13話 (兼煕、義満)
ーー吉田兼煕ーー
(あなや、御所にて義満様が上座に向かいて、頭を垂れ奉られしとは)
「このたびの不調法、申すもおろかながら、ただただ恐懼の至り、、」
「、の振る舞い、まこと心得難し。余が九条なると存じての所業や?」
御隠居様、声静かに言を発し給い、詫び言を断ちおはしにけり。広き座敷に男四人、場しづまりぬ。義満様、唾を呑みにけり。
「朝廷、二つに分かたれ五十余年を経ぬ。此春、楠木の千早城を落とし、大覚寺の勢衰えにけり。天下泰平のため、某、いかばかりの力にても御貸し被らるべく、ここに願い奉る次第に候」
「誰がための天下泰平ぞ?」
「、、持明院が、た、」
「かっかっか」
言を淀ませ給う声を遮る高笑いに、思わず顔を上げ奉れば、賤の者と見紛うばかりの御姿にて、翁がこちらを鋭く見据えおはしにけり。慌てて顔を伏せたり。
「義満よ、そなた持明院の御諒承も得ずして、両統迭立などと考えあらせぬことなるや?」
義満様と顔を見合わせたり。
(事漏れにけりや? あるいは、ことごとく御見通しにおはしますか)
「三種の神器さえあらば、万事、相成るべきものと存じ奉る」
義満様、面を上げ給いて申しにけり。
「おそろしきや? 源氏の、風に吹かるるが如きを」
(海に沈みし剣の祟りと申され候や)
「相い争わずして事を収むる道、御教示被らりた願い奉り候」
「して、その代は?」
「父上! 相成りませぬ。この者、九条の名を騙りて、約を違えんとする所業に候ぞ。左様なる事を為さば、末代まで誹られん」
「老いたる身にて結ぶ約なれば、死なば諸共か。そなた、良基(二条)に似通いておるのぅ」
「左様なる事、露ほども思い設けおはさぬ事に候。ただ、道を御示し被ららんことを、願い奉るのみに候」
「道とな。そなたの往く偽りの道は、行き止まりじゃ」
面を伏せ給える義満様、口元に力が入りたり。座中、また静寂に包まれにけり。
「今宵は、ここにて宿りなん。明日は吉野へ参らんとす」
「父上! 屋敷へお戻りを。吉野へなぞ、決して参らせ申さじ!」
「忠基よ、壇ノ浦の轍、踏むべからずぞ」
静かなる一言に、九条の当主様、押し黙りおはしにけり。
ーー足利義満ーー
「はぁーーーー」
居所にて臥し転び、天井を仰ぎぬ。
「御隠居様が御力を被らるるに候な」
傍らに端座す兼煕が申したり。
「希代の者、潜みおりしよ」
「藪をつつき給いしや?」
「蛇どころにあらず。大蛇よ」
戯言を発せしところ、心いささか軽くなりぬ。
「亡き良基様を諌め奉りし、唯一の御仁におはしますれば」
「あやつより、九条の事など聞き及びたることなし」
(良基め、恐れておったのだな。草葉の陰より、常に覗きおりしよ)
「あなや御所に乗り入れおはすとは。輿に押し込め奉るは、いささか無体におはさぬか?」
「貞行にはそう申し付けしが、、、してやられしよ」
あまりの滑稽に、思わず笑いこみ上げたり。
「いかなることにて候か?」
「九条の当主よ。勝手に振る舞う親に一物あらん。怒りたる振りをなしつつ、二人にて我を笑いおりし」
「御隠居様のあの窶れし御姿も、そのためにてありしや?」
「偽りの道よ。五摂家は格別と申しておるのだ」
「信を置き奉りて、よろしゅうおはすか?」
「あやつの申す通り、他に道はなし。当主ですら約を違えんことを見抜きおりし。兼煕よ、しかと支度致せ。雪の降らぬうちに、大覚寺を京へ遷すぞ」
「御意に候」
(天下泰平より女を追うとはな。いかにも公家らしき所業よ。いや、我が頭を下ぐる時をこそ、待ちおりけれ)
「八岐大蛇、九つ目の頭出でたり。九つ目の尾にありし剣、海に沈みし剣の代わりに納められたり」
「九条に掛かる秘め事が!」
「ふっ、戯言よ。左様な作り事があれば、さぞ面白かろう?」
「九条に祟られかねませぬ」
二人ながらに、しばし打ち笑いける。




