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神の遣い  作者: Moa
15/32

15話 (永海、弥太郎)


ーー永海ーー


 草、ことごとく刈り尽くせり。真昼を過ぐれど弥太郎は戻らず、はや日も傾き初(そ)めたり。草を敷き、痛む足を延(の)べて座りぬ。傍らには麻袋に収めきれぬほどの栗。痛む手にて集(つど)う蚊を打ち払う。

(語り合う間もなきことよ。このままにては、山海が怒り立つが先ならむ)

途方に暮れおれば、草を搔き分け何ものか近づき来る。

(弥太郎か。いや、獣やもしれぬ)

鎌を手に取り身構えぬ。

「果(は)てたか?」

鉈を振るい、包(つつみ)を背負いし弥太郎が姿を現したり。

「はぁ、気は済みおったか?」

「もう一本見出(みい)だしたれど、ちと遠いわ」

「よもや、其方(そなた)の草までも刈るのか?」

「あっちは草が少ないわ。すぐ済むじゃろ」

(この者の言葉、信じてよきや?)

弥太郎が包を下ろし広げたれば、茸と栗がこぼれたり。さらに増えた栗の山を均(なら)し、巻くがごとく包みぬ。衣の内より麻紐を取り出だし、栗で膨らむ端を巻き付け、それを下にして肩に掛けたり。

「手慣れておるな」

「日が暮れる前に戻るぞ。またおっかぁに叱らるるわ」

胸の前にて包の端を縛ると、鉈を手に取り、歩き初めたり。慌ただしく麻袋と鎌を掴みぬ。


 踏み均されし草の上を、滑るが如く山を下りたり。たちまち寺の裏に着きぬ。息を切らしつつ物蔵の横に駆け下りれば、童なりし時を思い出(い)ず。

「ご苦労じゃった。また明日な」

「待たれよ、町にて鉈をそのように持ち歩くべからず」

衣の内に隠さんとするを慌てて止(とど)めぬ。

「ここに置きて行け。また明日も参るゆえ」

「拭いておいてくれるか? 右平次に借りたんじゃ」

「任せておけ」

足早に去りし弥太郎を見送り、庫裏(くり)へ向かいたり。照海が夕餉の支度にと、竈に火を入れけり。

「永海様、いつ戻られるのかと」

「済まぬ。栗を採りて参ったぞ」

「斯様(かよう)な刻まで栗拾いを?」

「しばらくは、付き合わさるるようよ。代わってはくれぬか?」

照海が汚れた足元に目をやる。

「寺のこと、心置きなくお任せあれ」

「はぁ、掛海様はいづくにおはすか?」

「呼びに参る」

軽き足取りにて去りゆく。湯を沸かさんと、もう一つの竈に火を入れたり。腰掛に座りて足袋(たび)を脱ぎ、一息入れぬ。


 「永海よ、いかがなりしか?」

「申し訳なけれど、語る暇(いとま)もなし。栗の木の下にて、独り置き去りにされたり」

「避(さ)けられておると思うか? 昨日、目配(めくば)せを嫌いおったわ」

「鋭きことは確かなるべし。あまりにも手際よく、付き従うも精一杯なりし。三刻(約6時間)の間、山中を駆け回り、栗の木と茸をば探しおりしようなり。いや、拙僧を迎えに参りし時、すでに土にまみれたりしようなり」

「マタギの師匠についておはせしや?」

「さりげなく問うてみん。されど、未だ数え十一とは。読み書きは叶わずとも、山中にては一人前なり」

「ふむ、、、幼きより山に入りおりしならば、三年前に逢(あ)いておりても不思議はなからん。三年前に何事かありしか聞いてみよ」

「読経の折に奥の座敷にて、二人きりにて教うるはいかがなりや?」

「妙案なり。山海がかしましけれど、しばし辛抱なされ。照海も手を貸してやってくれぬか?」

「何なりともお申し付けくだされ」

(こやつを山へやる手立てはなきものか)



ーー弥太郎ーー


 「おっかぁ、帰ったぞ」

筵戸を捲り、母に包を渡す。

「湯を沸かす間に、足を洗うておいで」

母が言い終えぬうちに、近くの小川へと向かう。草履ごと川に入り、衣の裾(すそ)をからげて足の汚れを落とした。草履を脱ぎ、水の中にて揉み、川より上がって帰る。家の前にて衣を脱ぎ捨て中に入ると、ぬるき湯に浸した布で身を拭かれる。

「永海様に無理をさせなんだか?」

「ただの草刈りじゃ」

「お前の草刈りは皆嫌いおる」

「動けぬほどではなかりし」

「しかと栗を分けたかい?」

「麻袋が足りなんだわ。、、、これよりぞ。落ち初(そ)めたるばかりよ」

妹の傍(かたわ)らに座って残りを拭き、新しき衣を着た。母は外にて、脱ぎ捨てし衣の土を払っている。


 右平次が小さき壺を持ってきた。黒き粥を、焼いた茸に少しつけて食べる。

「旨い!」

茸を飲み込む前に米を食う。

「ほへにほあふ」

「はっはっは、茸には’ひしお’よ。されど、ようこれほど採り来たりしものよ」

「いくらでも採りて参らん」

皆で笑って囲炉裏を囲む。

(春の草より旨きものがあるとは。朝には栗も食える。冬など来ずともよいわ)

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