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神の遣い  作者: Moa
14/27

14話


ーー弥太郎ーー


 右平次に連れられ、妹を抱いた母と寺へ向かう。道のほとりに立てる栗の木は、イガ色づきて、ほころび始めていた。下草は払われ、落ちたイガの中身は空だった。

(早く山に入らねば)

山を眺めつつ歩けば、いつしか寺に着いた。入口にあるおかしき屋根をくぐる。

(風呂を借りた屋敷のように大きい)

落ち葉一つない広い庭、屋敷の隅を箒で掃く同じほどの年の坊さんに右平次が声をかける。

「右平次が参ったと和尚にお伝えくだされ」

頭を下げ、箒を立て掛けて屋敷に上がるのを目で追う。何処(いずこ)までも奥に続きそうな深い屋敷。坊さんが二人やって来た。

「これはこれは、よくぞ参られました。和尚の掛海と申します」

爺の坊さんは右平次や母と話しながら、こちらにあやしき目を向ける。

「弥太郎、分からぬ事はこちらの永海に聞いてくだされ」

若い坊さんが頭を下げると、母に頭を押さえつけられた。

「はっはっは、一つずつ学べばよいのです。さぁ、中を御案内いたしましょう」

皆に続いて草履を脱ぎ屋敷に上がると、寝間のような板の上を歩く。木の戸を開けると広き間に入った。光を照り返す物が数多(あまた)に置かれ、台の上には手を合わせた人が座っている。見入っていると皆がこちらを見ていた。

「ただの木か」

右平次と掛海が息を吐き、母に睨まれた。

「この寺ではだいにちにょらいという’ほとけ’さまをまつっております。日々、あのぞうに向かいておきょうをとなえるのです」

永海が’ほとけ’と言った事だけは分かった。広き間を通り過ぎ、屋敷の奥に進む。角を曲がり、戸を開けると長き間に台が並んでいた。父と同じほどの年の坊さんと、永海よりも幼き坊さんが台の上で手を動かしている。近づくと座っていた二人の坊さんが立ち上がる。

「こちらは奉行の右平次様、弥太郎と御母上である」

「拙僧は副住持(じゅうじ)の山海、此方(こなた)は弟子の照海と申す。以後、見知りおき(たま)え」

二人が頭を下げるのに合わせて頭を下げ、母を見ると目が合った。

「弥太郎、字は書けるか?紙はあるか?」

台の前に座らされ、細い棒を持たされる。台の上には灰色の薄き紙が置かれ、棒を持った手を黒い石の上に引かれる。棒の先の毛を黒い水に()けると毛が黒く染まった。

「大きく書くんじゃないよ。紙は(あたい)高いんだから」

母の(こと)のままに紙の真中(まなか)に小さく数を書く。

(ひい)(ふう)(みい)

毛が曲がり、字が曲がる。

「真中から書いてどうすんだい」

左下に続きを書く。

(ろく)(なな)(はち)(くう)(とお)

後ろで母がため息をついた。

「はっはっは、教え甲斐ありそうに見ゆ」

「それがしも教え申すと致そう」

山海が黙りて冷ややかなる目を向けている。


 掛海と永海は寺の入口まで見送りに来た。

「明日からも同じ(こく)に参られよ」

「明日は来ぬ」

皆が驚く。

「何か思わしくなきこと、ありや?」

「山に入る。栗が落ちてしまうぞ」

「道のほとりの木にてよからぬか?」

「皆が採っては足りぬ」

「ふむ、ならば永海を連れ行くがよし」

「なっ、拙僧(せっそう)が行くのですか?」

掛海に睨まれし永海が黙る。

「ついて来るなら鎌を持てよ」

あきれたる母を横目に、家に向かいて歩き始める。

(真昼まで一刻(約2時間)はある。一本のみでも見つけねば)



ーー永海ーー


 昨日より山海の機嫌いと()しく、(かたわ)らにいれば小言(こごと)を聞かさる。弥太郎が参ればただちに寺を出らるるよう、(けが)れを(いと)わぬ衣を着て、日々の務めを果たす。

「永海、早やく衣を改めよ。そのような(よそお)いにて参詣人(さんけいびと)相対(あいたい)せむとするか?」

「今日、拙僧は別の用向きにて、照海に任せ置きまする」

「あの童か?弟子を取らぬと申せしに、何故今に至りてか」

「掛海様にも御思召(おぼしめし)あってのことでしょう」

(にわか)に経を唱えしと思いきや、寺の修理を()めむと申される。何を独りで抱え込みておるのか」

「いづれ語りてくれむ。我らはただ待つのみなり」

山海が不承知げに立ち去りぬ。

(御告げを引き継がせむがため、思い(わずら)いておるのです)


 庫裏(くり)で竈周りを整えておれば、末弟(まつてい)(りん)海が駆け入りたり。

「永海様、昨日の子が裏山から下りて参りました」

「ありがとう、琳海。掛海様がお戻りあらば、山に入りたりと伝えよ」

頭に布を巻き、鎌と麻袋を掴み外へ出でて、山海に見つからぬよう寺の裏を回る。物蔵(ものぐら)の陰で弥太郎が待ち居たり。手に鉈を携え、(けが)れた破れ衣に土まみれの足。後には草なぎ倒されし斜面。己の足元を見る。

(くっ、掛海様の苦しみを思いあれば、これしきのこと)

「なんじゃ?行かんのか?」

「いえ、何事もありませぬ。参りましょう」

「鎌を手に持つと、転びし時に身を切るぞ」

慌てて麻袋に鎌を納め、腰紐に縛り付けつつ弥太郎の後を追う。両手を斜面につき、這い登りたり。足を滑らせつつ登り()つれば、弥太郎は待たずして進みゆく。枝を(かわ)し、踏み倒されし草の上を必死に追いすがる。

「はぁ、はぁ、弥太郎!今少し、ゆるりと歩みてくれ」

ようやく歩みを同じくすれど、草を踏み(なら)し道を広げるほどの余裕あり。獣道に沿いて進み、また草を踏み倒しを繰り返せば、帰り道を見失いたり。弥太郎が止まると同時に、足に何ものか刺さりぬ。

「いてっ」

草履の下より半ば突き出でたるイガ。

「これじゃ」

見上げれば、裂け目より栗を落とさんとする数多のイガ。踏みつけしイガの中、草の隙間にも栗見え、心おどりたり。

「拾いつつ、鎌で草を刈るんじゃ。イガはあっちに投げよ」

麻袋より鎌を取り出し草を刈らんとすれば、弥太郎が見えず。

「や、弥太郎!」

「もう一本探してくる」

山奥に坊主一人取り残されたり。

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