14話
ーー弥太郎ーー
右平次に連れられ、妹を抱いた母と寺へ向かう。道のほとりに立てる栗の木は、イガ色づきて、ほころび始めていた。下草は払われ、落ちたイガの中身は空だった。
(早く山に入らねば)
山を眺めつつ歩けば、いつしか寺に着いた。入口にあるおかしき屋根をくぐる。
(風呂を借りた屋敷のように大きい)
落ち葉一つない広い庭、屋敷の隅を箒で掃く同じほどの年の坊さんに右平次が声をかける。
「右平次が参ったと和尚にお伝えくだされ」
頭を下げ、箒を立て掛けて屋敷に上がるのを目で追う。何処までも奥に続きそうな深い屋敷。坊さんが二人やって来た。
「これはこれは、よくぞ参られました。和尚の掛海と申します」
爺の坊さんは右平次や母と話しながら、こちらにあやしき目を向ける。
「弥太郎、分からぬ事はこちらの永海に聞いてくだされ」
若い坊さんが頭を下げると、母に頭を押さえつけられた。
「はっはっは、一つずつ学べばよいのです。さぁ、中を御案内いたしましょう」
皆に続いて草履を脱ぎ屋敷に上がると、寝間のような板の上を歩く。木の戸を開けると広き間に入った。光を照り返す物が数多に置かれ、台の上には手を合わせた人が座っている。見入っていると皆がこちらを見ていた。
「ただの木か」
右平次と掛海が息を吐き、母に睨まれた。
「この寺ではだいにちにょらいという’ほとけ’さまをまつっております。日々、あのぞうに向かいておきょうをとなえるのです」
永海が’ほとけ’と言った事だけは分かった。広き間を通り過ぎ、屋敷の奥に進む。角を曲がり、戸を開けると長き間に台が並んでいた。父と同じほどの年の坊さんと、永海よりも幼き坊さんが台の上で手を動かしている。近づくと座っていた二人の坊さんが立ち上がる。
「こちらは奉行の右平次様、弥太郎と御母上である」
「拙僧は副住持の山海、此方は弟子の照海と申す。以後、見知りおき給え」
二人が頭を下げるのに合わせて頭を下げ、母を見ると目が合った。
「弥太郎、字は書けるか?紙はあるか?」
台の前に座らされ、細い棒を持たされる。台の上には灰色の薄き紙が置かれ、棒を持った手を黒い石の上に引かれる。棒の先の毛を黒い水に浸けると毛が黒く染まった。
「大きく書くんじゃないよ。紙は値高いんだから」
母の言のままに紙の真中に小さく数を書く。
「一、二、三」
毛が曲がり、字が曲がる。
「真中から書いてどうすんだい」
左下に続きを書く。
「六、七、八、十、十」
後ろで母がため息をついた。
「はっはっは、教え甲斐ありそうに見ゆ」
「それがしも教え申すと致そう」
山海が黙りて冷ややかなる目を向けている。
掛海と永海は寺の入口まで見送りに来た。
「明日からも同じ刻に参られよ」
「明日は来ぬ」
皆が驚く。
「何か思わしくなきこと、ありや?」
「山に入る。栗が落ちてしまうぞ」
「道のほとりの木にてよからぬか?」
「皆が採っては足りぬ」
「ふむ、ならば永海を連れ行くがよし」
「なっ、拙僧が行くのですか?」
掛海に睨まれし永海が黙る。
「ついて来るなら鎌を持てよ」
あきれたる母を横目に、家に向かいて歩き始める。
(真昼まで一刻(約2時間)はある。一本のみでも見つけねば)
ーー永海ーー
昨日より山海の機嫌いと悪しく、傍らにいれば小言を聞かさる。弥太郎が参ればただちに寺を出らるるよう、汚れを厭わぬ衣を着て、日々の務めを果たす。
「永海、早やく衣を改めよ。そのような装いにて参詣人に相対せむとするか?」
「今日、拙僧は別の用向きにて、照海に任せ置きまする」
「あの童か?弟子を取らぬと申せしに、何故今に至りてか」
「掛海様にも御思召あってのことでしょう」
「俄に経を唱えしと思いきや、寺の修理を止めむと申される。何を独りで抱え込みておるのか」
「いづれ語りてくれむ。我らはただ待つのみなり」
山海が不承知げに立ち去りぬ。
(御告げを引き継がせむがため、思い煩いておるのです)
庫裏で竈周りを整えておれば、末弟の琳海が駆け入りたり。
「永海様、昨日の子が裏山から下りて参りました」
「ありがとう、琳海。掛海様がお戻りあらば、山に入りたりと伝えよ」
頭に布を巻き、鎌と麻袋を掴み外へ出でて、山海に見つからぬよう寺の裏を回る。物蔵の陰で弥太郎が待ち居たり。手に鉈を携え、汚れた破れ衣に土まみれの足。後には草なぎ倒されし斜面。己の足元を見る。
(くっ、掛海様の苦しみを思いあれば、これしきのこと)
「なんじゃ?行かんのか?」
「いえ、何事もありませぬ。参りましょう」
「鎌を手に持つと、転びし時に身を切るぞ」
慌てて麻袋に鎌を納め、腰紐に縛り付けつつ弥太郎の後を追う。両手を斜面につき、這い登りたり。足を滑らせつつ登り果つれば、弥太郎は待たずして進みゆく。枝を躱し、踏み倒されし草の上を必死に追いすがる。
「はぁ、はぁ、弥太郎!今少し、ゆるりと歩みてくれ」
ようやく歩みを同じくすれど、草を踏み均し道を広げるほどの余裕あり。獣道に沿いて進み、また草を踏み倒しを繰り返せば、帰り道を見失いたり。弥太郎が止まると同時に、足に何ものか刺さりぬ。
「いてっ」
草履の下より半ば突き出でたるイガ。
「これじゃ」
見上げれば、裂け目より栗を落とさんとする数多のイガ。踏みつけしイガの中、草の隙間にも栗見え、心おどりたり。
「拾いつつ、鎌で草を刈るんじゃ。イガはあっちに投げよ」
麻袋より鎌を取り出し草を刈らんとすれば、弥太郎が見えず。
「や、弥太郎!」
「もう一本探してくる」
山奥に坊主一人取り残されたり。




