと)を申したこと、一度なりとてござるか?」

「うーん」

皆信じていない。不気味な木の事や里への道すがらについて語っていると、山道の途切れる所に着いた。

「松明も消え果つる。右平次、還り路にて見出(みい)ださなんだらば、最早これまでぞ」

来た道を折り返す。

(あの木は最後に’月に逃げらるるな’と申した。もし逃げ失せなば、いかがあらん。休まず歩み続けて里の口に出(い)でたというなら、児(ちご)を二人も伴いて何処(いずこ)へ辿り着くか)

「あちらなるぞ」

「あっ、なにしやがる」

田助より松明を奪い、道の脇にある斜面を照らす。近くに獣道を見つけ駆け上がる。

「おーい!」

山彦が返ってくる直前、何かが聞こえた気がした。

「た、け、た、けて」

山の上より微かに枝の折れる音。音のした方へ急ぐ。草を搔き分けて少しずつ近づいていく。先程の言葉を思い出す。

(妖か?獣か?)

「助け、給う」

かすれた声が目の前より聞こえて松明で照らせば、泥塗(まみ)れの女が膝をついていた。

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