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神の遣い  作者: Moa
16/32

16話 (弥太郎)


ーー弥太郎ーー


 寺の竈(かまど)のある処にて、鉈を研ぐ。雨水を掬(すく)い、濁りを流す。同じほどの年の坊さんが、じっと見つめてくる。

「弥太郎殿はお幾つにてござるか?」

「十歳じゃ」

笑みがこぼれている。

「我は先日、十一歳になった。弥太郎は弟よ」

「弟か。何か違(たが)うておるか?」

「’違いまするか’と申すのだ」

「違いまするか?」

満足げに顔をほころばせた。

「よいか、下(しも)弟子は上(かみ)弟子に様をつけねばならぬ」

「お前は何て名じゃ?」

「上弟子に’お前’と申してはならぬ!」

怒っている。

「’りんかいさま’と申せ」

「’りんかいさま’」

また笑みがこぼれた。

「永海が待っておるぞ」

慌てて振り向いた。

「琳海、読経の仕度を」

「は、はい。弥太郎、永海様にも’様’をつけるのだ」

慌ただしく去る姿を永海が笑う。研ぎ終えた鉈と鎌を布で拭く。

「琳海に付き合い給え。かねてより下弟子を望みたりしゆえ」

「それくらいは構わぬ」

「それと、なるべく様をつけるべし」

鉈を麻袋に収めた。

「永海様、何か用ありしか?」

「鎌はそこに置き、ついて参れ」

麻袋を持ち、後をついて行く。立ち止まると、おかしき戸を引く。

「柔らかいな」

「’ふすま’と申す。紙にて出来ておるゆえ、破いてはならぬぞ」

中に入ると柔らかい床、枯草の匂いがした。

「筵よりも強(こわ)し」

「’たたみ’と申す。此処(ここ)は’ざしき’とて、客人(まらうど)を据え申す所よ」

横たわり、天井を見上げる。

「悪(あ)からず」

「どれも値(あたい)の高き物ゆえ、汚し給うなよ」

永海も横たわった。

「弥太郎は栗を好むか?」

「旨かろう?」

「うむ。、、、山中にて迷わぬ術(すべ)や、茸を尋(たづ)ぬる術を、誰かに教えられしや?」

「もとより知りたることよ」

「、、、初めて山に入りしは、幾つの時ぞ?」

(この身のことか?)

「四つ、、じゃったか」

「三年前に、何かありしや?」

「うーん、失(う)せにし弟が生まれ出でたな」

「済まぬ」

永海が黙った。目を瞑る。

「難儀であった。おっかぁは拙(つたな)くてな、赤子が泣き止まぬ。大雨にて、米もさほどは取れなんだ。あの頃のおっかぁは、瘦せて疲れ果てておったわ。乳を飲ますにも、まず食わねばならぬゆえな、山の爺に助けてもろうたんじゃ」

「それでも、足らなんだか?」

「分からぬ。さほど寒からぬ冬の朝、おっかぁの腕(かいな)の中にて冷とうなっておった。それより後は、我を抱きて毎晩泣いておったわ」

永海が鼻をすする。

「この寺にも、そこの山にも雨を教える爺はおらぬ。難(かた)きことは右平次より聞け。今はまだ、おっかぁと居てやらねばならぬ」

(おっとぉが失せても、前ほどは泣かぬわ。強うなったものよ)


 「永海様」

童の声が聞こえる。横にて何かが起き上がった。

(寝入ってしもうたか)

「弥太郎は、しばし寝かせておけ」

誰かが横に座る。

(琳海か)

起きずにいれば、琳海も横たわった。しばし経(た)つと、寝息が聞こえる。振り向けばやはり寝ていた。麻袋を掴み、起こさぬよう静かに座敷を出る。外を見れば、雨も止んでいた。

「弥太郎、雨も止みけり。今帰りてもよろし」

掛海に話し掛けられる。

「座敷にて琳海、様が寝ておるわ。起こすか?」

「はっはっは、起こさずともよい。琳海は座敷にて寝入るを好むゆえな」

雨笠を持ち、草履を履く。

「明日は、山に入るや?」

「入らぬ。雨の後は虫が多いんじゃ」

水溜(みたま)りを避けて歩く。

(雨と風にて栗も落ちたじゃろ。また茸が出でるわ)

母の悦(よろこ)ぶ顔を思い出した。

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