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神の遣い  作者: Moa
17/32

17話 (永海)


ーー永海ーー


 沈みたる気色(けしき)のうちに、皆にて夕餉を参る。

「ぅぐ、ひっ、ひっ」

鼻をすする琳海の頬より、大粒の涙こぼれ落つ。椀を置く音ばかり、響きけり。


 夕の勤行(ごんぎょう)を終えて、寝支度を調(ととの)えたり。筵を敷きて僧堂を出(い)でむとすると、琳海が後より従い来たる。

「掛海様と語らいて参る」

「永海様も叱らるるでござるか?」

灯火にほのかに照らされける琳海の目に、涙が浮かびけり。

「他のことにて。そもそも叱らるるに足る事にはあらぬ」

「されど、山海様までも叱られて」

鼻をすすり始めたり。

「山海など、さらに叱られ給(たま)はばよろしきことなり」

山海がいささか不機嫌げに背を向け横たわり、照海は笑いを堪(こら)う。

「上弟子には’様’を付けねばなりませぬ」

「上弟子といえども、常に正しきとは限らぬ。日頃励(はげ)む琳海をわかり給わず」

「山海様はさらに励み給うなり」

照海の方を見やる。

「寝る前に厠へ参らむ。琳海も共に行かぬか?」

機嫌のよき照海に灯油(ともしあぶら)を渡し、三人にて廊下を歩みゆく。


 「永海に御座いまする」

「入られよ」

戸を引きて中に入り、険(けわ)しき顔の掛海様と向き合いたり。

「この辺(あたり)には神様さどおはさぬと申せし」

深き息をつき、しばし静かにありけり。

「さりげなく尋(たず)ね出(い)ださざりけむや?」

「悟られ申した」

語りをことごとく詳(つまび)らかにすれば、また思い入るなり。

「あの者、童とは見えぬ」

「拙僧も左様に存ずる。失礼なることを申すなれど、掛海様と面(おも)と向き合わするが如く覚ゆるなり」

「ふっ、そちもか。儂はあの者の背に、師匠方を思い見たり」

「いかなる者にござろうか?」

「知らぬこそ仏なり。右平次様が隠さむとせしも、やむを得ざることよ」

「よもや、氏神様にてあらせらるると?」

「地蔵菩薩(ぼさつ)なれば、いかに致さむや?」

「、、、飢えに苦しみ、子を失せ、さらに亭主をも失せにしあの母を救はむがためと?」

「地蔵菩薩本願経にある二十八種利益はいかがや?

一者天龍護念、天の中川の暴れ竜ならむ。

五者衣服豊足、右平次様がおはす。

七者離水火災、水難を免(まぬが)れむがための、御告げなるべし。

八者無盗賊厄、襲われにけるな。

十者神鬼助持、山の神様や?

十三者端正相好、目鼻立ち整いたり。

十六者宿智命通、過去世(かこせ)に通じておるやもしれぬ」

「、、、逆様にてはござらぬか? 地蔵菩薩が、あの者のために御告げを与え給いしとすれば、理(ことわり)に適(かな)うなり」

「あの母が餓鬼(がき)道、地獄道にてあらば、聖観音(しょうかんのん)にてあらせらるるや?」

「なれば神通力を用いることも叶い申しそうな」

「はぁ、心の内をことごとく悟られておはしたか」

「掛海様の苦悩を、理解し給うべし」

またふと、思いに沈みたり。

「御本尊を眺めつつ、’ただの木’と申された。読み書きもならず、般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱えらるると思うや?」

「また座敷を使わさせ給え。琳海ならば心に思い事なく、接して給はむ」

「左様に致さむ。明日は山に入らぬと申された。それと、右平次様に話あると申されるよう、頼み給え」

「任せ給え。さて、山海の事なれども」

「すこしく明かすよりほか、あるまじ。右平次様と語らい申すまで、しばし時を稼ぎ給え」

掛海様の居間を後にすれば、微(かす)かに般若心経の声、聞こえ来り。


 「しばし、よいか」

僧堂の戸の前より、山海の声せし。二人にて暗き廊を歩み、肌寒き外へ出でたり。

「我が身に副住持が務まっておらぬや?」

「少しばかり、時を賜(たまわ)りたく。ようやく御告げの意を解(と)き知り申そうに存ずる」

「あの童や?」

「身は童なれど、内に何か秘めたるものあり。神通力を用い得るやもしれぬ」

「なっ、菩薩と申すか!」

「寺を継がむと欲することは分かるなれど、下心を以(も)ちて接すれば、心の内を悟られかねませぬ。何も知らぬ琳海ならば、よう相手をして給はむ」

「また苦労を掛け奉りぬ」

俯(うつむ)きて鼻をすすり始めたり。

「寒う御座れば、長居し給うなよ」

独り僧堂へ戻りゆく。


 「叱られ給はなんだか?」

暗き中、琳海の隣の筵に横たわりぬ。

「弥太郎の事を語り来り。明日より座敷にて経を授けむと思う。琳海も手を貸してくれぬか?」

「よろしゅうござるか!」

「弥太郎は、早う身を横(よこ)たえんと致すゆえな」

「くふふふふ」

「拙僧も手を貸し申そう」

「照海は栗を好むか?」

「な、何事も御座りませぬ」

(勘のよき者よ)

栗の木の下を思い浮かべつつ、目を閉づ。

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