15話 (永海、弥太郎)
ーー永海ーー
草、ことごとく刈り尽くせり。真昼を過ぐれど弥太郎は戻らず、はや日も傾き初めたり。草を敷き、痛む足を延べて座りぬ。傍らには麻袋に収めきれぬほどの栗。痛む手にて集う蚊を打ち払う。
(語り合う間もなきことよ。このままにては、山海が怒り立つが先ならむ)
途方に暮れおれば、草を搔き分け何ものか近づき来る。
(弥太郎か。いや、獣やもしれぬ)
鎌を手に取り身構えぬ。
「果てたか?」
鉈を振るい、包を背負いし弥太郎が姿を現したり。
「はぁ、気は済みおったか?」
「もう一本見出だしたれど、ちと遠いわ」
「よもや、其方の草までも刈るのか?」
「あっちは草が少ないわ。すぐ済むじゃろ」
(この者の言葉、信じてよきや?)
弥太郎が包を下ろし広げたれば、茸と栗がこぼれたり。さらに増えた栗の山を均し、巻くがごとく包みぬ。衣の内より麻紐を取り出だし、栗で膨らむ端を巻き付け、それを下にして肩に掛けたり。
「手慣れておるな」
「日が暮れる前に戻るぞ。またおっかぁに叱らるるわ」
胸の前にて包の端を縛ると、鉈を手に取り、歩き初めたり。慌ただしく麻袋と鎌を掴みぬ。
踏み均されし草の上を、滑るが如く山を下りたり。たちまち寺の裏に着きぬ。息を切らしつつ物蔵の横に駆け下りれば、童なりし時を思い出ず。
「ご苦労じゃった。また明日な」
「待たれよ、町にて鉈をそのように持ち歩くべからず」
衣の内に隠さんとするを慌てて止めぬ。
「ここに置きて行け。また明日も参るゆえ」
「拭いておいてくれるか? 右平次に借りたんじゃ」
「任せておけ」
足早に去りし弥太郎を見送り、庫裏へ向かいたり。照海が夕餉の支度にと、竈に火を入れけり。
「永海様、いつ戻られるのかと」
「済まぬ。栗を採りて参ったぞ」
「斯様な刻まで栗拾いを?」
「しばらくは、付き合わさるるようよ。代わってはくれぬか?」
照海が汚れた足元に目をやる。
「寺のこと、心置きなくお任せあれ」
「はぁ、掛海様はいづくにおはすか?」
「呼びに参る」
軽き足取りにて去りゆく。湯を沸かさんと、もう一つの竈に火を入れたり。腰掛に座りて足袋を脱ぎ、一息入れぬ。
「永海よ、いかがなりしか?」
「申し訳なけれど、語る暇もなし。栗の木の下にて、独り置き去りにされたり」
「避けられておると思うか? 昨日、目配せを嫌いおったわ」
「鋭きことは確かなるべし。あまりにも手際よく、付き従うも精一杯なりし。三刻(約6時間)の間、山中を駆け回り、栗の木と茸をば探しおりしようなり。いや、拙僧を迎えに参りし時、すでに土にまみれたりしようなり」
「マタギの師匠についておはせしや?」
「さりげなく問うてみん。されど、未だ数え十一とは。読み書きは叶わずとも、山中にては一人前なり」
「ふむ、、、幼きより山に入りおりしならば、三年前に逢いておりても不思議はなからん。三年前に何事かありしか聞いてみよ」
「読経の折に奥の座敷にて、二人きりにて教うるはいかがなりや?」
「妙案なり。山海がかしましけれど、しばし辛抱なされ。照海も手を貸してやってくれぬか?」
「何なりともお申し付けくだされ」
(こやつを山へやる手立てはなきものか)
ーー弥太郎ーー
「おっかぁ、帰ったぞ」
筵戸を捲り、母に包を渡す。
「湯を沸かす間に、足を洗うておいで」
母が言い終えぬうちに、近くの小川へと向かう。草履ごと川に入り、衣の裾をからげて足の汚れを落とした。草履を脱ぎ、水の中にて揉み、川より上がって帰る。家の前にて衣を脱ぎ捨て中に入ると、ぬるき湯に浸した布で身を拭かれる。
「永海様に無理をさせなんだか?」
「ただの草刈りじゃ」
「お前の草刈りは皆嫌いおる」
「動けぬほどではなかりし」
「しかと栗を分けたかい?」
「麻袋が足りなんだわ。、、、これよりぞ。落ち初めたるばかりよ」
妹の傍らに座って残りを拭き、新しき衣を着た。母は外にて、脱ぎ捨てし衣の土を払っている。
右平次が小さき壺を持ってきた。黒き粥を、焼いた茸に少しつけて食べる。
「旨い!」
茸を飲み込む前に米を食う。
「ほへにほあふ」
「はっはっは、茸には’ひしお’よ。されど、ようこれほど採り来たりしものよ」
「いくらでも採りて参らん」
皆で笑って囲炉裏を囲む。
(春の草より旨きものがあるとは。朝には栗も食える。冬など来ずともよいわ)




