16話 (弥太郎)
ーー弥太郎ーー
寺の竈のある処にて、鉈を研ぐ。雨水を掬い、濁りを流す。同じほどの年の坊さんが、じっと見つめてくる。
「弥太郎殿はお幾つにてござるか?」
「十歳じゃ」
笑みがこぼれている。
「我は先日、十一歳になった。弥太郎は弟よ」
「弟か。何か違うておるか?」
「’違いまするか’と申すのだ」
「違いまするか?」
満足げに顔をほころばせた。
「よいか、下弟子は上弟子に様をつけねばならぬ」
「お前は何て名じゃ?」
「上弟子に’お前’と申してはならぬ!」
怒っている。
「’りんかいさま’と申せ」
「’りんかいさま’」
また笑みがこぼれた。
「永海が待っておるぞ」
慌てて振り向いた。
「琳海、読経の仕度を」
「は、はい。弥太郎、永海様にも’様’をつけるのだ」
慌ただしく去る姿を永海が笑う。研ぎ終えた鉈と鎌を布で拭く。
「琳海に付き合い給え。かねてより下弟子を望みたりしゆえ」
「それくらいは構わぬ」
「それと、なるべく様をつけるべし」
鉈を麻袋に収めた。
「永海様、何か用ありしか?」
「鎌はそこに置き、ついて参れ」
麻袋を持ち、後をついて行く。立ち止まると、おかしき戸を引く。
「柔らかいな」
「’ふすま’と申す。紙にて出来ておるゆえ、破いてはならぬぞ」
中に入ると柔らかい床、枯草の匂いがした。
「筵よりも強し」
「’たたみ’と申す。此処は’ざしき’とて、客人を据え申す所よ」
横たわり、天井を見上げる。
「悪からず」
「どれも値の高き物ゆえ、汚し給うなよ」
永海も横たわった。
「弥太郎は栗を好むか?」
「旨かろう?」
「うむ。、、、山中にて迷わぬ術や、茸を尋ぬる術を、誰かに教えられしや?」
「もとより知りたることよ」
「、、、初めて山に入りしは、幾つの時ぞ?」
(この身のことか?)
「四つ、、じゃったか」
「三年前に、何かありしや?」
「うーん、失せにし弟が生まれ出でたな」
「済まぬ」
永海が黙った。目を瞑る。
「難儀であった。おっかぁは拙くてな、赤子が泣き止まぬ。大雨にて、米もさほどは取れなんだ。あの頃のおっかぁは、瘦せて疲れ果てておったわ。乳を飲ますにも、まず食わねばならぬゆえな、山の爺に助けてもろうたんじゃ」
「それでも、足らなんだか?」
「分からぬ。さほど寒からぬ冬の朝、おっかぁの腕の中にて冷とうなっておった。それより後は、我を抱きて毎晩泣いておったわ」
永海が鼻をすする。
「この寺にも、そこの山にも雨を教える爺はおらぬ。難きことは右平次より聞け。今はまだ、おっかぁと居てやらねばならぬ」
(おっとぉが失せても、前ほどは泣かぬわ。強うなったものよ)
「永海様」
童の声が聞こえる。横にて何かが起き上がった。
(寝入ってしもうたか)
「弥太郎は、しばし寝かせておけ」
誰かが横に座る。
(琳海か)
起きずにいれば、琳海も横たわった。しばし経つと、寝息が聞こえる。振り向けばやはり寝ていた。麻袋を掴み、起こさぬよう静かに座敷を出る。外を見れば、雨も止んでいた。
「弥太郎、雨も止みけり。今帰りてもよろし」
掛海に話し掛けられる。
「座敷にて琳海、様が寝ておるわ。起こすか?」
「はっはっは、起こさずともよい。琳海は座敷にて寝入るを好むゆえな」
雨笠を持ち、草履を履く。
「明日は、山に入るや?」
「入らぬ。雨の後は虫が多いんじゃ」
水溜りを避けて歩く。
(雨と風にて栗も落ちたじゃろ。また茸が出でるわ)
母の悦ぶ顔を思い出した。




